帝劇内を粗方見て回った後、加山さんとの合流場所である大道具部屋に戻った私は、聞こえて来た楽しげな声に思わず頭痛を覚えた。

加山さんが何をしているのかが簡単に想像できて一瞬入るのを躊躇ったのだけれど、だからと言ってずっとここに立っているわけにもいかないと思い直して、私は静かに大道具部屋へと足を踏み入れる。

「キネマトロンはいいなぁ〜。遠く離れていても、こうしてお前と話が出来て、俺は幸せだなぁ〜」

妙に間延びした加山さんの声と、キネマトロンから漏れる雑音交じりの一郎の驚きの声とが耳に飛び込んできて、微かにため息を零す。

そのまま音を立てずに・・・そしてキネマトロンの画面に姿が映らないよう注意しながら加山さんの隣に回りこんだ私は、不意に向けられた何かを企むような加山さんの視線に気付いて身を引いた。

けれど時既に遅し。

完全に身を引く前に、私の右腕は加山さんの手によって掴まれていた。

 

帝劇奪還作戦

 

「ちょっ!!」

思わず抗議の声を上げそうになった私は・・・―――しかしそんな暇を与えられる間もなく、加山さんに掴まれた腕を勢い良く引っ張られて体勢を崩す。

グラリと揺れた体は引っ張られた力に引かれて加山さんの方へ。

咄嗟に加山さんの肩に左手を置いて体制を整えた私は、それと同時にキネマトロンから聞こえて来た先ほどよりも更に戸惑った声に息を呑んだ。

!?』

一郎の声で呼ばれた私の名前にゆっくりと視線を向けると、少しだけ悪い画像の向こうに呆気に取られた一郎の顔が見えた。

『え!?さん!?』

!何でお前が帝劇に・・・!?』

絶え間なく聞こえてくる一郎とさくらの声に、更に頭痛が増したような気がする。

どういうつもりなのかと加山さんを睨みつけると、当の加山さんは悪びれた様子もなくニコニコと笑顔を浮かべていた。

「ああ、大神。紹介しよう。彼女は。我が帝国華撃団・月組の優秀な副隊長にして、俺の大切な相棒だ」

誰が相棒ですか、誰が。

即座に反論しようとした私の声は、しかしキネマトロンから響いた叫び声によって掻き消されてしまった。

・・・一応私たちは、ここに潜入している立場なのですが。

確かに陸軍兵士たちの姿は何故か帝劇内にはなかったけれど、こんなに騒いでいても良いものなのだろうか。

『どういうことだ、!!』

「どういう事って言われても・・・」

狼狽した一郎の声に、私は隠れるのを諦めてキネマトロン越しに一郎と向かい合った。

こうなってしまった以上、言い逃れが出来るとは思えない。

何せ加山さんはキッパリと言ってしまったのだ。

私は自分を落ち着けるために深呼吸を1つした後、先ほどの加山さんに負けず劣らずキッパリとした口調で言い放った。

「つまり、そういうことなのよ」

『そういうって・・・!!』

「加山さんが言った通り、私は今、月組に所属しているの」

『なんだってぇ!?』

響く叫び声を遮るように耳を塞いで、一郎の声が消えた頃を見計らって再び口を開く。

「それよりも、今はこんな話をしている場合じゃないでしょう?落ち着いたらちゃんと説明するから、今は貴方のやるべきことだけに集中して」

出来る限り冷静な声で諭すように言うと、一郎は現状を思い出したのか一転して真剣な表情を浮かべた。

それを見計らって、今まで無言で状況を見守っていた加山さんが、これからの段取りについて一郎に説明を始める。

それを聞き流しながら、私は思ってもみないほど感じる疲労に深いため息を吐き出した。

この疲労は、昨日から徹夜だったからでも、帝劇が太正維新軍に襲撃されたと聞いたからでも、帝劇に潜入したからでも、ましてや偵察に行ったからでも、決して無い。

簡単にではあるがしっかりと一郎とこれからの計画について話し終えた加山さんは、いつも通りの飄々とした様子で一郎とさくらに挨拶を告げキネマトロンの通信を切る。

それを確認してから、再び加山さんを睨みつけた。

「一体、どういうつもりですか?」

「何がだ?」

「何がだ、じゃありません。どうして一郎にバラしたりしたんですか」

これじゃあ、今まで必死に隠してきた意味がまるでないじゃないですか。

批難の色を込めて見ると、加山さんは小さく苦笑を浮かべる。

「別に構わないだろう。本当のことなんだし」

「だからと言って・・・」

「だってお前、花組に行くつもりは無いんだろう?」

さっきまで浮かべていた笑みを消し、真剣な表情でそう言った加山さんを、私は目を見開いて凝視した。

「お前はこれからも月組にいるんだろう?なら、月組の隊員として紹介したって何も問題は無い筈だ」

そういう問題では、ないのだけれど。

そういう事を言っているのでは、ないのだけれど。

それなのに反論の言葉が出てこない。

悔しい。

それって、私が月組の隊員だって一郎に印象付けようと思ったって事ですか?

