「わざわざここまでを追いかけて来た君に敬意を評して。今ここで語ろう。家の忌まわしき、長らく続くその有り様を」

何故家の人間が、他とは違う特別な強い力を宿しているのか。

呪われた、忌まわしき血と言われるのは何故なのか。

16歳までに必ず行わなければならない儀式とは、一体なんなのか。

シリウスが知りたかった全ての答えを持つ者が、今彼の前にいる。

それはおそらく、家当主であるも知らない真実さえも。

悠然と微笑むを見上げて、シリウスは知らぬ内に拳を強く握り締めた。

 

悠久の時の中で

 

家の歴史は古くてね。唯一自慢出来る所があるとしたら、間違いなくそこだろうな」

「・・・はぁ」

ほんの少し緊張した面持ちのシリウスを見下ろして、は先ほどまでの真剣さなど感じさせないほどあっさりとそう言った。

「ま、詳しく話すとややこしくて面倒だから省くけど。要は全ての元凶を生み出したのが、家の初代当主殿って事だ。―――おっと、立ち話もなんだから、まぁ座れよ」

漸く事の真相を語りだしたは、しかしその場に立つシリウスを見て、軽い口調でそう言い放つ。

座るったって何処に座れって言うんだよ・・・と悪態をつく間もなく、スッとその場に華奢な作りの椅子が姿を現した。

突然出現した椅子に目を丸くしているシリウスを眺めて、は楽しそうに笑う。

「ここは言っちまえば現実世界じゃねぇからな。大抵の事なら思い通りになるよ」

そう言って自分の分の椅子をも出現させ、シリウスと向かい合うように腰を下ろした。

その様子を見詰めて、シリウスも渋々得体の知れない椅子に腰を下ろす。―――得体が知れないというのにも関わらず、座り心地は悪くない。

「よし、話の続きだ。ええっと、何処まで話したっけ?」

「何処までって言えるほど話してねぇよ。初代当主が元凶って事だけだ」

「ああ、そうだった」

素なのかわざとなのか・・・すっとぼけた様子で頭を掻くは、気を取り直して組んだ足の上で頬杖をして。

「ま、初代当主も良かれと思って手を出した結果だったんだろうが・・・それでもそのとばっちりを食らう俺たちにしてみれば、元凶以外の何者でもないがね」

「・・・何があったんだ?」

急に不貞腐れた様子でぼやくに、シリウスは恐る恐る問い掛ける。

この青年がこれほどまでに言うのだ。―――余程の事があったのだろう。

家初代当主は、それなりに力を持つ魔法使いでね。結構色々な人から頼まれ事をされる程には信頼されていたらしい。んで、ある日魔物の退治を頼まれたらしいんだよ」

当時、村を荒らしまわっていたとされる魔物。

日々の平穏を手に入れる為、村人の願いの為に、家初代当主はその魔物の退治を引き受け出掛け。

そして戦いの末、初代当主は魔物の退治に成功した。―――かと思われたが。

「問題は、その後だ」

は苦い表情を浮かべると、軽く腕を振った。

するとシリウスとの間に小さなテーブルが現れ、その上にはティーセットが。

いそいそとお茶を入れ勧めるに、シリウスは呆気に取られる。

飲めと勧められて、シリウスは渋々それに手を伸ばした。

「・・・で、問題って?」

「そうそう。問題はその後・・・。その魔物が、性質の悪い悪魔だったって事だ」

「・・・悪魔?」

胡散臭い発言に小さく首を傾げると、は深く頷いて。

「魔物なんかは倒せばそれで万事解決する。だが、悪魔はそうはいかない。奴らは元々実体が無い事が多いからな。倒した後呪ったりする場合がほとんどだ。―――そんで、初代当主が倒したそいつも、例に漏れずそうだったって訳さ」

