「え・・・、ここ?」

本人の意思などまるで無視した挙句、勝手に夏休みの予定を決めてしまった悪戯仕掛け人たちとリリーは、最早既に諦めの境地に立っているの案内で、彼女の実家である邸に到着した。

到着した・・・筈なのだけれど。

決して人通りの少ないとはいえない大通りで、悪戯仕掛け人たちは無表情で立つに向かい思わず疑問の声を上げた。

の示した先には、邸どころか家らしき影も見えなかったのだから。

しかしあの良く言えば真面目なが、冗談を言うとは思えない。

押しかけ同然で付いて来た事に腹を立てて意地悪をしているのかとも思ったが、に限ってそれは冗談以上に考えられなかった。

チラリと視線を送った先のビルとビルの狭い路地には、通り抜け出来ないようしっかりとした赤茶色の煉瓦で封鎖されている。

もしかしてこの先に邸があるのだろうか?―――しかし煉瓦を壊してしまわない限り、先へは進めそうにも無い。

一体どういうことなのだろうかとシリウスが口を開きかけたその時、至極当然だと言わんばかりにが口を開いた。

 

彼女たちの夏休み

 

「我、呪われし血を受け継ぎし者なり。汝らの仔の前にその扉、今こそ開け」

静かな声で紡がれた言葉に反応して、行く手を遮っていた煉瓦が一瞬にしてその姿を消した。

呆気に取られる4人を前に、慣れた様子でが開けた路地の向こうへと足を踏み出す。―――それに気付いた5人は、慌てて先を行くの後を追った。

「ねぇ!今のって・・・」

「防犯対策の1つだ。屋敷に入る為には、あの呪文を口にしなければならないんだ」

サラリと言い切ったに、ジェームズが目を輝かせて感心したように声を上げる。

一般の家庭には考えられない防犯システムだ。―――まるでダイアゴン横丁に通じる道に施された、あの煉瓦の仕掛けのような。

「でも、あの合言葉はないよね・・・。もうちょっと明るい合言葉はなかったの?」

「私に言うな。考えたのは私ではなく、私の両親だ」

ふと好奇心に満ちた目を呆れた色に変えたジェームズが呟くと、その言葉を拾ったが素っ気無く返した。

「でも、いちいちこんなシステムがあったら、誰も気軽には訪ねて来れないと思うんだけど・・・」

最後尾を歩くリーマスが、ポツリとそう漏らす。

言われれば確かにそうだと全員が振り返ったが、しかしはその表情を微塵も動かす事無く、まるでそれが当たり前だと言うように呟いた。

「好き好んで、家を訪ねる輩などいないよ」

「・・・え?」

「その必要性がある者には、ちゃんと呪文を伝えている。何も問題は無い」

その呟きに目を丸くする5人をそのままに、はふいと視線を前に戻すと再び淀みない足取りで路地の奥を目指す。

「なぁ、ジェームズ。どういう意味だ?」

そんなから少しだけ距離を取って、シリウスは声を潜めると隣を歩くジェームズに声を掛ける。

家柄やそれに関する魔法界の常識について、シリウスは今まで全く興味がなかった事が災いしてか、マグルの魔法使いほどの知識しかない。

に会うまでは、家という家名も知らなかったぐらいなのだ。―――おそらくは両親が何らかの話題には出していたのだろうけれど、残念ながらシリウスの記憶には欠片も残ってはいなかった。

その点で言えば、ジェームズのポッター家は魔法使いの家としても古く由緒あり、様々な家に顔が利く。―――家の情報のほとんどが、ジェームズによってもたらされたものなのだ。

シリウスの問い掛けに、ジェームズは珍しく困惑したように眉を顰めて。

けれど集まる視線には勝てなかったのか、やはりには聞こえないよう声を潜めて自分の知る限りの情報を彼らに伝えた。

「実はさ、が言ってた通り、家の不思議な力ってヤツは結構有名なんだよ。勿論『儀式』とか『人格が変わる』とかは知らなかったけど。その不思議な力って言うのも具体的にはどういったものなのかって言う事も、あんまりはっきりとは知られてはいないんだけどね」

