という女性が、隊長に会いに来た。

2人の説明だと、幼い頃から一緒にいた兄妹のようなものらしい。

落ち着いた佇まいの物静かな彼女から放たれる穏やかで優しげな雰囲気は、どこか隊長と似ている気がした。

しばらくサロンで隊長の子供の頃の話を聞いていて、そろそろ日も沈むという理由では帰ろうとしたのだけれど、ちょうど通りかかったかえでさんの提案で、今日は帝劇に泊まることに決まった。

部外者を帝劇に泊めることに不安はあったけれど、副司令であるかえでさんが認めたのだから、きっと大丈夫なんだろう。

揃って夕食を終えて、私たちはそれぞれ自室に戻った。―――はかえでさんの部屋へ。

そうして、帝劇の時間はひっそりと過ぎていく。

 

静かな時間

 

私は読んでいた本をパタリと閉じた。

どうにも集中できない。

いっそ眠ってしまおうかと思ったけれど、どうにもそんな気分にもなれなかった。

原因は解っている。―――原因はという存在だ。

昼間断片的に聞いた話だと、隊長とは婚約者に近い立場らしい。

否定はしていたけれど、本心はどうなのかは私には解らない。

こうして会いに来る事が意思表示なのではないのかと思わせたし、隊長も案外まんざらでもなさそうに見えた。

考えても見なかった。―――隊長に、そんな相手がいたなんて。

深く溜息を吐いて、頭の中の考えを振り払う。

今はこんな事に悩まされている場合じゃない。

私は気分転換の為に散歩をする事にして、自室を出た。

もしかしたら見回り中の隊長に会えるかもしれない。―――そんな事を思いながら、目の端で隊長の姿を探しながら帝劇内を歩き回る。

すると何かの物音が聞こえて、隊長かと視線を巡らせたその時、サロンに灯りがついていることに気付いて何気なくそちらに向かった。

ソッと覗いて見ると、そこには隊長との姿が。

何を話しているんだろう?―――どこか真剣な2人の表情に思わず魅入ってしまう。

しばらくすると話を終えたのか、隊長はに軽く挨拶をすると立ち上がって廊下の奥へと消えて行った。

見回りに戻ったんだろうか?

何となく見たくないものを見せられた気がして、私は逃げるようにサロンに背を向けた。

その時。

「少しお話をしませんか、マリアさん」

唐突に声がかかって、思わずその場に踏み止まる。

ゆっくりと振り返ると、サロンに繋がるガラス扉の向こうからこちらを見詰めると目が合った。

気付かれていた?

しっかりと気配は消していた筈なのに・・・―――動揺を胸に秘めて、私は完全に振り返るとガラス扉の向こうのを見返した。

にっこりと微笑まれて、指でテーブルを指す。

その無言の訴えに、私は1つ溜息を吐くと彼女に従ってサロンのガラス扉を開けた。

 

 

