木が年輪を刻むように、長い長い時を過ごしてきた重厚な雰囲気漂う屋敷。

ゆっくりと流れていくような時間。

静けさに支配された空間。

どこか暗く、そしてとても寂しい場所。

私が育ったところ。

私が、長い時間を過ごした場所。

そこは・・・。

 

だけの世界

 

ぐるりと辺りを見回して、そこが自分にとってとても馴染みある場所だと気付き、けれどそこにある空気が馴染みのあるものではない事にも気付いて、は小さく笑みを零した。

そうして部屋の真ん中にある、自分がいつも座っていたソファーに腰を下ろし、天井を見上げてゆっくりと息を吐き出す。

どうやら儀式は失敗してしまったらしい。

ぼんやりとそう考えながらも、その事実にどこか安堵している自分がいる事にもは気付いていた。

生まれた時からここにいて、物心ついた頃にもここにいた。

外の世界は大きな窓を通した四角の世界だけで、その頃の自分には関係のないものだった。

その事に不満を抱いた事は一度もない。―――何故ならば、にとってはそれが普通だったのだから。

屋敷の中で、自分がやるべき事をし、得られる知識を得、時折帰る両親を待つ。

しもべ妖精のセルマはかいがいしく世話を焼いてくれたし、不自由な事など何もなかった。

ただ、自分とセルマしかいない広すぎるこの屋敷は、酷く静か過ぎて。

扉の閉ざされたそこは、暗く淀んでいるようにも見えて。

自分は1人なのだと思い知らされたのは、両親の訃報を聞かされた時だった。

それまでも良くない連絡は幾多もあった。

それほど多くはないけれど、次々と知らされる各地に散って暮らす家の者たちの訃報。

一度も会った事のないその人たちの手紙で知らされるだけの訃報は、にとっては本の中の出来事のようで、あまり実感がなかったというのが本当のところだ。

両親の訃報についても、同じだった。

いつも、長い時は何ヶ月も帰ってこなかった両親。

手紙だけで知らされるそれは、にとっては真実味がなく、両親はいつかひょっこりと帰ってくるのではないかと心のどこかでそう思っていた。

それが破られるのに、それほど時間は掛からなかったが・・・。

ふらりと初めて家の外に出た時、万全のはずの警備をかいくぐって進入してきた闇の魔法使いに、命を奪われかけたあの時。

自分の上にまたがり、首を絞め、暗く淀んだ笑みを浮かべる男の口から聞かされた言葉。

『お前の両親も、同じ言葉を吐いて死んでいったよ』

手紙を読むのと、人の口から聞かされる事と。

これほど言葉の重みの違いを感じるとは、思ってもいなかった。

その時、自分がどんな感情を抱いたのか、は今でも解らない。

憎しみだったのか、悲しみだったのか、恐れだったのか。

ただひとつ解っているのは、本当に、自分は一人になってしまったのだという事。

家当主の名と共に自分が手に入れたのは、本当の意味での孤独なのだ、と。

この世界で、本当の意味でという人間の存在を知っている者は、もうセルマしかいない。

たとえばが命を落としたとしても、それを哀しむ者も、嘆く者も、喜ぶ者も、そしてそれを知る者さえいない。

そんな自分がここにいる必要などあるのだろうかとも思うが、家最後の生き残りとして、彼女には生き続ける義務がある。

彼女の命と共に家が果てるのだとしても、その瞬間まで生き続けなければならない。―――それが、父の最期の言葉と共に得たの義務だからだ。

はこれまで、義務として生きてきた。

けれど・・・。

「やぁ、こんにちは。いや、初めまして・・・かな、

