長い長い夏休みが始まって、3日目。

朝起きてリビングに顔を出したシリウスは、既にそこにいるの姿に驚き、軽く目を見開く。

普段から早起きである彼女だが、邸に戻って来て以来、儀式の準備があるとかで朝から姿を見せる事は無かった。―――勿論寝坊しているわけではないようだが、が皆の前に姿を現すのは、決まって昼食時だ。

そんながグリフィンドールの談話室にいるのと同じように、ソファーに座って本を読んでいる姿に、シリウスは無意識に口角を上げて向かいのソファーに腰を下ろした。

「おはよう、

「・・・シリウス?いつもながら早いな。休みなのだから、こんなに早く起きなくとも良いだろうに・・・」

に合わせて起きてる内に、癖になったんだよ」

ホグワーツにいる時から、の起床に合わせて早起きしていたシリウスは、目覚ましを掛けなくても自然と早朝に目が覚める。―――お世辞にも朝に強いとはいえない彼がこんなにも早起きになった要因は、間違いなくにあるのだけれど。

悪戯っぽく笑うシリウスを見詰めて、は釣られるように微笑んだ。

 

境界線の向こう

 

「そういえば聞いてなかったけど、儀式っていつやるの?」

「今日だ」

「へ〜、今日するんだ。・・・・・・って、今日!?」

珍しく・・・といっても3日ぶりなのだが、全員揃って朝食を取っている時、ふと思い出したように問い掛けたジェームズが、次の瞬間椅子を蹴倒す勢いで大声を張り上げて立ち上がった。

その動作にいそいそと6人の食事の世話を焼いていたセルマがビクリと肩を揺らし、持っていた盆の上にあった水差しが音を立てて床に転がり落ちた。

耳を劈くガラスの砕ける音と飛び散った水に、セルマは一瞬で顔を青く染めると土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。

