心の中に、不安が広がる。

何かが起ころうとしている。―――否、それはもう始まっているのかもしれない。

目の前の光景を、私は言葉を発することさえ出来ずに、ただ呆然と見詰めていた。

加山さん。

貴方は今、何処にいるのですか?

 

新たなる

 

春には今一歩という、肌寒い日。

私はある指令を受けて、まだ蕾をつけたばかりの桜が並ぶ上野公園を歩いていた。

きっとあと少しもすれば、ここは花見客で溢れかえることだろう。

それでも今は時折散歩をする人を見かけるくらいで、お世辞にも人が多いとは言えない。

注意深く辺りを見回して・・・―――そうして目的の人物を見つけて、私は頬が緩むのを自覚した。

半年ぶりに見る姿。

一郎が海軍に戻るべく花組を離れてから割とすぐに、加山さんも同じように海軍の演習に加わるために月組を離れた。

黒之巣会の驚異が去った後、平和を取り戻した帝都だが、それでも花組の任務が変わらないように月組の基本的な任務も変わらない。

何か変わったことがないかと、日々目を光らせ情報収集に当たる。

けれどやはり平和な今は、忙しかったあの頃とは比べ物にならないほど仕事の負担は減っていた。―――隊長である加山さんが不在であっても、支障がないほどに。

それは嬉しい反面、とても淋しくもあった。

平和を望んで戦ったのだから、平和が訪れる事は願ってもないことだ。

けれどそれを得る代わりに、加山さんがいなくなってしまうなんて事は考えた事もなかった。

「・・・さんは、淋しくないんですか?」

加山さんが月組を離れるという話を聞かされた後、から向けられた質問だ。

私はそれに答える事が出来なかった。―――ただ笑って、誤魔化した。

淋しくない筈なんてない。

それでも今の月組にいるよりも、海軍に戻って演習に加わった方がより加山さんの為になると思った。

加山さんは、きっともっと強くなる。

それは身体だけではなく、心も。

だからもっと広い世界を知って欲しいと思った。

加山さんには、それを受け入れられるだけの器と、そしてチャンスがあるのだから。

少し離れたところから目的の人物の背中を眺めて・・・―――ポケットの懐中時計に目をやる。

約束の時間までは、あともう少し・・・。

今回は気付くだろうか?

そんなことを考えながら小さく笑みを浮かべたその時、木にもたれかかっていた加山さんがゆっくりとこちらを振り返った。

突然のことに隠れ損ねた私を見据えて、加山さんは挑むような笑みを浮かべる。

「よぉ!久しぶりだなぁ〜、!!」

軽く手を上げて、軽い口調で挨拶をする加山さん。

完璧に気配を消していたと思っていたのに・・・どうして気付かれたのだろう?

口には出さなくとも顔には出ていたのだろうか?―――加山さんはニコリと笑うと、当然とばかりに言い放った。

「お前の気配なら、どんなに薄くても気付いて見せるさ」

不意打ちのその言葉に、思わず絶句してしまう。

前々から思っていたけれど、どうしてこの人は口調がいちいち気障なのだろうか。

思わせぶりな態度は、とても心臓に悪い。

少しだけいつもよりも早く鳴る心臓を宥めながら、私は白旗を掲げて素直に加山さんの前に立った。

本当に。

気付かれるとは、思ってなかったのだけれど。

「お久しぶりです、加山さん」

目の前に立つ加山さんを見上げて、私は再会の言葉を述べた。

また会えることを心から待っていました・・・と、そんな事は口が裂けても言えないが。

まさかこんなに早く再会できるとは思っても見なかった。

事態を考えれば、素直には喜べないけれど。

「ああ、元気そうで何よりだ」

「加山さんも」

それでもやっぱり、こうして話が出来る事は純粋に嬉しかったから。

私は加山さんを見詰めると、やんわりと微笑んだ。

 

 

雷鳴が轟き、大粒の雨はまるで小石のように身体を打ち付ける。

いつも通り調査に繰り出していた私は、唐突に嫌な気配を覚えて背筋に悪寒が走るのを感じた。

なんだろう、この気配は。

言い知れぬ恐怖のようなもの。

身体を這い上がるような・・・纏わりつくような黒い気配。

こんな恐怖を、私は知っている。―――2年ほど前に起こった黒之巣会との戦い・・・そしてその後に起こった葵叉丹との戦いの時に、こんな恐怖を味わった。

私は何が起こっているのか、そしてどうすれば良いのか解らずその場に立ち尽くしていたけれど、意を決してその気配がする方へと走り出した。

確かめなければいけない。

何が起こっているのか、この目で確かめなくては。

それが月組としての、私の仕事なのだから。

何処に向かっているのかも、私自身解らなかった。―――ただ気配のする方へ。

無我夢中で走り続けると、不意に視界が開けた。

目の前には海。

視点を海に固定して、私はゆっくりと海岸沿いを歩く。

その瞬間、海面が吹き荒れた気がした。

辺りは暗くて雨は強く視界は悪かったけれど、時折走る稲妻の灯りが不気味に辺りを照らす。―――そんな僅かな灯りで見えたのは、かつて見た巨大な大陸の一部。

海に沈んでいた部分が、ゆっくりと海面に姿を現していた。

「・・・どうして聖魔城が」

まさか再び動き出したのかと思ったけれど、それはそれ以上動きを見せる事はなく、しばらくすると再び海の底へと沈んでいった。

一体、なんだったのだろう?

