現実のような夢を見る事がある。

 

 

ふと、浮上する意識。

うっすらと開いた瞳に映るのは、見慣れた天井。

しばらくの間それをぼんやりと眺めて・・・―――そうして漸く意識が完全に覚醒した後は小さく息を吐いた。

「・・・また、あの夢」

こちらも小さく呟いて、ギュッと目を閉じる。

瞼の裏に甦るのは、赤い赤い炎。

金属を打ち付ける音。

流れる汗。

それら全てがやけにリアルで、は最初はそれが夢なのかさえ解らなかった。

だって、感じた熱も手に伝わる衝撃も流れるその汗さえも鮮明に思い出せるのだから。

そこまで考えて、は思わず苦笑を漏らした。

リアルに感じられるのは当然だった。―――なにせの現在の職業とその夢は、同じものなのだ。

だからリアルに感じて当然。

当然、だというのに・・・。

なのにどうしてだろうか?―――夢から覚めた今でも、この胸がこんなにもざわつくのは。

そしては知っている。

この夢を見るようになったのは、最近の事ではない。

もうずっと以前から・・・―――それこそベルフォルマ家に居た頃から、は時折同じような夢を見ているのだ。

だからこそ職を探す時、鍛冶屋に拘ったのかもしれないとは思った。

そしてそれはきっと間違いではないのだろう。

それらに囲まれていると、酷く安心する自分を知っていたから。

「・・・はぁ」

両腕で目を覆って、は肺の中の空気を全て吐き出すかのような深いため息を吐く。

こうなってしまっては、何故か気が高ぶって眠れない事も経験上よく知っている。

明日は明日でハードなのに・・・と心の中で呟きながら、それでも眠れないものは仕方がないと結論付け、何か温かいものでも飲もうかと上半身を起こしたその時だった。

カタンと小さな物音が聞こえた。

それに思わず目を丸くして・・・―――そうしてその時漸く隣で眠っていた筈のエルマーナの姿がない事に気付いたは、一体どうしたのかとベットから抜け出した。

こんな夜中に起きているなんて珍しい。

いつももっと早い時間に眠そうに目をこすっているというのに・・・―――どうしたのだろうかと寝室を出たは、しかしリビングに少女の姿が見当たらない事に僅かに首を傾げる。

「・・・エル?」

小さな声で少女の名を呼んで、明かりをつけようと手を伸ばしたその時だった。

「・・・っ」

小さな嗚咽のようなものが聞こえて、は思わず灯りに伸ばした手を止める。

よくよく目を凝らしてみると、エルマーナは部屋の隅っこで蹲っているのが解った。

「エル、どうしたの・・・?」

控えめに声をかけると、少女の小さな肩が可哀想なくらいビクリと跳ねる。

それに思わず目を丸くしたを他所に、とうとう堪えられなくなったのか、エルマーナは勢いよく立ち上がると小さな泣き声を上げながらへと抱きついた。

「・・・、姉ちゃん!」

「エル?」

反射的にその小さな身体を抱き返し、宥めるように頭を撫でてやる。

遠目では解らなかったけれど、その小さな身体は微かに震えていた。

「どうしたの、エル?何かあった?」

何もないわけがない事は解っていたけれど、それでもは彼女の言葉を促すように優しい声で語りかける。

何があったのか解らない以上、エルマーナ自身に聞くより他ない。

するとエルマーナは今もまだ身体を震わせながら、一際強くに抱きつき躊躇うように口を開いた。

「・・・夢、見て」

ポツリと漏れた言葉に、は僅かに眉を寄せる。

どうやら彼女は怖い夢を見たらしい。

だからこんなのも震えているのだろうか?

