宿命という名の、幕が上がる。

決して逃れる事の出来ない、彼女自身の責任と。

ただ祈りを捧ぐ事しか出来ない、少年の想いと。

見守る事しか出来ない、彼女たちの願いと。

全てが重なり、混ざり合って。

 

来たるべき

 

「乾杯!!」

ダンブルドアの声を合図に、大広間から盛大な歓声が上がった。

大広間には色鮮やかな紅が彩られ、その紅の象徴であるグリフィンドールの席は、他の寮よりも更なる賑わいを見せている。

終業式。

見事グリフィンドールが寮杯を勝ち取り、誰もが浮かれているその中で。

ある一角の席を陣取っている集団は、その賑わいとは正反対に重い空気を纏っていた。

本来このような場でならば、一番派手に騒いでいるだろう悪戯仕掛け人たちと、ここ数ヶ月で急速に彼らと仲が深まったとリリーである。

何故かとわざわざ説明するまでも無いだろう。―――夏休み中、に待っているだろう儀式が原因だ。

他のグリフィンドール生たちは、そんな彼らの様子にどうしたのだろうと首を傾げてはいたけれど、きっと何か企んでいるのだろうとあっさりと自分自身を納得させて、各々楽しげにその学年最後の晩餐を楽しんでいる。

そんな中、手にしたパンをちぎり一欠けら口に運んだは、それぞれ戸惑ったような表情を浮かべている友人たちを見やり、他の寮生と同じように訝しげに首を傾げた。

「どうした?元気が無いようだが・・・?」

「いや、どうしたっていうか・・・」

心底解らないとでも言いたげなに、隣に座っていたリリーが思わず突っ込む。

手元を見れば食事も進んでいないようだ。

いつもよりも豪勢な食事は、彼らにとっては楽しみの1つだと思っていたのだけれど。

そんな事をが考えていると、唐突にの前の席に座っていたシリウスが持っていたフォークをテーブルに上に置いた。

カシャンという微かな音を聞き咎めてそちらへ視線を向けると、そこには酷く真剣な目をしたシリウスと視線が合う。

。無理しなくても良いんだぞ?」

「・・・無理、とは?」

労わるような声色に、は更に首を傾げる。

彼が・・・いや、彼らが自分の心配をしているという事は解った。―――しかしには彼らに心配されるような事は・・・。

そこまで考えて、はふとその原因に思い当たった。

おそらくは・・・いや、きっと間違いなく、あの事が原因なのだろう。

そう判断したは、持っていたパンを皿の上に置き小さくため息を吐いた。

「真剣に心配してくれているのに悪いが、私は無理などしていないよ」

「何言ってるんだよ、。だって君・・・」

サラリとそう告げたに対し、ジェームズがすかさず反論する。

普段はふざけた行動と軽い態度で誤解されがちだが、彼は仲間の事を人一倍思いやる。

心配される事は気恥ずかしい気もするが、こうして真剣に自分の身を心配してくれているジェームズに対し、は少しだけ感動を覚えた。―――勿論それを表情に出す事などしないが。

飄々とした彼を普段見てきているとしては違和感があるどころの話ではないが、それを指摘するほどは無神経ではない。

ふうと小さくため息を吐き出してグルリと友人たちの顔を見回せば、全員が全員とも似たような表情を浮かべていた。―――唯一いつもと変わりないのは、とリーマスだけである。

リーマスはもしかすると解っているのかもしれない。

この中で一番人の感情の機敏に敏感なのは、決して人には言えない秘密を抱いている彼だろうから。

「ほら、とにかくみんな落ち着いてよ」

困ったように微笑んで、リーマスが両隣に座るシリウスとジェームズを宥める。

しかしそれが素直に聞き入れられる筈も無く、逆に心配が頂点に達して挙動不審ぎみなシリウスに睨まれてしまった。

「何言ってんだ。明日から夏休みなんだぞ。落ち着いてられるわけないだろ?」

「いいから落ち着け、シリウス」

「っていうか、君の場合は落ち着きすぎだと思うけど」

もうちょっと慌てたり不安がったりした方が、この状況には合ってるんじゃないの?