どうして一時だけとはいえ、聖魔城が海面に姿を現した?

何か意味があるのだろうか?―――あるとすれば、それは一体・・・。

呆然とその光景を見詰めていた私は、ふと変な気を感じて振り返った。

視界が悪い中、遠くに見えた人影。

その人物も私に気付いているのか、こちらをジッと見据えている。

「あれは・・・?」

無意識に呟いたと同時に、その人物は霧のように姿を消した。

目を凝らしても、気配を探っても、もうそこには誰もいない。

あれは一体誰だったのか?

とてもじゃないが、一般市民とは思えない。―――おそらくは、この件に一枚噛んでいるのは間違いないだろう。

何か、嫌な予感がした。

ブルリと身体が震える。

それは雨に濡れて冷たくなった身体のせいだけではない気がした。

 

 

「なるほどな・・・。それで俺が呼び戻されたって訳か」

少し前見た光景を一部始終話し終えた後、加山さんがポツリと呟いた。

それに申し訳ない気持ちが湧き上がる。

出来る事なら、加山さんの手を煩わせずに事を済ませたかったのだけれど。

そう言えば、加山さんは「気にするな」と明るい笑顔を浮かべた。

「どういうことだと思いますか?」

「ん〜・・・、どういうって言われてもなぁ」

顎に手を当てて考え込む加山さんを、無言で見詰める。

何かしらの答えを期待したのだけれど・・・―――やはりそう簡単に真相が明らかになるはずもなかった。

あの人物。

聖魔城が浮上するあの光景を眺めていた、謎の人物。

とても嫌な気配がした。―――まるで・・・人ではないような。

そこまで思って、苦笑する。

人でないなら、一体なんだと言うのか。

「ともかく、改めて調査をしてみよう。放っておくには不可解な事が多すぎる」

「・・・ええ」

改めて出た結論に、私は同意する。

「一郎も、近々花組に戻る予定です。彼はまだ海の上ですから・・・もう少し時間が掛かると思いますが・・・」

「・・・そうか。出来るだけ早く戻ってきて欲しいがな」

「そうですね」

そうは言っても、海の上にいる一郎に連絡を取り、そこから東京へ戻ってくるまでにはやっぱりまだ時間が必要だろう。

それまでに、何かが起こらなければ良いのだけれど。

「ああ、それから・・・」

真剣な表情を浮かべる加山さんを見て、私は彼に伝えておかなくてはならない事がまだあったことを思い出した。

「どうした?」

「花組に、隊員が2名追加されるんです」

「へ〜・・・」

返ってきた返事とは裏腹に、その目は興味に輝いている。

そんな加山さんに苦笑を返して、今解っている新しい隊員の情報を伝えた。

花組が結成される以前、試験的に組まれた星組の隊員であると言う事。

1人は近いうちに入隊するが、もう1人は残念ながら入隊が少し遅れてしまうという事。

「先に日本に到着するソレッタ・織姫の出迎えは、私が行こうと思います」

「お前がか?」

「彼女は『日本の男が嫌い』だそうなので・・・」

そう苦笑を浮かべれば、加山さんも同じように笑った。

月組の大半は、男の隊員だ。

本部待機組の隊員で女であるのは、私とくらいだろう。

に行ってもらっても良いのだが、今回の事に関しては彼女だと少し心配な部分もある。

今はまだ、花組隊員に月組隊員の顔を知られたくはない。

まだもう少し・・・時が来るまでは。

「しかし男が嫌いとは・・・まるで昔のお前みたいだな」

「人聞きの悪い事を言わないで下さい。私は男の人が嫌いなんて一度も言った覚えはありません」

「そうだよなぁ。『男である事をかさをきている人』が嫌いなんだったよな」

からかうように言われて、思わず加山さんを睨みつける。

今更その話題を出されるとは、思ってもいなかった。

「いい加減、忘れてください」

「いやぁ、なかなか忘れられんさ」

おどけた態度で笑う加山さんに、私は深く溜息を吐き出す。

いつまでこの話でからかわれ続けるんだろうと、少しだけ憂鬱に思いながら。

けれどそれは、加山さんが隣にいる証明でもあって。

「ともかく、早く本部に帰りますよ」

「はいはい」

先に歩き出せば、仕方ないなとでも言いたげな口調で返される。

それを不本意に思いながらも、どこか嬉しく思う自分もいて・・・―――これはもう救い様がないなと思ってしまった。

後ろから慌てて駆けて来る足音が聞こえて、私は少しだけ歩調を緩める。

今だけは、不安も恐怖も感じない。

心に広がった安心感に、私は隣に並んだ加山さんを見上げると、それを悟られないようにと必死に表情を引き締めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

サクラ大戦2、突入。

最初はやっぱり再会からですね、基本は。

本当はずっと月組にいてもらっても良かったんですけど、やっぱり大神と同じように再会させたかったので、加山には急遽海軍の演習に行ってもらいました(笑)

作成日 2004.8.7

更新日 2007.11.23

 

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