「・・・黄川人?」

私は呆然と、彼の名前を呟く。

目の前で起こる光景が、信じられなかった。

その無慈悲な光景は、本当に現実のものなのだろうか?

ニヤリと口角を上げて笑う黄川人に、私は成す術もなく静かに目を閉じた。

 

本当の君

 

11月。

朱点童子の住まう大江山の門が、一年ぶりにその道を開けた。

この時を心待ちにしていたとばかりに、家の遠征部隊が突入する。

今回のメンバーは、当主と、私とそしてもう1人。

当主自らの遠征とあって、今回が死力を尽くした戦いになるだろう事は容易に想像が出来た。

襲い掛かる鬼たちを蹴散らしながら、ただひたすら頂上を目指して駆け上がっていく。

途中、雑魚とは違う強力な鬼を倒しながらも、私たちは足を止める事無く朱点の住まう城を目指した。

何日も何日も掛けて進み、漸く頂上に辿り着いた頃には既に12月も半ばに入っていて、辺りは白い雪に覆い隠されていた。

足跡は我ら以外にはない。

同じように大江山に入った戦士たちは、ここに辿り着く前に果てたか引き返したかのどちらかなのだろう。

「良いか、皆の者」

荒い息を整えて、当主が振り返り確認を取った。

「ああ、いつでもいいぜ!」

が武器を構えて、ニヤリと笑う。

同じように刀を強く握り締めて、私もしっかりと頷いた。

朱点との戦いが、始まる。

きっとこの時を望んだ者は、一族の中でも多くいたのだろう。

それに参加するのが自分なのだということをおかしく思いながらも、私は心のどこかでその事に少し感謝していた。

この戦いが終われば、きっと望むモノが手に入る。

普通の生も、穏やかな生活も。

そして・・・同じく呪いに掛けられた、半透明の少年の身体も。

「行くぞ!!」

当主の声に応じて、私たちは朱点の住まう城に突入した。

 

 

薄暗い広間の奥に、朱点はいた。

大きな身体を揺らして、私たちを一瞥して笑う。

憎むべき鬼との戦いが、今まさに始まった。

大筒士であるは後ろで後方支援。

まずは剣士である私と、もう1人の戦闘メンバーである格闘家が先陣を切った。

誰よりも先に駆け抜け、朱点に切りかかる。

目の端で当主が何か術を唱えている事を確認しながら、次に飛び掛っていった格闘家が攻撃を仕掛ける合い間を縫って、朱点の背後に回る。

「はあぁ!!」

気合を込めて刀を振り下ろした。

けれども硬い朱点の身体に、思ったよりもダメージを与える事は出来ない。

の大筒が火を吹く。

それは朱点の動きを封じ、それと同時に当主の術が炸裂した。

「効かぬわぁ!!」

朱点の唸り声と同時に、軽く身体が吹き飛ばされる。

地面を転がった私はすぐに身を起こして、次に来る朱点の攻撃に備えた。

薙刀士である当主が、自ら朱点の前に踊り出る。

それを目に映して、私は改めて術の詠唱に入った。

戦いは熾烈を極めた。

鬼の大将だと言うだけのことはある。―――そう改めて思った。

朱点は今まで戦ったどの鬼よりも強く、私たち4人がかりでも勝利の糸口は掴めない。

「ぐあっ!!」

術を発動する寸前、前線で戦っていた格闘家が悲鳴を上げた。

朱点の爪に深く腹を抉られて、そのまま遠くへと吹き飛ばされる。

「「夏狂乱!!」」

いつの間にか唱えていたの術と私の術が重なった。

唱えていた術を発動して、火柱に包まれた朱点に向かい駆け出す。

が吹き飛ばされた格闘家の元に駆け寄るのが目の端に映った。―――それを確認して、私は一心に朱点を目指す。

朱点と対峙していた当主の脇をすり抜けて、手の中の刀を握り直した。

カチャリとツバの鳴る音が、妙に耳に響いた気がする。

そんなどうでも良い事を考えながら、私は未だに炎に包まれる朱点目掛けて、渾身の力で刀を振り下ろした。

「ああああぁぁぁぁああ!!」

手に感じる、確かな手ごたえ。

響き渡る朱点の悲鳴。

すぐにその場から離れると、消えた火柱の中からよろよろになった朱点が姿を見せた。

「ふん・・・、俺を倒して後悔するなよ?」

少し離れたところに立つ私たちを一瞥して、朱点はニヤリと笑う。

「・・・なにを」

「本当の鬼を、呼び起こしちまうんだからな」

朱点の言っている意味が解らず聞き返そうとすると、それに構わず朱点は更に言葉を続けた。

本当の鬼?