そう前置きをしてから、ジェームズは憂鬱そうにため息を吐き出す。

「でも、家の人間には一般的な魔法とは違う、すごく強い力があるっていうのは知ってる。―――大抵の魔法使いなら知ってるはずなんだけどね」

「・・・うん、僕も知ってる。どんな力か・・・ってことまでは知らないけど」

呆れたようにシリウスを見るジェームズに加勢するように、リーマスも同意を示した。

ピーターもコクコクと何度か頷き、マグル出身であるリリーさえも1つ頷いて見せる。

それにバツが悪そうに表情を歪めながら、シリウスは視線で話の続きを促した。

の人間には、すごく強い力がある。図らずもそれは、人の生死を簡単に左右してしまえるほどの」

「だから皆、口には出さないけど、の人間の事をこう呼んでる。『悪魔』とか『死神』とかね」

真剣な表情で告げるジェームズとリーマスに、ピーターの身体が恐怖に強張った。

シリウスとリリーも、なんともいえない表情で2人を見詰めている。

「そう言わせるほどの力を、家は持っているんだ。だからこそ、『例のあの人』や闇の陣営もの力を欲し、手に入れられないと悟ると潰しに掛かる」

そうやって、家の人間は、多くの闇の魔法使いと戦い、そしてその命を散らしたのだ。

家の人間の多くは闇祓いの職について、闇の魔法使いたちを捕えてきた。それにそういった過去もあるから、魔法省側の人間だと思われているけど・・・―――実をいうと、家は魔法省側でも闇の陣営側でもない、中立の立場にあるんだよ」

長く続く路地を歩きながら、リーマスはそう言葉を続ける。―――前を歩くがチラリと振り返ったのが見えたが、あえて何も言わなかった。

「どちらにも属さない強大な力を持った一族。言い換えればどちらに転ぶか解らない不安定な存在。だから人は、表面上そうは見せなくても家を恐れる。―――が言いたかったのはそれなんじゃないかな?恐怖の対象にわざわざ近寄るような、そんな物好きは滅多にいないだろうからね」