悪魔は自分に歯向かう初代当主を恨み、彼の住む村に災いをもたらした。

そして数々の災いに見舞われた村は、どんどんと滅びの道を辿り始める。

そんな中、家初代当主が下した結論が。

「自分の中に、その悪魔を封じ込めたんだよ」

「自分の中に?」

「そう。元々強い力を持ってる人だったから、悪魔を一匹封じ込めるくらいは問題ないと思ったんだろう。―――でも、そこでもまた誤算が生じたって訳」

はウンザリとした様子を隠す事も無く、優雅にカップを口へと運ぶ。

何となく真剣な話し合いをしているようには思えなくて、シリウスの身体からも何時の間にか余計な緊張が消えていた。

「その誤算っていうのが、封じ込めた悪魔の力の強さだ。思ったよりも強いその力は、当主の身体にある変化を生み出した」

「なんだよ、その変化って」

「自身の力が飛躍的に強くなったのさ。それはもう、尋常じゃないほどにな」

軽く肩を竦めて見せて、そうしてニヤリと口角を上げる。

その人の悪い笑みに、シリウスは引きつった笑みを返した。

「人間には余計な力だ。だが、悪魔を解放すれば再び村に災いが訪れる。だからその力を恐れた初代当主は、自分たち一族で代々封じ続けることにしたんだよ」

「・・・それが、家が持つ強大な力と特別な能力の真相か?」

「そういう事」

言って、は再び腕を振った

するとテーブルの上には、綺麗に盛られた焼き菓子が出現する。―――それを目に映しながら、しかしシリウスはもう何も言わない事にした。

それに手を伸ばしつつ、は小さくため息を吐いて。

「ま、そんな感じで、一族以外とは婚姻関係を結ばずに悪魔を封じ続けて来た訳だが。それを続ける中、新たな問題が浮上してきた」

「・・・問題だらけだな」

「全くだ」

「で・・・その問題っては?」

「自分の中にもう1人の人間が現れたんだよ」

浮かべていた笑みを消して、は剣呑な目付きでシリウスを見据えた。

いつの間にかカップをテーブルに戻し、組んだ足の上に手を置く。

その姿は一見無防備に見えて、しかし何処にも隙はない。

「・・・もう1人の人間」

「そ、俺みたいな・・・な」

そう呟いて微かに口角を上げたは、彼自身が言った悪魔のように冷酷で美しく見える。―――今まで和やかに話していたとは思えない豹変ぶりに、シリウスの背筋に悪寒が走った。

「それがどういう理由でなのかは解らない。代々血族同士での婚姻で血が濃くなり過ぎた為なのか・・・もしくは、それもまた悪魔の力の影響なのか。だが、自分の中にもう1人の人間が存在している事だけは確かだ」

彼は自分の事を、生きている人間なのではなく、哀れな思念体だと言った。

と名乗り、家の歴史を知っている彼は、間違いなく家の者なのだろう。―――否、者だったと言うべきか。

「解りやすく言えば、俺はのご先祖様って訳だ。・・・おっと、何代前なのかは聞かないでくれよ。俺の歳がバレちまうからな」

今更歳を隠してどうすると突っ込みたかったが、そういう状況でもないとシリウスは喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

常にジェームズたちと共にいるお陰か、しっかり突っ込み体質になってしまったらしい。

喜んで良いのか悲しめば良いのか複雑な心境を抱きつつも、シリウスは再び最初のおちゃらけた態度に戻ったを無言で見詰める。

その視線から何を感じ取ったのかは定かではないが、はほんの少しバツが悪そうに頬を掻きながら、椅子に背中を預けて真白の宙をぼんやりと見上げた。

「もちろん、俺の時・・・俺が生身の身体を持って生きていた頃、その時俺の中にも俺の先祖を名乗るヤツがいた。そうして儀式を経て、俺は漸く俺を手に入れたんだよ」

「・・・儀式」

の言葉に、シリウスは思い出したかのように呟き軽く目を見開いた。

の・・・そしての言った、儀式。

何度説明を求めても、明確な答えが返って来た事は一度も無い。

その酷く曖昧な表現の中に、おそらくは現状を打破する鍵があるに違いない。

。その儀式ってのは一体なんなんだ?漠然としすぎてていまいちよく解らないんだ」

「なんだ・・・と言われてもな」

シリウスの問いに、は困ったように眉を寄せる。

言葉で説明しろと言われても、そう簡単にはいかない。

何せ事情が事情なだけに、とてつもなくややこしいのだ。

「んー・・・まず、1つの体の中に2人の人間がいるって事自体が異常なんだよ。それはお前にだって解るだろう?」

「それは・・・確かにそうかもしれないけど。でもこの世には二重人格の人だっているだろ?だけどそいつらは別に儀式をしなきゃいけないわけでもねぇし、それによって命を落とすなんて事もない。なのにどうしての場合だけが、そんな事になってんだよ」

