赦されない、恋をしました。

 

する人

 

朱点童子を倒し、そしてその鬼の中から本物の朱点が姿を現した。

本物の朱点・・・―――黄川人の強さは尋常ではなく、今の私たちでは彼の足元にも及ばないだろう事は明白だった。

朱点を倒せない以上、私たちが取るべき道は定められている。

そして当主となった以上、私がそれから逃れる術はない。

それを再確認させられたのは、イツ花の言葉がきっかけだった。

「当主様。差し出がましい事だとは思いますが、当主様の『交神の儀』はいつになれば行われるのでしょうか?」

解っていた。

解っていて、避けていた事でもある。

「・・・交神の儀か」

呟いた自分の言葉が、心の深くに沈んでいくのが解った。

交神の儀。―――神と交わり、子を成す儀式。

種絶の呪いを受けた我ら一族が絶えぬ為の、唯一の方法。

不意に、あいつの顔が脳裏に浮かんだ。

 

 

「交神の儀?」

「そう、交神の儀。もいつかするの?」

今まで他愛ない話をしていた筈なのに、黄川人は唐突にその話題を口にした。

「・・・なんだ、突然?」

だから私のこの問いも、至極当然のことだ。

けれど黄川人は訝しげな私など知らないフリをして、向けていた顔をあらぬ方向へと逸らし呟いた。

「別に。ただもいつかはするのかなと思っただけさ」

黄川人の真意が解らない。

何が言いたいのか、何が聞きたいのか。

黄川人が口にした問いは、答えるまでも無いことだと思えたからだ。

「いつかはする事になるのだろうな」

「・・・そう」

至極当たり前な返答をした私に、黄川人は少しばかり不機嫌そうに表情を歪める。

「どうした、黄川人?」

「だから、別になんでもないよ。ただ・・・」

「ただ?」

「・・・・・・がそれを望んでるのかどうかと思っただけだよ」

言い辛そうに・・・小さな声で呟かれたそれは、けれどしっかりと私の耳に届いた。

私が交神の儀を望んでいるのかどうか?

それこそ、聞くまでもない事だ。

「それは・・・交神の儀は、我等の『義務』なのだろう?」

「・・・義務?」

そう、義務だ。

誰によって義務付けられたのかさえも解らないが、神と交わり子を成すのは我が一族の義務のようなものだ。

こちらの気持ちなど関係ない。―――それは朱点を倒すまで、無くなる事は無い。

「別にそれをする事に何を感じているわけでもない。したいと思うわけではないが、それを拒むだけの理由もないからな」

それは隠すことない、私の本音だ。

選択の余地など元から在りはしないのだ。―――そしてそれを覆すだけの拒否する理由を、生憎と私は持ち合わせていない。

はきっと、僕を置いて死んでいくんだね」

「朱点を倒せなければな」

そう返したときの黄川人の表情が歪んでいた事に、疑問を覚えた。

には、交神の儀なんてして欲しくない」

「何故だ?」

ポツリと漏れた呟きに疑問を返しても、黄川人は答えなかった。

だから黄川人が何を思っていたのか、私には解らない。

黄川人がどんな想いを持って、私に交神の儀をして欲しくないと言ったのか。

解らなかったけれど・・・―――それでも拘りなど無かった私の心に、ほんの少しのある感情が生まれたのは確かだ。

交神の儀を行うことに、少しの拒否が芽生えた瞬間だった。

 

 

そう、今ならば黄川人がどうしてあんな表情をしたのか解る気がする。

今の私たちに朱点は倒せない。

きっと私は、黄川人を置いて死んで逝くのだろう。

どちらにしても同じ事だ。―――朱点である黄川人が死ぬか、私が死ぬか・・・そのどちらかしか道は存在していない。

には、交神の儀なんてして欲しくない』

ああ、そうだな黄川人。

私もそう思うよ。―――交神の儀など、したくはない。

我らからそれ以外の選択肢を閉ざしたお前が、私にそんな感情を植え付けたのだから、世の中は何が起こるか解らない皮肉なものだ。

「・・・当主様?」

イツ花の怪訝そうな声で我に返った。

私の顔を覗き込むようにしているイツ花から少しだけ視線を逸らし、今突きつけられた現実を直視する。

それから逃れる事など出来はしない。

『それは、義務なのだろう?』

自分で言った言葉が、更に私を追い込んだ。

「当主様。実は是非、当主様のお相手をなさりたいと言う神様がいらっしゃいまして」

「・・・私の?」

「はい!当主様が相手なら、奉納点もいらないと仰ってるくらいなんですよ!!」

イツ花の言葉に目を丸くする。

奉納点がいらない?

