シリウス・ブラックの朝は早い。

まだ太陽も昇らぬ内に起床し、早々と制服に着替えて談話室へと降りる。

勿論そんな早い時間であるから、談話室には誰もいない。

いつもよりも広く感じられる薄暗い室内で、シリウスは何をするでもなくソファーに身を預けその時を待っていた。

それからいくらも経たない内に、階段を降りる誰かの足音が聞こえて来る。

シリウスが振り返ると、そこには早朝だというのに眠気など僅かも感じさせない様子のが。

「おはよう、

の姿を目に映したシリウスは、微かに口角を上げ声を掛けた。

の朝もまた、早い。

 

する事しか出来ないみたいに

 

「・・・おはよう、ブラック。―――それよりも、私が何時お前に呼び捨てを許した?」

「何時っていうか、俺が決めた。・・・つーか、毎朝同じ遣り取りはもう止めようぜ」

呆れたように呟き、大きなあくびを1つ。

としては多少不本意ではあるが、シリウスの言う事も最もだと思い、自分が諦めればそれで解決するのならばそれで良いかと考え直した。

今まで誰に呼び捨てにされようと大して気になどしてこなかった自分が、どうしてシリウスがそれをするのを拒もうとするのか・・・―――自分自身でも解らないまま、は朝から溜息を零してお気に入りのソファーへと腰を下ろす。

そうして持っていた本を開き、灯るランプの光を頼りに文字を追い始めた。

元々しもべ妖精と2人で暮らしていたは、大袈裟ではあるが陽が落ちる前に眠り、陽が昇る前に起床するという生活を至極当然のように過ごしていた。

まだホグワーツに入学して間のない頃も、の就寝は誰よりも早かったし、また起床も誰よりも早かった。―――まるで幼い子供か老人のような生活習慣に同室の者たちは呆れていたが、そんな事はにとって何の問題でもない。

年齢を重ねるうちに、課題もこなさなければならなかった為という事情もあり、歳相応に就寝の時間は遅くなっていったが、起床の時間は昔と少しも変わることはなかった。

は朝目覚めると、手早く着替えを済ませ、趣味の読書の為に部屋を出る。―――これは本を読む灯りと気配で同室の者たちの眠りを邪魔しない為なのだが、それをと同室の女子から聞き出したシリウスは、少しでもと2人きりの時間を過ごす為に、同じように早起きする事を決意したのだけれど。

と違い、どちらかといえば朝に弱いタイプのシリウスには辛いものがあったが、それでも彼がこうして朝早くに談話室に降りて来れるのは、一重に恋心の賜物だろう。

パラリと本のページを捲る僅かな音しかしない空間で、シリウスは早くも退屈を持て余していた。

朝っぱらからのように読書をする気にもなれなかったし(寧ろシリウスはそれほど読書家ではない)、だからといってチェスなどのゲームは1人では出来ない。

折角時間を合わせて早起きしたのだからと会話をしたいと思っても、一心に本を読んでいるの邪魔をするのも憚られた。―――というよりも、読書の邪魔をして睨まれる事を恐れた・・・という方が正しい。

以前、あまりの退屈に耐えかねて読書をするにちょっかいを出した時、物凄く不機嫌そうな顔で睨まれた事があるのだ。

その日はいくら声を掛けても、まるでシリウスの存在などないかのように何の反応も返してはくれなかった。

それを身を持って経験したシリウスは、これ以上に悪印象を与えないようにと言動に気をつけている。

しかし、退屈だった。

まだの顔を見詰めていられれば時間も凌げるのに、凝視していると気が散ると文句を言われ、最悪の場合は自分を置いて何処かへと去っていってしまう彼女の事を思えば、ちらちらと様子を窺うこと以外に彼が出来る事はない。

その内に寝不足気味の頭に猛烈な睡魔が襲い掛かり、シリウスはソファーに身体を投げたまま、何時しか眠りの世界へと引きずり込まれていく。

数分後には安らかな寝息を立て始めたシリウスを、は横目でチラリと見る。

まだ朝食の時間まではずいぶんと間があるのだから、早起きが辛いのならばわざわざ起きてくる事もないのに・・・と、ぼんやりと思う。

毎朝自分よりも早く談話室に降りてきては、こうして隣で居眠りをする。

一体何が目的なのか、にはさっぱり解らなかった。

は深く溜息を吐き、膝の上に乗せていた本をテーブルに置くと、自分が着ていたマントを脱ぎ眠るシリウスに掛けてやる。

風邪でも引かれては厄介だとそんな事を思いながらも、はあどけない寝顔を晒すシリウスを見て無意識の内に微かに微笑んだ。

シリウスがずっと見たいと思っていた微笑み。

しかしそれを彼が目にする事はないまま。

こんな日常が、あの図書室での一件以来続いていた。

 