シリウスの疑問は、まさにそこだった。

何故、命の危険に見舞われるのか。

何故、必ず儀式を行わなくてはならないのか。

その理由が、どうしても解らない。

「俺たちの場合は、二重人格とは違うんだよ。2つの人格があるんじゃなくて、2人の人間がいるんだ」

「・・・どういう」

「つまり、1つの体の中に、2人分の力があるって事だ」

よく通る力強い声に告げられ、シリウスはハッと我に返る。

儀式を終えた後、魔力が飛躍的に高まる。―――は確かにそう言っていた。

それが相手の力も得るという事ならば、辻褄が合っている。

「1人でも強すぎる力だ。2人分の力が1つの体の中にあって、無事で済むわけが無い。儀式を16歳までに行わなければならないって言うのも、きっちり16歳って決まってるわけじゃなくて、2人分の力に体が耐えられるだろう年齢を言っているに過ぎないんだ」

まぁそれも、人それぞれ耐えられる期間は違うのだが。

それでも平均して16歳頃までは、何の支障も無く生活できる。

しかしそれを過ぎれば、どうなるのかは保証しかねた。

普通でさえ成長期の真っ只中なのだ。―――少しづつ大きくなる自身の力に、体がどれほど持ちこたえられるか・・・。

少なくとも、そのままで長く生きる事は難しい。

「2つの力は確かに似通ったものだが・・・それでも人によってその力の性質は異なる。異なる性質は身体の中で反発し合い、そしてそれは更に大きな力を生む。それを避ける為に、の人間はその2つの力を1つに融合させるんだ。―――それが、儀式の正体」