「申し訳ございません!こんな粗相をするなんて・・・セルマは、セルマは!!」

「・・・気にするな、セルマ。今のはお前のせいではなくジェームズのせいだろう?」

「っていうか、僕のせいなの!?」

さらりと表情も変えずにセルマを宥めるに、ジェームズは更に突っ込みを入れる。

しかしその突っ込みが本筋から離れたものだという事に気付き、ジェームズは小さく咳払いをしてから蹴倒してしまった椅子を起こして座りなおした。

「ねぇ、。もう一度聞くけど、儀式って今日するの?」

「そうだ、今日行う」

心なしか頬を引きつらせるジェームズに気付いているのかいないのか、は相も変わらず事も無げに返事を返す。

「・・・!私たち、聞いてないわ!!」

の爆弾発言に一瞬放心していたリリーが、気を取り直して持っていたフォークを置くと、テーブルに乗り出さんばかりの勢いで詰め寄った。

そのリリーの良く通る声に、同じく呆然としていたシリウスとリーマスも我に返る。

1人、ピーターだけが、まだ眠り足りないのか・・・うつらうつらと船を漕いでいた。

「・・・言ってなかったか?」

「言ってねぇよ!!」

きょとんと目を丸くして首を傾げるに、シリウスが突っ込みを入れた。

5人の様子に彼らが儀式を今日行うという事を知らなかったと漸く理解したは、困ったように頬を掻いて。

厳密に言えば、報告する義務は無いのだけれど。

それでもこうして心配して泊まりに来てくれているのだから、報告はしておくべきだったのかもしれないとは思った。

「すまなかったな。話していたと思っていたんだが・・・」

「いや、そんな素で謝られても・・・」

真剣な表情を浮かべて謝罪するに、ジェームズが頬を引きつらせる。

ならばどうしろというのかというの目に、シリウスは苦笑いを浮かべた。

「ともかく、次はちゃんと言ってくれよ」

「ああ、善処しよう」

仕方がないとばかりにそう呟けば、はしっかりと頷き返す。

そうして場は一件落着したようにも見えたのだが・・・。

「って、違うでしょう!?次は・・・なんて言ってる場合じゃなくて、問題は今よ!」

「・・・確かに」

的確な突っ込みを飛ばすリリーに、静かに食事を続けていたリーマスが同意を示す。

「今日のいつするの?」

「この後だ。朝食が終わった後、すぐにでも始めるつもりだ」

「すぐ!?」

普段の冷静さなどどこへやら、リリーは声を張り上げた後がっくりと肩を落とす。

これでは何の為に泊り込んでいたのか解らない。

もしジェームズが何も聞かなければ、気がつけば儀式が始まっていたという状況になっていただろう。

リリーは大きく息を吐き出し自分自身を落ち着けると、真剣な眼差しでを真っ直ぐに見詰め返した。

「私たちに、出来る事はある?」

その言葉に、シリウスたちも同じように真剣な表情を浮かべ。

しかしは静かに目を閉じると、ゆるりと首を横に振った。

「ない」

「・・・なにも?」

「そうだ。心配してくれている皆には悪いが、これは私自身の問題だ。私が挑まねばならないのだ」

キッパリとそう言い切ったからは、拒否の雰囲気すら感じる。

本当に、自分たちに出来る事は何もないのだろうとリリーは察した。

否、見守り見届ける以外には、何も。

「解った。―――頑張って、

「ありがとう」

理解し激励の言葉を投げかけたリリーに向かい、はやんわりと微笑んだ。

 

 

朝食後、休憩する間もなく、はセルマを伴いリビングから姿を消した。

どうやら地下にある一室で儀式を行うらしく、同席を求めたシリウスだったが、一族の者以外立ち会う事は認められていないというの言葉に渋々だが諦める。

『認められていない』といっても、現在の家の人間はしかいない。

が望めば立ち会っても問題ないのではないかと思ったが、立会いを拒まれた以上、がそれを望んでいない事は明らかだった。

平気そうな顔をしていても、やはり不安を抱いているのかもしれない。

変わってしまうかもしれない自分を、すぐ傍で見られる事を恐怖しているのかも。

もしくは第三者の気配があっては集中できないという理由からかもしれない。―――家の儀式について何も知らないシリウスには、判断を下しかねた。

まるで火が消えたようにシンと静まり返る室内。

誰もが思い詰めたような表情で、口を開こうとしない。

今この場所で、彼らの親友の命運が決まる出来事が起ころうとしているのだ。

いくらいつも騒がしいジェームズとて、流石に騒ぐ気にはなれなかった。

そうしていて、どれほどの時間が過ぎたのだろう。

ふと咽の渇きを覚えてリリーが顔を上げたその時、どこかで高い音が鳴った気がして思わず眉を顰めた。

他の面々を見ると、全員がその音を聞いたようで、リリーと同じように訝しげに眉を寄せている。

「・・・なにかしら、今の音」

「ガラスの割れる音・・・みたいに聞こえたけど」

そう言いつつ立ち上がったジェームズは、ちょっと見てくるよと言葉を残して部屋から出て行った。―――何かをしていないと、落ち着かないのかもしれない。

そんなジェームズの背中を見送り、リリーは思い出したように水差しからコップに水を注ぎ、それを一気に飲み干して。

別のコップに水を注いで、それをソファーに座って俯いたまま微動だにしないシリウスに向かい差し出した。

「シリウス。は大丈夫よ」

「・・・・・・ああ」

出来る限り明るい声で話し掛けるが、シリウスの表情は思い詰めたまま変わらない。

返事が返って来た事が奇跡のように、上の空だ。

そんなシリウスを見やって、リリーとリーマスは顔を見合わせてため息を零す。

これはの儀式が終わるまで、いつもの調子を取り戻す事は無いだろう。

もしかすると、結果如何ではその後も・・・。

そこまで考えて、リリーは慌てて首を振って浮かんだ考えを振り切った。

何を縁起でもない事!!―――自分の考えに怒りすら抱いたその時、様子を見に行っていたジェームズが勢い良く部屋に飛び込んで来た。

慌てて息を乱しているその姿は、ジェームズとは思えないほど。

これがシリウスならば、まさにぴったりなのだけれど。

「・・・どうしたの、ジェームズ?」

「そ、そ、そ!そこに!!」

「・・・そこってどこ?」

ドモりながらも部屋の外を指差すジェームズに、リーマスが呆れたように首を傾げる。

しかしジェームズの方もそれに反論する余裕が無いのか、何度も何度も部屋の外を指差したまま、彼らにとって衝撃的な言葉を放った。

「そこに!きょ、凶悪犯がいた!!」

「・・・は!?」

「凶悪犯がいたんだよ!この屋敷の中に!!」

あまりにも反応の薄いリーマスに、とうとうジェームズは声を荒げた。

そんな2人の遣り取りを見ていたリリーは、困ったように眉を寄せて話の先を促す。

「どういうこと?」

「どういう事も、こういう事もないよ!この間魔法省が凶悪犯がこの辺に逃げ込んだって伝えに来たでしょ!?その時に貰った手配写真と同じ顔の男が、僕たちが泊まってる棟とは違う棟にいたんだよ!!」

