厳しいけれど、優しい母と。

不器用で、それでも一途に母を愛する父と。

そんな両親に囲まれて、呪いを受けた身体であるということはあっても私は幸せだった。

あの日、朱点童子に出会うまでは。

 

むべき相手

 

「もう終わりか?」

「・・・まだまだ!!」

天界で父と別れて、母と共に下界に下りてきた私は、その日から母に剣術の稽古をつけてもらっていた。

朱点童子を倒す為。

朱点を倒して、また親子三人で穏やかに暮らす為に。

疲れを感じる身体に鞭打って、私はもう一度竹刀を握りなおした。

余裕の構えを見せる母に向かい駆け出す。―――何度か竹刀で打ち合って・・・けれどやはり母には敵う筈も無く、私の竹刀はあっけなく宙を舞った。

「今日はここまでにしておこう。ずいぶんと上達したな」

あまり見る事の出来ない笑顔と共に向けられたお褒めの言葉に、私は嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、母上!!」

元気良く礼をすると、母はやさしく私の頭を撫でてくれた。

「ゆっくり休め」

掛けられた簡潔な言葉に、私は1つ頷く。

それに満足そうに微笑んで、母は竹刀を持ったまま部屋へと向かった。―――当主である母には、休んでいる暇なんてないんだろう。

「母上!」

そんな母の背中に、思わず声をかける。

不思議そうに振り返った母に、私は揺るぎない決意を伝えた。

「私、頑張ります!頑張って、朱点を倒して見せます!!」

それは我が一族の悲願。

きっとみんな思っていることは同じだろう。―――朱点を倒して、普通の幸せな日常を手に入れるんだ。

「・・・ああ、そうだな」

返って来た返事は、私の望む言葉だったというのに。

浮かんだ笑みが、どこか悲しげに見えたのは気のせいなんだろうか?

その声が、どこか弱々しく聞こえたのは、気のせいなんだろうか?

「・・・母上?」

問い掛けてみても、返事は返ってこない。

母は既に、私に背を向けてその場を去っていた。

違和感を抱いたのは、これが始まり。

母が抱く想いと、果たされなかった願いと。

そして母が赦されない恋心を抱いたことを知ったのは、あの少年との出会いがきっかけだった。

 

 