言ってジェームズは肩を竦めて苦笑する。

それは仕方のない事なのかもしれない。

人が自分の身を守る為の、所謂生存本能なのだろうから。

そこに今まさに足を踏み入れようとしている彼らは、果たして彼自身の言う『物好き』の中の1人なのか・・・―――それともそれとはまた違う、何かなのか。

「・・・闇祓いになってるのに、中立なの?」

一通りの説明を終えたジェームズとリーマスに、おずおずと遠慮がちにピーターが疑問の声を上げた。

それに同じく疑問を抱いたのか、シリウスも答えを急かすように目を細める。

しかし2人は軽く肩を竦めて見せて。

「確かに・・・中立である家の人間が、どうして闇祓いの職につくのかは僕たちにも解らないけど・・・」

「ルールがあるからだ」

明確な答えを避け言葉を濁したジェームズの言葉を遮るように、涼やかな声がその場に響いた。

ハッと顔を上げると、少し先で立ち止まり振り返ったが、呆れたような眼差しで5人を見据えている。

「・・・聞こえてたのか」

「聞こえないわけがないだろう、こんな狭い空間で」

本気で言っているのかと問いたげなの様子に、全員が揃って視線を泳がせる。

バツが悪いとは、こういうことを言うのだろう。―――リーマスだけはに聞こえているだろうことに気付いていたが、やはり気まずい事に変わりは無い。

気になる事があるのなら、直接聞けば良いだろう・・・とため息混じりに漏れた呟きに、リリーが泳がせていた視線をへと戻し、軽く目を見開いた。

あのが。

人の介入を極端に拒むが、自分の事は自分に聞けと言っているのだ。―――これで驚かない筈が無かった。

「じゃあ・・・聞くけど」

「なんだ」

「・・・さっき、『ルールがあるから』って言ってたけど・・・そのルールって何?」

代表して、リリーが感じた疑問を口にする。

他の誰よりも、リリーが一番問いを投げかけるのに最適な人物だと全員が判断した。

「ルールはルールだ。改めて説明しろと言われても・・・」

一方リリーの問い掛けに困ったような表情を浮かべて、は小さく首を傾げる。

「『ルール』というのは、物心ついた頃から植わっている思想のようなものだ。遥か古から伝えられてきた、絶対に侵してはならないもの。我らはそれに従い、生きている」

「・・・訳解んねぇ」

ボソリと呟いたシリウスの素直な物言いに、は微かに口角を上げる。

訳が解らなくて当然なのだ。―――それは言葉に表すものではないのだから。

「それに従いって・・・そのルールを破ればどうなるの?」

「どうもならんさ。私たちは従わされているわけではない。それは自分の価値観そのもの。それを破れば、自分が自分でなくなるだけだ。解りやすく言えば、信念とも言える」

なるほど・・・と、リーマスは納得したように頷く。

そういったものならば、リーマスだって持っている。

それが果たして、の言う『ルール』と同じモノかは解らないけれど。

「例えば・・・例えばそれって、どういうものなの?闇の陣営には味方しないって事は、悪は許さん!・・・みたいな?」

目を輝かせ好奇心いっぱいに疑問を投げかけるジェームズに、シリウスとリリーは呆れた視線を投げかける。―――なんだよ、その正義の味方みたいなヤツは。

どう考えてもの雰囲気からは考えられない。

確かに真面目で汚いやり方などは嫌うが、だからといって融通が利かない訳でもないのだ。

目的の為には手段を選ばない時もある。―――それはお世辞にも、正当な手段とはいえない時だって。

幼い子供のように目を輝かせるジェームズを見て、はからかうように肩を竦めて見せた。

「それはお前たちが知らずとも良い事だ。の血を引く者が承知していれば良い」

そう言って、再びクルリと踵を返し歩き始める。

その後ろ姿を見詰めて、シリウスはなるほどと頷いた。

はっきりと言葉にはされない、家特有の思想。

それが何か解らないから、もしかしたら何かの拍子に闇の陣営側に転んでしまうかもしれないという疑惑。

恐れられるわけだ・・・と、シリウスは妙に納得した。

話をはぐらかされたジェームズも不満そうな顔をしてはいたが、それ以上は流石に問い詰める気は無かったのか、大人しくその後に続く。

同じくその後に続き歩き始めると、すぐに目的である邸が見えた。

路地を抜けた先、何処にこんな土地があるのかと思うほど広大な敷地の中に、敷地に見劣りしない立派な屋敷が建っている。

幾分古びてはいるが手入れは十分にされているらしく、荒れているという雰囲気はしない。

「・・・ここがの家、か?」

屋敷を見上げ、呆然と呟くシリウス。

自分の家もそれなりに立派だが、流石にここまでではない。

華美な感じは一切しないのに、門にしろ玄関にしろ優しげな柔らかい雰囲気の漂う、趣味の良い造りをしている。

まさにの纏う雰囲気そのもののようで、屋敷を見上げていたシリウスはどこか心地良さげに息を吐く。

「・・・家に入る前に言っておく」

5人を引き連れて玄関の前に立ったは、決して後ろを振り返らずに普段よりも数段堅い声色で言った。

「ここから先、何を見ても気にするな。今は一時的に興奮しているだけで、普段からこうではないのだから」

「・・・は?」

言われている意味が解らず揃って首を傾げる悪戯仕掛け人たちに対し、リリーはしっかりとの言わんとしている事を読み取ったのか、小さく噴出し肩を揺らして笑う。

それを恨めしそうに見詰めながら、は小さく深呼吸をしてから再度念押しをし玄関の取っ手に手を掛けた。

「良いか?・・・開くぞ」

「え、ちょ!ちょっと待って!!」

あまりのの態度に、一体この扉の向こうには何があるのだろうと、悪戯仕掛け人たちは思わず身体を強張らせる。

そうして・・・ゆっくりとの手により開かれた玄関の向こうから。

即ち、邸の中から、1つの小さな影が飛び出した。

 

 