「まさか」

手足をばたつかせるジェームズを見詰めて、リーマスが短く笑みを零した。―――しかし生憎と、その表情は引きつっていたが。

「こんな状況で、こんな嘘を言うわけ無いだろ!?」

更に付け加えられた言葉に、確かにと納得出来る部分があった事は確かで。

いくら悪戯大好き、人の悪いジェームズでも、そんな嘘で和ませようと思うほど根性が曲がっているとは思えない。

それを認識した途端、全員の顔が強張った。

「・・・でも、どうして?この屋敷の警備は万全だって・・・」

ガタガタと震えながら挙動不審に辺りを見回しながら言うピーターに、リーマスは困ったように眉を寄せて。

が警備は万全だと言ったからには、万全には違いないのだろう。

もしくは、が気付かないほど小さな綻びがあったか。

買物に出るセルマが門を開いた隙に、忍び込んだのかもしれない。―――要因は考え出せばきりが無いが、今はそれを追及している場合でもない。

「・・・が、危ない」

今まで無言でソファーに座っていたシリウスが、ポツリと呟いた。

そちらに視線を向けると、鋭い光を目に宿したシリウスが、強く拳を握り締めてその場に立っている。

その様子だけで、これからの事が容易く想像できたのだけれど。

地下で儀式を行うと言っていた

その儀式が、具体的にどういうものなのか彼らは知らない。

しかしただ1つ言える事は、今のは常に無いほど無防備であるのだという事。

無事に儀式を終える為にも、ここで邪魔をされるわけにはいかない。

まさか、映画でもあるまいし。

「・・・本当に凶悪犯と戦う事になるとは思わなかったよ」

既にやる気になっているジェームズを横目に、リーマスはため息混じりに呟いた。

 

 

「くらえ!!」

ジェームズの声が廊下に響き渡り、彼の標的となった男は短い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。

黒いマントに身を包んだ眼光鋭い男は、確かに魔法省の者が言っていた通りの出で立ちだった。―――話を聞いた時は「そんな怪しいヤツいないだろ」と思っていたシリウスも、その人物を前にすれば否定しようも無い。

邸に忍び込んだ凶悪犯は、勿論魔法界の者らしく杖を携帯していたが、に禁止されていた悪戯グッズを駆使したジェームズによって最初に遭遇した時に弾き飛ばされている。

こちらも魔法を使えれば良いのだが、如何せん夏休み中は魔法の使用を禁じられている。

場合が場合なのだから、ちゃんと説明すれば許してもらえるかもしれないが、今この状況でに迷惑を掛けるわけにはいかない。

既に屋敷の中の一部は悪戯グッズによって酷い有様になっていたが、これくらいは大目に見て欲しいとジェームズは勝手にそんな事を思う。

ともかく魔法を使う事もなく相手をやり込めている彼らは、やはり悪戯仕掛け人の名に相応しいのかもしれない。

相手の手から杖を奪えた事が、一番の幸運だったが。

倒れ込んだ男は、すぐさま身を起こしてジェームズたちがいる方向とは別の方向へと駆け出す。―――それを一番に追いかけるシリウスだが、ふと男の向かう先にあるものに気付き、サッと表情を強張らせた。

