天気の良い昼下がり。

屋敷の縁側に座り、イツ花の手により整えられた庭を眺める。

11月を目前に控えた現在の空気は冷たく、薄い着物しか着ていない身体には少し肌寒く感じられたけれど、上着を取りに行くのも面倒で、私はそのままそこに座り続けた。

「・・・11月か」

呟きと共に漏れた吐息は白く形作り、そうして空気に溶けるように消えた。

 

残酷で幸せな

 

もうすぐ、大江山の門が開く。

屋敷の中はいつも以上に慌ただしく、活気付いていた。

今まで力及ばす倒れていった家族。

朱点の呪いにより、志半ばで生涯を終えた者たち。

けれど、私たちにとっては長い月日を掛けてここまで来た。

漸く、朱点に挑めるだけの力を手に入れたのだ。―――士気が上がるのも、当然の事のように思えた。

寒い空気のお陰か・・・澄み切った高い空を見上げて、私は意図的に息を吐き出す。

それもまた空気に溶けて消えていく様を見詰めながら、ゆっくりと目を閉じた。

つい先日、最近では習慣となった散歩に出かけ、これも最近では習慣となった黄川人との他愛ない時を過ごした。

朱点を討つ決意と覚悟を決めた私を、嬉しそうに・・・しかし悲しそうに見詰めた黄川人の表情が脳裏を過ぎる。

私は。

私はお前にとって、一体どういう存在なのだろう。

お前は私を哀れんでいるのだろうか?

それとも・・・。

「こんなとこにいたのか、

突然声を掛けられ、思考の海に沈んでいた意識が浮上する。

声のした方へと顔を向ければ、そこにはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべたの姿が在った。

「招集掛かってるぜ。当主殿が、今すぐ部屋に来るようにってさ」

「・・・解った」

伝えられた言葉に、私は一つ頷く。―――しかしその場に座ったまま動こうとしない私を見て、は小さく首を傾げた。

「どうした?」

「別にどうもしないさ」

簡潔に言葉を返すと、一拍置いた後にはため息を零す。

どうしてだろうか?

にはいつも、心を見透かされているような気がする。

「・・・ったく、んな格好してたら風邪引くぜ?」

呆れた物言いとは反対に、優しい仕草で自分の着ていた上着を私の身体に掛けてくれる。

の身体の温もりが、私の冷えた身体を暖めてくれた。

「すまない」

「そう思うんだったら、しっかり防寒しろ。朱点討伐目前だってのに、風邪で倒れられたら困るだろ?」

「・・・私が討伐班に含まれるとは限らないだろう?」

「お前が指名されないで、誰が指名されるんだよ。この家でお前以上に強い奴なんていやしないんだから」

「知らんな」

「つーか、当主殿の招集の理由がそれだからな」

そう言いながら、はウンザリとした表情を隠そうともせず乱暴に頭を掻いた。

「俺も、勿論お前も討伐班に入れられてる。―――あーあ、面倒くせぇなぁ」

「この家の者が言う言葉ではないな」

「お前に言われたくねぇよ。一番やる気なさそうな顔してるくせに」

再び呆れたと物語る視線を私に向けて、はニヤリと口角を上げる。

確かに、と相槌を打てば、咽を鳴らすようにして笑う。

「確かにお前の言う事は正しいが・・・―――けれど今の私は、討伐班に加えられていることを有難く思っているよ」

「へぇ〜、どういう風の吹き回しだよ」

「心を入れ替えたんだ」

「嘘くせぇ」

即座に返って来た感想に、私も同じように声を殺して笑った。

と私は似ている。

価値観も、物の考え方も、とてもよく似ているから。―――だから会話をしていて楽しいし、共にいても疲れない。

もしかしたら、それ故に考えを読み取られる事が多いのかもしれない。

けれど、この気持ちだけは・・・きっと悟られる事はないだろうとも思う。

「先に行ってくれないか?すぐに後を追う」

傍らに立つを見上げてそう言えば、少し怪訝そうな表情を浮かべつつも、一つ頷いて当主殿の部屋に向かい歩いて行った。

その後ろ姿が見えなくなった頃、私は再び空を見上げる。

なぁ、黄川人。

真実は、一体どこにあるのだろうか?

ここにはいない、半透明の少年に問い掛ける。

お前と共に過ごす日々の中、奇しくも気付かされる事柄も在るんだよ。

言葉の端々から伝わる憎悪の原因がなんなのかは、私には解らないけれど。

それがどこに向かっているのか・・・―――その感情がどこに向けられているのか位は、私にも察することが出来るんだ。

お前が何を望み、何をしようとしているのかも。

直接聞いた事は一度もないけれど・・・きっとこの予感は当たっているのだろうという確信も、残念ながら持ててしまうんだ。

気付かなければ良かった。

知らなければ良かった。

―――それでも、気付けて良かったとも思う。

なんとも矛盾した考えだと、自分でも思わず苦く思ってしまうけれど。

そろそろ行かなければならないと思い、ゆっくりと立ち上がると、肩に掛けられていたの上着が音を立てて廊下に落ちる。

それを拾い上げて再び肩に掛けるけれど、一度冷たい空気に触れてしまったそれは、先ほど感じた暖かさを失っていた。

背筋を走った寒気に微かに身体を震わせて、私は再び白い息を吐く。

決して長いとはいえない生の中で。

朱点討伐の場面に居合わせることの出来る私は。

彼の真実を目の当りに出来る私は。

きっと自分で思っているよりも、幸福なのだろう。

そして、なんて残酷な巡り合わせなのだろうか。

それを知っていて尚、それでも私は戦うのだろう。

それが、決して私の望み通りの結末ではなかったとしても。

それが、私の望みの一部を叶えてくれるのだから。

それこそこの家の人間が願うようなことではないが、それはとても私らしいとも思う。

黄川人。

例えお前が、何者であろうとも。

私はお前に会えた事を、心から良かったと思える。

だから今は、残酷な真実からは目を背けて。

幸せな夢を見ていよう。

無慈悲な現実が眼前に晒される、その時まで。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

主人公の独白。(と言う割には、無駄にが出てますが)

朱点討伐前の、葛藤・・・みたいなモノ。(曖昧)

どうにも内容が暗くなってしまいますが、こういう暗いのは書きやすいです。

何となく突発的に書きたくなってしまったので、内容が・・・!!(いつもの事)

作成日 2005.4.1

更新日 2010.11.14

 

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