不意に室内に響いた声に、思考に耽っていたはふと瞳を開いた。

「・・・誰だ」

薄く目を細めて見つめる先には、優しく微笑む1人の青年の姿。

青年はふわりと舞うようにの前に降り立つと、にっこりと微笑み右手を差し出した。

「俺の名前は。ちなみに、君の飼い猫とは同じ名前だけど、別に飼い猫の化身とかそんなんじゃないから、そこんところよろしく」

軽い口調で自己紹介をしたを見上げて、は訝しげに眉を寄せる。

「お前は何者だ。何故ここにいる」

「俺かい?俺は呪われし血に封じられた哀れな思念体さ。簡単に言えば君のご先祖様ってわけ。―――おっと、何代前かは聞かないでくれよ?俺の歳がバレちまう」

「心配するな。まったく興味はない」

肩を竦めておどけて見せるを一刀両断し、はフイと視線を逸らす。

彼が何者でもいいから、今は1人にして欲しかった。

自分に残された最後の時間は、静かに過ごしたかった。

しかしそんな彼女の想いに気付いているのかいないのか。―――間違いなく後者だと、この場にシリウスがいれば断言するだろうが、は視線を逸らしたの前へと回り込み、その冷たい暗紫の瞳を覗き込む。

「まぁ、そう言わずに。俺がどうしてここにいるのか気にならないの?」

自分の瞳を覗き込むの試すようなその笑みを見つめ返して、は小さくため息を吐き出した。

「お前は自分を思念体だと言い、そして私の先祖だと言った。それで大体お前が何者で、何のためにここにいるのかは察しがついた」

「・・・へぇ」

「私の身体が欲しいのならば持っていけばいい。いらないなら捨て置け。お前の好きにすればいい」

あっさりとそう言い放ったを見下ろして、は僅かに口角を上げる。

あの少ない言葉で、は本当にすべてを察したらしい。

その察しの良さと、そう結論付けられるだけの豊富な知識・・・、そして潔さが、の中で興味を引き立てる。―――まぁ少々、潔すぎる気もするが。

「あれ?もらってっていいの?」

「良いも悪いもない。私は儀式に失敗したのだ。もう私にはどうする事も出来ない」

「ふ〜ん。随分と諦めが良いんだな。抗ったりしないわけ?」

「・・・・・・」

これまできっちりと返事を返してきたは、の一言でピタリと口を噤む。

そうして初めて・・・がこの場に現れてから初めて、しっかりとした意思を以って彼を見たは、そこに立ち眉を上げて首を傾げるを見つめ返した。

自分の先祖だと名乗った男。

その言葉が本当なのかどうなのか、今のに知る術はない。

それが本当でも嘘でも、本当はどちらでも構わないのだ。

ただ、もし彼が本当に家の人間だったのなら、彼もかつては自分と同じ力を持ち、生きていたのだろう。

そう思うと、異質だった彼の存在が急に近くに感じられたような気がした。

じっと黙り込んだの言葉を、は辛抱強く待った。

そうしてどれほどの時間が過ぎたのだろうか。―――不意に口を開きかけたを遮って、が先ほどまでとは違う低い声色で言い放った。

「抗ったりなんてしないよな。この結末は、お前がずっと待ち望んでいた事なんだから」

抑揚のない声で告げられた言葉も、は微動だにせず受け止める。

そう、これは本当は望んだ結末だった。

家は中立。

それは昔からずっと変わらない、少ない決め事の一つだ。

しかしその気になればいとも簡単に人を呪い殺せるほどの力は、闇の魔法使いたちにとっては魅力的過ぎるもので、けれど言葉を変えれば、決して味方にならないのであればそれはもっとも厄介なものでもあった。