それを問う時間はなかった。

言いたい事だけを言い捨て、朱点の身体は大きく揺らぎ。

そして大きな地響きを立てて、その場に倒れた。

「・・・やった、のか?」

隣に立つ当主の呟きが耳に届く。

「おっしゃー!!」

背後からの陽気な声が聞こえた。―――それを聞いて、漸く戦いが終わったのだと実感した。

終わった。

長く続いた因縁の戦いが、今漸く終わりを告げた。

この身体に掛けられた忌まわしき呪いも、黄川人の身体に掛けられた呪いも、漸く解ける時が来たのだ。

ホッと安堵の息を吐いた。

戦いが終わって生きていることに、妙な感動を覚えながら。

けれど。

けれど、戦いは終わってなどなかった。

寧ろ、本当の戦いはここから始まる事になる。

 

 

異変が起きたのは、その直後のことだった。

地に伏していた朱点の身体が、ゆっくりと浮かび上がる。

「なんだ!?」

慌てて武器を構える私たちなど構わず、朱点はユラユラとその巨体を揺らし踊りだした。

まるで何かに操られる人形のように、その場でドタバタと踊る。

その異様な光景を私たちが息を呑んで見守る中、突如朱点の身体がピタリとその動きを止める。―――そして朱点の大きな口から、真っ白なすらりとした手が伸びた。

次に頭。

オレンジ色の鮮やかな髪を揺らして、次に胴体を、そして足まですべて私たちの前にさらす。

足元の抜け殻のようになってしまった朱点を足蹴に、その人物は麗しい笑みを浮かべて振り返った。

その瞬間、フワリと見慣れた着物がその人物の身体を包み込む。

言葉もなく呆然と立ち尽くす私たちを見下ろして、その人物はにっこりと笑った。

「やっぱり君たちだったね。僕をこの鬼の中から出してくれたのは」

聞き覚えのある少し高い声が、広間の中に響いた。

「・・・黄川人?」

私は呆然と、彼の名前を呟く。

呪いを掛けられていると言った。

朱点の呪いで、半透明な実体のない身体になったのだと。

それはこういう意味だったのだろうか?―――身体を取り戻すというのはこういう意味?

確かに黄川人は自分の身体を取り戻した。

少し離れた所からではあるが、ここから見える黄川人の身体は透明ではない。

けれども、身体を取り戻すというその光景は、どこか異様な様に見えた。

「僕はね、実はこれでも皇子なんだ。昔、ここには小さいけれど都があったんだ。ある日悪い奴らが来て、火を付けて全部燃えちゃったけどね」

現状が把握できていない私たちを前に、黄川人は気楽な口調で勝手に話し始めた。

それにどう答えて良いのか解らない。

口を挟みたくとも、何が起こっているのかさえ解らなかったのだから。

ただ私が知る限り、この辺りの歴史の中で黄川人の言う都の話など聞いたことがないことだけは確かだった。

都の話も、火を放たれ燃えたという話も。

ならば・・・彼がそこの皇子なのだと言うならば、彼は一体いつから朱点の中に封じられていたのだろう?

「みんな死んだよ」

急に暗くなった黄川人の声色に、私はハッと我に返る。

視線を向けると、先ほど浮かべていた笑顔を消し、遠い目をしながらも過去を語る黄川人の姿があった。

「父さんは女に化けた奴に後ろから切られた。母さんは自分から身を差し出したんだ。僕と姉さんを助ける為にね」

つらつらと語られる昔話。

どこかで聞いた事がある気がするのは、気のせいだろうか?

我が一族の最初の当主の両親が、朱点との戦いの際に受けた辱めと似たところがあるのは、果たして偶然なのか?

「奴らは母さんを好きにした後で、僕に呪いをかけた。僕の力を封印するためにね。それで僕、鬼の中に入ってたってわけさ。ひどい話だろ!?」

「・・・お前の力?」

甲高い彼特有の笑い声が響く中、湧き上がった疑問を口にする。

黄川人の力とは、一体何のことなのだろうか?

