この気持ちを、なんて呼ぼう?

 

無愛想な

 

騒がしい談話室の一角に、異質な静けさに包まれた空間があった。

一番人気のある暖炉の傍からはかなり離れたその場所で、人を殴り倒せそうなほど分厚い本を膝に置き黙々と文字を追うの傍らに、こちらは何をするわけでもなくただの顔を凝視するシリウス。

自分が傍に来てから一度も顔を上げないに、シリウスの苛立ちも募っていく。

「おい、

「何だ?」

声を掛ければ返事は返って来る。―――意図的に無視されているわけではない事に思わず安堵するが、だからといって彼女から話し掛けてくれるわけでもない。

名前を呼んだものの話題が見つからない為シリウスが黙り込んでしまえば、その場には再び沈黙が下りてくる。

そんな遣り取りを、彼らは既に1時間ほども繰り返していた。

!こんな所にいたのね!!」

勢い良く談話室に飛び込んで来た少女が声を上げると、はそれに反応して本に落としていた視線をそちらへと向けた。

今まで自分が話し掛けても、顔すら上げなかったというのに・・・―――そんなの行動に、再びシリウスの苛立ちが湧き上がってくる。

談話室に飛び込んできた少女・リリーは、の元へと駆け寄るとチラリとシリウスに視線を向け、しかし何事も無かったかのように不思議そうな顔をしているに視線を戻した。

「さっき廊下でマクゴナガル先生に会ったの。を見かけたら部屋に来るようにって言付けられたんだけど・・・」

リリーの言葉には微かに眉間に皺を寄せ、そうして大きく溜息を吐き出すと広げていた本を音を立てて閉じソファーに上に置く。

そうして立ち上がると、解ったと簡単に返事を返して談話室を出て行った。

その後ろ姿を見送っていたシリウスは、一度も自分に声すらかけなかったに複雑な思いを抱きながらも、苛立ち紛れにが読んでいた本に手を伸ばす。

しかしその手は本を掴む前に宙を切り、手にする筈だった本を横取りしたリリーを、シリウスは不機嫌そうな表情で見上げた。

「何するんだよ」

「それはこっちのセリフよ。これはの本でしょう?」

に対して向けていた口調とは明らかに違う堅い声に、シリウスは軽く肩を竦めて見せる。

リリーが自分たちを良く思っていないのは、十分承知していた。

しかしだからといって、ここまで敵視される覚えも無い・・・筈なのだけれど。

そんな事を考えていると、リリーは唐突に硬い表情のままシリウスを見下ろし口を開いた。

「ずっと聞きたかったんだけど・・・」

堅い口調に再び視線を上げると、冷たい視線が自分に向けられている。

それはいつも通りのことなので特に気にはならないが、しかしリリーの方から話し掛けてくるというのは珍しくもあり、シリウスも彼にしては珍しく大人しく続く言葉を待った。

「最近、に付き纏ってるみたいだけど・・・一体何を企んでるの?」

「別に付き纏ってなんかねぇよ。同じ寮の生徒なんだから、仲良くするのは当然だろ?」

探るようなリリーの視線を流し、シリウスはサラリとそう答える。

しかし彼女から注がれる視線は到底逃れられるものではなく、シリウスは居心地悪げに小さく身じろぎした。

「・・・確かに他の人がそう言ったのなら、私だって疑ったりはしないけど。でも貴方は別よ。そんな言葉を簡単に信じられると思ってる?」

案の定リリーは先ほどの答えでは満足しなかったらしい。―――更に追及の手を伸ばし、どうやら諦める気はなさそうだ。

しかしシリウスとて、そう言われてもどう言い返していいのか解らない。

確かに今言った事は、自分の正しい気持ちだとは言えない。

しかし嘘でもない。

そしてそれ以上に上手く当てはまる言葉が見つからないのも確かだ。

あの悪戯が失敗した一件以来、の事が気になる。

いや、特別意識していなかっただけで、実際は組分けの儀式の時から気になってはいた。

気が付けば視界にの姿を捕らえている。

姿を見れば話をしたくなる。

声を掛ければ反応が欲しいし、あの秘密の中庭で見た微かではあるが表情の変化も見たい。

しかし実際は、彼の思う通りには運ばなかった。

