「そう気落ちするでない。まだ完全に失敗と決まったわけではないのだからのう」

絶望の中、耳に届いたのは穏やかな声。

ここにいる筈の無い人物は、しかし自然な空気を纏ってそこにいた。

突然のダンブルドアの出現に全員が呆気に取られる中、シリウスだけが冷静に・・・―――否、それに構っていられるだけの余裕がないのか、真っ直ぐダンブルドアを見詰め返した。

「それは本当ですか、ダンブルドア先生」

迷いの無い鋭い光を宿す眼差しに、ダンブルドアはにっこりと微笑んで。

「無論じゃ。さて、では説明を始めるとしようか」

彼らに最後に残された希望の言葉を、笑顔と共に放った。

 

困難な提案

 

「・・・というか、ダンブルドア先生はどうしてここに?」

邸に忍び込んできた男を別部屋に移し、逃げられないよう厳重に魔法を掛けた後、再び儀式を行った地下部屋に戻ってきたジェームズたちは、にこにこと普段通りの笑みを消さないダンブルドアに向かいそう質問を放った。

「そんな事、今はどうでも良いだろ?」

「まぁ、そうなんだけど・・・でも気になったから」

一刻も早くを目覚めさせたいシリウスに睨まれ困ったように頭を掻きつつも、やはり気になるらしくジェームズに引く気は無い。

それを見ていたダンブルドアはゆったりと笑い、ジェームズに優しい眼差しを向けた。

「疑問を抱く事は良い事じゃよ。それを解決しようというのもな」

言った後、いつの間にかセルマが運んできた椅子に腰を下ろし、ふうと小さく息をつく。

「解りやすく言うならば、わしはの後見人なんじゃよ」

「・・・後見人!?ダンブルドア先生が、の?」

「そうじゃ。家とは以前から懇意にさせてもらっておる。彼女の両親ともな。確かにはしっかりした子供じゃったが、彼女の両親が亡くなったのはがまだ幼い頃。いくらセルマがを育てるとは言っても、世間的な保護者は必要じゃろう。そこで、わしが彼女の後見人を引き受けたんじゃ」

もっとも、相手があのでは、面倒を掛けさせられる事も無かったのだけれど。

ダンブルドアはそう言うと、楽しそうに・・・けれどほんの少し寂しそうに笑う。

手が掛からないというのは、決して良い事ばかりではない。

にはもっと子供らしい時間を過ごさせてやりたいと、ダンブルドアはそう思っていたのだが。

「そんな事より、今はの事だろ!?ダンブルドア先生、どうやったらを目覚めさせられるんだ!?」

ダンブルドアがとの関係を話し終えた直後、シリウスは今にも掴みかからんばかりの勢いでそう尋ねた。

彼にしてみれば、本当に今はとダンブルドアの関係などどうでも良いのだ。

しかしダンブルドア自身がそれについて話し出してしまった為、強引に話に割り込まなかっただけ。―――シリウスにしては我慢した方だ。

しかしそんなシリウスに視線を移したダンブルドアは、彼とは違い焦った様子なくついとへ視線を移す。

「今はまだ、その時ではない」

「なんで・・・!」

の儀式はまだ、終わっておらんのだからのう」

髭を撫でながら微笑むダンブルドアに、ジェームズたちもへと視線を向ける。

「・・・これが儀式なんですか?セルマは失敗したって言ってたけど・・・」

「うむ、失敗ではないよ。最も・・・厄介な状態ではあるが・・・」

浮かべていた笑みを消して、微かに目を細める。

その目に浮かぶ光は、先ほどまでの優しげな物ではない。

「・・・厄介な状態って?」

「ともかく、暫くは様子を見る事じゃ。そうじゃの・・・せめて明日の朝までは」

リーマスの問い掛けを遮り、そうそうに結論を出す。

そう言われてしまえば、5人には反論するだけの言葉が無い。―――こうも落ち着いているという事は、きっとダンブルドアには考えがあるのだろうから。

儀式について何も知らない自分たちよりも、家と懇意にしているというダンブルドアの方が儀式の内容についても詳しいだろう。

「明日の朝までにが目覚めなければ、次の行動に移るとしようか」

下された決断に、シリウスは苦しそうに眉を寄せ、腕の中で眠るへと視線を落とした。

 

 

