「当主様、新しいご家族を天界よりお連れしました!」

無駄に元気の良いイツ花に連れられて、私は地上に降りた。

家族と呼ばれる人々と、それを束ねる当主に引き合わされ、私はそこで『』という名を与えられる。

初めて会う人生の先輩は、生まれたばかりの私とそう変わらない年齢に見えた。

 

 

「よし!なかなか筋がいいぞ!!」

地上に降り正式に一族の一員となった私は、父と呼ばれる人物から戦う術を教えられた。

剣士であるという父と同じ剣士となった私は、この家に来た日からすぐに刀を握っている。

初めて握る筈のそれは、妙に手に馴染んでいるようで、やはり生まれて初めて思ったことが事実なのだと気付かされた。

即ち、『朱点童子倒すために生まれてきた』のだという事。

「お前には素質がある!きっと今までの誰よりも強くなるだろう!!」

本当に嬉しそうに笑いながら、私を褒め称える父。

「今年こそ、漸く朱点を倒せるかもしれない」

噛み締めるように一言一言に力を込めて呟く、父。

それはそんなに嬉しい事なのだろうか?

確かに朱点を倒せば、この身にかけられた呪いは解けるだろう。

私とてそれを望んでいないわけではない。―――人生がたったの2年と言われるよりは、長く生きることが出来る事を喜ぶのは当然の事だ。

けれど、父の言葉が嬉しくないのはどうしてだろうか?

誉められているのにも関わらず・・・この家に生まれた人間にとっては最高の誉め言葉だろうにも関わらず、どうして嬉しくないのだろう?

私は一体、何を望んでいるのか?

戦いたくないのだろうか?

確かに戦わずに済むのなら、それに越した事はない。―――けれどそれがとうに叶わない願いなのだということは理解しているし、納得もしている。

戦うために生まれてきたのだから、戦うのは当然のことなのかもしれない。

それでも、私は戦うための理由が欲しかった。

どんなこじつけでも良い。―――呪いを解くという一族の悲願以外に、私が戦うべき理由が欲しい。

でなければ、私がこれからやるだろう事は、いくら相手が鬼だからと言っても虐殺以外の何物でもない気がした。

「どうした?疲れたか?」

ぼんやりと突っ立ったまま考え事をしていた私に、父が心配げな表情を浮かべた。

「・・・いいえ」

それに簡単に返事を返して、私は再び刀を構える。

戦う理由がなくとも、それ以外に道がないことは確かなのだから。

いつか出陣しなくてはならない時が来るのならば、せめて身を守る術だけは身に付けておかなければ。

さもなくば、私は本当にただ生まれただけの存在になってしまう。

まだ死ねない。―――まだ私は、何もしていないのだから。

刀を構えた私を見て、武術指南を再開しようと同じように刀を構えた父は、しかし突如その手を下ろして、家の中へ視線を向けた。

「よう、!ずいぶん暇そうにしてるじゃないか!」

父が声をかけたのは、縁側を歩いていた一人の青年。

と呼ばれたその青年は、私よりも数ヶ月前にこの家に来たらしい。

「だってさぁ。今月の遠征、俺連れてってもらえなかったんだぜ?折角やる気出してたってのに・・・」

ぼやくように軽く肩を竦めるその青年は、ふと私に視線を向けてにっこりと笑った。

「そういえば話をするのは初めてだったよな?俺はだ。新顔同士仲良くしようぜ」

「・・・・・・」

「なんだよ、無言か?愛想ねぇなぁ・・・」

からかうように笑いながら呟くに、私は無言で視線を向けた。

軽い口調とは裏腹に、目に宿る真剣な色に気付く。

「済まんな、。この子は無口な性格のようで・・・」

「いやいや、気にしないで下さい。俺も気にしてませんから」

申し訳なさそうに口を開く父に、は明るい口調でそう返した。

「そうだ。俺にしばらくそいつ貸してくれません?」

「・・・を?」

「そうそう。ずっと家に篭って訓練ばかりしてたんじゃ、気が滅入るでしょ?折角京に来たんだから、ちょっとは出歩かないと!」

強い口調でそう言うに、父は少しだけ渋る様子を見せた。

彼の思っていることは何となく解る。

彼の先見によれば、私は一族の中でも飛び切り強くなれる素質を持っているのだろう。

一番物事を吸収しやすいこの時期に、遊んでいる暇があれば訓練をした方が良いと考えているに違いない。

「・・・行ってもよろしいか、父上」

そんな父に、私はそう声をかけた。―――驚いたように目を見開く父を置いて、は嬉しそうに笑うと強引に私の手を引く。

「そうと決まれば、早速出陣〜!!」

陽気な声と共に、家を飛び出すに引きずられるように私も走った。

何故、会って間もない彼に着いていこうと思ったのか。

それは気になったからだ。

私を見る、からかう笑顔の裏に隠された、真剣な眼差しが。

 

 