魔法省にしてみても、家の者たちが持つ価値観は自分たちと似通った部分が多く、自然と手を結ぶ事が多かった。

しかし彼らも解っていたのだ。―――家の者が、決して自分たちの味方ではないと。

家は中立。

何があっても、どんな事が起きても、それを崩す事はない。

言葉を変えれば、いつ敵に回っても可笑しくはない諸刃の剣のような存在は、ただいるだけで恐怖を与えるものでもあった。

それでも決して、自分たちからは手放せない。

何故ならば、勢力を広げる闇の魔法使いたちを押さえ込むためには、家の者たちの力は不可欠だったからだ。

それを踏まえた上で、は思う。

闇の魔法使いたちには命と力を狙われ、魔法省サイドには腫れ物に触るような扱いを受け。

これでは本当に、居場所などないではないかと。

それでもは中立という立場を覆す事は出来ない。―――それは家の者としてのプライドでもあるのだから。

けれどずっと思っていた。

家の者たちが次々と命を落とし、両親までもが帰らぬ人となって。

暗く静かな屋敷の中で、今と同じようにソファーに座ってぼんやりとしながら、は思っていたのだ。

「本当は・・・」

「・・・・・・」

「本当は、こんな力など欲しくはなかった」

ポツリと漏れた呟きに、は薄く目を細める。

それが何を意味しているのか、には解らない。―――どこか痛々しい笑みを浮かべるが今何を考えているのか、には解らないし知ろうとも思わなかった。

「時折、考える事がある。たとえば私にこんな力など備わっていなければ、私の人生はどんなものだったのだろうか、と」

「・・・・・・」

「何か変わっていただろうか?―――少なくとも、もう少し素直に育っていたかもしれないな、私は」

小さく笑みを漏らして、はふと目を伏せた。

「この力を・・・憎むか、

「いや。ただ悔やまれるのは、これほどまでに私の心が弱かった事か・・・」

向けられた言葉に返事を返して、は自嘲する。

ずっと、心のどこかで、儀式の失敗だけを望んでいた。

だから儀式を行うリスクを恐れたことなどなかった。―――むしろそれは、安堵ですらあった。

その為に、必要最低限の人間との接触だけを心がけたのだ。

出来るだけ人の記憶に残らないように。

自分亡き後、心を痛める人間は、出来るだけ多くないように。

セルマも心のどこかでそれを察していたのだろう。

だからこの歳になるまで、儀式は実行されなかったのだ。

「別に、悔やむ必要なんてねぇよ」

ぼんやりと考え込むの耳に、静かな声が響いた。

視線を上げれば、そこには無表情で佇むの姿。

彼はもう一度同じ言葉を繰り返して、の前にあるソファーに腰を下ろした。

「お前が持つのは人間には過ぎた力だ。本来ならば、人間が持ち得ない力・・・」

「・・・・・・」

「だがお前はそれを持っている。人間は異質を恐れるものだ。お前はこれから一生闇を抱く人間たちから狙われ、そうしてそうではない人間たちからは恐れられる。生き続ける限り、それは変わらない」

どれほど抗っても、それは変わらないのだ。

遥か昔から、家の者はそうやって生きてきた。

そしてそれこそが、かつて初代当主が封じた悪魔の『呪い』でもある。

「そしてお前には、それを分かち合ってくれる者もいない。お前は一人でその力と戦い、抱え、生きていかなければならない。それはきっと想像するより辛い事だ」

「・・・そうかもしれない」

「だからお前がどんな結論を下そうと、どんな結末を望もうと、それはお前の自由だ。すべてを受け入れ生き続けるのも、すべてから開放されて眠りにつくのも、お前の自由だ」

フォローも何もない言葉を並べ立て、は続ける。

それはまったくの正論で、真実だった。

「だが・・・」

そこまで告げて、はまっすぐにを見据える。

その眼差しは、彼女に何かを訴えかけているように見えた。

「・・・だが?」

問い返したに、はニヤリと口角を上げて。

「だが、お前は約束を交わした。勿論それを守るのも守らないのもお前の自由だ。それでもその約束を信じて律儀に乗り込んできた奴に対する礼儀として」

そこで言葉を切って、はヒラリと手を振り上げる。

その瞬間、何もなかった宙に四角い窓が現れ・・・―――そして。

「結論を出すなら、この馬鹿の命がけの告白を聞いてからにしてやったらどうだ?」

楽しそうな声色と共に、四角い窓に1人の青年の姿が映し出された。

 

 