床に描かれた陣の真中で横たわるを、シリウスは陣のすぐ傍に座り込んでただ無言で見詰めていた。

まだ儀式が終わっていない為、どこか別の場所へと移さない方が良いというダンブルドアの話でこういう状況になったのだが、堅い石の床に直に寝かされているはどこか痛々しい。

ダンブルドアに促され、ジェームズたちは自分たちの部屋に戻っていた。

勿論シリウスも部屋に戻るように言われたけれど、どうしてもの傍にいたいと言い張り、問答の末に何とかダンブルドアを説き伏せてここにいる。―――自分がここにいてもどうにもならない事はシリウス自身が嫌というほど解っていたが、それでもの姿が見えない場所でじっとしているなど我慢できない。

何を出来なくても、せめてこうして見守っていたかった。

おそらくは命がけで儀式に挑んでいるだろう、を。

「そんなに見詰めてると、が怒るんじゃないの?」

不意に地下部屋に声が響き振り返ると、戸口に呆れた眼差しを向けるジェームズが立っていた。―――その手には、何か皿のようなものが乗せられている。

「ほら、食事。ちょっとは何か食べた方が良いよ」

「・・・欲しくない」

「そんな事言って君が倒れたら、もっと怒ると思うけど・・・?」

そう言って傍らに置かれた白い皿に視線を落としたシリウスは、緩慢な動作でそれに手を伸ばし、簡単に食べられるようにと作られたサンドイッチを口に運ぶ。

リリーが作ってくれたんだとジェームズは明るい声で言うが、生憎と味の方まで堪能する事は出来なかった。―――料理上手なリリーが作ったのならば美味しいに違いないのだろうけれど、別の事に気を取られすぎている今のシリウスにとっては味などしないも同然だ。

。今もまだ儀式の途中だってダンブルドアは言ってたけど・・・」

「・・・・・・」

「儀式って一体どういうことなんだろうね?彼女は今、どういう状況にいるんだろう?」

「・・・さあな」

そんな事は、シリウスが一番知りたい事だった。

確かにから『儀式』についての話は聞いた。

家の血の中に眠る強大な力を解き放つ方法。

彼女たち血族しか持ち得る事の出来ない、不思議な力。

それらは聞いていたけれど、実際儀式というものがどういうものなのか、シリウスも誰もそれは知らない。

ダンブルドアの言葉を疑うわけではないが、こうして眠っているような状況でも、儀式は続行可能なのだろうか?

そうして・・・こんな状態に陥って尚、のままで目覚めるのだろうか?

「この部屋に入った時にさ、の身体光ってたよね」

「・・・・・・ああ」

「発光する人間なんて初めて見たよ。・・・あれも魔法の1つなのかな?」

不思議そうに呟くジェームズをチラリと横目で伺い、再びへと視線を戻す。

分からない事だらけだった。

この地下部屋に飛びこんで、最初に見た光景。

薄暗い地下部屋の中、床に描かれた魔法陣の中央に立ち、淡い光に包まれたの姿。

それはまるで自分が知るではないような気がして・・・―――何故だかとても遠い存在のように見えて、シリウスは訳も解らず胸が苦しくなったのを思い出す。

約一年掛けて、様々な葛藤を繰り返し、そして漸く手に入れた愛しい人。

そんな彼女が、瞬く間にスルリと自分の腕から抜け落ちていくようで・・・背筋に悪寒が走った。

実際、は大人しく自分の腕の中に収まってくれているような女ではないのだけれど。

「・・・は、大丈夫だよな」

ポツリと漏れた呟きに、何とかシリウスを元気付けようとして空回っていたジェームズが微かに目を見開く。

今まで、誰もが思っていた不安。

けれど決して口には出さなかった言葉。

今まで聞いた事が無いような声色が、シリウスの心情を表していて、ジェームズは切なそうに目を細める。

しかし次の瞬間、思い直したかのようにパッと表情を明るいものへと変化させ、力強くバンとシリウスの背中を叩いた。

「当たり前だろ!がそう簡単に負けるわけないし!!」

笑みを零しそう言えば、シリウスの表情にも微かに笑みが浮かぶ。

今はそう、信じるしかない。

「・・・悪かったな。サンキュ、ジェームズ」

「いやいや。我が親友の為ならば、このジェームズ何でもしようではないか!」

「・・・嘘臭ぇ」

「なんだとぉ!?」

部屋に木霊するジェームズの抗議の声を聞きながら、シリウスはもう一度小さな笑みを零す。

こうして1人ではない事を、心から感謝した事はこれで何度目だろうか。

ジェームズは少しだけ様子が落ち着いたシリウスを見て、安堵のため息を吐いた。

本当はシリウスを部屋に連れ戻す気で、ここへ来たのだけれど。

こうしてをこの部屋に放置しておく事に思うところが無いわけではないが、このままだとシリウスの方が先に参ってしまう事を懸念した。―――それはにとっても望むところではないだろうから。