そう言葉を付け足して、リーマスは再び困ったように微笑む。―――それが本心ではない事は、も十分に理解しているが。

しかし、確かに言われてみればそうなのかもしれないと思うのも確か。

5年生になってからの一年間、儀式の事を考えるだけで気分が滅入っていたというのに、何故自分は今こんなに落ち着いているのだろう。

儀式が生み出す結果について、恐怖すら抱いたというのに。

それでも先ほど言った通り、は現在無理をして平静を装っているわけではない。

これがありのままの今の気持ちなのだから、何と言われようと仕方が無いのだけれど。

は手元にあるゴブレットからジュースを一口飲んで、思い詰めたような表情を浮かべるシリウスを見やる。

「これでは、どちらが儀式を受けるのか解らないな」

そう1人ごちて、苦笑を漏らした。

「さっきも言ったが、私は無理などしていないよ。不思議と恐怖も不安も無い。実に穏やかな気持ちで、今ここに座っているんだ」

言葉通り穏やかな笑みを浮かべるを見て、シリウスは漸くそれが本心である事を理解した。

信じられない事だが、の言う通りなんだろう。

もしかするとこの夏休みで自分が変わってしまうかもしれないというのに、はまるでその事を気にしていない。

あの時・・・―――怪我をしたシリウスが運び込まれた医務室であの時、怖いと自らの心の内を語った事が嘘のように。

何故なのだろう、とシリウスは平然と食事を再開するを呆然と見詰める。

別に取り乱して欲しいわけでも不安がって欲しいわけでもないが、普通に考えればこの態度は可笑しい以外の何者でもない。

もしかしたら、開き直ってしまったのかもしれない。

この1年、と交流を持つようになって、シリウスは学んだ事が幾つかある。

その1つが、彼女の開き直りについてだ。

普段から即決即断の彼女ではあるが、一度悩み始めると普段の面影すら感じないほど尾を引く傾向にある。

それを解決するのが、所謂『開き直り』なのだが・・・―――しかし開き直ってしまった彼女は、何よりも強い。

今まで本当に悩んでいたのかと問いたくなるほど、大胆な行動に出たりする。

今回も悩みに悩んで、とうとう開き直ってしまったのかもしれない。

グダグダと考え込むのが良いとは言わないが、しかし開き直ってしまって良い問題なのかと、シリウスは心の中で密かに突っ込みを入れた。

「それに・・・」

の人となりを知っている全員が生温い目で見詰めていると、不意にがポツリと呟きを零す。

それは本当に独り言と言えるほど小さなものだったが、幸か不幸か全員の耳にしっかりと届いていた。

「儀式は成功するというシリウスの言葉を、信じているからなのかもしれないな」

その呟きに、シリウスが目を見開き顔を真っ赤にしたのは、仕方のない事なのかもしれない。

それによってシリウスがジェームズたちにからかい倒されたというのは、想像するまでも無かった。

 

 

終業式のパーティが終わり談話室に戻ってきた6人は、示し合わせるでもなく定位置であるソファーに腰を下ろした。

絶好のからかい対象が見つかったからなのか、パーティの時に沈んでいたのが嘘のようにジェームズのテンションは最高潮を迎えている。

その影響を一身に受けているシリウスはといえば、どうやら顔色を赤く青く染めるのに忙しいらしい。

その隙にの隣を陣取ったリリーは、しかし未だ晴れない表情でを心配げに見詰める。―――彼女の限定で発揮される極度の心配性は、シリウスとは違いあのセリフだけでは解消されなかったようだ。

「だけど、。本当に大丈夫なの?家に帰っても1人なんでしょう?」

自分の手を握り眉を寄せるリリーを見やり、はやんわりと微笑む。

「別に1人というわけではないよ。家に帰ればセルマがいる。リリーも会った事があるだろう?セルマがいれば、家はずいぶんと賑やかだ」

諭すように言われ、リリーは何度か会った事のあるセルマという名のしもべ妖精を思い出す。―――確かに言われるまでも無く、そうに違いないと納得してしまえるだけの要素がセルマにはあった。

しかしそこで納得してしまうわけにはいかないのだ。

リリーは自分の願いをに伝える為、フルフルと頭を振って再びを見据える。

「確かにそうだけど・・・でも、そういうことじゃなくて」

「・・・リリーは一体、何が言いたいんだ?」

「あの広い家で1人は寂しいでしょう?」

真剣な眼差しで見詰められ、はパチリと瞬きを1つ。

寂しいか寂しくないかと聞かれても、にはどう答えるべきなのか解らない。

物心ついた頃から、あの屋敷にセルマと2人で暮らしていたのだ。

両親は闇祓いとしての職を持っており、こんなご時世であるが故に多忙を極めていた。

帰宅しないこともあれば、帰ってきたとしても幼いに構っていられるだけの体力や精神力が残っている事は少なかったし、それ故に両親に構ってもらった記憶もそれほど多くは無い。