だからね・・・と、私の呟きには一切答えず、黄川人は私たちを睨みつける。

豹変したその表情に、ゾクリと背筋に悪寒が走った。

「だから、同じお返しをしたくらいじゃ全然足りない!僕はあの日、誓ったんだ!!奴らと奴らの家族子孫まで1人残らず呪い殺してやるってね!!」

黄川人の周りに、いくつもの『何か』が現れる。

肌に伝わる殺気と暗い感情。―――人を呪う心。

「僕は君たちを断じて許さない!生まれ育った都を焼き払い両親を殺した、あいつらと京の人間どもをね!!」

黄川人の怒鳴り声に反応して、浮上したいくつもの怨念が飛び出す。

それは私たちの脇を、頭上をすり抜けて、京へと向かう。

「当主様!!」

不意に悲鳴が聞こえて、隣で何かが倒れる音がした。

悲痛な叫び声が響く中、それでも私は黄川人から視線を逸らす事が出来ない。

不意に黄川人が微笑み、フワリと浮かび上がると私の前へと舞い降りた。

「君たちには感謝してるよ。あの格好悪い鬼の姿のままじゃ、僕の力は半分も出せやしなかったんだから・・・」

吐息が掛かりそうなほどの至近距離で、黄川人は囁くように呟く。

間違いなく身体を取り戻した黄川人から発せられる、確かな熱。

触れずとも解る。―――生きている証。

憎しみよりも、悲しみよりも先に、黄川人が身体を取り戻した事に安堵した私は、彼の言うように本当に愚かなのだろう。

ここに来る前、川原で黄川人と会った時・・・彼が言っていた不可解な言葉の意味が、今漸く理解できた。

「お前が、本当の朱点童子なのだな?」

再確認するように、そう問い掛ける。

言葉など返ってこずとも、真相は明らかだったけれど。

「これが真実なんだよ、

嘲りの笑みを浮かべて、黄川人は私の前に舞い降りた時と同じようにフワリとその場を離れる。

「さぁ、復讐の本番はこれからだ!!」

両の手を広げて、そう高らかに宣言する。

不敵な笑みを浮かべた黄川人が、浮かび上がった陣の中に吸い込まれるようにして消えていく。

「また会おうぜ、兄弟!」

静かな静かな声だけを残して、黄川人は静かにその場を去った。

後に残されたのは、静寂のみ。

「当主様!当主様!!」

悲痛な叫びを耳にして、ゆっくりと振り返る。

そこには格闘家に抱かかえられるようにして横たわる、当主の姿。

どうやら先ほどの怨念のようなものの攻撃を受けてしまったらしい。

まだ生きてはいるものの、顔色は悪く、その命が危険な事を知らせていた。

不意にと目があう。

そこに浮かんでいる複雑な表情に、やんわりと笑みを返した。

は、私と黄川人が会っていることを知っていた唯一の人物だ。

おそらくは私の抱く感情にも、気付いていたのだろう。―――鋭いならば、それも雑作のない事だ。

この絶望だけが横たわる現実に、けれど私はそれほどショックを受けてはいなかった。

確かに驚きはしたけれど。

けれど、心の中でどこかこんな状況を予測していたのかもしれない。

断じて言うならば、私は黄川人の正体など知らなかった。

けれど、彼が普通の人間ではないのではないかという事は、うすうす感じていた。

纏う雰囲気だとか、さり気なく吐かれる人に対する毒だとか。

何かがあるのではないかと、思ってはいたけれど。

「・・・黄川人が、朱点か」

まさかこんな結末が待っていると、誰が予測できただろう?

朱点を倒せば、幸せな未来が待っているとそう思っていたのに。

現実は無慈悲にも、最悪の未来を私たちの前に提示した。

「とりあえず、帰ろう。いつまでもここにいても仕方ないからな」

の静かな声に、ただ頷くだけの同意を返す。

最早自力で立つ事が出来ない当主を支えて、朱点の棲む城を出た。

これから、私たちは一体どうすれば良いのだろうか?

そして・・・―――私は一体、これから何をするべきなのだろうか?

 

答えは、まだ出ない。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

思い描いていたものとは、えらい違う内容となってしまいました。

いろいろ考えていたんですけど、全部忘れてしまいました。(ダメじゃん)

いい加減に、格闘家格闘家とか呼んでないで、とりあえず名前付けてやれよとか思ったり。

作成日 2004.7.18

更新日 2008.12.26

 

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