様がお帰りになった。セルマは・・・セルマは・・・!!」

感激のあまりか、声を上げて泣き叫ぶしもべ妖精を前に、悪戯仕掛け人たちは呆気に取られてその生き物を見ていた。

しもべ妖精の主人であると、何度かこの家に遊びに来た事があるリリーは慣れているのか、動じた様子は無い。―――リリーは、困ったように微笑んでいたけれど。

が玄関のドアを開けると同時に飛び掛ってきたセルマは、まるで幼い子供のようにに抱きつき、それはもう盛大に声を上げて泣いた。

その後何とかセルマを宥めリビングに通されたが、やはりまだ落ち着かないのか泣き止む様子は無い。

の言ってた事はこれだったのか・・・と、シリウスは生温かい目でしもべ妖精を見詰めた。

自分の家にいるしもべ妖精も主にべったりだが、セルマは自分の家にいるしもべ妖精とは少し違う風に見える。―――上手く言葉には出来ないが、あえて言えば主人に接する態度の違いだろうか。

少なくともシリウスの知るしもべ妖精は、いくら感激していたからといって主人に抱きついたりはしない。

別にがそれを咎める様子も無いので、自分がどうこう言うつもりは無いのだけれど。

「いい加減に泣き止め、セルマ。皆が困っているだろう?」

いつまで経っても泣き止む様子の無いセルマを見やって、は困ったようにそう声を掛ける。

するとセルマはピタリと泣くのを止め、今度は申し訳なさそうにしゅんと俯いた。

「申し訳ありません。セルマは様にお会いできた事が嬉しくて・・・。お客様にお茶もお出しせずに・・・。ああ、セルマはどうして・・・」

今度は落ち込みモードに入ってしまったセルマを見て、は再びため息を零す。

「良いから、気にするな。それよりもお茶を頼めるか?」

「はい、ただいま!!」

仕事を頼むと、セルマは一転して素早い動きでリビングから姿を消した。

どうやらお茶を入れに行ったらしい。―――漸く静かになった室内に、全員がホッと息を吐き出した。

「すまないな。いつもはもう少し大人しいのだが・・・。この間のクリスマス休暇に帰って来なかったせいか、いつもよりもヒートアップしていたようだ。驚いただろう?」

「あ・・・うん、まぁ。驚いたか驚いてないかって聞かれたら、まぁ驚いたけど・・・」

申し訳なさそうに謝罪するに、ジェームズは正直に答える。

リリーに鋭い視線で睨まれ、思わず乾いた笑みを浮かべた。

「気にしなくて良い。私もそう思っているんだ。特に私がホグワーツに入学してからは、顔を会わせる機会が少ないせいか、情緒不安定なようで・・・」

ホグワーツに入学してからというもの、送られてくる手紙の多さには呆れるほどだ。

それでもセルマがこの広い屋敷の中に1人でいる事を思うと、何も言えなくなってしまうのだが。

それで寂しさが紛らわせるのならば、手紙にくらい付き合ってやるべきだと。

「お待たせ致しました!!」

すぐにセルマがお茶の用意をして部屋に戻り、6人は漸く一息つく事が出来た。

他人の家だとは解っていても、ここにいるのが自分たちだけだと解ればすぐに馴染む事が出来る。―――それを抜きにしても、の家は居心地の良い空気が流れていたのだから。

一般的に噂される家とは思えないほどの穏やかな空気に、やはり噂は噂なんだと改めて思い知らされた。

その時、ふとセルマが顔を上げて窓の外を見詰める。―――それに気付いたが、不思議そうに首を傾げた。

「・・・どうした、セルマ?」

「お客様がいらしたようです。セルマは見て来ます!!」

そう言うや否や、セルマはパチリという音と共にその場から姿を消した。

それを見ていた5人は、不思議そうに瞬きを繰り返して。

「どうしたの?」

「どうやらこの家に用向きがある者が来たらしい。セルマは長くこの家にいるせいか、そういった気配を感じ取る事が出来るんだ。私が家にいない時は、客が来ても無視するように言ってあるんだが・・・」