話し掛けても先ほどのように反応は返ってこないし、表情の変化などそれ以前の問題だ。

寧ろ視線を返してくれる事も稀で、声を掛ければ返事を返してくれる事だけが唯一の救いだった。

「1つだけ言っておくわ、ブラック」

物思いに耽っていたシリウスは、不意に掛けられた声に我に返りリリーの顔を見返す。

「・・・なんだよ」

ほんの少しの動揺を悟られないよう気を張りながら言い返すと、真剣な光を宿す目が自分に注がれているのが解った。

「これ以上にちょっかいを出さないで。貴方のせいで、がどれだけ大変な思いをしてると思ってるの?」

「・・・なんだよ、それ」

リリーの突然の言葉に、シリウスは動揺していた事すら忘れ、不機嫌そうな声で言い返す。

しかしそんなシリウスに臆する事無く、リリーはキッパリと言い放った。

「どうして今、がマクゴナガル先生に呼ばれたと思う?貴方たちの悪戯があんまりにも酷いから、監督生としてが注意を受ける事になるのよ」

「は?なんでだよ。あいつは関係ねぇだろ?」

「そんな事、私に言われたって仕方ないでしょ?事実は事実なんだから」

言って更に冷たい視線を投げかけると、リリーは不可解だと言わんばかりの表情を浮かべるシリウスに最後通告を突きつけた。

「いい?今後に付き纏うのは止めてちょうだい」

言いたい事だけ言い終わると、呆然とするシリウスなど知らぬ顔でリリーは女子寮への階段へと姿を消した。

 

 

「いやぁ〜。はっきり言われちゃったねぇ、シリウス」

突然の通告に呆然とリリーの後ろ姿を見送っていたシリウスの耳に、控えめな拍手と共にからかうような声が届いた。

その声に聞き覚えが嫌というほどあったシリウスは、途端に眉間に皺を寄せつつ振り返る。

そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべたジェームズと、相変わらず感情の読めない表情で微笑むリーマス、そして戸惑ったように視線を彷徨わせているピーターがいた。

「なんだよ、ジェームズ。盗み聞きか?」

「おっと、人聞きの悪い事言わないでよ。ここって公共の場でしょ?」

恨めしげに睨み付けるシリウスを気にもせず、ジェームズは軽く肩を竦めて見せるとシリウスが座るソファーの隣へと腰を下ろす。

そして同じくソファーに腰を下ろしたリーマスとピーターを確認してから、ジェームズは先ほどと同じニヤニヤとした笑みを浮かべながらシリウスと向かい合う。

「それで?エヴァンスに忠告されちゃったけどどうするの?」

「・・・別に」

「別に、じゃ解らないよ。別に気にしないで、このままに声を掛け続ける?君には残念だけど、エヴァンスがどうこう言う以前に、そうそう相手にされないと思うけど」

短く返事を返すシリウスに、しかしジェームズは率直にキッパリと言い捨てた。

それにムッと表情を歪ませるが、まさしくその通りだと思える為、シリウスは何も言わずに口を噤む。

それを至極楽しそうに眺めていたジェームズが、わざとらしくポンと手を打つ。

「そこで、だ。僕に提案があるんだけど」

「・・・提案?」

「そうさ。と仲良くなりたいんだろ?それじゃまずは、相手をよく知ることから始めないとね」

にこにこと笑顔を浮かべながら、ジェームズは一枚の紙を取り出す。

その紙には、埋め尽くすようにびっしりと字が書き連ねてあった。

。歳は僕たちと同じ15歳。これは言うまでもないけど、グリフィンドール生だね。それから・・・親が闇祓い・・・と」

「闇祓いだった、だよ。のご両親は、彼女が幼い頃に殉職されたらしいからね」

細かく書かれた字を目を細めて読むジェームズに、黙って事の成り行きを見守っていたリーマスが口を挟む。

何処でそんな事を知ったのかと問い返したい気分に陥るが、そこを堪えてシリウスは話に耳を傾ける。

本当ならばこんなこっそりと調べた事を聞くのはあまり気分の良いものではないが、親友が言い出したら聞かないという事を重々承知しているシリウスは、言っても無駄だとあっさりと匙を投げた。

