、ただいま!」

裏庭に、威勢の良い声が響き渡る。

もはや日課となった掃き掃除をしていたは、その声に顔を上げて・・・―――そうして自分の下へ駆け寄ってくるスパーダを視界に映してにっこりと微笑んだ。

「おかえりなさいませ、スパーダさま」

あの日・・・―――がスパーダに声を掛けた日から、早くも数ヶ月の時が過ぎている。

あの日以来、スパーダは学校から帰ると必ずの前に姿を現すようになった。

最初こそ笑顔など見せてはくれなかったが、最近ではすっかり心を開いてくれたのかずいぶんと表情が明るくなっている。

それを好ましく思うも、ほんの少し不安にも思う。

勿論スパーダが明るくなる事は願ってもない事だ。

この家の息子でありながら、どこか肩身の狭い思いをしているこの少年が、本来の明るさを取り戻してくれる事はも・・・そして勿論ハルトマンも願っていた事である。

しかし何度も言うが、はただの下働きなのだ。

ただの下働きが、この家の子息と仲良くなるなど本人が許しても周りが許さないだろう。

もしもバレれば、の立場は危うい。

それが解っているからなのか、スパーダも声を掛ける時は極力周りに人がいない時を見計らってくれている事が唯一の救いだったが。

「学校、今日はどうでした?」

「どうって・・・別に普通だよ、ふつー」

の問い掛けに、申し訳程度にある花壇の淵に腰を下ろしながら、スパーダは素っ気無い様子でそう返す。

学校は楽しくないのだろうか?

もちろん、学校に行った事のないには解らなかったが。

「それよりもさぁ、

「はい?どうかしましたか、スパーダさま」

「それ!それだよ!!」

あまり学校の話題を引きずりたくないのだろう。―――強引に話題を摩り替えるスパーダにそれ以上追求するわけでもなく返事を返したは、しかしすぐさま上がったスパーダの大きな声に思わず首を傾げた。

それ、とは一体どれの事なのだろう。

訳が解らず首を傾げたまま己を見やるに向かい、スパーダはあからさまに不機嫌そうにを見上げて。

「その『スパーダさま』ってやつ、いい加減やめてくれよ。スパーダでいいよ、スパーダで。あと敬語もな」

「そう言われましても・・・」

とて、自分の身分はわきまえている。

スパーダが主というわけではないが、大元を辿れば自分を雇ってくれている人の息子なのだ。―――そうそうと失礼な口が聞けるはずもない。

それこそスパーダ本人が許しても、周りがそれを許さない。

それくらい、スパーダだとて解っているはずだというのに・・・。

それでもスパーダには譲る気はないらしい。―――じっと真剣な眼差しを向けるスパーダを見返して、は困り果てたように眉を寄せた。

ここでダメだといっても、彼は簡単に引かないだろう。

そう簡単に引くくらいならば、そもそもそんな事を言い出しはしないはずだ。―――だからこそ厄介なのだけれど。

「・・・スパーダさま」

「ほら、また!呼び捨てでいいって言ってんだろ?」

不機嫌そうにそう言い放つスパーダを見やり、ため息を1つ。

さて、この少年をどうやって説得するべきか。

しばし頭を悩ませていたは、ふとある名案が浮かび僅かに口角を上げた。

「では、こうしましょう」

「・・・あ?」

「今度学校のテストで、スパーダさまが平均点以上の点数を取られたら、私はスパーダさまの言う通りにします」

「えー!なんだよ、それ!!」

案の定上がった抗議の声に、しかしは聞こえないフリをして掃き掃除を再開した。

スパーダは、あまりテストの点数が良いとは言えない。

決して頭が悪いというわけではないのだけれど・・・―――きっと学校の授業に興味がないのだろう。

それでもこれは思った以上に名案だった。

今度のテストがいつ行われるのかは解らないが、これでしばらくは追求の手を逃れられる。

加えて、少し勉強をしたくらいでは良い点数など取れるわけもないだろう。―――これでスパーダも諦めてくれる、そう思ったのだが。

「・・・よーし、わかった。約束だからな、

「ええ、もちろん」

引くに引けなくなったのか、そう告げるスパーダに笑顔を返して、は涼しい顔で掃除を続ける。

この後に、どんな結末が待っているかも知らないままで。

 

 

意気揚々とテスト用紙を持ってきたスパーダに、が敗北を認めるのは約束の数日後の事。

「・・・では、せめて周りに人がいない時だけでお願いします」

「しかたねーなぁ」

自分の読みが甘かったと後悔するのも、得意げなスパーダにそう願い出るのも。

そうして嬉しそうに彼が笑うのも、すべて数日後の事。

 

 

勝者の微笑み

 


坊ちゃまの勝ち。

作成日 2008.1.6

更新日 2008.8.13

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