けれど今ここで強引にシリウスを連れ戻す事が、果たして最良の事なのだろうかとジェームズは自問する。

ここにいる事で少しでもシリウスの気持ちが落ち着くのであれば、そちらの方が良いのかもしれないと。

「それじゃ、僕は部屋に戻るよ。悪いけど、の事・・・」

「ああ、任せろ」

立ち上がりながらそう言えば、先ほどの弱々しい声とは違うシリウスの声が応える。

ほんの少しだけかもしれないが、いつも通りの自分を取り戻しただろうシリウスを見詰め、ジェームズはそのまま何も言わずに部屋を出る。

ふと戸口で立ち止まり、魔法陣の傍に座りを見守るシリウスを眺めた。

少し前ならば、彼は常に自分といたというのに。

気がつけば、彼の瞳にはしか映っていない。

それは自分にも言えることなのかもしれないけれど、それでもほんの少しの寂しさを感じるのも確かで。

抱いた複雑な想いに苦笑を漏らして、ジェームズは静かに扉を閉め地上への階段を上る。

その時、階段を上る自分の足音とは別に、階段を降りてくる足音が聞こえ、ジェームズは訝しげに眉を寄せて立ち止まった。

リーマスもリリーも、リビングにいる筈だ。

自分がシリウスに食事を運んだのだから、2人がここに来る筈が無い。―――ピーターはもう眠っている。

ふと脳裏に過ぎった2人の人物の姿に、おそらくはそのどちらかだろうとジェームズは思う。

そしてこの足音の重さから考えれば、おそらくは。

「どうしたんじゃ、ジェームズ。眠れんか?」

階段の中ほどに立ち、階段の先を見上げるジェームズの数段上で立ち止まったダンブルドアは、にっこりと変わらぬ笑みを浮かべていた。

階段の所々には光が灯されているが、ダンブルドアの影になってかジェームズの顔にも影が落ちる。

「・・・はい、まぁ・・・こういう状況ですから」

「流石のおぬしでも、気になるか。―――いや、おぬしだからこそ・・・なのかもしれんの」

言って彼独特の笑みを零したダンブルドアに、ジェームズは苦い笑みを零した。

ジェームズが人一倍仲間思いなのは、ダンブルドアにはお見通しらしい。―――たとえ普段がどうであっても、誤魔化せる人と誤魔化せない人が存在するのだ。

「心配は要らんよ。は儀式を成功させるじゃろう。あの子は約束は守る子じゃ」

笑顔と共に向けられた言葉に、ジェームズも同じように微笑んだ。

必ず儀式を成功させて、今の自分のまま戻ってくると約束した

ダンブルドアに言われるまでも無い。―――が今までに約束を違えた事など、一度も有りはしないのだから。

今ダンブルドアが地下部屋へと向かう理由について、聡明なジェームズが気付かないわけは無い。

それでも、彼は信じているのだ。

「・・・おやすみなさい、ダンブルドア先生」

「おやすみ、ジェームズ。良い夢を」

しっかりとした声色で挨拶を告げ、ジェームズは振り返る事無く階段を上って行った。

それを見送って、ダンブルドアは浮かべていた笑みを消すと、再び地下部屋へと続く階段を降りる。

予断を許さない状況なのは、明白だった。

まだ儀式が終わっていないというのは本当だが、それでもこの事態が異例である事に違いは無い。―――もしあの指名手配犯の男が部屋に乱入するのがもう少し早ければ、の儀式は完全に失敗し、その結果は彼女の死か別人格への変貌か。