「図書館が好きみたいだよ。よく色々な本を読んでる。系統は拘ってないみたいだけど」

「あんまり交友関係は広くないみたいだね。人と接することがないわけじゃないみたいだけど。親しい相手っていったらエヴァンスか・・・あと信じられないけどスネイプかな」

スネイプの名前が出てきた途端、シリウスのこめかみがピクリと反応を示す。

確かにはスネイプの事を『友人だ』と公言している。

悪戯仕掛け人にとっては信じられない事だが、本人がそういうのだから間違いないのだろう。

「成績も良いよね。この間なんか、学年で2番だったし・・・」

「あ?そうだったっけ?」

ピーターの言葉に、シリウスは気のない様子で返事を返す。

彼にとっては成績順などそれほど大した事ではないのだ。―――勿論わざわざ順位表など確認に行くわけもない。

その嫌味とも取れる返答に、リーマスは思わず苦笑を漏らした。

「ああ、そうそう。あとこれを忘れちゃダメだね」

「なんだよ、これって」

「実はね・・・なんと!には非公認のファンクラブがあるんだよ!!」

ババンと自分で効果音をつけて、高らかにシリウスにそう宣告した。

それに思わず目を丸くし、得意げなジェームズの顔を見返す。

「・・・ファンクラブ?」

「そう、ファンクラブ。まぁ、僕にも君にもあるみたいだけど。―――でも実はにもあるんだよね、ファンクラブが。その証拠が・・・」

そこで言葉を切り、おもむろに自分の向かいのソファーに座るピーターを引っ張りシリウスの前に突き出した。

「実はこっそりと、ピーターもファンクラブに入ってるんだってさ」

にやりと笑みを浮かべるジェームズとは対照的に、ピーターは慌てた様子で顔を真っ赤にしながら俯く。

何時の間に・・・というか、何故ピーターがのファンクラブに入っているのか。

気になり問いただしてみると、何年か前に図書室で提出する課題の作成に苦しんでいたピーターを、ちょうど斜め向かいに座っていたが手を貸してくれたのだそうだ。

おそらくは覚えてはいないだろうが、それでもピーターが憧れに似た想いを抱くには十分で。

そのすぐあとにファンクラブの存在を知ったピーターは、バレないようにこっそりと入会したらしい。

何故こっそりなのかといえば、ただ単に気恥ずかしかっただけなのだけれど。

「ちなみに会員番号は218番なんだってさ。すごいよねぇ」

感心したように呟くジェームズに、シリウスは苦い表情を浮かべる。

「あんな愛想のない女にファンクラブがあって、しかも会員が218人以上なんて信じられないけどな」

「でも、って優しいよ。態度はちょっと素っ気無いけどね」

歯切れ悪く言葉を返したシリウスに、リーマスは穏やかな笑みを浮かべてそう返した。

確かに無愛想で、お世辞にも人付き合いが上手とはいえない。

しかしさり気なく困った相手に手を貸すくらいの親切さは持ち合わせており、そんなギャップが人の心を掴んだという事なのだろう。

のファンクラブの内情は、ほぼ男と女が半分で形成されている。

「しかも!ここからがビックニュースだ!実はのファンクラブの会長なんだけど・・・」

「・・・誰なんだ?」

含んだように笑うジェームズから視線をピーターに移し、シリウスは躊躇いながらも尋ねる。―――しかしピーターは困ったように首を横に振り、知らないと呟いた。

「僕にも解らないんだ。ファンクラブに入りたい人は、申込書を廊下の鎧の中に入れておくだけだから。そしたら返事が返って来るんだよ」

説明するピーターに、シリウスは再びジェームズに視線を戻す。

最初自分を無視したシリウスを睨みながらも、自分に答えを求めるその姿を見て気を取り直したのか、再びにやりと口角を上げて。

「僕が調べた結果でも、はっきりした事は解らなかったんだけど」