「・・・で?あんたは一体何を悩んでるんだ?」

くたくたになるまで町を連れまわされた後、は漸く話を切り出した。

「・・・・・・」

それに私は無言を続ける。

別に言いたくなかったわけではなく、説明が出来なかったのだ。

心にあるこの不安を口にするのは、酷く難しい事だった。

どう言葉にして良いか解らない。―――言葉にすれば簡単な事なのかもしれないが、それは私の心の不安を明確には表してくれない気がした。

「なんだよ、また無言か?ま、いいや。んじゃ・・・俺が当ててしんぜよう!」

そう言い放って、は考え込むような仕草を見せる。

顎に手を当てて、眉間に皺を寄せると無言のまま俯いて。

不意に顔を上げて、彼はにっこりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「自分は一体、何のために生まれてきたのか?」

「・・・・・・っ!?」

「当たりかぁ?」

思わず動揺を露わにした私を、からかうように笑う

「・・・何故」

「解ったかって?んなの簡単だ」

「・・・・・・?」

「俺も思ったからさ。生まれてすぐに朱点の話を聞かされた時にな」

あっさりと、なんでもないことのように言葉にする。

何の悩みもなさそうに笑いながら、それでも多くの悩みを抱えているのだろう。

「それは・・・やはり誰もが思う事なのだろうか?」

「さあな。でも俺がそれを母親に聞いた時は、なに馬鹿なこと言ってんだって一刀両断されたけど?」

カラカラと笑い、乱暴に頭を掻き回す

「ま、確かにそうだよな。何のために・・・ってそりゃ、朱点を倒す為に決まってるし」

の言葉は、正論だ。

そうだ、私たちは朱点を倒す為に生まれた。

それ以外に生まれた理由なんて在りはしない。―――そんなもの、探すだけ無駄だ。

なのにそれでもその理由を捜してしまうのは、馬鹿げた事だろうか?

それ以外の理由が欲しいと願うのは、愚かなことだろうか?

「それで・・・?」

「それでって?」

「お前は見つけたのか?生まれてきた理由というものを」

私よりも僅かではあるが先にこの世に生まれた人。

彼は見つけられたのだろうか、その理由というものを。

「んなの、知るわけないじゃん」

ほんの少しの期待を込めて口にした言葉は、けれどあっさりと否定された。

沈む私の気持ちを察してか、は尚も笑顔を濃くする。

「生まれた理由なんて、関係ねぇよ。ただこの世に存在して、ただ生きる。産まれちまったもんは仕方ねぇんだから、後はなるようになるしかないだろ?」

悪戯っぽく片目を伏せて笑うに、私は呆れた視線を向けた。

「気楽だな」

「気楽なくらいがちょうどいいぜ?なんせシビアな人生背負ってんだから、頭ん中くらいは気楽じゃないと持たないって!」

ポンポンと私の頭を叩いて、だから・・・と言葉を続ける。

「お前も、もう少し頭ん中柔らかくしてみろよ。今までとは違ったものが見えてくるかもだぞ?」

そう言って、は私の背を向けて歩き出す。

叩かれた頭に手をやって、彼の言葉を反芻する。

「・・・気楽に、か」

それも良いかもしれないと、ほんの少しだけ思った。

考えても答えが出ないのなら、考えるだけ無駄なのかもしれない。

考えても答えが出ないのなら、考える前に動き出した方が良いのかも。

「何やってんだ!?そろそろ帰るぞ!!」

いつの間にかずいぶんと離れてしまったとの距離に、私は我に返ると慌てて駆け出した。

 

 

鍛錬期間を終え、いよいよ私の初陣が決まった。

身を包む鎧が、気分同様重い気がする。

否応無しに戦いの場に引きずり出され、そうして私は当然の如く鬼たちを切り伏せるのだろうと思うと、何に対してかは解らない罪悪感が襲ってきた。

これも若さ故か?

戦いを重ねれば、自然とそんな罪悪感も消えて無くなるのだろうか?

複雑な思いを抱きつつ向かった遠征先で、私は不思議な少年と出逢うことになる。

半透明の身体を持った、不思議な少年に。

「あれ?君って新顔かい?」

掴み所の無い、飄々とした様子の少年の名は黄川人。

我ら一族と同じ、朱点の呪いにより身体を奪われた少年。

「ま、これからよろしく」

不敵な笑みを浮かべる黄川人との出会いが、私の人生に深く関わってくる事をこの時の私はまだ知らない。

胸に宿った想いと、逃れる事の出来ない宿命との狭間で。

私は何を思い、そしてどんな結論を下すのか。

そして黄川人との出会いの最後に、何を見出すのか。

「ああ、よろしく」

そんな事を、今の私が知る由もなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

黄川人中心にするつもりが、妙に出張ってきた一族の青年(笑)

一応メインのキャラは、ヒロインと黄川人と一族の青年の予定。

作成日 2004.7.17

更新日 2008.10.10

 

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