実際に幼いを育てたのは、しもべ妖精であるセルマなのだ。

の記憶に残っている両親はといえば、外の世界がどれほど危険であるかという話や、経験に基づいたその時の対処法に始まり・・・―――そして様々な武術の鍛錬や勉学の手解きなどをしてもらった事くらいだ。

けれどは、両親に愛情を注いでもらっていないとは思わない。

闇祓いとして数々の危険や惨劇を見てきた2人だからこそ、もしもがそんな場面に出くわした時、無事に切り抜けられるだけの力を備えさせようと思ったのだろう。

人々に『例のあの人』と呼ばれ恐れられるヴォルデモートが支配する今の世界は、それほどに危険なのだ。

力を狙われている家の者として、必要とされ得る知識と力を身につける事は、必要最低限の防衛手段だった。

「・・・?」

声を掛けられ、はハッと我に返った。

1人思考に耽っていた事を誤魔化すように笑みを浮かべ、不思議そうに首を傾げるリリーに向かい同じように首を傾げてみせる。

「どうした、リリー。何か思うところがあるのなら言ってみろ」

宥めるように言われ、リリーは困ったように微笑む。

どうやら自分が何かを伝えたいと思っている事に、は気付いているようだ。

こういうところでは本当に鋭いな、とリリーは苦笑する。

「そうね。今更まどろっこしい言い方しても仕方ないわよね。それじゃあ、はっきりと言うわ」

リリーは大きく息を吸い込んでキッパリと一言。

「この夏、の家へ泊まりに行きたいの。良いでしょう?」

にっこりと笑顔で告げられた言葉に、は目を丸くした。―――そんな彼女をサラリと流して、リリーはお構いなしに続ける。

「別にずっと・・・って訳じゃないわ。そうね、の言う儀式が終わるまで。それまでの間、私はの家に泊まり込む」

「・・・ちょっと待て、リリー」

「待たないわ。もう決めちゃったんだもの」

慌てて制止を掛けるも、リリーは悪びれた様子無く。

相変わらずその顔には、満面の笑顔を張り付かせて。

しかしその目が笑っていない事に、は気付いていた。―――『良いでしょう?』と問い掛ける言葉であるにも関わらず、拒否を許さないその声色にも。

そんなリリーの発言を漏らす事無く聞き止めたジェームズは、シリウスをからかう手を休め、同じく満面の笑みでへと振り返る。

「それ良いね。楽しそう!折角だから僕もお邪魔しちゃおうかな!」

「だから、待てと言っている」

「ふ〜ん。それじゃあ、僕もご一緒するよ」

「あ・・・あの、ぼ・・・僕も・・・」

「お前ら、人の話を・・・」

「あら!ずいぶんと大人数になりそうね。さっそくセルマに手紙を送らなきゃ!」

何とか口を挟もうとするに対し、リリーやジェームズやリーマス。―――おまけにピーターまでもが便乗して話に加わってくる。

そうこうしている内に、あらかじめ用意していたのか・・・リリーがポケットから取り出した手紙を待たせておいた梟に渡し、談話室の窓から追い出すように羽ばたかせる。

待てと声を掛けてももう遅い。

が気付いた時にはもう、梟は夜の闇に紛れて見えなくなっていた。

「・・・お前ら」

あまりの手際の良さに、は言葉も無く額を押さえる。

やはりリリーはどうあってもリリーなのだ。

悪戯仕掛け人たちの悪戯をその身を持って止めに入っていても、元々こういう・・・―――言葉は悪いが、悪巧みが嫌いではないのだ。

リリーがヘマをする事は無いだろう。

だとすれば、手紙は今日中に家へと届き、その手紙を受け取ったセルマはとその友人を出迎える為に嬉々として準備に勤しむに違いない。

しかし今回ばかりは、リリーの申し出を受けるわけにはいかなかった。

彼女たちが『儀式』について心配しているのは解っている。

しかしも『儀式』に挑むのは初めての事。―――何か不具合が生じた場合、何が起こるか解らないのだ。

ここは丁重に断らなければならないが、だからといって都合良くリリーたちを納得させられるだけの理由を見つける事など出来るわけも無く。

さてどうするべきかと思案していたの前に、悠然とシリウスが立ちはだかった。

「お前ら・・・いい加減にしろ!」

先ほどまでからかい倒され疲弊していたのが嘘のように、毅然と立つシリウス。