「なんだよ、それ」

「でも、集めた情報から推測するに・・・」

「推測するに?」

確信的に切られた言葉を、リーマスが続ける。

するとジェームズは更に口角を上げて、他のグリフィンドール生には聞こえないよう小さな声で言った。

「あの、ルシウス・マルフォイみたいなんだよ」

「はあ!?」

思わぬ答えに声を上げるシリウスを、ジェームズは強引に押さえ込む。

大きな声出さないでよと抗議しながらも、彼の口元は笑みを作っていた。

「それマジかよ!?」

「本人に確かめたわけじゃないけど、間違いないね」

呆気に取られるシリウスたちを見て、ジェームズは楽しげに笑う。

しかしすぐに我に返ったシリウスが、疑わしげな視線を向けた。

「でもあのスリザリンの帝王が、よりによってグリフィンドールののファンクラブなんて作るか?」

「確かにはグリフィンドール生だけど、スリザリンの大好きな純血の魔法使いだよ。しかも古くから続く由緒正しい、ね。家は他の家と交流がほとんどないから、簡単に言えばブランドみたいになってるんだよ」

何処でそんな事を調べてきたんだと思いつつ、シリウスは朧気に残っている記憶の中のブラック家の家系図を思い出す。

確かにその中に、という名はなかった筈だ。

ブラック家も家に劣らない歴史ある家系。

純血の魔法使い自体の数が減ってきている為、古くから続く家系ならば必ず、少なくとも一度くらいは接点がある筈なのだけれど。

ならばどうやって家は今まで純血を守り通したまま存続してきたのか不思議ではあるが、シリウスにとって興味が引かれる事ではなかった。

そんな事よりも、今は。

シリウスは、ジェームズに急かされてピーターが渋々ポケットから出したファンクラブの証であるピンバッチを見詰め、深い溜息と共に額を押さえる。

テーブルに転がっている眩い金の光を放つピンバッチを、シリウスは見たことがあった。

よく見ればグリフィンドール生の中にも、これを胸に付けている者もいる。

特に興味がなかったので気にしてはいなかったが、改めて見回してみるとその数が多い事に気付く。

何となくそれが面白くなくて、シリウスは不貞腐れたように窓の外に視線を投げた。

そんなシリウスを見て楽しそうに笑みを零したジェームズは、テーブルに転がるピンバッチをピーターに返し、わざと聞こえるように呟く。

「それにしても、ずいぶんとライバルが多いねぇ・・・シリウスくん?」

「・・・なんだよ、それ」

「いやいや。この僕でも、まさかシリウスの初恋を目の当りにするとは思わなかったよ」

「はっ!?」

謳うように大袈裟に手を振りながら言うジェームズを、シリウスは呆気に取られた様子で見返す。

初恋?誰が、誰を?

口を開け閉めしながらも声に出ない疑問を読み取り、リーマスもまた小さく笑った。

「もしかして、気付いてなかったのかい?」

「だから、何が!!」

「君がに恋してる、って事さ」

はっきりと告げられ、シリウスは思わず混乱し視線を彷徨わせる。

に恋をしている?

自問してみても答えは返ってこないが、代わりに今まで経験した事のないほどに胸が高鳴り、顔に熱が集まってくるのが解った。

自分の顔が赤くなっている事を察しジェームズたちに視線を向けると、3人は揃ってニヤニヤと意地悪く笑みを浮かべている。

それに居心地が悪くなり何とか顔の熱を引かせようとするが、焦れば焦るほど顔は赤くなるばかり。―――とうとう耳まで赤く染めてしまったシリウスは、居た堪れなくなりソファーから立ち上がると「ちょっと散歩に行って来る」と言い捨て談話室を飛び出して行った。

その後ろ姿を楽しそうに見送ったジェームズは、とうとう笑いを堪えきれなくなり腹を抱えて声を上げ笑う。

これほどまで見事にシリウスをからかえた事が、今まであっただろうか?