 

「シリウス!シリウス、起きなよ!!」

大きな声と身体を揺さぶられる感覚に、シリウスは重い瞼をゆっくりと開けた。

それと同時に眩しい光が目に刺さり、微かに眉間に皺を寄せながら身体を起こす。

バサリと自分の上から何かが落ちるが大して気にせず、シリウスはボンヤリとする頭のまま、無意識にの姿を探して辺りを見回した。

「もう、シリウス。早起きは良いけど、こんな所で寝てちゃ意味ないじゃないか」

シリウスが落としたマントを拾い上げ、軽く埃を払ったリーマスが呆れ混じりに言うのを聞き流しながら、シリウスは人の多くなった談話室に視界を巡らせる。

しかしそこに目当ての人物の姿はない。

そこで漸く、シリウスは傍に立つリーマス・ジェームズ・ピーターに視線を移した。

「・・・は?」

「第一声がそれかい?君は全く・・・」

ぼさぼさの頭を掻きながら、ジェームズが半目で呆れたようにシリウスを見下ろす。

しかし当のシリウスはそれを大して気にする事無く、先ほどの質問を繰り返した。

は何処だ?」

「・・・はぁ。なら大広間に行ったよ。リリーが談話室に降りて来たからね」

軽く肩を竦め、ジェームズはサラリとそう告げる。

ちなみに、ジェームズたちもシリウスがを呼び捨てにし出した事をきっかけに、同じく彼女たちをファーストネームで呼び始めた。―――リリーなど呪いを掛けそうなほど嫌がっていたが、そんな事にジェームズが怯むわけもない。