この廊下の先には、がいる地下へと通じる階段がある。

しかし気付いた時にはもう遅かった。

男はまるでそこで何が起こっているのか知っているように、迷う事無く地下への階段を駆け下りる。

「・・・っ!待ちやがれ!!」

すぐに怒声を上げて同じく階段を駆け下りるが、まさか男がその言葉に律儀に従うわけも無い。

焦りを抱くシリウスたちの想いとは裏腹に、が儀式を行っているだろう地下部屋の扉が男の手によって開かれた。

鍵でも掛かっているのかと思われたそこには、何の細工もなかったらしい。

絶対に部屋に入ってはいけないと言われていたシリウスも、勢いに任せて同じように地下部屋に飛び込む。

それと同時に目に飛び込んできた光景に、我を忘れて驚愕に目を見開いた。

広い部屋いっぱいに描かれた魔法陣のようなもの。

その魔法陣の外に立つのは、突然の乱入者に驚き声も出ないセルマの姿。

そうして。

そうして、その魔法陣の真中に、はいた。

全ての音から切り離されたかのように、静かに目を閉じ。

淡い光に包まれたが、そこにいた。

「・・・!?」

「何で身体が光ってるの?」

漸く追いついて来たリリーたちも、シリウスと同じように呆然とその場に立ち尽くす。

その光景はまるで、現実味が無いように思えた。

「見つけた!!」

静まり返った異様な雰囲気が漂うその場に、興奮で上ずった声が響く。

その声で漸く我に返り現状を思い出したシリウスは、自分が追いかけて来た男へと視線を向ける。

男はじっとを凝視し、不気味な笑みを浮かべて歓声を上げた。

「漸く見つけたぞ!家の最後の生き残り!!呪われし力を持つ娘を、ついに!!」

男に顔に浮かんだ表情と笑みに、背筋に悪寒が走る。

尋常ではない様子に見えた。

そうしてはっきりした事が1つ。

男は偶然ここに侵入したわけではなく、を狙ってここに来たのだと。

凶悪犯といっても、どんな罪を犯したのかまでは聞いていなかったシリウスは、男が一体何者なのかと視線を送る。

すると男は先ほどまでの追い詰められた雰囲気もなく、魔法陣の中に佇むへとその手を伸ばした。

「・・・やめろ!!」

男の動作の意味を察して咄嗟に上がったシリウスの声は、しかし男の叫び声によって掻き消される。

見えない何かに阻まれたように、伸ばした手を押さえて床に座り込む男は、その表情から痛みを堪えているのが窺える。

一体何が・・・?―――そこまで考えた瞬間、ドサリと重い音が響いた。

反射的に音のした方へ視線を向けると、先ほどまで立っていたが床に倒れている。

様!!」

!!」

シリウスとセルマの声が重なった。

先ほど男が何か不思議な力に拒まれた事すらも忘れて、シリウスはへと駆け寄る。

不思議とシリウスはすんなり魔法陣の中に足を踏み入れる事が出来、床に崩れ落ちたを抱き起こした。

!!」

シリウスの腕に身体を預けるの身体からは、先ほどの淡い光は放たれていない。

それに少しホッとしつつ名前を呼ぶが、一向には目を開けようとしない。

揺すっても頬を叩いても、まるでぐっすりと眠っているかのように。

「・・・ああ!様!!」

シリウスが必死に名前を呼び続ける中、セルマは絶望の声を上げる。

「まさか、こんな事になるなんて・・・」

「どういうことだよ、セルマ!!」

1人項垂れ涙を零すセルマに言い知れない不安を抱きつつも、シリウスは怒鳴るように答えを促す。

するとセルマは、シリウスが今一番聞きたくなかった言葉を零した。

「こんな形で、失敗してしまうなんて・・・!!」

その言葉に。

シリウスたちは、目の前が真っ暗になったような気がした。

再び、ピクリとも動かないに視線を落とす。

立ち会う事を認めなかった

地下に近づいてはいけないと言った

もしも失敗の原因が、自分たちの乱入だったとしたら?

思わずブルリと身体を震わせる。

力になりたいとこうして泊り込んでいたというのに、侵入した男を止める事も出来なかった自分自身に、怒りを通り越して絶望すら感じる。

儀式は失敗に終わった。

もうが目覚める事は、ない。

「・・・そんな」

リリーが震える声で呟き、その場に崩れ落ちた。

誰も言葉を発する事さえ出来ない。

張り詰めたような地下部屋には、セルマのすすり泣く声だけが木霊する。

シリウスは目を見開き、ただ呆然と動かないの身体を抱きしめていた。

己の手が、震えている事にも気付かずに。

「そうとも限らんよ」

重い空気が満ちるその空間に、この場にいる誰の物でもない声が響いた。

その聞き覚えのある声に全員が振り返ると、地下部屋の扉の傍に1人の人物が立っている。

その人物は全員の視線が自分に集まっている事に気付くと、軽く杖を振るう。

すぐにドサリという先ほど聞いた物と同じ音が聞こえ、今までの騒ぎの一番の原因である指名手配犯は、と同じように意識を失い床に転がった。

「そう気落ちするでない。まだ完全に失敗と決まったわけではないのだからのう」

普段と何ら変わらない笑みを浮かべるその人物は、シリウスたちを安心させるように穏やかな声色でそう言った。

「・・・にゃー」

その人物の足元で、の飼い猫であるが切なげな声を上げる。

何故彼がここにいるのか。

明らかに有り得ない光景に、まるで現実味は無かったけれど。

それでも彼らが一番尊敬し、また信じる事の出来る偉大な魔法使いの出現に、失った筈の希望が再び甦った。

「それは・・・本当ですか、ダンブルドア先生」

再び強い光を宿したシリウスの瞳を見詰めて、ダンブルドアは満足げに頷いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ええ・・・と、こんな展開で良いのでしょうか?(だから聞くな)

話の流れが何時になく強引過ぎる気がしないでもないのですが。

なんかもう色々辛くなってきた感も否めません。(痛)

シリウスよりも、寧ろジェームズとリリーが目立ってるような・・・。

作成日 2006.1.17

更新日 2008.9.15

 

戻る