どちらにせよ、自分たちの知るという人間がこの世から消えてしまっていた事に違いは無い。

閉じられた地下部屋の扉を開くと、そこには夕刻この部屋を出た時と変わらない光景がある。―――魔法陣の傍に座り込むシリウスも、同様に。

の様子はどうかね、シリウス」

「・・・変わりありません。まだ・・・眠ったまま」

声を掛けると、ダンブルドアの存在に気付いたシリウスが苦しそうに表情を歪める。

がホグワーツに入学する時に、ダンブルドア自身が望んだ存在。

お互いを理解し、支えあえる友。

全てを受け止め、そして受け止め返してくれるかけがえのない存在。

自分を愛してくれる人。

あの頃のを知っているダンブルドアとしては、それを望むのがどれほど困難な事なのかは解っていた。

それでもは手に入れたのだ。

様々な葛藤を経て、誰よりも自分を愛し、そして自分もまた愛する者を。

「・・・を助けたいかね、シリウス」

静かにシリウスの隣に立ち問い掛けると、シリウスは勢い良く顔を上げた。

それは聞くまでもない事のように思えた。―――けれどダンブルドアは、あえてそう質問したのだ。

彼の口から、はっきりと聞いておきたいと思った。

「勿論です。が無事に目覚めるなら、俺は何でも・・・」

「その言葉に偽りは無いかね」

言い募るシリウスの声を遮って、ダンブルドアが念を押す。

その時漸く、シリウスはダンブルドアの様子がいつもと違う事に気付いた。

その表情には笑みはなく、いつも楽しげな光を宿している瞳は真剣な光に姿を変えて。

「己の命を賭ける決意があるか?その揺るぎない意思が・・・」

ゆっくりと自分へと移るダンブルドアの瞳は、シリウスの身体を強張らせるには十分なほどの力を持っていた。

今までこんな目をしたダンブルドアを、見た事があっただろうか。

けれどシリウスに怖気付いている暇も余裕も無かった。

彼のすべては、無しではもうどうにもならないのだから。

「勿論です。俺の・・・命を賭けて」

キッパリと迷いの無い声色で言い切ったシリウスを見下ろしていたダンブルドアは、ふいにその目元を和らげる。

そうしていつもの柔らかい笑みを浮かべたダンブルドアは、座ったままのシリウスに立つよう促し、視線を眠り続けるへと戻した。

「よろしい。では、おぬしに任せる事にしようか」

言って杖を構えたダンブルドアは、それを軽く一振りした。

それと同時に今まで静寂を保っていた魔法陣から、再び淡い光が溢れ出す。

は今、彼女自身の意識の奥へと引き込まれておる。おそらくは、このまま放置しておけば、彼女が目覚める可能性は極めて低い」

「そんな・・・」

「だから、彼女を迎えに行ってやってほしい」

穏やかな声色で言われ、顔を上げたシリウスの目に悪戯っぽく微笑むダンブルドアの顔が映った。

「・・・迎えにって・・・どうやって?」

「わしが魔法で君の精神をの意識の中へと送ろう。おぬしはそこでを探し、彼女が目覚める手助けをするのじゃ」

なんとも無茶苦茶な話に、シリウスは呆気に取られてダンブルドアを見詰める。

人の精神に入り込むなど、そんな事出来るのだろうか?

否、ダンブルドアならば、簡単にやってのけそうだが。

「だが先ほども言った通り、これは非常に難しい行為じゃ。命の保証も出来かねる。最悪の場合、同様に二度と目覚めぬかもしれん。それでも・・・」

「言っただろ。俺は命を賭けて、を取り戻すって」

「ならば、おぬしの望むままに」

シリウスの言葉に満足そうに頷いたダンブルドアは、シリウスへ魔法陣の中へと入るよう促す。

それに1つ頷いて陣の中に足を踏み入れたシリウスは、横たわるの傍へと歩み寄り、彼女の手を強く握り締める。

「・・・今、行くから」

小さく呟いたと同時に、ふっと意識が遠くなっていくのを感じた。

歪む視界の中、しかししっかりとの手を握って。

を頼むぞ、シリウス」

どこか遠いところで、シリウスはそんな声を聞いた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どんどんと有り得ない方向へと突き進んでいく、親世代連載。

最早これはハリーポッターの世界なのかと言いたいくらいですが。(お前が言ってどうする)

しかし主人公が全然喋ってないですが。

そして両想いになったはずなのに、全然甘くならないのはどうしてなのか。(今更)

作成日 2006.1.20

更新日 2008.10.13

 

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