シリウスも同じく、ジェームズたちがを呼び捨てにする事を拒んでいたが、親友に止めろと言った所で素直に聞き入れてくれるとは思っていなかった。

結果、流されるままに現在のような状況に、なんとなく収まっている。

それはともかく、ジェームズの返事を聞いたシリウスは一瞬目を丸くして固まった後、勢い良くソファーから立ち上がり談話室を飛び出して行った。

折角早起きしたというのに、置いて行かれては堪ったものではない。―――もうすでに置いて行かれているのだけれど。

そんな親友の慌てた姿を目に映して、ジェームズとリーマスは顔を見合わせて笑う。

毎日毎日同じ事を繰り返していてよく飽きないものだと、いっそ感心さえ抱いた。

唯一ピーターだけが未だこの状況に慣れないのか、おろおろと2人を見詰めている。

「さてと、僕たちも大広間に行こうか」

「そうだね。早く行かないと、面白いものも見逃しちゃいそうだし・・・」

ジェームズの言葉にすぐさま同意し、3人はシリウスの後を追うように大広間へと向かう。

大広間は既に各寮の生徒たちで賑わい、それぞれが楽しく朝食を取っている風景が見れた。

その一角・・・―――グリフィンドールの席で微かな騒ぎが起こっていることを確認した3人は、迷う事無くそちらへと足を向けた。

案の定、そこでは朝食を取るとリリーに、どうして置いて行ったのかと抗議をするシリウスの姿がある。

これがあのグリフィンドールの王子様とまで言われた男の姿かと思うと、ジェームズはあまりの変わり様に腹を抱えて大笑いしたくなった。

「おはよう、。はい、これ。君のマントでしょ?」

不満を露わにするシリウスの背後から顔を出したリーマスは、持っていたマントを鬱陶しそうな表情を浮かべているへと差し出した。

「ああ、忘れていた。すまないな、ルーピン」

「どう致しまして」

にっこりと微笑み返し、リーマスはの向かいの席に腰を下ろす。

シリウスは当然のようにリリーとは反対側のの隣の席へと腰を下ろし、未だ怒り収まらぬ様子でパンに手を伸ばしていた。

漸く静かになったと思わず溜息を零し、はグラスに注がれたジュースを一口口に含む。

そうしてふと周りを見れば、隣のリリーを除いて他は全て悪戯仕掛け人たちに囲まれている事に気付く。

ついこの間までは静かな生活を送っていたというのに、何故今はこうして悪戯仕掛け人たちに囲まれて騒がしい日々を送っているのだろうか。

元凶は間違いなく隣に座るシリウスなのだという事は理解していたが、肝心の理由がよく分からない。

顔を合わせれば挙動不審な行動に出たり、熱でもあるのかと思うほど顔を赤らめたり、かと思えば今のように不機嫌そうに怒鳴り、事在る事にの行動に制限を付ける。

としてもそれに従う義理はない為全て無視しているが、シリウスは一向に諦める様子なく何度も何度も訴えてくる。

多少煩くは思うものの、煩いと一喝すれば大抵は大人しくなる為、は現状をそのまま放置しているのだけれど。

「ブラック」

唐突に声を掛けられ、シリウスはスプーンでスープを掬った体勢のままピタリと動きを止めた。

滅多にの方から声を掛けられる事がない為、驚きに思わず硬直していたが、すぐ嬉しさ故に表情を緩める。―――その解り易すぎる態度に、を覗く全員が呆れたような表情を浮かべた。

「どうした?」

「前から尋ねたい事があったのだが・・・」

歯切れ悪く言葉を切るに、一体どうしたのかとシリウスは持っていたスプーンを置いて向き直る。

「なんだ、聞きたい事って?」

真剣な表情を浮かべるシリウスに、は困ったように溜息を吐き出して。

「何故用もないのに、朝早くから談話室に降りてくる?まだ眠り足りないのなら、談話室のソファーではなく自室のベットで眠れば良いだろう。それから用もないのに図書室に入り浸り、私の顔を凝視したり・・・」

「ちょ、ちょっと待て!」

そこまで続けたの言葉を、シリウスは慌てて止めた。

最悪の予想が脳裏を過ぎる。

いや、まさか・・・そうは思うのだけれど、相手がだけに否定し切れない。

「俺がこの間言った事、まさか忘れたわけじゃないよな?」

「この間言った事?」

恐る恐る切り出すと、は微かに眉間に皺を寄せ首を傾げる。

それに表情を引きつらせながらも、シリウスは言葉を選んで慎重に声に出した。

「俺が・・・その・・・お前の事、好きだって言った事だ」

「・・・ああ、そうだったな」

言い難そうに少しだけ頬を赤らめながら口にするシリウスとは対照的に、は少しも表情を変えずにサラリとそう相槌を打つ。

伝わっている筈だ。―――本人もそれを認めたのだから。

なのに、どうしてだろうか?

ちっとも気持ちが伝わっていないような気がするのは。

「だから朝早くに談話室に降りてソファーで眠ったり、用もないのに図書室に入り浸ったりしているのか?」

戸惑うシリウスなど知りもせず、は早急に答えを促す。

それに躊躇いながらも頷き返すと、返事の代わりに大きな溜息が返って来た。

「そんな事の為に、わざわざ早起きなどする必要ないだろう。休息はしっかりと取れ。授業中に居眠りされても困るからな」

言葉を聞いただけではシリウスの体調を心配した言葉に聞こえなくもないが、実際は『それによって注意を受ける私の身にもなれ』という意味が込められている事を、賢いシリウスは勘違いする事無く察していた。

「リリー、行こう。もうすぐ授業が始まる」

「え、ええ」

あまりの言葉に固まるシリウスを放置し、は席を立つと既に食事を終えていたリリーを促し大広間を出て行く。―――シリウスをあまり良く思っていなかったリリーも、今の言葉には少しだけ同情の気持ちを抱きつつ、あえて何も言わずに席を立った。

残されたシリウスに同情的な視線を送り、ジェームズはコーヒーで喉を潤す。

「もしかしなくても、本気にされてないんじゃないの?」

「まぁ、仕方ないよね。今までの行動のつけが、今回って来ただけの話なんだから」

何の気遣いもない親友たちの言葉に、シリウスはがっくりと項垂れる。

ピーターだけが、変わらずおどおどとした様子でシリウスを心配そうに見詰めていた。

 

 