「・・・なんで無視?」

「今までそういった輩の中で、ろくな者がいなかったからな。この家の警備は万全だし、家の中にいればセルマの身も安全だ」

ため息混じりに吐き出される言葉に、全員が顔を見合わせて複雑な表情を浮かべる。

有名な家ともなれば、厄介な出来事というのもあるのだろう。

の口ぶりから、簡単にそう窺えた。

そんな遣り取りをしている内に、客の対応に出ていたセルマが出て行った時と同じようにパッとその場に姿を現した。

そうしてソファーに座るの元へ来ると、大きな目で彼女を見上げて。

「魔法省の方がお見えになっています。どうしても様にお会いしたいと申し出ていますがどうされますか?」

「・・・魔法省?」

小さく首を傾げて主の言葉を待つしもべ妖精に、は訝しげに眉を寄せた。

魔法省が一体何の用なのだろうか?

心当たりが無いは少しだけ考えた末、解ったと返事を返して立ち上がる。

玄関に通すようにと指示を出して、再びパチリという音と共に消えたセルマを見た後、簡単に身支度を整えると、玄関に足を向けた。

それを見て、シリウスも同じようにの後に続く。

「・・・どうした。別に付いて来る必要は・・・」

「いいじゃねぇか。気になるし・・・」

不思議そうに首を傾げるに、シリウスは軽い口調でそう言い返す。

よもや魔法省がに何かするとは思えないが、先ほどから色々な話を聞いた手前、心配にならないでもなかった。―――もし来たのが闇の陣営の者たちだったら?

そうだとしても自分がいたとてどうにもなりはしないが、傍にいればそれだけで安心できる。

まぁ、あのセルマが、闇の陣営の者かもしれないという疑いがある者を、己の主人に会わせるとは思わないが。

2人並んで玄関に向かうと、そこには客の応対をするセルマと・・・―――おそらくはセルマの言っていた魔法省の人間だろう男が2人。

黒のマントに、インナーや靴までもが黒。

おまけに黒いフードを被り、表情を隠す為なのかサングラスを着用して。

妖しい事この上ない格好の2人の男は、足音でたちが来た事に気付いたのか、背の低いセルマに向けていた視線をふとたちに向け、軽く会釈をする。

それに対して目を伏せるという動作で会釈の代わりを返したは、玄関に立つ2人の男を見上げて小さく首を傾げた。

「私がこの家の主だ。貴方たちは魔法省の者だと窺ったが・・・?」

「はい。実は少々、お伝えしたい事がありまして・・・」

の問い掛けに、男の1人がピクリとも表情を変えずにそう返す。

それを傍目に見ていたシリウスは、思わず頬を引きつらせた。

の無表情には大分慣れたが、こんな風に相手も無表情だと絵的に何となく違和感を感じるのは気のせいだろうか?

