「お帰りなさい」

部屋に戻った私を、かえでさんは笑顔で迎えてくれた。

「申し訳ありません。遅くまでウロウロしていたりして・・・」

「あら、良いのよ。今更・・・でしょう?」

悪戯っぽく笑うかえでさんに、私も小さく苦笑を返す。

本当に今更だ。―――報告の為という理由はあるけれど、この時間帯の帝劇は歩き慣れているのだから。

クスクスとお互い笑みを零して、私はかえでさんの視線を受けながら部屋の中にある椅子に腰を下ろした。

「それで・・・決めたの?」

私が椅子に座るのを待って、かえでさんが真剣な声色で私に問う。

その問いに顔を上げることが出来ずに、私はただ膝に置いた自分の手を見詰めていた。

 

幸せについて

 

まだ太陽も昇らない、ぼんやりとした暗闇に包まれた時間。

私はこっそりと、帝劇を出た。

人気がないせいか、朝特有のひんやりとした空気が余計に寒く感じられる。

小さく息を吐いて、今出てきたばかりの帝劇を見上げた。

朝起きて私がいないことを知れば、一郎たちはきっと驚くだろう。

けれどここに来て私がしなければいけないことは全て終えた。―――奥義が記された巻物も直接ではないにしろ、マリアさんに渡しておけば間違いなく一郎の手に渡るだろう。

私は地面に置いたトランクを持つと、帝劇に背を向けて歩き出した。

コツコツと、自分の足音が静まり返った街中に響き渡る。―――それをぼんやりと聞きながら、私は帝劇が見えない場所まで来るとピタリと足を止めて小さく微笑んだ。

「何時までそうしているつもりですか、加山さん?」

朝だからと潜めた筈の自分の声は、思ったよりも大きく聞こえた気がした。

ゆっくりと振り返ると、隠れる事を諦めたのか・・・加山さんが渋い顔をして路地からその姿を現す。

「・・・・・・何時から、気付いてた?」

バツが悪そうに眉を顰める加山さんに悪いとは思ったけれど、その仕草がとても可愛く見えて、クスクスと笑みが零れる。

「そうですね・・・。月組本部を出て、帝鉄に乗っていた頃からでしょうか?」

「最初から気付かれてたわけね」

がっくりと肩を落とした加山さんに、更に笑みが漏れた。

そのまま笑みを隠さず加山さんに近づけば、気まずそうな・・・照れたように拗ねたようにそっぽを向く。―――それがなんだか子供みたいで、何故だかは解らないけれど少しだけ安心した。

「私が帝劇に行くのが、そんなに心配でしたか?」

「えぇっ!?」

「心配されなくても、自分の正体を気付かれるような真似はしませんよ・・・。―――加山さん?どうして赤くなっているんですか?」

問い掛けると、加山さんは慌てたように私から視線を逸らす。

一体どうしたというんだろう?

何か顔が赤くなるようなことを言った覚えは無いのだけれど。

「き、気にしないでくれ!」

「・・・気にするなと言われましても」

そんなあからさまに動揺されれば、気にならないはずもない。

「本当に気にしなくて良いから!―――それよりもなんだってこんな朝早くに帝劇を出たんだ?何か用事があったんだろう!?」

「・・・・・・ええ、まぁ」

なんだか話を逸らされている気がしなくも無いけれど、なんだか取り乱す加山さんが可哀想だったので、それ以上は追及しない事にした。

私は小さくため息を吐いて、改めて加山さんと向き合う。

「全ての用を終えたので、長居は無用かと思いました。一郎たちがいる時間帯に帰ると言えば、東京駅まで見送りに行くと言われかねませんから」

心遣いはありがたいけれど、私は栃木に帰るわけではないのだから東京駅まで送ってもらうのは困る。―――きっと彼の事だから、列車が発車するまで見送ってくれるのだろうから。

「・・・そうか」

「はい」

私の言葉に、加山さんは曖昧な口調で1つ頷く。

それにキッパリと返事を返すと、加山さんは困ったように眉間に皺を寄せて私から視線を逸らした。

その加山さんらしくない態度に、私は微かに首を傾げる。

どうしたというのだろう?

今日の加山さんは少し可笑しい。―――何処が・・・とはいえないのだけれど、敢えて言うなら雰囲気だろうか。

「・・・どうかしましたか?」

そう控えめに声を掛けると、加山さんは小さく身じろぎした後、意を決したかのように勢い良く顔を上げた。

「お前に・・・聞きたい事があるんだ」

「・・・・・・聞きたい事、ですか?」

「ああ」

真剣な表情で私を見据える加山さんはどこか鬼気としていて、自然と私の身体にも緊張が走った。

一体、何なのだろうか?

そんな真剣な目で、私に聞きたい事というのは。

暫くの沈黙の末、加山さんはゆっくりと口を開いた。

「お前の出した結論を、聞かせてくれ」

キッパリと、揺るぎない声色で言われた言葉に、私は思わず目を見開く。

私の出した、結論?