どうすれば自分の気持ちを、寸分の狂いなくに伝えられるか。

そんな事を考えているシリウスなど知らず、は魔法史の授業中、淡々と紡がれる教授の声をぼんやりと聞き流しながら考えていた。

告白をされたのは、何もシリウスが初めてではない。

は知らぬ所ではあるが、ファンクラブのお陰で煩わされる程ではないにしろ、ちょくちょく自寮他寮問わず男子生徒・・・そして時には女子生徒の告白を受けて来た。

勿論には男女の色恋沙汰に一欠けらの興味もなかった為、全て丁重にお断りさせて頂いたが。

そういえば・・・と、先日の図書室での出来事を思い出す。

口付けを受けたのも初めてだが、相手の求愛をキッパリと断らなかったのも初めてだ。

何故断らなかったのかと問われれば、どうにも答えようがない。

勿論には告白を受ける気は少しもなかった。―――だから毎回しっかりと誤解のないよう断りを入れていたのに、どうしてシリウスにだけはそうしなかったのか。

初めての口付けに、自覚がないまでも混乱していたのかもしれない。

とてまだ15歳の少女だ。―――突然されれば混乱だってするだろう。

だからといって、シリウスの想いが本気であるとはは思っていない。

噂話などそれほど興味がないにさえ、シリウスの女遊びの噂は耳に届いている。

聞いていてあまり気分の良い内容ではなく、自分の知るシリウスとのギャップに違和感を覚えつつも、その話の内容が偽りではない事を知っているがシリウスの告白を信じていないのは、ある意味仕方のない事だった。

しかしたとえそうだとしても、あの告白以来シリウスが自分の周りをうろつく事に、不快感を抱いていないのは確かだった。

にとってはとても不思議な事だったが、それははっきりと断言できる。

その結論まで至った時、は眉間に皺を寄せて頭を押さえた。

自分が何を考えているのか、何を疑問に思っているのか・・・―――それが解らなくなったのだ。

グシャリと苛立ち紛れに髪を掴み、深呼吸をして冷静さを取り戻そうとする。

別にシリウスの告白が嘘でも本当でも、自分には関係ない。

なぜならば、自分は・・・。

そこまで想いを巡らせた時、教室に授業終了のチャイムが鳴り響く。

それを合図に教授は教室から去り、授業終了の開放感に生徒たちが談笑を始める。

ハッと我に返ったはぼんやりとその風景を見詰め、1つ大きく息を吐いた。

「どうしたの、?」

様子の可笑しいに気付き声を掛けるリリーに視線を向け、何でもないというように首を横に振る。

そこにいたのは、いつも通りのだった。

リリーの言う、誰も必要としていないだった。

 

 

全ての授業が終わった後、はいつも通り図書室に顔を出した。

その日はスネイプの姿もなく、また最近はいつも後ろを付いてくるシリウスの姿も珍しくない静かな日で。

久しぶりに集中して本を読めると安堵しつつも、しかし何故かその静かさが逆に落ち着かない。―――広げた本に並ぶ文字を目で追いつつも、一向に内容が頭に入ってこない事を自覚したは、本を読む事を諦め何気なく窓の外の景色へと視線を移した。

何故だろう?

どうしてだろうか?

自分自身でも訳の解らない疑問ばかりが、脳裏を占めていく。

何に疑問を抱いているのかが解らないから、答えを出しようもない。

ただ1つ解っているのは、自分の中の何かが少しづつ・・・―――しかし確実に変化していっている事だけ。

その変化が良いものなのか悪いものなのかすら、には判断できない。

それでもは、その変化を抗う事無く受け入れる。―――何故かそうする事が至極当然の事のように思えた。

ふうと小さく溜息を吐いて、これ以上の読書は意味がないと判断したは、広げていた本を閉じ本棚に戻し図書室を出る。

しかしいつもならばまだ図書室にいる時間。―――このまま真っ直ぐ寮に帰るのも何となく躊躇われ、は当てもなくブラブラと廊下を歩いていた。

だからその場面を目撃したのは、偶然だった。

あれほど噂になってはいても、一度も目の当りにした事はなかった光景。

いつもと違う行動を取った故に遭遇してしまった、ある人物の告白の場面。

その姿を見つけたは、咄嗟に廊下の影に身を潜めた。

後になって何故隠れなければならなかったのかと自問しても、もう遅い―――現にはその行動を取ってしまったのだから。

あまり人通りのない薄暗い廊下の片隅で、シリウスが今まさに告白を受ける所だった。

「好きです。付き合ってください」

静かな廊下に、少女の可愛らしい・・・少し緊張を含んだ声が控えめに響く。

薄っすらと頬を染めてはにかむ姿は、とても可愛らしい。

同じ性別をしているというのに、どうして自分とはこうも違う生き物のように見えるのだろうかと、いっそ不思議にさえ思う。―――特別女らしさに拘っていないから見ても、その少女は文句の付けようもないほど愛らしかった。