私は花組ではなく、これからも月組にいるのだという宣言のつもりですか?

そんなことをしなくても、私は月組から離れたりはしないのに?

これって自惚れじゃ、ないですよね?

「・・・だろう?」

「それは・・・そうですけど・・・」

「なら、構わないじゃないか」

そう言って笑った加山さんの笑顔が眩しくて、私は目を細める。

ああ、悔しい。

加山さんのその笑顔が、嬉しいなんて。

加山さんにそう言ってもらえたのが嬉しいと思っている自分が、一番悔しい。

「・・・・・・後で司令に怒られても、私は知りませんからね」

なんだか少し恥ずかしくなって。

私は苦し紛れに悪態をついて、加山さんから顔を逸らした。

 

 

「さてと。それじゃあ、やるか」

その声を合図に、私たちは大道具部屋を出た。

加山さんが一郎に提案したのは、帝劇の周りに張り巡らされている帝防を無効化するか、それとも設置された兵器を破壊するかの2つ。

本当はどちらも出来れば良かったのだけれど、そんな時間は残念ながらない。

今ここにいるのは、私たち2人だけなのだ。―――やれる事は限られている。

そして一郎が選んだのは・・・。

「問題は、どうやってあれを破壊するかだな」

入る時にはあれほど苦労した帝劇から今度はいとも簡単にこっそりと外に出た私たちは、建物の影に隠れて帝劇の入り口付近に設置された謎の兵器を見詰めた。

大きさは光武と同じか少し大きいくらい。

半径3メートル以内に近づくと、電撃が放たれる危ない代物だ。

どういう構造になっているのかは、残念ながらパッと見では解らない。―――コードか何かが伸びているのだろうかと一応は捜したけれど、地面は雪に覆い隠されていて容易に調べる事は難しかった。

「電撃か・・・。現状でこれほど危ないものはないだろうな・・・」

遠い目をしてポツリと呟いた加山さんに、私は心の中で同意する。

昨日から降り出した雪は、この辺りでは珍しいほどに積もっていた。

外の空気は寒く、それは未だ解けてなくなる気配さえ見せない。

しかし例外もあって、陸軍の将校たちが帝劇に踏み入る際に踏み躙られた所だけは、ぐちゃぐちゃになり溶け始めている。

現に私が立っている場所も、少しだけ溶けた雪で水浸しになっていた。

足を一度踏みしめると、ピシャリと水音が響く。

もしこの状態で、あの強力な電撃を受けたとしたらどうなるだろう?