まさかこんな展開が待っていようとは、5年生になった時には想像もしなかったが。

爆笑するジェームズを横目に、リーマスも笑いを堪えながら思い出す。

5年生になる前までのシリウスは、女子に想いを告げられれば簡単に付き合い身体を重ね、飽きれば冷酷とも取れる態度であっさりと捨ててきた。

まるで女子を道具としてしか見ていない節があり、その様子は見ているだけでも気持ちの良いものではなかった。

そしてそれがまた酷く似合っていたのだ。―――シリウス・ブラックという男は。

しかし今現在の彼に、その面影は微塵もない。

あのグリフィンドールのクールビューティと呼ばれた男が、同じくそう呼ばれる少女に恋しているという。

そういえば最近、シリウスの女遊びが形を顰めていたなと思い起こす。

ただ単に飽きたのかと思っていたが、今にして思えばそれにも理由があったのだろう。

シリウスの女遊びの噂を聞かなくなったのは、あの悪戯が失敗した後からだったのだから。

「シリウスと・・・ね」

外見だけ見れば、美男美女でこれほどお似合いのカップルもいない。

ただシリウスの性格との性格を考えれば、そう簡単に纏まるとも思えなかった。

まぁ、そうでなければ面白くないのだけれど。

「とにかく、我らが親友の初恋を、温かく見守ろうじゃないか!」

漸く笑う事に気が済んだジェームズが、目に浮かんだ涙を拭いつつそう提案する。

からかい倒そうの間違いじゃないのかと突っ込みたかったが、それに異存がないリーマスはただ穏やかな笑みを返すだけ。

ただ1人、ピーターがおどおどと2人を見詰めていた。

 

 

談話室を飛び出したシリウスは、ただ当てもなく廊下を歩いていた。

突然言われた言葉の意味を受け入れられないまま、苛立ち紛れに舌打ちをする。

自分が誰かに恋をするなど、在り得ない事だと彼は思っていた。

誰も彼もが自分を見れば、媚びを売るように近づいてくる。

彼の容姿、成績、そして家柄。―――それらを目的に、裏の顔を隠し擦り寄ってくるのだ。

それに男も女も関係ない。

唯一ジェームズたち悪戯仕掛け人だけが、本当の自分を理解してくれる。

だからシリウスにはジェームズたちがいればそれで十分だった。―――後は広く浅く支障がない程度に人間関係を築いていれば、それで良かったのだ。

それなのに・・・。

足音も荒く廊下を歩いていたシリウスは、不意に誰かの声が聞こえ足を止めた。

訝しげに耳を済ませてみると、それはここ最近聞き覚えのある声で。

ほんの少し迷った末、シリウスはそちらへと足を向ける。―――その声は探すまでもなく、すぐ傍にあった教室の中から聞こえて来た。

「・・・何か用か?」

少し低めの、澄んだ声。

何故か心地良さを感じさせるその声の主は、人気のない教室で目の前に立つ男に向けて訝しげな視線を送っている。

シリウスは少しだけ開けた窓の隙間から様子を窺った。

相手の男のつけているネクタイから見るに、どうやらスリザリン生のようだ。

緊張の漲る教室内の空気に、シリウスは今から何が行われるのかを敏感に察した。―――それは彼が常日頃から受けているものと、何ら変わりないものだったからだ。

「好きだ。僕と付き合ってくれ」

予想通り、男は定番となったセリフを口にする。

それにムッとしつつ思わず窓に手を掛けたその時、シリウスは我に返り自分の手を見詰めた。

自分は一体、何をしようとしているのか。

別にが誰の告白を受けても、自分には関係がない筈だ。

だというのに、この胸の中に溢れる不快感は一体何なのか。

訳が解らず思わず固まってしまったシリウスの耳に、唐突にガタンと大きな音が届き顔を上げると、スリザリン生がの腕を掴んでいるのが目に映った。

スリザリン生はゆっくりとに向かい顔を近づける。―――しかしは何をされるか解っていないのか、それとも抵抗の意思がないのか・・・いつも通りの無表情のまま男の顔を見詰めている。

それにとうとう我慢が出来なくなったシリウスは、窓を開け放ち教室の中に飛び込むと、の腕をスリザリン生から引き離し自らの背中に匿った。

「なっ!ブラック!?」

相手のスリザリン生はシリウスの顔を知っているらしく、驚愕に目を見開く。

しかしシリウスはそれに動じず、ただ相手の男の顔を睨みつけた。

「悪ぃけど、こいつはお前とは付き合わねぇよ。とっとと消えろ」

それほど大きな声ではないが、低く唸るようにそう言われ、スリザリン生は悔しげに表情を歪めながらも素直に踵を返し教室を出て行った。―――今シリウスと対立するには分が悪いと読んだのかもしれない。