稽古が終わった後、私は暇を持て余して町に出た。

実を言うと、あまり1人で町に出たことは無い。―――イツ花がいつも、私が1人で町に出ることを心配していたから。

今日は何か用事があるらしく屋敷にいなかったこともあって、私はこうして1人でぶらついていた。

当てもなく歩き続けていると、不意に視界が開ける。

「うわぁ、綺麗!!」

目の前に広がる小さな川。

転がるように土手を降りて、川の水に手を浸す。―――ひんやりとした冷たさが心地良い。

こんな綺麗な場所があったんだ。

今度は母上と一緒に、散歩に来れるといいな。

密かに出来た楽しみに、私は1人笑みを零す。

そんな私の背後から、冷ややかな声が掛けられた。

「へぇ・・・楽しそうだね」

あまりに近くから聞こえた声に、慌てて振り返る。

気配を感じなかった・・・この私が。

けれど振り返った先には誰もいない。―――慌てて辺りを見回すと、頭上からクスクスと笑みが降ってきた。

「何処見てるんだい?」

「・・・誰?」

太陽の光が逆光になって、その人の顔が良く見えない。

ヒラヒラとした着物の裾が、僅かに風に揺れている事だけは解った。

「ふ〜ん・・・君がの子供か」

私の問いには答えず、その人物は独り言のように呟く。―――けれどその声色がとても冷たい感じがして、背筋に悪寒が走った。

「誰!?」

今度は強い口調で怒鳴りつける。

するとまたクスクスと笑みが降って来た。―――それにとても腹が立って、私は思い切りその人物を睨みつける。

「誰なのよ!!」

声を荒げるとその人物は舞うように私の前に下りてきて、優雅な動作でわざとらしく一礼すると、嫌な笑みを口元に浮かべた。

「初めまして、お嬢さん。僕は黄川人」

「・・・黄川人?」

警戒を解く事無く睨みつける私に、少年・・・黄川人は更に口角を上げた。

「君には、朱点童子と名乗った方が解り易いかな?」

「・・・朱点・・・・・・童子?」

言われた意味を一瞬理解できずに、呆然と目の前の少年を見返す。

一拍置いてそれを理解した私は、思わず一歩後ろに退いた。

片足が川に浸ったけれど、そんな事気にしている場合じゃない。

「・・・本物?」

「勿論」

あっさりと返って来た肯定の言葉。―――それが偽りではない事は、遅ればせながらも漸く理解できた。

少年から放たれる邪悪な気配は、一人間の持てるようなものじゃない。

咄嗟に懐に隠し持っていた小刀を手に取る。

母の言いつけに習って、刀は持ち歩いていない。

「勇ましいね。さすが・・・の子供だ」

そんな私を見て、朱点は蔑むような視線を私に向けた。

さっきからって・・・。

確か母上の名前は、だった筈・・・―――当主になってからは初代当主様の名前を受け継いで今は違う名前だけれど、それは確かに母上の名前だと解った。

「貴方・・・母上を知っているの?」

聞いてから馬鹿な質問をしたと後悔した。

朱点童子が、当主である母上を知らない筈が無い。

けれど朱点は僅かに眉を顰めただけで、何も答えようとはしなかった。

「答えたくないなら、答えなくていいわ!―――朱点童子!ここで会ったのが運の尽きだと思いなさい!!」

睨みつけて小刀を抜く。―――すると朱点は心底可笑しそうに笑みを浮かべた。

「どっちが運の尽きなんだろうね?そんな刀1つで、僕を倒せると本気で思ってるの?」

「わ、私だって術の1つや2つ使えるわ!」

「・・・本当、君は愚かだね。幸せな頭をしてるよ。羨ましい限りだ」

馬鹿にしたように溜息を吐く朱点。

我慢できずに、私は小刀を握り締めた。

「覚悟!!」

そのまま朱点に向かい駆け出そうとしたその時。

「止めろ!!」

その場に鋭い声が響いて、私も朱点も思わず動きを止めて声のした方を見た。

「・・・様?」

そこにいたのは、母上よりも長く生きている様。

最近は体調が優れないと床に伏せっていたというのに、どうしてここにいるんだろう?

「止めろ!お前の敵う相手じゃない!!」

様はそう言い放つと、私の側に掛けより朱点から私を庇うように間に割り込んできた。

「君ともずいぶん久しぶりだよね。元気にしてた?」

久しぶりに会った友達に対するような言葉使い。

けれど声色は私に対するものと同様に、とても冷たいもので。

「お前の方こそ、こんな所で何をしてる?」

様はそんな朱点に怯んだ様子もなく、いつもよりも少しだけ硬い口調でそう問うた。

「そんな事、君に説明する必要あるの?」

明らかに馬鹿にしたような朱点の言葉に、様は揺るぎない声色で私には意味が解らないその言葉を告げる。

ならここには来ないぞ?」

その言葉に、朱点の身体がピクリと反応するのが解った。

一体何の話をしてるの?