いくら見知らぬ相手といえども、訪ねてきた方も訪ねられた方ももう少し愛想良く対応できないものなのかと、比較的常識人のシリウスは密かに思う。

「伝えたい事、とは?」

相手の言葉に、の眉が微かに上がる。

どうやらほんの少し興味を抱いたらしい・・・―――確かに魔法省の人間が直接訪ねて伝えたいという事など滅多にあることではない。

シリウスも同じように好奇心を抱いて、表面上は平静を装いつつも聞き耳を立てた。

「実は・・・この近辺に、指名手配中の男が逃げ込んだという情報を入手したのです。まぁ、この家の警備は万全のようですし問題はないとは思いますが、念の為に注意をと」

相変わらずサングラスで表情は読めない上に淡々とした口調で告げられ、シリウスは困ったようにこめかみを掻く。

何が困ったのかというと、全然危機感を感じないからなのだが。

しかしの方はそうではなかったらしい・・・―――危機感を感じているのかどうかはさておき、その指名手配中の男に興味を持ったらしいのは見ていて解った。

「・・・指名手配犯?」

言外にどんな男なのかと促す音の響きに、それを的確に読み取ったもう1人の魔法省の男がごく自然に口を開いた。

「犯人の目撃情報を元にしますと、黒いマントに黒いシャツ。そして黒のフードを被りサングラスを掛けている男だそうです。―――ご存知ありませんか?」

至極真面目な面持ちで言った男を見詰め、は読めない表情を浮かべながらゆっくりと瞬きを1つ。

「・・・今、目の前に」

「あー!!残念ですけど、見てませんね!!」

何事かを言いかけたを、シリウスは咄嗟に大声を上げて食い止めた。

突然大声を上げたシリウスを訝しげに見上げるをそのままに、シリウスは引きつった愛想笑いを貼り付け、目の前の怪しい男たちと向かい合う。

あからさまに怪しいシリウスの挙動にも不審を抱かなかったのか、魔法省の男たちは「怪しいヤツを見かけたらご連絡を」と念押しをしてから、玄関に待機していたセルマに案内され邸を出て行った。

男たちの後ろ姿を見送ったシリウスは、ふうと深くため息をついて。

「お前なぁ・・・、本人目の前にしてああいう事言うか、普通」

「いや・・・だが、怪しかっただろう?」

「俺に同意を求めるなって」

おそらくは本気で言っているだろうを見下ろしてがっくりと肩を落としたシリウスは、諦めたようにため息を吐いた。

に当り障りの無い態度を求める事事態、間違っていたのだろうか?

確かに妖しい事この上ない男たちではあったが・・・。

「とにかく部屋に戻ろうぜ。ここにいても仕方ねぇし・・・」

「そうだな。リリーたちも待ちくたびれているかもしれない。セルマが戻ってきたら用意した部屋に案内させよう」

シリウスの言葉に先ほどの事などまるで無かったかのようにあっさりとそう答えたは、未だ脱力したままのシリウスを置いてさっさと部屋へと戻って行く。

その背中を見てもう一度ため息を吐いたここ最近の苦労人は、慌てて彼女の後を追いかけた。

 

 

「なんだって!?凶悪犯がこの近くに!?」

部屋に戻ったとシリウスが、訪ねてきた魔法省の者の話を聞かせた後、わざとらしいほど大きなジェームズの声が室内に響き渡った。

ガタンとテーブルを揺らして立ち上がったジェームズを呆れた視線で見上げたシリウスは、今日何度目か数えるのも馬鹿らしいほどのため息を吐き出す。

「・・・とりあえず落ち着け、ジェームズ」

「何言ってるんだ、シリウス!これが落ち着いていられるかい!?」

わざとらしく身振り手振りを加えながら言い募るジェームズを、訝しげな表情で見上げたは「どうした?」と言葉少なに問い掛ける。

するとジェームズはそれを待ってましたと言わんばかりの輝く笑顔を浮かべ、グルリと室内を見回した。

「これは危機だよ、。まさしく、家の危機だ!!」

「・・・言っている事が良く解らないのだが?」

舞台役者のように大袈裟な態度で声を高くするジェームズに向かい、いつも通りのテンションで問い返す

これで機嫌を悪くするジェームズでは、勿論ない。―――寧ろ律儀に反応を返してくれるは、絶好の餌だった。

「名家と断言できるほど立派な家が近くにあるって言うのに、果たして凶悪犯がそれを見過ごすだろうか!?」

「・・・ジェームズ、一体何が言いたいの?」

「僕が言いたいのは、その凶悪犯がここに泥棒に入るんじゃないかって事だよ!!」

同じく訝しげな表情を浮かべるリリーに向かい、ジェームズはキッパリとそう言い切った。

そんな馬鹿なと返そうとしたシリウスだが、物凄い剣幕のジェームズにピシャリと撥ね付けられる。―――確かに魔法省の人間が直々に注意を促しに来たのだから、そこを指摘されれば反論の言葉も無いのだけれど。

「・・・しかし、そうは言ってもこの家には大した物は無いぞ。そう言った事に両親も私も関心がないからな」

の言葉に、シリウスは思わず室内を見回す。

そうしてふと目に付いた装飾品を手に取り、まじまじとそれを見詰めた。

「でもこれって、結構値打ち物じゃねぇか?」

さり気なく置かれてあった装飾品は、目立ちはしないがかなり古く・・・けれどきちんと手入れされているようだ。―――元々立派なものだったようで、これなら今でもかなりの価値があるだろうとシリウスは思う。