自分が困っているのを知り、リリーたちを説得してくれるのかと微かな期待を抱くが、やはりというか当然の如く、その期待は彼の一言で見事に打ち砕かれた。

「何でお前らまで来るんだよ!の家に行くのは、俺だけで十分だ!!」

当然とばかりに言い放たれた言葉に、の頭痛は更に増した。

いつお前が家に来る事に決まったんだと突っ込みを入れたいが、言っても無駄だろう事は考えるまでも無く明らかだ。

シリウスの発言に5人が5人共睨み合いを始めたのを横目に、は襲い掛かる疲労を振り払うようにため息を吐き出して。

「誰も来る必要はない」

一触即発なその場に、彼女の気持ちを一番表す一言を投下した。

それに反応し、揃って振り返った5人に向かい軽く肩を竦めて見せる。

「儀式に関して、お前たちにしてもらう事は何もない。私1人で十分だ」

「確かに・・・私たちは儀式に挑むに、何の手助けもしてあげられないかもしれない。でも、邪魔はしないつもりだから」

リリーが一歩踏み出して、真剣な表情でにそう告げる。

今まで喧嘩していたのが嘘のように、全員が同じ意見なのか口を噤んでを見詰めている。

「それに・・・確かに儀式に関しては何も出来ないけど、私たちにだって出来る事はあるわ」

少しだけ口角を上げて、自信たっぷりに言い放つリリーに、は小さく首を傾げた。

無言で先を促すに、ジェームズがにやりと笑みを浮かべる。

「そうさ!こうやって騒いで、の気を紛らわせる事が出来るだろう!?」

頭を痛くさせるの間違いなのではないかと、は密かにそう思った。

ジェームズの言葉に苦笑を浮かべつつも、リーマスは穏やかに口を開く。

「1人よりは、皆がいた方が絶対に良いよ」

「ぼ・・・僕、何も出来ないけど・・・」

躊躇いがちではあるが一歩踏み出し俯きがちに申し出るピーターに、は微かに笑みを向ける。

「それに・・・友人を安心させてあげるのも、友人の務めなんじゃないかな?」

最後に駄目押しとばかりにジェームズがニコリと笑った。

その珍しく邪気の無い笑顔に、思わず反論の言葉を飲み込む。

最初から、何を言ったところで彼らが納得するとは思っていなかったけれど。

チラリと先ほどから無言のシリウスの様子を窺えば、出遅れたとばかりに戸惑う姿が見えた。―――目が合うと、微かに頬を染めバツが悪そうに視線を逸らす。

それに小さく噴出して。

突然笑い出したを呆気に取られて見詰めるリリーたちに向かい、諦めたように息を吐いた。

「言っておくが、家には面白い物など何も無いぞ」

「・・・それってもしかして・・・」

「部屋数だけは豊富だが、古いし何も無い。それでも良ければ好きにしろ」

素っ気無く言い放つと、は疲れたようにソファーに身を沈めた。

一拍遅れて上がった歓声を聞きながら、素直ではない自分に小さく苦笑する。

心配してくれて嬉しかったと、そう言えば良いのに。

まぁ・・・言葉にしなくとも、きっと彼女たちにはお見通しなのだろうが。

「・・・、頑張ろうな」

隣に移動してきたシリウスが、の顔を覗き込みながら力強く言った。

まるで自分が儀式に挑むかのような意気込みで。

「・・・大丈夫。儀式は成功するさ」

その言葉が、心強かったのは確か。

自信有り気に微笑んだに、シリウスもまた満足そうに笑みを浮かべた。

 

こうして、悪戯仕掛け人とリリーの、家滞在が決定したのである。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はい、続きを書いてしまいました。(ごめんなさい)

なら終わらせる必要なかったんじゃないのとか思いましたが、やはりあれはあれ。

話のメインが違うので、やっぱり新しく連載を・・・と。

今回は前回とは違い、そんなには長くならない予定。

大体・・・前の連載の半分くらいでしょうか・・・。(それでも十分長いですが)

そしてやっぱり恋人同士になっても、シリウスの扱いが悪いのは何故なのでしょうか。

愛はしっかりたっぷりあるのですが。(苦笑)

作成日 2006.1.7

更新日 2008.7.21

 

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