「それじゃ・・・やっぱり『儀式』をしないと・・・」

「どちらにしても、の人間に未来は無い。―――それほど強いんだよ、悪魔から得た力はね」

憂鬱そうな表情で呟いたを見て、もしかしたら過去に儀式に挑む事無く命を落とした者もいたのかもしれないとシリウスは思う。

遥か古に、自らの血の中に封じた悪魔。

その力は、長い年月を経た今も、の人間を蝕み続けている。

「儀式を行った者が辿る道は3つ。そのまま何事も無く、強い力を得て目覚めるか。それとも力に耐え切れず命を落とすか。もう1つは・・・」

「・・・人格が変わる・・・だろ?」

「なんだ、知ってたのか」

言葉を遮って呟いたシリウスに、は意外とでも言いたげに軽く眉を上げる。

そのからかうような様子にムッとしつつも、シリウスは目の前の青年を真っ直ぐに見返す。

「それについて聞きたい。人格が変わるってのは、一体どういう・・・」

「ああ、そりゃ簡単な事だ。自分の中にいるもう1人の人間と入れ替わるんだよ。の場合だと、俺と・・・って事だな」

「・・・入れ替わる?」

あっさりと告げられた衝撃的な言葉に、シリウスは掠れた声で聞き返した。

確かに先ほど、は自分の儀式を経て『自分を手に入れた』と言っていた。

それが自分の中のもう1人の人間と身体を奪い合い、そうして勝利したという意味なのか。

「それは・・・それは、どうやって決まるんだ?自分の身体を自身が取り戻すとか、逆にお前がの身体を得るとか・・・。それはどうやって・・・?」

「どうやって、って言われてもなぁ・・・」

危機迫る様子で身体を乗り出すシリウスに、身体を引いたは困ったように視線を泳がせる。

そうして一拍後、困惑した様子のまま躊躇いがちに口を開いた。

「・・・じゃあ、話し合いで」

「じゃあってなんだよ、じゃあって」

すかさず入った突っ込みに、の眉間に深い皺が刻まれた。

「ならどうしろって言うんだよ、お前は!」

「・・・逆切れかよ」

逆に身を乗り出したに、今度はシリウスが身を引いた。

小さなシリウスの突っ込みに、は機嫌悪そうに鼻を鳴らす。―――それを見ていたシリウスもほんの少し冷静さを取り戻したようで、2人して改めて椅子に座りなおした。

「どうやって・・・って言われても、別に方法は決まってないみたいなんだよ。同じように儀式を受けたやつに聞いた話だと」

「・・・お前の時はどうしたんだよ。どうやって身体を取り戻したんだ?」

ほんの少し疲れた様子で問い掛けたシリウスの言葉に、は片眉を上げると疲れたように肩を落としてため息を零す。

その様子に、シリウスは不思議そうに首を傾げた。

「俺の時は・・・これだ」

そう言っては、自分の右手を拳にしてシリウスの前に突き出す。

その意味するところを正確に汲み取ったシリウスの頬が、僅かに引きつった。

「俺の中にいた奴は、えらい好戦的なヤツだったからな。本気の実力勝負ってやつ?」

「・・・へえ」

「ま、俺にしてみれば敵じゃないけど」

至極楽しそうに呟いたを見て、シリウスは乾いた笑みを浮かべる。

どうやら彼は、大層自信家らしい。―――そんな所でさえも、自分の親友ととてもよく似ている。

「お前・・・まさか、にも同じ事しようってんじゃ・・・」

「だから!話し合いにしようかな〜・・・って言っただろ?俺は意外と紳士だし、それにの事も結構気に入ってるからな」

不器用すぎる所とか、しっかりしてそうなのに意外と抜けてるところとか。

そう言葉を並べるに思わず同意しそうになり、シリウスは慌てて首を振った。

そうして今更ながらに、この真白の空間で呑気にと話をしている自分自身に疑問を抱き始める。

確か自分はを迎えに来た筈。

なのにどうしてこんな所で得体の知れない青年と、仲良くお茶など飲んでいるのだろうか。

指折り数えての事を語るを前に、そんな事をぼんやりと考えていたシリウスは、一番重要な事を聞いていない事に気付き、恐る恐る口を開いた。

「確認しときたいんだけど・・・お前はの身体を乗っ取るつもりなのか?」

その緊張を含んだ声色に、はピタリと口を噤む。

そうして感情の読めない無表情でシリウスを見返すと、僅かに口角を上げた。

「そうだな。俺はそれでもいいと思ってる。・・・つーか、今のところそのつもり」

飄々と笑みさえ浮かべて言ってのけたに、シリウスの頭に一気に血が上る。

その勢いのまま、噛み付くように声を荒げた。

「なんでだよ!お前の事、気に入ってるって言ってただろ!?」

「だから、だよ」

しかし激昂したシリウスとは対照的に、の様子は落ち着き払ったまま。

浮かべていた笑みを消し、先ほど見た悪魔のような綺麗な顔で鋭くシリウスを見据える。

初めて向けられる本物の殺気に、シリウスは一瞬で身動き1つ取れなくなった。

まるで何かに囚われているような。

もしかすると、ここで殺されてしまうかもしれないと思うほどの。

今更ながらに、自分が相手にしている青年の力を思い知った。

今の自分が勝てるとは、到底思えない。

「君はどうあってもを連れ戻したいみたいだけど。でもそれって、本当にの為になる事なのかな?」

「・・・・・・どういう」

「君は色々と家の内情を知っているようだけど、その本質をまだ理解していないらしい」

悠然と微笑みながら告げるに、シリウスはやっとの事で返事を返した。

今のシリウスには、それが精一杯だった。

先ほどまで和やかに話をして来た相手とはとても思えない。

まるで肉食獣を相手にしている草食動物のような心境だ。

しかし、ここで大人しく引き下がるわけにもいかない。

ここで諦めてしまったら、もう二度ととは会えないような。

もう二度と、に触れる事など出来ないような・・・そんな気がした。

相手の鋭い殺気に震えそうになる身体に力を込めて、シリウスは気合を入れるように腹に力を込めると、真っ直ぐにを見返した。

「・・・なんだよ、その本質って」

自分を見据え問い掛けるシリウスを見返して、は表情には決して出さないが、心の中でほんの少し歓喜する。

こうして殺気を向けて・・・―――そうしてもまだ自分に挑んできた者が、今までにどれほどいたか。

それは決して多いという数ではない。

そんな人物が目の前にいるという事が、にとっては楽しい事この上なかった。

「あいつは・・・は、何時だって孤独だ。生まれた時からずっと。・・・いくら両親が愛してくれてたって、傍にいなきゃ辛い時だってある。だけどには、それさえも許されていなかった。それを孤独と認識しない内から、あいつの傍にはずっと孤独が寄り添ってた。―――あいつの過去を見たお前なら解るだろう」