この場にいる私の存在なんて見えていないように、2人はお互いを睨みつける。

そこにあるのは、間違いなく憎しみの感情。

でもそれは、私が抱く憎しみとは少し違う気がした。

はもう、ここには来ない。あいつはお前と訣別して、新しい道を歩き始めたんだ」

「・・・煩い、黙れ」

「もうお前のことなんて忘れて・・・」

「煩い!!」

明らかに余裕の無くなった朱点に、様が更に口を開いた。

それを遮るように朱点は大声で叫ぶ。―――それと同時に、強い波動が容赦なく私たちを襲った。

「きゃあ!!」

「・・・っ!!」

あまりにも強い力と向けられる殺気に動けない私を、前に立っていた様が覆い被さるようにして庇ってくれた。

「・・・ぐっ!!」

様!?」

耳元で聞こえた苦痛の声。―――それと同時に鼻を突いた血の匂い。

ズルリと様の身体が崩れ落ちた。

様!!」

目に映った光景に、私は言葉を失う。

辺りに広がっていく赤い血。

血の気の無い青い顔の様と・・・そして笑みの消えた朱点の顔。

「・・・朱点」

憎くて・・・許せなくて、私はこれ以上ないほど朱点を睨みつけた。

それと同じように朱点から向けられる鋭い視線。

憎しみの篭った、暗い目。

「1つ良い事を教えてあげるよ」

様を抱えて身動きの取れない私に、朱点が暗い声色で呟く。

「君たちに明るい未来なんて存在しない。みんな死んで絶えていくんだ」

せせら笑うような朱点の声に、私は恐怖が身体を支配するのを自覚した。

怖い。

私はきっと、朱点に敵わない。

小さく唸る様の身体に縋りつくように抱きついて、私はただ母上の事を思った。

助けに来て欲しいと。

母上が来てくれれば、きっと朱点を追い返す事ができる。

けれど朱点はそんな私の思考を読み取ったのか、最初に会った時と同じ余裕の戻った笑みで私を見た。

に助けを求めたって無駄だよ。は僕を殺せない」

「そんな事っ!!」

「殺せないよ」

キッパリと告げられた言葉に、私は思わず口を噤んだ。

どこか反論出来ない強さが、そこにはある。

「殺せない。だっては、僕を愛した愚か者なんだから」

その言葉に、頭の中が一瞬真っ白になった。

言われた意味が、よく解らない。

母上が、朱点を愛してる?

あんなに仲が良い父がいるのに?

そう思えば思うほど、さっきの朱点と様の遣り取りが頭に甦ってくる。

私には解らない話の内容。

けれど・・・今ならば少しだけ、それが理解できる気がする。

母上が朱点を愛している。

そして・・・様の言葉が正しければ、きっと朱点も。

言いようのない不安が胸の中に湧き上がってきた。

それは母上に対してなのか、朱点に対してなのか解らなかったけれど。

によろしく伝えておいてくれるかい?」

そんな私を見て、朱点は綺麗な笑みを浮かべた。

私はそれに反応できずに、ただ様の身体を抱きしめ返して。

異変を察して駆けつけてくれた母上に声を掛けられるまで、私は少しも動けなかった。

そして母上の顔すら直視できずに、勿論朱点の言葉なんて伝えられない。

この時自分がどんな感情を抱いたのか、しばらく経った後でもよく解らない。

けれど・・・朱点に更なる憎しみを抱いたのは事実だった。

 

 

筆を置いて、まだ墨の乾き切っていない紙を机の端に寄せて溜息を1つ。

酷使し疲れた目を休める為に閉じれば、浮かんでくるのはあの場所の光景。

久しぶりに行ったあの場所。―――まだ黄川人が朱点だと知る以前、よく彼と過ごしたあの川原。

当主の任に就いてから、たった一度を除いて訪れてはいない。

ハァと大きく息を吐くと、自分の溜息が部屋の中に沈んでいった。

今日あった出来事を思い出す。

強烈な憎悪の波動を感じて向かった先にあったのは、傷付き瀕死の状態で倒れていたと、屋敷の中にいるものだと思っていた娘の姿。

何があったのかと問い詰めれば、娘は私の目を見ようともせずポツリと呟いた。

「朱点童子に会った」と。

その様子から、何かがあったのだという事は察した。―――大体の見当はついているけれど。

「当主様」

不意に襖の向こうから声を掛けられて、閉じていた目を開けた。

「・・・イツ花、か。どうした?」

「・・・・・・様が」

途切れた言葉。

その続きは聞かずとも解る。―――寧ろ、聞きたくなどなかった。

「・・・すぐ行く」

できるだけ平静を装って返事を返すと、イツ花の気配が静かにその場を去っていった。

何故こんな事になったのだろう?

今日、娘があの場所に行ったのは、果たして偶然なのだろうか。

あの場所に黄川人が現れたのは?

そして、屋敷で療養していた筈の体調の優れないが、あの場面に居合わせたのは?