「・・・加山さん?」

「聞かせてくれ」

自分の声が微かに震えているのが解った。―――けれど加山さんはそれを追及したりはせずに、ただ先ほどの言葉を繰り返す。

間違いない・・・加山さんは知っている。

私が米田司令から言われた言葉を。

そして、私が帝劇に行った本当の理由を。

『どうだ?突然で悪いんだが・・・考えといてくれねぇか?』

数日前、米田司令に呼び出された私は、伝えられた言葉に声を出す事さえ出来なかった。

いつか来るかもしれないと思っていた話。

けれど、何時の間にか来なければ良いと思っていた話。

帝国華撃団・花組の、入隊の話。

「誰から・・・」

「米田司令から直接伺った。を、花組に欲しいと」

「そう・・・ですか」

俯いて、強く唇を噛む。

出来る事なら、加山さんには知られたくなかった。

無理な事だとは解っていたけれど、それでも。

「加山さんはご存知かもしれませんが、私は元々花組隊員としてあやめさんにスカウトされました。でも、私の霊力はとても不安定で・・・だから花組の予備戦力として月組に配属されたんです」

自分でも、自分の霊力が上手くコントロール出来なかった。

それでも何とか必要とされたくて、私は見えない力を何とか使いこなそうと必死だった。

だけど頑張れば頑張るほどコントロールが出来なくなっていって・・・結果として私は戦力外だと判定された。

何時頃からだろうか?―――自分の中にある不確かな力を、制御できるようになったのは。

ゆっくりと顔を上げると、加山さんの顔が目に映る。

ああ、そうだ・・・あの時からだ。

1人で調査に行って、魔操機兵にやられそうになった私を加山さんが助けてくれたあの時から。

それまでは自分に課せられた使命を全うする為にと余裕の無い日々を過ごしてきた私が、加山さんという存在のお陰で初めて肩の力を抜くことができた。

1人で頑張らなくても良いと、そう教えられたような気がした。

「私が霊力を制御できるようになったのは、加山さんのお陰です。加山さんがいたから、私は心の余裕を持つ事が出来ました」

そう言って微笑めば、加山さんは辛そうに表情を歪める。

そんな加山さんに、私はにっこりと微笑みかけた。

「ありがとうございます」

「そんな・・・礼を言われるようなことは・・・」

苦々しい表情を浮かべる加山さんにもう一度微笑みかけると、私はゆっくりと踵を返した。

そうして首だけで振り返って、一言。

「それじゃあ、加山さん。帰りましょうか」

「・・・は!?」

加山さんの間の抜けた声が、静かな街の中に響き渡る。

「か、帰りましょうかって・・・」

「だって、ずっとここにいると風邪を引いてしまいますよ?もう朝方は冷え込む季節ですから」

私の言葉に、加山さんは何か言いたげに口をパクパクと開け閉めする。

加山さんが何を言いたいかは解っていた。

だからこれが、私なりの答えのつもりで。

「米田司令に、我が侭を言ってしまいました」

「・・・わ、我が侭?」

「はい」

「それって・・・」

凝視してくる加山さんから視線を逸らして、小さく微笑む。

「月組にいたいと・・・そうお願いしたんです。本当は引き受けるべきだと思いましたが、どうしても・・・月組を離れたくなくて」

昔の私なら、考えられなかった。

必要だと差し伸べられた手を取らないなんて。

何を置いても優先したい想いがあるなんて。

断る事が出来たのだから、やっぱり加山さんには知られたくは無かったけれど。

でも今思えば、知られた方が良かったのかもしれない。―――だって私は今、凄く気持ちが楽になったから。

・・・」

「だからどうか今まで通り、月組に置いてください」

願いを込めてそう申し出ると、加山さんは辛そうな顔を嬉しそうなそれへと変えた。

「当たり前だろう!」

力強く向けられた声は、私の心の中まで響いていく。

その言葉に、涙が出そうなほど嬉しくなった。

加山さん。

私は貴方に必要とされていると・・・そう思っても構いませんか?

「よし、それじゃあ帰るか!」

さっきまでとは打って変わって元気を取り戻した加山さんは、私の手にあるトランクを奪うように持つと、私を追い越して意気揚々と歩き出す。

「ほら行くぞ、!!」

加山さんの声で呼ばれる自分の名前が、凄く新鮮に感じられた。

 

 

「仕方ありませんね、司令」

「ああ。仕方ねぇなぁ・・・」

米田とかえでは、顔を見合わせて小さく笑みを零した。

支配人室の外からは、一晩の内に消えてしまったを心配して帝劇内を探し回る花組の声が聞こえてくる。

「まぁ、こうなるだろうとは思ってたがな」

「あら、奇遇ですね。実は私もなんです」

迷いの無い真剣な表情で自分を見据えたの顔を思い出して、米田は満足気に笑う。

いつもどこか遠慮がちで、自分を軽く扱い、そして何に対しても誰に対しても強く何かを望むことが無かったの初めての我が侭。

彼女たちの父親だと豪語する米田が、それを拒否できるわけも無い。

「加山君も、なかなかやると思いませんか?」

明らかに楽しんでいる様子で言うかえでに、米田も楽しそうに頭を掻く。

「ま、しょーがねぇわな。がそれで幸せだってんなら」

騒がしい帝劇内で、密やかにそんな会話が成されていたことに、花組のメンバーが気付く事はなかった。

 

 

◆どうでも言い戯言◆

前回からかなり間が開いてしまったので、話のつながり具合が微妙だったり。

とりあえず花組デビュー編は、ひとまず終了です。

後は加山サイドでも書いてみようかなぁとも思っていますが、どうなるかは未定です。(笑)

花組と接点が持てたようなそうでないような・・・。

作成日 2005.1.11

更新日 2008.7.11

 

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