言い聞かせるようなの言葉に、シリウスからは反論の言葉が出てこない。

確かに、彼の言う通りだったからだ。

あの広い屋敷の中で、物心付いた頃からしもべ妖精と2人きり。

両親は確かにを愛していたし、もそれを理解していた。―――けれど1人の寂しさや広い屋敷に軟禁されている孤独は、癒される事などなかっただろう。

「そして、それは現在も変わらない」

脳裏に甦るの子供時代にやるせなさを感じていたシリウスの耳に、静かなの声が届いた。

顔を上げれば、そこにはなんとも形容しがたい表情を浮かべたの顔。

昔と違い、その身には自由が与えられ、そうして自分たちのような友達もいるというのに。

それでもまだ孤独を抱いているというの言葉の意味が、シリウスには理解できなかった。

おそらくそれは表情に出ていたのだろう。―――シリウスが言葉を発する前に、再びが口を開いた。

家最後の生き残り。どれほど闇の魔法使いたちが、あいつの持つ力を狙っているか・・・君には想像がつかないだろう。―――今回だってそうだ。儀式の最中に乱入してきた男だって、家の力を狙ってたのさ。呪われし強大な力ってヤツをな」

「あの男が・・・を・・・?」

言われて、あの時の状況を思い出す。

あの時は自身も混乱し慌てていたから記憶は定かではないが、男の行動から見て明らかに物取りではないように思えた。

物取りならば、いくらシリウスたちに追われていたとしても、地下に逃げ込んだりはしないだろう。

狭い家ならばともかく、広い邸では逃げる場所など沢山ある筈なのに。

「あいつは生き続ける限り、その力と共存しなきゃならない。それがどういうことなのか、その力を持たないお前に理解する事など出来ない。唯一それを理解してくれる血族も、もういない。そしてあいつは家の当主として、それを放棄する事も出来ない。どれほど足掻いても、あいつは孤独から逃れる事が出来ないんだ」

人の身に余るほどの強大な力。

何代にも渡って封じられ続けて来た悪魔の力。

その力故に、人から恐れられる事も少なくないだろう。―――の人間が『悪魔』や『死神』と密かに呼ばれている事も、確かだ。

その事によって受けた痛みや悲しみは、の言う通り同じ力を持つ者にしか本当の意味で理解する事は難しい―――理解したいと思っても、そんな簡単な問題ではないのだ。

「・・・でも。でも俺は、理解したいと思う。それが簡単な問題じゃないのは、俺にだってよく解る。それでもが1人で苦しむのを見てるなんて出来る訳ないだろ!?いいから、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと出せよ!!」

シリウスは先ほど抱いた恐怖すらも忘れ、そう叫んでいた。

確かにの言う通りだ。

彼の言っている事は正しい。―――全くもって正論だ。

だからといって、「はい、そうですか」と納得出来るわけでもなかった。

が孤独の中から抜け出す事が出来ないというならば。

それならば、自分がそこへ飛び込めば良い。

自分の想いを受け入れてくれた時、そうする権利を、は自分に与えてくれたのだ・・・と。

しかし声を荒げたシリウスに対し、はやはり冷静さを保ったまま。

その表情にほんの少しの呆れを浮かべて、ため息混じりに肩を竦めて見せた。

「おいおい、ちょっとは落ち着けって。お前はそうやって俺に噛み付いてくるが・・・あいつが目覚めない原因が俺にあるわけじゃない」

「・・・は?」

「あいつが目覚めないのは、あいつ自身がそれを望んでいないからだ」

一瞬、言われた言葉の意味が理解できなかった。

が目覚めないのは、儀式の為でもなく、ましてやがそれを阻んでいるからでもなく。

自身が目覚める事を望んでいないからだと、は言った。

「・・・なんで」

「さぁな。それはにしか解らないだろ?まぁ、大体の予測はつくが・・・」

「・・・・・・」

「だが、お前にそれを責める事が出来るのか?の苦しみ、の恐怖、の孤独。それはにしか解らない。どれだけ綺麗事を並べたって、所詮人は他人の心の内を本当の意味で知ることなど出来ない」