解らない。―――考えても答えなど出る問題ではないだろう。

ただ解っている事が1つある。

が重症を負ったのは、きっと私のせいなのだろう。

未だにこの想いを捨てきれていない、私の。

もう一度溜息を吐き出して、私は緩慢な動作で立ち上がった。

直視したくない現実であっても、目を瞑っているわけにはいかない。

そんな事をしても、現実はなくならない。

事態は何も好転しやしないのだから。

の容態が知れているのか、いつもは騒がしい屋敷の中は静寂に包まれている。―――そんな静かな廊下を、私はの部屋に向かい歩き出した。

、入るぞ」

すぐ近くにあるの部屋の前に立ち、そう声をかけてから襖を開ける。

中には布団が一組敷かれてあり、青白い顔をしたがこちらを向いて微笑んでいた。

「・・・よお、待ってたぜ」

弱々しい声色とは裏腹に、昔と変わらない強い光を宿す目。

それに少しだけ安堵して、私は静かに襖を閉めるとの傍らに腰を下ろした。

「加減はどうだ?」

「ん〜・・・まぁ、悪くねぇんじゃねぇの?」

冗談めかしたように笑うに、私も同じように笑みを返した。

具合は見た目通り良くないのだろう。―――苦しそうに目を閉じるに、私はゆっくりとの額に手を伸ばした。

触れた肌が冷たい。

人の体温というモノが失せてしまっている気がした。

「・・・なぁ」

目を閉じたまま声をかけるに、私は額に手を当てたまま声を返す。

「なんだ?」

「俺・・・お前に幾つか言っておかなきゃならない事があるんだ」

「・・・言っておかなければならない事?」

「言っておきたい事・・・とも言うな」

そう言って自嘲気味に笑うに、私はその意味を図りかねて眉を寄せた。

言っておきたい事とは、一体どんな事なのだろうか?

そう考えて、不意に思う。

私とは歳も近く、気が合った事もあり、他の者たちよりも長い時を共に過ごした。

一族の中でというだけでなく、おそらくは私の人生の中で一番多くの時間を共にしただろう。―――のことならば、他の誰よりも知っていると自負している。

けれど・・・それは本当にそうなのだろうか?

の言っておきたい事というのが何なのかを思案した時、もしかするとあの事かという疑問すら浮かんでこなかった。

もしかすると、私は知ったつもりになっていただけで、本当は何も知らないのかもしれないと唐突に思った。―――それは私だけではないだろうが。

は気持ちを隠すのが上手い。

いつもあのふざけたような態度で話をはぐらかし、本音を見せようとしない。

それに今更気付くなんて・・・どれだけ私が自分の事しか見えていなかったのかを思い知らされた。

「・・・なんだ?」

今更ながらに、の事を知りたくて。

本当に今更だが、今を逃せば一生それを知ることなど出来ない気がしたから、私は逸る気持ちを抑えて静かにそう問い返した。

「俺・・・さ。黄川人の事が嫌いなんだよ」

脈絡もなく告げられた言葉に、私は驚きに目を見開いて・・・―――けれどそれは至極当然の事だと思えたから、私はなんでもない風を装って返事を返した。

「それは当然のことだろう?あいつは・・・黄川人は朱点なのだから」

「そうじゃなくて・・・。俺はあいつが朱点だって知る前から、あいつの事が嫌いだったんだよ」

「・・・・・・」

搾り出されるようなの言葉に、私は何と言って良いのか解らず口を噤む。

が言っておきたい事とは、これなのか?