「それは・・・」

一体どういうことなのかと、目だけで問い返す。

奉納点は神との契約金のようなものだ。―――ただでは手を貸してはくれない神に捧げる、貢物のようなもの。

今まで奉納点などいらないと言った神の話は聞いた事が無い。

「実はですね。当主様がまだ天界にいらした頃、会った事があるそうなんですよ」

「・・・そうか」

「その時に、当主さまに一目惚れしたらしくて・・・」

一目惚れ?

記憶を辿る。―――会った事があると言うが、一体どこでどんな風に会ったのだろう?

私がまだ天界にいた頃という事は、生まれて間もない頃の事だ。

確かに散歩と称して当てもなく歩き回っている際、何人かの神と会いはしたが・・・。

けれどそれは会ったというよりも、すれ違ったと言った方が正しい気がする。

「どうします?結構位の高い神様なんですよ!奉納点タダにしてくれるって言ってますし、お徳だと思うんですけど」

身を乗り出すように力説するイツ花の目が、異様に輝いているのを認めた。

最近はそうでもないが、まだ一族の戦いが始まった頃はこの家も貧乏で、きっと彼女は遣り繰りに苦労していたのだろう。―――その頃の名残を垣間見た気がした。

「解った。折角の申し出だ、ありがたく受けよう」

どちらにしても避けられないのなら、できるだけこちらにとって負担が少ない方が良い。

交神を控えているのは、私だけではないのだから。

そんなことを思って、ふとある事を理解した。

義務付けられた交神。

誰によって義務付けられているのだろうかと言う疑問が、解けた気がした。

それを義務付けているのは、他でもない私たち自身なのだと。

手放しで喜ぶイツ花を尻目に、私は自嘲気味に笑った。

 

 

交神の儀を翌日に控え、私は落ち着かない気持ちを持て余していた。

言葉に表すには難しいイライラとした気持ちを抱え、そんな私を見かねたイツ花に『今日は天気も良いですし、散歩に行かれてはどうですか?』と半ば強引に屋敷を追い出される。

行きたい場所もなく、行く当てもなく。

次々に胸の中に浮かんでくる複雑な感情を溜息に乗せて、私は憂鬱な気持ちを隠す事も無くただブラブラと歩き続けた。

「・・・ここは」

ふと我に返ったのは、流れる小川の音が耳に届いてから。

目に映ったのは、見覚えのある・・・―――私の一番の気に入りの場所だった。

よく黄川人と2人で、他愛の無い会話を楽しんだ場所。

彼が朱点だと知ってからは、一度も足を向けたことなど無かった。

「考え事をしながら歩いているから、こういうことになる」

出来れば今は一番近づきたくない場所だったのにも関わらず、無意識の内に日常に慣れた私の身体は勝手にこの場所を目指していたらしい。―――散歩と称して黄川人に会いに来ていた頃が、鮮明に思い出せた。