スリザリン生が去った教室内に、再び静寂が訪れる。

そしてその静寂で漸く自分が何をしたか思い出したシリウスは、恐る恐る自分の後ろにいるへと振り返った。

振り返ったシリウスの目に映ったは、やはりいつも通りの無表情でシリウスを見上げている。

「あ・・・の、だな。その・・・」

何を言って良いのか解らず言葉を濁すシリウスに、しかしは一切動じた様子なく、淡々とした口調で問い掛けた。

「お前も私に何か用があるのか、ブラック?」

まるでさっきの出来事など忘れたかのような口調に、シリウスは呆気に取られる。

そして思い出した。―――は自分に興味のない事は、記憶に残らないという事を。

おそらく先ほどの男の告白も、にとっては興味を引かれるものではなかったのだろう。

だからといって、あの状況はシリウスにとっては見過ごせるものではなかったが。

「お前・・・もうちょっと警戒した方が良いんじゃねぇか?」

呆れ半分心配半分にそう告げると、は訝しげに眉を寄せる。

「何を言っている。私は常日頃から気を緩めているつもりはない。いつ何時何が起こっても対処できるよう杖も携帯しているし、身を守る術は習得している」

真面目に返って来た答えに、シリウスは思わず額を押さえた。

シリウスが言っている警戒と、の言っている警戒の意味がずれている気がする。

「お前なぁ・・・。ホグワーツ内でどんな危険が起こるって言うんだよ」

「そんな事、私に聞かれても解るわけないだろう。それにお前が言ったんだぞ、警戒を怠るなと」

「その警戒じゃねぇよ」

「警戒に種類があるのか?」

「種類とかそういう問題じゃなくて・・・。ああ、もう!!」

的を得ない会話に、とうとうシリウスが匙を投げた。

両手で頭を抱え、その場に座り込む。

それを更に眉間の皺を増やして見下ろしたは、困ったように溜息を吐く。

「可笑しな男だな」

お前に言われたくねぇよ・・・と心の中で反論しながら、シリウスは上目遣いにの様子を窺う。

談話室では一度も向けられなかった視線は、今自分の為だけに注がれている。

自分に向けて言葉を発し、笑顔ではないが表情の変化もそこにはある。

それだけで心が満たされるのを感じ、シリウスは諦めたように大きく息を吐いた。

「・・・仕方ねぇか」

「何がだ?」

「こっちの話だ」

そう言い立ち上がると、その場に立つの腕を掴む。

抵抗がないことにホッとしながらも、の腕を引いて教室を出た。

「マクゴナガルの話って何だったんだ?」

「お前たちの悪戯に関する説教だ」

即座に返って来た言葉に、思わず苦笑する。―――リリーの言っていた通りだと思い、更にの腕を掴む手に力を込めた。

何も言わずに寮へ続く廊下を、2人歩き続ける。

仕方ないから認めてやると、シリウスの声にはならない言葉が脳裏に響く。

気が付けば視界にの姿を捕らえている。

姿を見れば話をしたくなる。

声を掛ければ反応が欲しいし、あの秘密の中庭で見た微かではあるが表情の変化も見たい。

さて、この気持ちをなんと呼ぼう?

シリウスは既に、その答えを自覚していた。

まさしくこれは、リリーを前にしたジェームズそのものではないかとシリウスは思う。

悔しいけれど。

この気持ちは・・・初めて感じるこの気持ちは。

親友たちが言うように、初恋に違いないのだろうと。

「悪かったな。俺たちの悪戯の尻拭いさせちまって」

「そう思うのなら、少しは自重しろ」

「・・・ま、善処するよ」

軽く言葉を返しながら辿る寮への道は。

シリウスにとって、今まで感じた中で一番穏やかな時間だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

シリウス(漸く)恋心自覚編。

純情なシリウスも良いけど、遊び人から真面目に恋する彼も良いなと思い、結果両方取り入れる形で『元は遊び人だけど、主人公に恋をし、初めての恋にどうして良いのか解らない根は純情なシリウス』に決定致しました。(訳解らん)

こんなので良いのかと自問しつつ、まだ彼らが両思いになるまで道のりは長かったり。

作成日 2005.12.14

更新日 2007.9.26

 

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