黄川人のことが嫌いだったと私に告げて・・・それが何になると。

「今日・・・黄川人に会った」

「・・・・・・」

「あいつ、全然変わってなかった」

「・・・そうか」

苦笑と共に吐き出された言葉に、私はただ相槌を打つ。

近頃忙しく遠征に出ていなかった私には、最近の黄川人の様子など知りうる術もない。

知りたいと思っていたことを否定はしない。―――考えないようにと思えば思うほど、黄川人の姿が脳裏に甦った。

変わっていない事が嬉しいのか、それとも悲しいのか。

「俺さ、あいつに言ったんだよ」

明らかに主語の抜けた言葉に、けれど私は無言で次の言葉を待つ。

は右手の甲を顔に押し付けていて、私からはその表情が見えない。

しばらくの沈黙の後、はポツリと呟いた。

「なぁ・・・お前、今でもあいつの事が好きか?」

「・・・何を」

「今でもあいつの事、忘れられないか?」

真剣味を帯びた声色に、容易に返答する事を憚られる。

正直な気持ちを言うわけにはいかない。

この想いを口にする事は許されない。―――他の誰でもない、私自身がそれを許せない。

だからと言って、偽りを口にする気にもなれなかった。

真剣に問い掛けてくるに、心にも無い言葉を向けるわけにはいかない。

黙り込んでしまった私に、は小さく苦笑を漏らした。

沈黙は肯定だと、そう取ったのだろう。

「今日会った時、俺あいつに言ったんだよ。『はお前に会いに来ない』って。『はお前と訣別して、違う道を歩いてるんだ』って」

「間違いではないだろう?の・・・言う通りだ」

「でもあいつ、傷付いたような表情したんだよな」

その言葉に、私はこれ以上ないほど目を見開く。

の顔を凝視したけれど、未だ手に隠されての表情は見えない。

今言ったことは本当のことなのだろうか?―――ただの勘違いではないのか。

「お前が当主になってから・・・俺、毎日あの川原に行ってたんだよ。お前が行きたくても行けないって顔してたから・・・まぁ、代わりに?そしたらさ、俺が行く度に黄川人がそこにいるんだ。何をするでもなく、ボーっと土手に座って」

「・・・・・・」

「俺も一応は家の人間だからさ。相手が朱点だっつっても、人気の多い場所で気付かれることなんてなかったから、一度も会話なんてした事無かったけど。多分あいつ、待ってたんだと思う」

「・・・

「黄川人は、お前を待ってたんだよ・・・

私は言葉を失った。

絶句する・・・というのは、きっとこういう事を言うのだろうとフル回転した脳で思う。

待っていた?黄川人が、私を?

なんて答えて良いのか解らない。―――そんな事ある筈がないと流せば良いのか、気のせいだと笑えば良いのか。

嬉しいと本音を漏らす事だけは出来なかった。―――そんな資格、私にはない。

「ごめんな。俺・・・どうしてもそれをお前に告げられなかった」

震える声で向けられた謝罪に、私は気にする必要はないとただ首を振る。

「・・・告げる必要などないだろう?私は家の当主だ。それは当然の・・・」

「違うんだ」

の心の負担を少しでも減らそうと言葉を続ける私に、しかしはキッパリとそれを遮った。

否定の言葉を告げて、顔に押し付けた右手を強く握り締める。

「違うんだよ。俺は家の人間として、それを言わなかったわけじゃない。お前の為を思って言わなかった訳じゃないんだ」

深い懺悔を思わせる口調では言う。

が何を抱えているのか、それを察する事が出来ない自分が酷く情けなく思えた。

「・・・では、何故?」

次の言葉を口にしたくとも踏ん切りがつかない様子のに、次の言葉を促す。

するとは苦笑を浮かべて、大きく息を吐き出した。

「これから言うことは、すぐに忘れてくれて構わない。元々言うつもりはなかったんだけど・・・やっぱ最後だからさ」

最後という言葉に、ピクリとの額に当てていた手が揺れる。

気弱な事を言うなと言いたかったけれど、今のの様子を見ればその言葉がいかに説得力がないかが解る。―――何よりも私の態度が、それを肯定していた。

「気にすんなよ。俺がお前の娘を助けたのは俺自身の決断であって・・・あの子のせいでも、ましてやお前のせいでもないんだから。んな事しなくても、どうせもう寿命が近いことは俺自身が一番よく知ってるし」