「それは・・・」

「あの儀式の最中、あいつは心の底で願ったんだよ。この忌まわしき力を、世に解き放つべきではない・・・ってな」

キッパリとそう言い切ったの顔を見詰めたまま、シリウスは真っ白になった頭の中で、今までのの表情を思い出していた。

笑った顔など、ほとんど見たことが無い。

いつも感情の読めない無表情で、必要以上に人を近づける事無く、まるでそれが当然のように1人でいる事が多かった。

そう、それはシリウスが告白した時も。

まるで自分に関わるなと言わんばかりの態度で。

その後自身の話を聞いて、やはりの言う通り、家の強大な力を良く思っていない事も解っていた。

その忌まわしき力を、この世に解き放つ事が怖いと・・・―――そう言っていた。

けれどは約束したのだ。

必ず戻ってくると。

儀式は必ず成功し、そうして自分たちの元へ無事に戻ってくると。

そういったの言葉に、嘘は無かった筈なのに。

「そんなあいつを、お前たちはわざわざ引きずり出すってのか?本当にあいつの事を思うなら、このままソッとしておいてやるのが優しさってもんじゃねぇの?」

諭すようなの声が、スルリと耳から脳裏へと流れていく。

まるで抗う事さえも許さない・・・そんな滑らかさで。

「力を得る前でこうなんだ。いざ力を得た日には、闇の陣営がどう出て来るかなんて想像するまでもねぇだろう?」

「それは・・・でも、は1人じゃない。俺たちだっている。俺たちで守れば・・・」

それでも何とか拒否の言葉を口にすると、その瞬間、の嘲笑が聞こえた。

何時の間にか俯いていた顔を上げれば、そこには酷く冷たい笑みがある。

そこで漸く、自分の言葉の説得力の無さにシリウスは気付いた。

「守る?・・・守るねぇ。そう簡単に言葉に出来るほど、簡単な事じゃねぇだろう?」

「・・・・・・っ!」

「ま、いいさ。―――じゃあ、もしもお前があいつを守って、仮に命を落としたとしよう。そうなった時のあいつはどうなる?どれほど自分を責めるのか・・・どれほど傷付くのか、お前は考えてねぇだろ?」