「馬鹿だな、私も・・・」

自嘲気味に呟いて、笑う。

ここに黄川人がいる筈が無いのに。

もう彼が、私に会いに来る事などある筈が無いというのに。

?」

不意に背後で私を呼ぶ声が聞こえ、思わず振り返った。

まさか!―――ほんの僅かな期待が、脳裏を過ぎる。

勢い良く振り返った私の目に映ったのは、私が望む人物の姿ではなく。

「・・・か」

「びっ・・・くりした!急に振り向くなよ!!」

心底驚いたように目を見開いて心臓を抑えるを目に映して、私は強張った身体からゆっくりと力を抜いた。

そうだ・・・あいつがここに来るわけが無い。

改めて思い知らされた事実が、深く私の胸を抉る。―――それを選んだのは、他でもない私自身だというのに。

「・・・誰だと思ったんだ?」

私の元へ歩み寄るが、静かな口調で問うて来た。

それには答えず、口を噤む。―――下手に答えれば、私の心の中など敏いにはすぐに見抜かれてしまうだろう。

そうでなくとも、既に私の心中などお見通しなのだろうが。

無言のまま土手に腰を下ろして、何事も無く流れる川を眺めた。

・・・。お前、交神の儀をするんだって?」

「ああ、そうだが。それが何か?」

「いんや・・・、ただお前が交神の儀をする気になるとは思わなかったからさ」

軽い口調では笑った。

私とて、しなくとも良いならしたくなど無い。

だが、そうせざるを得ないのだ。―――朱点童子を倒すという、一族の悲願を遂げる為には。

私の能力を受け継いだ子が、黄川人を倒す為に戦う。

私が誰よりも生きていて欲しいと思う黄川人を倒すための手段を、私は今用いろうとしているのだ。―――なんて皮肉な。

「別にさ。やりたくないなら、やらなくても良いんじゃないか?」

唐突にがそんな事を言い出した。

視線を向けると、はこちらを見ずに言葉を続ける。

「確かにお前の能力は凄いけどさ。お前1人が交神しなくたって・・・」

更に言い募ろうとするの言葉を、私は強引に打ち切った。

それ以上は聞きたくない。―――なけなしの覚悟が、消えてしまう。

「交神の儀を拒否していたのは、私だけではない。それなのに、私だけが権力を使いそれを避けるわけにはいかないだろう?」

「・・・けど」

「お前とて、本当は交神などしたくはなかったのではないのか?誰か・・・想いを寄せる相手がいるのだろう?」

私の一言に、はこれ以上ないほど眼を見開いた。

「・・・知ってたのか?」

「誰かまでは知らん。だが、お前が誰かを想っていることくらいは察していた」

正直に告げると、はしばらくの間絶句していたが・・・―――不意に笑いを堪えきれないとでも言うように、勢い良く噴出した。

辺りにの大きな笑い声だけが響き渡る。

他に人気が無いから別に構わないが・・・―――もし誰かが見ていたら、ずいぶんと可笑しな光景だった事だろう。

「・・・何が可笑しい?」

「い、いや!ぷっ・・・くくく。お、お前に気付かれてたとは思いもしなかったからさ」

「・・・・・・?」

「鈍感なお前に気付かれてたなんて・・・俺の不覚だな」

あんまりな言い草に、少し腹が立ったけれど。

不本意ではあるが、最近ではあまり笑う事など無かったの笑顔に、仕方が無いから文句は言わないでおく事にした。

その代わりではあるが、大げさに溜息をついて。

するとは漸く笑いが収まってきたのか、目尻に浮かんだ涙を拭うと先ほどとは打って変わった静かな口調で呟いた。

「やっぱ、お前は鈍感だ」

「・・・喧嘩を売っているのか?」

「いいや!」

軽く肩を竦めて慌てて立ち上がったは、私の手には届かない場所まで逃げていく。

そのの背中をぼんやりと眺めながら、私は無意識の内にもう一度溜息を吐いた。

「お互い、厄介な想いを抱いちまったもんだな!!」

土手の上からの声が降って来る。

が誰に想いを寄せているのかを、私は知らない。

その相手がどういう立場にいる者なのか。―――どういう風に厄介なのか。

けれどお互いの身体に掛けられた・・・人として生きていくには不便な呪いを思えば、きっとの言葉は誰よりも真実味があるのだろう。

「・・・本当にな」

溜息と共に同意の言葉を吐き出して、土手の上にいるの方へと向かう。

どうしてこんな事になったのだろう?

どうしていつも、現実は私が望むモノとは違うモノを提示する?

あれだけたくさんの神がいて、どうして私の望みは何一つ叶わないのだろうか。

『神は人の願いなんか叶えちゃくれないよ。あいつらは自分たちの事しか考えてないんだから』

不意にいつかの黄川人の言葉が甦る。

黄川人は何故、それほどまでに神を憎んでいるのか。

既に暮れかけた空を見上げて、私からは見えない神へ心の中で問い掛ける。

黄川人と神の間に、一体何があった?