軽い口調で返って来た言葉に、膝の上に乗せた手を強く握り締めた。

のそんな心優しさが・・・心の強さが、羨ましく思う。

「俺さ。好きな奴がいたんだ」

穏やかささえ感じられる声色でが言った。

「ああ、知っている」

「誰かも?」

「・・・・・・いや、そこまでは」

「お前の事だよ」

あっさりと告げられた告白に、一瞬何の事なのか解らず首を傾げた。

次の瞬間、の苦笑にその意味を察する。

「・・・?」

「俺は・・・お前の事が好きだったんだよ」

予想外の告白に、私は再び絶句した。

なんて答えて良いのか解らない私に、はくつくつと喉を鳴らして笑う。

「驚いたか?」

「・・・ああ、凄く」

「だろうな」

言葉通り驚きに頭が真っ白になっている私に、はからかうように笑みを向ける。

そんな普段通りのの様子に、私もいつも通り苦笑を漏らした。

私たちはみんな、いろいろとすれ違っているのだと改めて思う。

私たちはみんな、己の感情を持て余して日々を過ごしているのだと。

「俺はお前と黄川人を会わせたくなかったから、だからお前に言わなかった。悪かったな。俺のこと恨んでも良いぞ」

「冗談。知らされていても、現状は変わらぬよ」

そう、何も変わらない。

例え黄川人が私を待っていたのだとしても、私は黄川人の所へは行けない。

あの日・・・―――当主の任に就いた時、そう決めたのだから。

「あー、すっきりした」

抱えていたすべてを吐き出して、は体の力を抜いてそう呟いた。

顔を隠していた手は布団の上に移動する。―――漸く見えたその顔は、穏やかに微笑んでいるように見えた。

「俺・・・ちょっと寝るわ。すげえ・・・眠い」

段々と小さくなっていく声。

ゆっくりと閉じられていく目に、私の姿を映して。

「・・・お休み、

囁くような小さな声で、そう言った。

胸に溢れかえる温かな気持ちや寂しさを押し隠して、必死に笑顔を浮かべる。

最後の光景は、やはり笑顔の方が良いだろう?

零れた雫を拭うことすらも出来ず、ただの額に手を押し当て続けた。

少しでも私の体温を分けて。

そうしたら、もう一度目を開けてくれるだろうか?

「ありがとう、

告げた言葉に、もう返事は返らない。

眩しいほどの笑顔も、返っては来ない。

穏やかに目を閉じたまま動かなくなったをただ目に映し、私は涙を流し続けた。

 

 

「・・・当主様」

の部屋を出ると、廊下には一族の人間が揃っていた。

言葉もなく私に悲痛な表情を向けるイツ花に、視線で部屋の中を指して。

それだけですべてを察したイツ花たちがの部屋に入っていく中、涙で顔をぐしゃぐしゃにした娘を見つけた。

「お前が責任を感じる事はない。そうが言っていた」

「母上・・・」

「元々・・・寿命が迫ってきていた。これはきっかけにすぎぬよ」

自分に言い聞かせる様に、娘に告げる。

そう、寿命は迫ってきている。

それはだけではなく、私自身にも。

「・・・母上。あの・・・朱点の事は・・・・・・」

「聞くな」

恐る恐る投げかけられた質問に、けれど私はそれを一蹴した。

「すべては私が墓まで持っていく。知らぬ方がよい事もあるし、また知る必要はない。これから生きていくお前たちには、不要な話だ」

「・・・・・・」

「すまぬな。私は・・・とても狡い」

この想いを捨てられず、火車丸を受け入れた事も。

黄川人の想いを知っていながら、それを受けれられない事も。

受け入れられないのに、それでも黄川人を突き放せない事も。

そして今尚、黄川人を愛しいと思う自分も。

「・・・母上!」

掛けられる声に背を向けて、ソッと目を閉じる。

開け放たれたの部屋から聞こえてくる泣き声と、縋るように向けられる娘の視線を振り切って、私はその場から立ち去った。

 

 

短命の呪いを受けた、我が身体。

あと数ヶ月もすれば、きっとこの身も朽ちてなくなるのだろう。

迫る死。

残された時間で、一体私は何をするべきか。

「私に・・・一体何が出来るのだろうな」

自嘲気味に呟いて、強く拳を握り締めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

これは一体誰夢?(笑)

オリキャラ夢になっている気が(気のせいじゃない)するのですが。

黄川人もイツ花もあんまり出てこないから、果たして俺屍ドリになっているのかとさえ疑問を抱きます。

でもまぁ、この話はまだ黄川人が出てる方だよね・・・とか思ってる辺り、ダメダメです。

作成日 2004.7.27

更新日 2009.4.1

 

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