「・・・・・・」

「そんな自己満足で、これ以上あいつを苦しめようっていうのか?とんだ正義のヒーローだな」

あからさまに馬鹿にしたような口調。

いつもならば即座に切れて言い返すシリウスが、何も言えなかった。

最初の頃と比べて話し方が荒くなっている事が、の怒りを表しているような気がした。

は怒っている。

何の覚悟もなく、こうしてここまで来た自分に対して。

シリウスはぼんやりと自分の足元に視線を落とした。

視界を染める白が、やけに眩しく目に痛い。

の過去を知り、家の者が抱える孤独と闇を知り。

自分がどれだけちっぽけな人間なのかを、シリウスは思い知った。

ホグワーツの中では自分やジェームズ以上の人間などいなくとも、生と死が行き交う現実世界においては、一生徒である自分など力を持たないも同然だと言われた気がした。

の言う通りこのまま眠り続ければ、これ以上が苦しむ事もないのだろう。

それでも。

「・・・それじゃ・・・意味ねぇんだよ」

ポツリと、震える声でそう呟いた。

握り締めた拳も微かに震えている。―――それは恐怖ではなく、自分自身への怒りで。

一瞬でも、がこのまま眠り続ける事を肯定してしまった、自分自身に対して。

再び顔を上げてを睨みつけたシリウスの瞳に、もう迷いは無かった。

「確かにお前の言う通りかもしれない。このままにしておいた方が、は苦しまずに済むのかもしれない。でも・・・それじゃ、俺が嫌なんだよ!」

「嫌、ね。そんな陳腐な理由で、これからもを苦しめ続けるってか?」

「ただ苦しませたりなんてしねぇよ。俺が傍にいて、その苦しみを一緒に背負ってやる」

キッパリと言い切ったシリウスを見詰め、は意地悪げに口角を上げる。

「いやに簡単に言うねぇ。これだから世間知らずの坊ちゃんは我が侭で困るよ」

「うるせぇ!我が侭なのは承知の上だ!だけど・・・は俺を受け入れたんだ!」

シリウスのその言葉に、がピタリと動きを止めた。

しかしシリウスはそれにさえも気付かず、更に言葉を続ける。

「俺を受け入れたあのが、そんな事も予測してないなんて訳ないだろ!?あいつは俺のこんな我が侭でさえ、仕方ないって笑って受け入れる!」

「・・・・・・」

「だから俺は、孤独も、悲しみも、苦しみも、全部背負ったをそのまま受け入れるんだよ!!」

これ以上ないほどの大声で叫んだシリウスは、肩で荒く息を繰り返しながら、表情を消したままのを鋭く睨み上げた。

どんな反論が返って来るのかは解らない。

寧ろ、ここでの口論など何の意味もないのだ。

この言葉はに伝えてこそ意味がある。―――に伝え、彼女自身に理解させなければ。

先ほどの騒がしさから一変して、真白の空間に静寂が訪れる。

そんな張り詰めた空気の中、それを破ったのは勢い良く噴出したの笑い声。

呆気に取られるシリウスの目の前で、は転げ回る勢いで腹を押さえ、悶絶しながら笑い続ける。

「あはははははは!!」

「・・・ちょ、おい!」

「はははっ・・・あははははっ!もう駄目・・・もう可笑し過ぎて・・・腹がっ!!」

苦しみつつも笑うのを止めないを、シリウスは呆然と見詰める。

そうして漸く少しづつ笑みを殺して言ったは、まだその顔に笑みを残しつつも転がっていた床から立ち上がり、そのままの勢いでフワリと宙に浮いて見せた。

「うん、解った。君の言いたい事は」

「・・・おい」

「ま、ギリギリ合格って事にしておこうか。ほら、俺って寛大だからさ」

「は!?合格!?」

言われている事の意味が瞬時に理解できないシリウスは眉間に皺を寄せて問い掛けるが、の方にそれ以上説明する気は無いようだ。

ニヤリと笑みを浮かべて、困惑するシリウスを見下ろす。

「でも残念ながら、答えを出すのは君じゃないんだよね。ま、君の返答次第によって、今後の対応も変わっていた事は確かだけれど」

「何の事だよ!!」

「そこで大人しく見てなって。君の愛しいが、どんな結論を出すのか」

言った直後、真白の空間に見覚えのある景色が広がる。

そこに佇むのは、シリウスが一番大切だと思う少女。

どうやらこの映像は、眠りについたの心の中を映しているようだ。―――確かにはここでは何でも自由になるとは言ったけれど、こんなに便利で良いのだろうか。

「言っとくけど、これは特別だからな」

言うや否や、の姿は空気に溶けるように白の空間に消えて行った。

「待ちやがれ、!!」

慌ててそう怒鳴りつけてみても、何の反応も返っては来ない。

静かな空間で1人になってしまったシリウスは、成す術も無くの姿を目に映す。

そうして何処までも親友そっくりな男に対し、盛大なため息を吐き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

題して、『一気に設定説明をしてしまおう』の回です。(笑)

だらだらと書いてしまいましたが・・・本当は少しづつ明かしていくべきなのでしょうが、こんな所に自分の計画性の無さと話の組み立ての下手さが明るみに出ています。

あまり出さないようにとは思っているのですが、やっぱりオリキャラ出てしまいました。

そして話が進むにつれ、シリウスがどんどんシリウスじゃなくなっていくと言いますか。

書いてて、寧ろこれ誰?みたいな。(オイ)

これでハリーポッター、シリウス夢と言ってしまって良いのかどうか・・・。

作成日 2006.1.27

更新日 2008.12.8

 

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