「・・・悪いけど」

しかしシリウスの口から零れたのは、断りの言葉だった。

最近告白を断っているというのは、どうやら本当らしい。

盗み聞きはいけない事だと解っていつつも、今更出て行くことなど出来る筈もなく、はじっと息を潜めて様子を窺う。

気配を消す事など、にとっては造作もない事だった。

「・・・そう、言われると思ってました。最近先輩が先輩の事追いかけてるって噂を聞いたから・・・」

どうやら少女は後輩らしい。

そんなどうでも良い事を思っていると、途端にシリウスが挙動不審な動きを見せた。

少女の言葉に照れているらしいが、にはその理由がよく解らない。

何か照れるような事を言われていただろうか?―――少女の告白にさえも動じなかったというのに、一体何に?

「ブラック先輩、本気なんですか?」

眉間に皺を寄せて考え込んでいると、少女が恐る恐るといった様子で問い掛ける。

それは恋愛事に鈍いでも、何の事を問うているのか簡単に理解できた。

ふと、なんて答えるのだろうかという疑問が、の胸の内に浮かび上がる。

関係ないと思いつつも、その答えに耳を澄ませている自分に気付きながら。

「勿論、本気だ」

シリウスははっきりとそう言った。

迷いのない声で・・・―――シリウスの背中側にいるには彼の顔は見えないけれど、先日図書館で見たあの真剣な目をしているのだろうと、疑いもなくそう思った自分には驚いた。

「ま、は本気にはしてくれてないみたいだけど。でも絶対に認めさせてやる。何が何でも、俺の気持ちが本物だって事を、あいつに思い知らせてやるんだ」

思い知らせてどうする・・・と密かに突っ込みを入れつつも、はシリウスの言葉に軽く目を見開く。

自分の中の疑問が1つ、解けたような気がした。

何故、シリウスの告白をその場でキッパリと断らなかったのか。

それはきっと、迷いのない真っ直ぐな目をしていたからだ。

あれほど酷い噂を聞いていながらも、それでも拒絶出来なかったのは。

自分に向けられている感情が偽りではないと・・・―――自覚しないまでも本能のどこかで感じ取っていたからかもしれない。

自分が決して持っていない光を、シリウスが持っていたからなのかもしれない、と。

お互い会話も止み、振られてしまったというのに笑顔でシリウスの元を去った少女を見送り、シリウスもまたに気付かず寮の方向へと消えていく。

それを依然気配を消したまま見送りながら、は納得したように頷いた。

そうしてほんの少しだけ口角を上げると、当てのない散歩を再開する。

ブラブラと歩きながら、はどこかすっきりとした表情を浮かべていた。

 

 

「お帰り、

辺りが闇に包まれ始めた頃、当てのない散歩を終え寮に帰って来たに一番初めに気付き声を掛けたのは、やはりシリウスだった。

ジェームズたちの姿は、傍にはない。―――大方また悪戯をしに行ったのかもしれないと思いつつ、は短く返事を返して定位置のソファーに腰を下ろした。

しかしを出迎えたシリウスは立ったまま、座ったを真剣な顔で見詰めている。

誰の物か解らないテーブルに置き去りにされた本を手に取り、いつもの習慣でそれを開いたは、その視線に気付き顔を上げた。

「どうした、ブラック」

訝しげに声を掛けると、シリウスは合わせていた視線を逸らし、落ち着かない様子で目を泳がせる。―――そうして何か言いたげに口をもごもごと動かすが、上手く言葉にならないのかなかなか言葉を発することがなかった。

