エルマーナの依頼により、かなり高額で取引されるというキノコを手に入れるため、一行はレグヌムの地下に広がる薄暗い鍾乳洞を進む。

その中で、とエルマーナが近況を伝え合うのを横目に見ていたスパーダが、我慢しきれないとばかりに口を開いた。

「なぁ、結局うやむやになったままなんだけどさ。お前らってどういう知り合いなわけ?」

「どういうって・・・」

スパーダの問いに、とエルマーナはお互い顔を見合わせて困ったように首を傾げる。

お互いの関係を一言で説明するのは難しい。

血の繋がりがあるわけでもない。

長い付き合いなわけでもない。

けれど薄い付き合いをしてきたわけでもないのだ。―――戦場に放り出され全てを諦めたの唯一の心残りがエルマーナであったのと同じように、レグヌムで1人生きていく事を余儀なくされたエルマーナの唯一の心の支えがだったのだから。

「う〜ん、説明しろって言われると難しいんだけど・・・」

「まぁ、一言で言うなら家族やな!うん、ウチと姉ちゃんは家族やねん!」

どう伝えたものかと思案するの横で、ひとり納得がいったとばかりに頷きながらそう告げるエルマーナ。

けれどそれに異論はないのか、も「そうね、家族みたいなものよね」と納得したように頷く。

けれどそれで納得出来ないのはスパーダの方だった。

お互い顔を見合わせてすっきりしたとばかりに微笑みあう2人を見つめて、軽く眉間に皺を寄せる。

「家族って・・・ずっと一緒にいたのか?が俺ん家出ていったのって、5年くらい前だよな?」

忘れようにも忘れられない、あの時の出来事を思い出し苦い表情を浮かべるスパーダに対し、しかしはなんでもないかのように相槌を打って。

「・・・そっか、もう5年も経つのね。月日が流れるのってほんと早いわよねぇ」

「・・・おい」

どことなく温度差を感じるの対応に、スパーダは頬を引きつらせながら口を挟んだ。

あの時、自分がどれほど悔しい思いをしたと思っているんだ・・・―――とは流石に口にするつもりはなかったけれど。

そんなスパーダに気付いたのかそうでないのか、それでもは申し訳なさそうに小さく笑った。

「ああ、ごめん。そうね、私とエルが一緒にいたのは・・・確か半年くらいだったわよね」

「そうやな。それから姉ちゃんが軍の連中にどっか連れて行かれてもうたから」

「半年!?半年で家族かよ!!」

思っていたよりもずっと短い期間に、スパーダは思わず声を上げる。

けれど当の本人であるエルマーナはまったく意に介した様子なく、人差し指を軽く振って。

「チッチッチ、絆に年月は必要ないねんで」

「したり顔で解ったよーな事言ってんじゃねーよ。俺とは1年は一緒にいたんだからな」

「子供相手に張り合ってんじゃないわよ」

「うるせー、お前は黙ってろ!」

みっともないといわんばかりに口を挟んだイリアへそう反論しつつ、スパーダはジト目でエルマーナとを見つめる。

確かにがベルフォルマ家にいた頃、自分たちはとても仲が良かった。

自分があの家で信用できたのはハルトマンとだけだったし、そういう意味で言うのなら自分の家族は2人以外にはいなかったのだろう。―――最も、スパーダはこれまで1度もを姉だと思った事はなかったけれど。

だからこそスパーダは知っている。

の傍がどれほど安心でき、そして心地良いか。

は相手を否定しないのだ。

ありのままを見て、そしてありのままを受け入れてくれる。―――それはあの家で孤独だったスパーダにとって、何よりも望んでいた事だった。

きっとエルマーナも、そうしてと共にいたのだろう。

だからを家族と呼ぶエルマーナが、にどれほど救われたのかは嫌というほど解る。

解るからこそ、素直に彼女の言葉を受け入れられないのかもしれないが。

かつては自分1人だけのものだったが、こうしてみんなのものになりつつある。

彼女が自分の所有物ではないと解っていても、感じる焦燥感は消しようがなかった。

そんなスパーダを横目に、全てを察し仕方がないとばかりに小さく苦笑を漏らしたアンジュは、話を摩り替えるためエルマーナへと視線を移して。

「それで、とはどういう出逢いだったの?エルは・・・ひとりだったのよね?」

それでも問う内容が内容だけに躊躇いながらもそう問いかければ、エルマーナは大して気にした様子なく大きくひとつ頷いた。

「そうや。ウチの親、行商人やったんやけど盗賊に襲われてもうてな。ウチはなんとか助かってレグヌムまで来れたんやけど、子供1人で生きてくのって結構大変でな。そんな時に姉ちゃんに会って、一緒に暮らすようになったんや」

寂しげに・・・―――けれどほんの少し誇らしそうにそう言って笑うエルマーナを見つめて、そうして視線をへと移したアンジュは感嘆のため息を吐いた。

「子供を引き取って育てるなんて、って優しいのね」

アンジュはレグヌムに住んではいないが、戦争によってどれほどの孤児が生まれたのかは知っている。

親の居ない子供たちが生きていくのがどれほど大変なことなのかも、そして誰かを養うのがどれほど大変なことなのかも。

可哀想だとは思っても、そう簡単に手を差し伸べられるわけではない。

だからこそのその決断力は、評価に値するとアンジュは思った。

しかしそんなアンジュの賛辞に、は困ったように眉を寄せて。

「やめてよ、アンジュ。そんなんじゃないわよ」

そうしてどこか遠くを見るように宙へと視線を投げると、はもう1度同じ言葉を繰り返した。

「そんなんじゃなくて・・・。なんて言うのかな、成り行きっていうか・・・」

今、彼女の瞳には何が映っているのだろう。

そう思うほど、彼女は遠いところを見ているようだった。―――感情が豊かな彼女の表情には、今は何の色も浮かんではいない。

そうしては暫くの沈黙の後、小さな・・・本当に小さな声でポツリと呟いた。

「まるで昔の自分を見てるみたいに見えたから」

まぁ、私はエルほどたくましくはなかったけどね。

そう言って茶化したように笑ったを、これまで無言で話を聞いていたリカルドは僅かに眉間に皺を寄せつつ視線をやった。

そこに浮かぶ表情を、リカルドは知っている。

『もう独りぼっちは嫌なの』

そう言って笑ったあの時のもまた、今と同じような顔をしていた。

そんなに、リカルドが思わず手を伸ばしそうになったその時だった。

「具体的にどういう状況でどういう成り行きで2人が家族になったのか、聞いてみたいんだけど」

聞いても構わないかしら?

そう言って控えめに笑ったアンジュに、とエルマーナは本日何度目かお互い顔を見合わせて。

「そんなに特別劇的な話じゃないんだけど・・・」

「せやなぁ、日常の話やもんな」

「それでもいいなら、別に私たちは構わないけど・・・」

「ぜひ聞かせて」

キラキラと瞳を輝かせながらそう強請るアンジュに、はクスリと小さく笑って。

そうして思いを馳せる。

あの短くも幸せに満ちた日々へと。

特別な事がなくても、ただの日常の繰り返しだったとしても、それでも楽しかったあの日々を。

 

そうしては、ゆっくりと口を開いた。

 

 

あのしき日々を


みんなの疑問。

彼女とエルマーナの短くも温かい日々の始まり。

作成日 2010.10.31

更新日 2011.8.7

 

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