答えなど、当然返って来るはずもないけれど。

 

 

「こちらは火車丸様。今回当主様のお相手に立候補された方ですよ」

イツ花に連れられて天界に来た私は、1人の男神と引き合わされた。

鋭い・・・気の強そうな目をした、凛々しい神だ。

「この度は、有り難い申し出感謝致します」

礼儀に則り、深く頭を下げて感謝の言葉を述べた。

そんな私を無言で見詰める火車丸。

私はイツ花が席を外した頃頭を上げて、向けられる視線と自分の視線を合わせた。

「・・・1つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

初めて聞く彼の声は、低く耳に心地良い。

黄川人の声とは違う、男の人の声だ。

「貴方と私は以前お会いした事があると聞きました。一体何時何処でお会いしたのか、私には思い出せません。教えて頂けますか?」

私がそう切り出すと、火車丸は少しだけ戸惑った素振りを見せて、ゆっくりとその時のことを語りだした。

私が自分の生まれた理由を知り、それに悩んでいた頃。

散歩と称して行った池のほとりで、私たちは出逢ったのだそうだ。

出逢ったと言っても、一言二言言葉を交わした程度。―――ぼんやりと歩き続けた結果、父や母のいる屋敷が解らなくなり、私がすぐ側にいた火車丸に道を聞いたのだという。

「たったそれだけの事で、交わろうと思ったのですか?」

「たったそれだけの事でも、俺にとっては大切な出逢いだと思ったんだ」

迷い無く返される言葉に、私は無言で火車丸の目を見据える。

私に惚れたと言う、神。

それが事実ならば、きっと彼も私が抱いたものと似た想いを抱いたのだろうか?

大きく息を吸い込んで、それをゆっくりと吐き出す。

「私は・・・赦されない恋をしました」

ポツリと呟く。―――それを火車丸は何も言わず静かに聞いていた。

「好きになってはいけない相手を、好きになりました」

胸に溢れかえる、切ないほどの感情。

こんな感情を抱くなど、生まれた時は想像もしなかった。

脳裏に皮肉な笑みを浮かべた黄川人の姿が甦る。

もし黄川人が朱点でなければ、私はこれほどまでに悩まずに済んだのだろうか?

否。―――もし黄川人が朱点でなければ、私たちは出逢う事など無かっただろう。

ならば、彼が朱点だったことに私は感謝しなければいけない。

私にこんな感情を抱かせてくれた、黄川人に。

「私は彼を愛しています」

キッパリとそれを告げる。

彼は気付いているだろうか?―――私が想いを寄せる相手が、誰なのかを。

「それでも・・・」

「それでも、俺は貴女を愛している」

私の言葉を遮って、火車丸はその言葉を告げる。

「貴女が誰を想っていようが・・・例えそれが赦されない相手なのだとしても、俺はそれでも構わない」

たった一度。―――ほんの僅かな時間を過ごしただけの私を、どうしてそこまで想ってくれるのだろうか?

解らない。

けれど彼がどれほど真剣なのかは、疑いようもないから。

「・・・ならば」

しっかりと視線を合わせて、覚悟を決める。

「ならば、よろしくお願いします」

深く頭を下げて、私は交わる事に関する拒否の心を消した。

これほどまでに想われる私は、きっと幸せなのだろう。

例えそれが、私が想う相手ではなかったとしても。

 

 

赦されない恋をしました。

相手はこの世をも滅ぼそうという思いを抱く、鬼です。

彼がどれほど憎まれていようと、その想いは決して消えないのです。

そんな私を、愚かだと笑いますか?

 

「・・・黄川人」

薄れ行く意識の中、私は最愛の人の名前を呟いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どうなんでしょうね、この展開。

なぜ火車丸なのかと言うと、実際にゲームをプレイしていた時のヒロイン(?)の相手が彼だったからです。(笑)

最早これは私のプレイ記のようなものです。プレイしていた時にこの話を思いつきましたから(笑)

作成日 2004.7.24

更新日 2009.3.4

 

 

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