「怖かったのなら、起こしてくれればよかったのに」

「だって・・・姉ちゃん、明日も仕事やろ?朝も早いのに・・・」

「そんな事、気にしなくたっていいの」

キッパリとそう言い切って、更に強くエルマーナの身体を抱いてやる。

そんな遠慮をして、独りで恐怖に耐えていたのだろうか。―――そう思うと、胸が締め付けられるようだった。

無邪気に慕ってくれるエルマーナだが、こういったところは最初と変わらない。

に面倒をかける事を酷く気にしている。

それは遠慮なのか、それともに対する思いやりからなのか・・・。―――この思慮深い少女の事だから、きっと後者なのだろうけれど。

ともかくも、いつまでもこうしていても仕方がない。

いつからここに居たのかは解らないが、エルマーナの身体は酷く冷えてしまっている。

そう結論を下したは、軽いその身体を抱き上げ寝室へと移動した。―――華奢に見えるも、力仕事をしているおかげかそれなりに腕力があるのだ。

そうして今もまだ温かさを残すベットにもぐりこみ、ギュッとエルマーナを抱き込んでその頭に顎を乗せると、極優しい声で口を開いた。

「どんな夢を見たの?」

問いかけると、エルマーナの身体がピクリと震える。

怖い夢の内容など、口に出したくはないのだろう。

それでも夢の内容は現実の不安とリンクしていると聞いた事もある。

だからこそその夢の内容を聞き、彼女の不安を消してやりたいとそう思った。

そんなの問いかけに暫く迷った様子を見せていたエルマーナは、けれど意を決したようにおずおずと口を開く。

「・・・うちな、龍やってん」

「・・・龍?」

「そうや。夢の中のうちは、龍やってん。ものすごい大きな龍」

唐突にエルマーナの口から零れた言葉に、は思わず目を丸くする。

夢なのだから何でもアリな気もするが、それでも自分が龍だなんて・・・―――そのイメージはどこから出てきたのだろうと僅かに首を捻るが、それでも声に出す事はなくはそれで?と話の続きを促した。

「うちにはな、子供もおってん。子供言うてもホンマの子供やのうて拾った子なんやけど。仲間もたくさんおった」

随分としっかりとした設定があるようだ。

自分の夢とは大違いである。―――人知れず感心していたは、それでも次の瞬間大きく目を見開いた。

「でも、みんなおらんようになってしもた」

ポツリと呟かれた言葉にこれ以上ないほどの悲しみが込められているようで、は薄く目を細める。

どうしてみんな居なくなってしまったのか、それはエルマーナには解らない。

夢の内容はいつも断片的で、何がどうなってそうなったのか解らないのだ。

「うち、独りになってしもて・・・」

それでも覚えている孤独。

誰も居ない世界に、たった1人。

気が遠くなるような長い時間を、たった一人で過ごしていた。

その寂しさを、夢を見る度に思い出すのだ。―――まるで自分が体験したかのように、鮮明に。

話をしていて再びその気持ちを思い出したのか、ギュッとに抱きつき小さな声で泣き出したエルマーナを見やり、は強い力で抱き返してやる。

現実のような夢を見る事がある。

炎の熱も、手に伝わる衝撃も、流れ落ちるその汗さえも。

まるで自分が体験したかのようなそれを、エルマーナも感じているのだろうか。

それも自分とは比べ物にならないほどの悲しみを。

そんな夢を見ている人間が他にいるなんて、考えた事もなかった。

夢の内容を人に話した事などなかったし、人から聞く夢の内容は本当に些細な事で・・・―――だからそれほど意識していたわけではないけれど。

けれど今自分の前で必死にそれらに耐えている小さな身体を抱いて、は静かに目を閉じると震える背中を優しく撫でた。

「それは・・・悲しいね」

夢に怯える少女を落ち着かせるように、静かな声でそう口を開く。

「ずっと我慢してたのね。偉かったわね、エルマーナ」

「・・・っ」

そう声をかけてやれば、抱きつく腕に更に力が篭る。

それは少し痛いくらいだったけれど、それでもは何でもない事のようにやんわりと微笑む。

「だけど、今のエルマーナは独りじゃないでしょ?」

「・・・、姉ちゃん」

「独りじゃないわ、エルマーナも私も。だって、ちゃんとお互いの温もりを感じる事が出来るもの」

それは本当に些細な事なのかもしれない。

けれどそれを失ってしまったにとっては、それがどれほど尊いものなのかを知っていたから。

「寂しかったら、こうして抱き合えばいい。悲しいなら、思いっきり泣いてしまえばいい。私はいつでもここにいるわ。―――ずっと、貴女の側にいる」

だからもう1人で泣く必要はないのだとそう言えば、エルマーナはゆっくりと顔を上げた。

赤く腫れた目が痛々しい。

けれど瞳に絶望の色がないのを認めて、はにっこりと微笑む。

「今度怖い夢を見たら、真っ先に私を起こして。私が怖い夢を見たら、真っ先にエルマーナを起こすわ」

「・・・姉ちゃん」

「そしたら・・・そうね、一緒に温かいミルクでも飲もうか。特別に、とっておきのお菓子も出してあげる」

そうして夜を過ごせば、きっといつの間にか怖い気持ちも薄れているはずよ。

おどけたようにそう言えば、エルマーナは瞳を揺らした後小さく微笑んだ。

「・・・寝る時、抱っこしてもらってもええ?」

「もちろん。毎日でもいいわよ」

クスクスと笑いながらそう言えば、エルマーナは再びギュッとに抱きつく。

そんな小さな身体を抱き返して、はエルマーナと一緒にベットにもぐりこんだ。

温かい布団の中は酷く心地良くて、ゆっくりと睡魔が襲い来る。

ふと腕の中のエルマーナを見れば、泣き疲れたのか既に寝息を立てていた。

「・・・おやすみ、エルマーナ」

夢を見た夜はもう眠れないとばかり思っていたけれど。

それでも心地良い温もりの中、もまた抗う事無く襲い来る睡魔に身を任せた。

 

 

の肩でよろしければ


自分じゃない誰かの体温って、気持ちよくて安心する。

作成日 2011.4.3

更新日 2012.4.30

 

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