様子の可笑しいシリウスを訝しく思いながらも、は話を急く事無くゆっくりとした動作で本のページを捲る。

言えるようになれば言えば良い。

そう考えるは、じっとシリウスが話し出すのを待った。

それに勇気付けられるように、シリウスは自分を放置して自室へと帰らないに内心安堵しながら、なるべく冷静さを取り戻すようにと深呼吸を1つ。

そうして、漸く決心のついたシリウスは、ゆっくりと慎重に口を開いた。

「この間・・・図書室で言った事だけど」

話を切り出され、は本に向けていた視線をシリウスに向けると、思い出したように軽く目を瞬いて。

「解った」

深呼吸の成果なく、顔を赤く染めしどろもどろと言葉を続けるシリウスを遮り、キッパリと一言・・・―――簡潔に返事を返した。

一方、まだ本題にも入っていないのに返事を返されたシリウスは、目を見開き呆気に取られつつの顔を凝視する。

からかわれたり、あしらわれているのかと思いきや、の表情は真剣そのものだ。

いや、いつもと変わらない無表情に見えるが・・・―――シリウスはそれを真剣な表情だと認識した。

だからこそが何について『解った』と言っているのかがシリウスには解らず、内心混乱しながらも何とか返事を返す。

「・・・何が?」

「お前の言いたい事は解った、と言った」

やはり返って来る言葉は簡潔で、理解するのは難しい。

本当ならばその返事はシリウスにとって喜ぶべき事なのだけれど、相手が自分の言いたい事を理解しているのかどうかも解らないのであれば、それは何の意味も成さない。

しかしそんなシリウスを前に、は一切の動揺を見せる事無く淡々と言葉を紡いだ。

「お前が私を想っていると・・・それが偽りではないと、私は判断した。不本意であり不可解では在るが、お前の言葉を私は認めよう」

不本意であり不可解ってなんだよ、とか。

認めようなんて、なんて偉そうな言い方なんだ、とか。

色々と思う事は多かったが、それでもシリウスは自分の想いを認めてくれたという言葉に安堵し、頬を緩ませていた。

こんな姿を親友に見られたら絶好のからかいネタにされると解っていても、緩む頬を抑える事は出来ない。

今朝抱いた絶望に似た思いが、何故かは解らないが報われたのだから。

「・・・じゃあ、俺と付き合って・・・」

「それとこれとは話は別だ」

嬉しさのあまりそう言葉を続けると、しかし先ほどの言葉とは裏腹にばっさりと一刀両断された。

思わず言葉を失い目を瞬くと、自分を真っ直ぐ見詰める目と視線が合わさる。

深い深い紫暗の瞳。

引き込まれそうなほど綺麗なその瞳は、シリウスの好きなものの1つだ。

「確かに私はお前の言葉を認めると言った。だが、お前を受け入れる事とは別問題だ」

澄んだ声で伝えられる言葉は、酷く冷たい響きを持っていた。

にとって、恋人という存在など必要なかった。

来るべき日の為に、自分は数多の知識を得る事に専念するだけで良い。

それだけが、今の自分のすべきことの全てだからだ。

シリウスは、無表情で自分を見詰めるを静かに見下ろした。

鋭い光を放つ瞳。

気丈に立つその姿はとても強く見えるというのに・・・―――なのにどこか脆くも見えるのは何故だろうか?

不意に組分けの儀式の時のを思い出す。

あの瞬間、そして今も。

シリウスは、の中の闇を垣間見た気がした。

「・・・でも、俺は諦めねぇよ」

先ほどよりもほんの少し弱々しくはあるものの、シリウスはキッパリとそう言い切った。

それにが驚き目を見開く様子を見詰め、にやりと口角を上げる。

「絶対、諦めない。お前を俺のモノにするって言っただろ?」

まるで自分に言い聞かせるようにそう言葉に出せば、は微かに微笑んだ。

それはきっと本人も無意識なのだろう。

しかしその微笑みに、シリウスは自分の出した答えが間違いではないと確信を抱く。

誰も必要ないと言いながらも。

思いを受け入れるつもりはないと言いながらも。

本人にも自覚ない心のどこかで、もしかしたらそれを願っているのかもしれないとシリウスはそう判断した。

「覚悟しとけよ、

宣戦布告のように言い放つシリウスから、はそっと視線を外して。

「・・・勝手にしろ」

の口から、否定の言葉が出て来ることはなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今更ですが、シリウスは『僕』ではなく『俺』が似合うと思います。(いきなり)

原作では『僕』でしたが、ここではやはり『俺』で。

なんだか主人公が段々酷くなっていきます。

こんなので良いんでしょうか、うちの主人公・・・。(凄い今更)

ほんの少しづつ、亀の歩みのように進行する2人の恋(寧ろシリウスの恋)と悪戯仕掛け人たちとの友情・・・を書いてるつもりなのですが・・・。(かなり程遠い)

そして題名がやはり全然合ってないような・・・。

作成日 2005.12.19

更新日 2007.10.11

 

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