「・・・あ」

珍しくリカルドと別行動を取っていたは、武器屋のショーウィンドウの前でピタリとその足を止めた。

飾られているのは、一振りの立派な剣。

今の時代となっては銃の需要の方が高い為、武器屋で手の込んだ剣など作らないのが現状だ。―――そう思えば、これは珍しいのかもしれない。

もっとも、のように剣を好む者もいる為、それを狙っているのかもしれないけれど。

「うわー、綺麗な刀身。―――でも私にはちょっと重すぎるかな?」

明らかに目を輝かせてショーウィンドウにへばりつく。

年頃の娘としては珍しい光景には違いないが、生憎とそれを咎める者はここにはいなかった。

「でも、いいな〜。いくらくらいするんだろ。・・・うわ、高っ!」

そして値段を見て盛大に眉を潜める。

残念ながら、傭兵暮らしをしているに手が出せる値段ではない。

勿論手を出せる値段だからといって、買っても使えないのでは意味がないのだが。

そうして本格的に諦めムードを漂わせながら何とか剣から視線を逸らしたは、大きくため息を吐き出しながらショーウィンドウに背中を預けて空を見上げる。

「・・・平和だな〜」

今もどこかで戦争が起こっているなど考えられないほど穏やかな時間。

そんな時間に身を委ねながら、はゆっくりと思考を飛ばした。

たとえば今こうしてここにいなければ、自分はどうしていただろうかと。

異能者として捕まらず、王都レグヌムで暮らしていたら・・・―――そうすれば、今の自分はどうしていたのだろうかと。

きっと気の知れた仲間と、変わらぬ日常を送っていたのだろう。

劇的な変化があるわけでも、特別スリルがあるわけでもない、退屈で・・・けれどそれなりに幸せな日常を。

にも、将来の展望はそれなりにあった。

これからどうするのか、どうやって生きていくのか。―――それは曖昧なものだったけれど、それでも自分の身の丈にあった将来を思い描いていたというのに。

けれどは王都軍に捕まった。

そして訳も解らぬまま戦場に放り込まれたのだ。

きっとあのままならば、戦場で野垂れ死んでいたのだろう。―――もしかすると、今もまだレグヌムの兵士に混じって戦っていたかもしれない。

目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。

響く爆音。

放たれる銃弾。

鼻を突く火薬の匂い。

そうして聞こえてくる、耳を塞ぎたくなるような悲鳴。

自分もその中にいたのだ。―――そして、自分の辿る道もまた・・・。

「こんなところで何をしている」

己の思考に没頭していたは、唐突に頭上から降ってきた声にビクリと肩を震わせた。

そうしてゆっくりと目を開ければ、そこには呆れた色を隠そうともしないリカルドのまっすぐな目がある。

「・・・リカルド、こんなとこで何してんの?」

「それはこっちのセリフだ。こんなところでボーっと突っ立って何をしている」

キッパリと返された言葉に、は困ったように誤魔化すように笑みを浮かべる。

「剣を見てたの。綺麗な剣があったから」

それはウソではない。

もっとも、リカルドの問いに答えるならば、それは本当でもないけれど。

の返答に、リカルドはチラリと武器屋のショーウィンドウに視線を向ける。

そうして改めてに視線を移して、大げさにため息を吐いてみせた。

「お前にあの剣は扱えんだろう」

「そうだよ。正確に言えば、値段だって手が出ないよ。だから見てただけ」

軽い調子でそう答えて、背中を預けていたショーウィンドウからゆっくりと姿勢を正す。

相変わらずリカルドの自分を見つめる眼差しに訝しげな色が浮かんでいても、それに気付かないふりをしながらはやんわりと微笑んだ。

先ほどの想いを、リカルドに話す気はない。―――話しても仕方のない事だからだ。

どんなに過去を振り返っても、時間が戻るわけではない。

どんなに過去に想いを馳せても、の現実は変わらない。

そして自分の現実は、思っていたよりも悪いものではないと思えるから。

「・・・まぁ、いい。さっさと行くぞ」

「あれ?もう用事は済んだの?」

「・・・ああ」

素っ気無く返される返事に相槌を打ちながら、は先を歩き始めたリカルドの後を追うべく足を踏み出す。

そう、本当ならば戦場で野垂れ死んでいた自分がここにいるのは、目の前の男のおかげなのだ。

あの地獄のような日々から自分を救い出してくれたのは、間違いなく彼だ。

絶望と安堵に包まれながら、ただ終わりの時を待っていた自分を見つけてくれたのは・・・。

「ぐずぐずするな。置いていくぞ」

「ちょっと!待ってよ、リカルド!!」

首だけでこちらを振り返ってそう告げるリカルドに声を掛けて。

そうして視界の端に映った一振りの剣に、は静かに別れを告げた。

 

 

             あの日あの時あの場所で、

だけがを見つけてくれた

 


漸く手に入れた、ささやかな幸せ。

作成日 2008.2.15

更新日 2008.4.11

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