「確かにお前の言う通りかもしれない。このままにしておいた方が、は苦しまずに済むのかもしれない。でも・・・それじゃ、俺が嫌なんだよ!」

シリウスは叫ぶ。

声の限り、まるで振り絞るように。

悲痛な・・・けれど温かいその言葉は、凍てついた自分の心を溶かしていくような気がした。

「嫌、ね。そんな陳腐な理由で、これからもを苦しめ続けるってか?」

「ただ苦しませたりなんてしねぇよ。俺が傍にいて、その苦しみを一緒に背負ってやる」

まっすぐにを見据えて声を上げるシリウス。

その瞳には、迷いや躊躇いなど微塵もなかった。

「いやに簡単に言うねぇ。これだから世間知らずの坊ちゃんは我が侭で困るよ」

「うるせぇ!我が侭なのは承知の上だ!だけど・・・は俺を受け入れたんだ!」

響いた声に、は軽く目を見開く。

「俺を受け入れたあのが、そんな事も予測してないなんて訳ないだろ!?あいつは俺のこんな我が侭でさえ、仕方ないって笑って受け入れる!」

シリウスの口から紡ぎだされる言葉に、は苦笑を浮かべた。

勝手な事を、と呟きが漏れる。

けれど、不思議と怒りや呆れの感情は生まれては来なかった。

その傍若無人とも取れるほどのまっすぐさが、シリウスがシリウスである所以なのかもしれないと。

少なくともにとってそれは、不快なものではなかったから。

「だから俺は、孤独も、悲しみも、苦しみも、全部背負ったをそのまま受け入れるんだよ!!」

迷いのない声。

どうしてなのだろうと、は思う。

シリウスと関わりを持ち、そうしてあの図書室で想いをぶつけられた時からずっと思っていた。

どうしてシリウスは、自分になど拘るのだろうと。

シリウスが自分の能力を狙って近づいてきたのではない事は、彼を見ていればすぐに解った。

それならば何故、彼は自分を求めるのだろう。

彼の周りには、たくさんの女子がいる。

それこそとは比べ物にならないくらい、女性らしい女性がたくさん。

その例がリリーだ。―――は、彼女ほどすばらしい女性は知らない。

シリウスならば選び放題だったろうに・・・。―――それなのに何故、彼は自分などを求めたのだろう。

そしてどうして、今もまた、彼はこんなにも必死になって自分を求めるのか。

を求めなければ、余計な荷物を背負う必要もないというのに。

それでもシリウスは言うのだ。

そんなを、そのすべてを受け入れると。

四角い窓に映るシリウスを見つめたの瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。

それは堰を切ったように次から次へと流れ落ち、の頬を濡らしていった。

「・・・約束」

そう、は確かに約束を交わしたのだ。

何があっても必ず儀式を成功させ、そうして自分のままで戻ると。

それがどういう事なのか、ちゃんと理解していた筈だというのに・・・―――そうしてその決意を、固めた筈だというのに。

どうして忘れてしまっていたのだろう。

どうして己の弱い心に負けてしまったのだろうか。

今もまだ、彼はの帰りを待っているというのに。

「さて、どうするよ」

ぼんやりと考え込んでいたの耳に、からかうようなの声が届いた。

視線をそちらへと向ければ、そこには声色に違わない楽しそうな面持ちのの姿。

「言っとくが、あいつがなんと言おうとすべてを背負うのはお前自身だ。たとえあいつが傍にいようともそれは変わらない」

ただ、心が慰められる事はあるだろう。

シリウスはに居場所を作った。

は絶対的な味方を手に入れたのだ。―――たとえ苦しみを分かち合う事は出来なくとも、それはとても幸福な事なのだろう。

「それでも、お前はすべてを背負い生き続ける事を望むか?」

続いたの言葉を逡巡し、そうしては強張った身体から力を抜いて。

「約束は、守るものだろう?」

ほんの僅かに表情を緩めてそう返事を返したを見つめて、は本当に嬉しそうに・・・楽しそうに微笑み返す。

そうして儀式は今、静かに終わりを告げた。

 

 