「さすがシリウス坊ちゃん。目が高いね」

「・・・ジェームズ、お前な」

からかっているのか褒めているのか紙一重なその言葉に、シリウスは手に取った装飾品を元の位置に戻してから親友を睨みつけた。

ジェームズの事だから、間違いなくからかっているのだろうが。

「・・・で、結局何が言いたいの?」

話が限りなく本題から逸れているような気がして、黙って状況を見守っていたリーマスが結論を促す。

するとジェームズは、悪戯仕掛け人に相応しい不敵な笑みを浮かべキッパリと言い切った。

「即ち、僕たちで家を守ろうって事さ!」

「それは素晴らしい考えでございます!!」

高らかに言い切ったジェームズに、いつの間に部屋に戻ってきたのか・・・セルマが尊敬の念を含んだ声色で賛成を示す。

それによって、この提案は既に決定事項となってしまったようだ。

リリーたちも面白がってか・・・それとも心配してか、もし本当に凶悪犯が侵入してきた場合には協力する事をジェームズに言い包められてしまい。

いつの間にか、話は今夜凶悪犯が忍び込んでくる事を前提に進められている。

「泥棒が入ると決まったわけではないだろう」

というの呟きも、当然の如く流されて。

しかしこれだけはしっかりと言っておかなければならないと、は盛り上がる一団に拒否を許さない声色で言葉を投げかけた。

「言っておくが、ゾンコの店で仕入れた品は使うなよ」

「なんだって!?それじゃ、どうやって凶悪犯に立ち向かうって言うの!?僕たちは今、魔法は使えないっていうのに!!」

「だから・・・その凶悪犯とやらが忍び込むと決まったわけではないだろう」

片付けは誰がすると思っている・・・と付け加えて―――勿論、その被害を一番に被るのは、この家を管理するセルマなのだろうが。

呆れたように呟くに、しかしジェームズはふむと呟き考え込む。

漸く納得したかと思った途端、ジェームズは自分たちの持つ限りの力で凶悪犯と戦おうと決意を固めてしまったらしい。

もう何を言っても無駄だと悟ったは、自分は関係ないとばかりに無視を決め込み優雅に紅茶を口へと運んだ。

 

 

がやがやと賑わう5人から少し離れたところで静かにお茶をしていたは、ふと差し出されたお茶請けを目に留め、差し出した人物へと視線を向ける。

そこにはいつの間に話し合いを抜け出したのか、セルマがにこにこと微笑みながらを見上げていた。

ありがとうと礼を言ってお茶請けのクッキーを口元に運ぶと、セルマは騒ぐジェームズたちを見詰めて、嬉しそうに笑みを零した。

「このお屋敷がこんなに賑やかになったのは、セルマの記憶するところ初めてでございます」

「・・・そうだな」

セルマの言葉にふと笑みを零して、はジェームズたちを見やる。

物心ついた頃から、思えばこの屋敷にはとセルマの2人しかいなかった。

仕事で忙しい両親は滅多に帰宅する事無く、帰宅したとしても物静かな両親を加えたたった4人では騒がしいわけも無い。―――自身も子供らしいとはいえない子供だったのだから、仕方が無いのかもしれないが。

まさかこんな風に、友人を招いて騒ぐなど、ついこの間までのは想像もしていなかったが。

「なかなか、楽しい夏休みになりそうだ。そう思わないか、セルマ?」

「はい!」

凶悪犯が侵入するかはさておき、こんな風に騒ぐのも悪くないかもしれない。

小さく笑みを零して呟いたに、セルマは元気良く返事を返す。

彼女たちの夏休みは、まだ始まったばかり。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どんどんとやっつけ仕事的になっていくのですが・・・。(またかよ)

最初はのりのりで書いていたのに、なんだか途中で面倒臭くなってしまって。(最悪)

そんな心情がありありと出た今回の話。

閑話的な話にしようと思って入れた回なのですが、閑話にしては長すぎるような。

寧ろこれをシリウス夢と言って良いのかどうかが一番の問題です。

作成日 2006.1.14

更新日 2008.8.18

 

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