「話というのは?」

ソファーに座って、真正面のに向かいそう口を開く。

実際、彼女を相手に何を話して良いのか解らない。―――聞きたいことはあったけれど、それを素直に聞けるわけもない。

は自分で入れた珈琲を口に運ぶと、優雅な動作でそれをテーブルに戻した。

「別にこれといった話題があるわけじゃないんですけどね」

「・・・・・・」

「ただマリアさんの私に対する態度がぎこちない気がしたので、少し打ち解けたいなと思っただけです」

やんわりと微笑みかけられ、私は気まずさに視線を逸らす。

この人、見かけ通り油断のならない人だわ。

人の心情を読み取るのがとても上手い。―――そして自分の感情を隠す事も。

どこか掴み所のない人。

不意にあやめさんを思い出させた。

「私と一郎の関係が気になりますか?」

ずばり本題を切り出され、思わず顔を上げての顔を凝視する。

そこにはどんな感情も見えない。―――ただ柔らかく微笑んでいるだけ。

「気にするほどの関係はないですよ?幼馴染と言っても、ほとんど兄妹みたいなものですから・・・。まぁ、ちょっと頼りない兄ですけど」

そう言ってクスクスと笑う。

一郎が聞いたら怒りそうだけど・・・なんて言いながら。

「でも・・・婚約者なんでしょう?」

いい加減、中途半端な腹の探り合いは面倒になって・・・―――きっとどう言葉を繕ったとしても、彼女には通用しないだろう事を悟って、私はそう切り出す。

「候補ですよ、しかも親の勝手に決めた」

「貴女にはその気はないと?」

「ええ、全く。今更一郎を恋愛対象としては見れませんし・・・」

そこで言葉を切って、は窓の外に視線を向ける。

ほんの少し頬を染めて、はにかむように笑って彼女は言った。

「私、好きな人がいるんです」

その声色は、どこか誇らしそうで。

嬉しそうな・・・穏やかなその顔を見て、それが嘘ではないと解った。

「だから、心配する必要はありませんよ」

は視線を窓の外から私に移して、にっこりと笑う。

「別に心配なんてしてません」

「そうですか?」

「そうです」

「なら、良いんですけど」

それ以上追及されることもなく、会話はそこで終わった。

向けられる笑顔を見て、私はさっき思った事を撤回する。

彼女が隊長に似ているなんて、ただの思い違いだ。

彼女の方が、隊長よりも一枚も二枚も上手だと・・・―――隊長よりも数倍、厄介だ。

疑問が解けたのかどうかは曖昧なところだったけれど、それでも部屋にいた時よりは気分が浮上している事に気付いて、思わず苦笑する。

これなら眠れそうだと、私は珈琲を飲み干すとソファーから立ち上がった。

「私はこれで失礼します。明日も早いので・・・」

小さく会釈してに背を向ける。

すると再び背中から呼び止められて、今度は一体なんなのかと振り返ると、同じように立ち上がったが一本の巻物を手に持っていた。

差し出されるままにそれを受け取り、小さく首を傾げる。

「・・・これは?」

「それは家の流派・・・二天一流の最終奥義が記された巻物です。それを一郎に渡してもらえませんか?」

「私が?」

「さっき渡しそびれたので・・・」

サラリと告げられる言葉に、けれど焦りはない。

もしかしてわざと渡さなかったんじゃないかと、そんな疑問さえ湧いてくる。

「一郎はそれを会得する前に士官学校に行きましたから・・・。いつかそれを渡したいと思ってたんです」

「・・・はぁ」

「自分で会得するのは大変でしょうけど、栃木まで戻って会得している暇もないでしょうし・・・実際帰られても困りますし」

確かに今隊長に帝劇を離れられるのは困る。―――彼女の言う意味とは違うだろうけれど。

「いつかきっと、役に立つ時が来ます」

確信めいたその言葉。

目に宿る光がユラユラと揺れていて、思わずそれに魅入ってしまう。

いつかきっと、役に立つ時が来る。

彼女は一体、どういう意味で言っているんだろうか?

もしかして・・・彼女は帝撃の事を知っている?

以前戦った黒之巣会との一件で、帝国華撃団の正体は密かに広まってしまっているから、彼女がその噂を聞いていても不思議はないのだけれど。

「じゃあ、お休みなさい」

畳み掛けられるように言われて、私は挨拶を返すとサロンを後にした。

巻物を持って自室に戻る。

ベットに腰を下ろして、手の中にある巻物をジッと見下ろした。

どこか不思議な雰囲気を持った人。

彼女はどうして、私にこれを渡すようにと頼んだんだろう?

きっと私が・・・いいえ、私たちが隊長をどう思っているのかを知って、わざと誤解を生むような言葉であんな事を言っていたんだろうと思う。

どうしてそんな事をしたのかは解らないけれど、彼女が現れた事で隊長への想いが更に強くなったのは確かだ。

そして現れたライバルに、花組の結束が深まったのも事実。

「・・・まさかね」

思わず浮かんだ推測に、呟いて苦笑した。

まさかすべて計算していたなんて、そんな事あるわけない。―――そしてそんな事をする理由も、彼女にはない。

色々と苦い思いをさせられたけれど、私は彼女が嫌いじゃない。

それは私だけじゃなくて、他の花組のみんなも同じだろう。

何だかんだと言いながら、カンナもすみれもさくらもアイリスも紅蘭も織姫もレニも、と話をしている時はとても楽しそうだった。

を見ていたレニの何かを探るような目が、気になったといえば気になったけれど。

「悪い人じゃないのよね」

もっと色々話をしてみたいと、今になってそんな事を思う。

きっと仲良くなれる気がした。―――こんな感情は、私にしては珍しい。

握り締めた巻物を見て、小さく微笑む。

これは明日の朝一番にに返そう。

渡すのならば、彼女の手から渡した方が良い。

その方が、きっと隊長も喜ぶだろう。

巻物をソッとテーブルに置いて、電気を消してベットにもぐりこんだ。

明日こそは、ゆっくりと話をしたい。

少しだけワクワクした思いを胸に、私はソッと目を閉じた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

マリア視点で、今回はちょっと短め。

一話にまとめようと思っていたんですけど、思い切って分けることにしました。

花組と接触編(他に言いようはないのか?)は、次で終わりです。

この話は誰をメインにしようかと思ったんですが(そして最初はさくらの予定だったんですが)やっぱりマリアに。

これも愛ゆえです(笑)

作成日 2004.8.18

更新日 2008.6.13

 

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