変わる景色。

真っ白な空間に突っ立っていたシリウスは、先ほどまでガラス越しに見ていた部屋の中に立っている事に気付き、思わず辺りを見回した。

ガラスの向こうで、会話を交わしていた

残念ながら声までは聞こえてこなかったが、ソファーに身体を預けるの様子が、常の彼女と違っていたのは明白だった。

きっとは、すべてを諦めてしまったのだろうと、そう思った。

それでも目を離す事は出来ない。―――その時点で、はどこか遠くへ行ってしまうとそう思えたから。

それから何がどうなったのかはシリウスには解らない。

気がつけば、もう既にこの場に立っていた。

「はい、おつかれ〜。儀式はこれで終了だ」

部屋の端に立ち呆然とするシリウスの耳に、の楽しげな声が届いた。

視界を巡らせると、ソファーにぐったりと身体を預けるの姿が映り、シリウスは慌てて彼女の傍へと駆け寄る。

意識はない。―――が、どうやら眠っているだけのようで、シリウスはホッと安堵の息を吐き出した。

「一体・・・どうなってんだ?」

「だ〜から、儀式は終わったって言っただろ?」

何がなんだか解らずにポツリと呟いた言葉に、楽しげな声で返事が返って来る。

そちらへと改めて視線を向けると、は悠然と微笑みながらしゃがみこむシリウスを見下ろしていた。

「・・・?」

「終わったんだよ、全部。お前が望んだ通り、は自分に勝ったんだ。もう連れて帰っていいぞ」

あっさりと掛けられた言葉に拍子抜けしつつも、シリウスはしっかりとの身体を抱きしめる。

おそらくそれは実体ではないだろうに、抱きしめた身体は温かいような気がした。

「本当に儀式は終わったのか?は・・・元通りになるんだな?」

「そう言っただろ〜。ま、穏便に話し合いで解決してやった俺に感謝しろよ?」

ニヤリと口角を上げ、は人の良い笑みを浮かべてそう言った。

友好的な態度を見せたかと思えば、の身体を乗っ取る宣言をし、そうしてシリウスの言葉のすべてを否定し、しかしそれに対して楽しそうに笑う。

飄々としていて感情が読めず、味方なのかどうかさえも解らなかった青年。

しかしシリウスは、彼を嫌いではなかった。

それはどこか自分の親友に似ていたからなのか。―――それは解らないけれど。

「お前は・・・これからどうするんだ?」

ふと気になって問いかける。

家の儀式は、1つの身体の中に2人の人間がいるという現状を解決する為のものなのだとは言った。

もともとの身体の持ち主の人格が変わるのは、内にいるもう1人の人物がそれに成り代わるからなのだと。

それならば、もう1つの人格は、儀式が終わった後どこへ行くのだろう?

そんなシリウスの疑問を読み取ったのか、はカラカラと笑みを零して。

「そりゃ、消えるに決まってるだろ。家の儀式ってのはそういうもんだ」

実にあっけらかんとそう言い放つ。

もともともう既にこの世にはない存在なのだから、それが道理なのだと彼は言う。

しかしそれが思念体だとしても、という人間がここにいるのは事実だ。―――シリウスはそれを知っている。

勿論を消させる事なんて出来ない。

の身体をに譲ってやる事も出来ない。

けれど目の前にいるこの青年が消えると聞いて、「へ〜、そうなんだ」と簡単に言う事もシリウスには出来なかった。

「・・・

「あ〜、辛気臭い顔すんなよ。別に俺はどうしてもの身体を乗っ取って表の世界に出たかったわけじゃないんだから。大体、闇の魔法使いが勢力誇ってる中出るなんて面倒な事望むかよ。ただ、がそれを望まないんなら仕方ないなと思っただけだ」

一気にそう言い切って、は再びニヤリと笑う。

「お前にそのつもりがあったのかどうかは知らんが、お前は俺と契約を交わしたんだぞ」

「・・・契約?」

「そうだ。これから否応なく騒動に巻き込まれるだろうを守るってな。約束はちゃ〜んと果たせよ」

そう言って、は何度も見た仕草でヒラリと手を振る。

それと同時に、目の前のの身体が消えていくのが見えた。

否、そうではない。―――消えているのは、彼ではなく自分たちの方だ。

それに気付いた時には、の姿はもうほとんど見えなくなっていた。

「ああ、そうだ。そういや、まだ言ってなかったっけ」

真白に染まる世界の中で。

「むか〜し、昔。家初代当主に封じられた悪魔の名前だよ」

名前?と問いかける自分の声は、音にすらなってはいなかった。

ただ白に埋め尽くされていく視界の中で、霞んだの姿がちらつく。

「そいつ、って言うんだぜ」

どこか遠くで、そんな彼のからかうような声が聞こえた。

思わぬ言葉に目を見開いたシリウスは、自分を見つめる双眸を見つめ返して。

「また、会おうぜ」

最後に見た彼は、やわらかく微笑んでいた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

というわけで、今回は編でした。

もうなんだか潔いのか悪いのか微妙なところですが、何とか一件落着しました。(強引)

後はこれをどう丸く治めるかという事ですが、ともかくもよろしければ最後までお付き合いくださいませ。

作成日 2006.2.1

更新日 2009.1.19

 

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