「・・・・・・」

想像して、ため息を吐いた。―――きっと私は直通で天国へいける筈だ。

おそらく加山さんも同じ事を考えていたのだろう。―――不意に目が合って、お互い苦笑を浮かべる。

それと同時に、今まで静寂に包まれていたその場に爆発音が響き渡った。

「どうやら大神たちが来たようだな・・・」

背の高い帝防のせいで向こう側は見えないけれど、聞こえてくる音から察するに魔操機兵と戦っているのだろうと予想される。

何故魔操機兵がこんな所に・・・と思ったけれど、今はそれを追及している暇は無い。

。銃は持ってるか?」

「はい、一応」

加山さんの言葉に従い、太ももに括りつけてあるホルスターから一丁の銃を取り出した。

普段は日本刀を使っている私だけれど、今回のように持ち歩けない場合を想定して、銃はいつも肌身離さず持っている。

月組に配属する前に、一通りの訓練も受けていた。

やっぱり私にしてみれば剣の方が自分に合っていると思うし、どちらかと言えばそちらの方が好ましいのだけれど、なかなかそうも言っていられない。

何せ今のご時世、日本刀を持ち運ぶには目立ちすぎるのだ。

「とりあえず、ノルマは1人1つだな」

チラリと設置されてある兵器に視線を向けて、加山さんは小さな声でそう言った。

偵察に行ったのだから間違い無いが、あの厄介な兵器が設置されているのは帝劇の表玄関の方にある2本だけ。

もしかしたら帝防の外にも設置されているかもしれないが、生憎とそれは確認できなかった。―――確認できたとしても、今帝劇にいる私たちにはそれの排除は無理だ。

「何とか大神たちが帝防を突破する前に、破壊したいんだが・・・」

「勿論です。そうでなければ、わざわざ帝劇に侵入した意味がありませんから」

ガチャリと銃の安全装置を外して、今は沈黙を守っている兵器を強く睨みつける。

「隊長。先ほど確認したことなのですが、あの兵器は一度電撃を放つと、暫くの間は動きません。その間に破壊できれば・・・」

「暫くの間って、具体的にはどれくらいだ?」

「せいぜい15秒くらいです」

「・・・15秒か」

私の返答に、加山さんは何かを考え込むように宙を睨みつけた。

15秒。

時間にしてはそれほど短いという事はないのかもしれない。

ただあの巨大な兵器を破壊すると言うならば、15秒はとても短い気がした。

何処をどう破壊すれば機能を停止するのかが解らない。

尚且つ、銃で傷をつけられるかどうかも解らないのだから。

最初の一撃を避けることが出来たとしても、おそらくは至近距離から食らう事にあるであろう二度目の攻撃を避ける事は出来ないだろう。

「ま、何とかなるだろう」

今まで無言で何かを考えていた加山さんは、しかし気楽な口調でそう呟いた。

「・・・ちなみに、その根拠は?」

「そうなってもらわないと困るだろう?」

ニヤリと口角を上げて言い切った加山さんに、私は思わずため息を吐いた。

確かにそうなのだけど。

たまに加山さんのことがとても心配になる時がある。―――こんな行き当たりばったりで良いのだろうかと。

それでも加山さんはどんな事があっても任務は遂行してきたし、口で言うように何も考えていないのではないと言う事も解っているから、私は反論の言葉が見つからない。

今回も口ではそんなことを言っているけれど、何か具体的な根拠があるんだろう。

寧ろ、あるのだと信じたい。

「よし。んじゃ、そろそろ行くぞ。早くしないと大神たちが来ちまう」

「・・・了解しました」

私は小さくため息を零して、手の中にある拳銃を強く握り締めた。

 

 

!!」

加山さんの声を合図に、私は建物の影から飛び出した。

雪のせいで何時もよりも動き難かったけれど、そんな悠長なことを言っている暇は無い。

ざくざくと雪を走る2人分の音が響く中、微かに耳障りな音が聞こえてきて、それと同時に私と加山さんは真横に飛んだ。

バチっと耳を貫くような音と、身体に響く衝撃。

動きを止めずにそちらに視線を向けると、先ほどまでいた場所の雪が綺麗に溶かされている。―――そこから覗く石で出来た地面は、黒く焼け焦げていた。

それを確認して、思わず背筋に悪寒が走る。

あんなのを食らえば、例え雪解け水が無くとも命の保証は出来ないだろう。

そんなことを考えながら、私は頭の中で秒読みを始めていた。

次の攻撃が始まるのは、15秒後。

もたもたしている時間はない。

私は自分に割り当てられた兵器の前に立ち、それを睨みつけつつ手に持った銃を構えた。

引き金を引くと、乾いた音が耳に響く。

しかしそれは頑丈な装甲に守られて、未だ活動を停止する気配は見せない。

口の中で小さく舌打ちをして、銃を手に持ったまま兵器に手を掛け、腕力を利用して駆け上がるように兵器の上に乗った。

その不安定な体勢のまま、再び銃を構えて先ほど雷撃が放たれた場所に向かい引き金を引く。―――今度は様子見をする事無く、そのまま数発打ち込んだ。

あと5秒・・・もう時間が無い。

これで駄目なら、他の手段を考えている暇はないのだ。

不安定な体勢のまま発砲したせいか、反動によって私の身体がグラリと揺らぐ。

「うわっ!!」

小さな声を上げて、私は受身を取る事も出来ずにそのまま下へと落下した。

それが功を奏したのだろう。―――私が落下したのとほぼ同時に、私が乗っていた兵器が物凄い音を立てて爆発した。

襲い来る爆風と熱と衝撃に、咄嗟に腕を顔の前にかざして目を閉じる。

一拍を置いてそっと目を開けると、上の部分だけが吹っ飛んだ兵器は機能を停止させたようで、完全に沈黙していた。

「・・・ふう」

思わず安堵の息を吐いて、その場から立ち上がる。

そして私が視線を上げたその時、もう1つの兵器が吹き飛んだ。

「・・・隊長」

「はぁ〜。何とかなったな・・・。怪我とかは無いか?」

「はい、私はどこも。隊長は?」

「俺もなんとも無い」

私の方へ向かって歩いてくる加山さんは、どうもないというようにヒラヒラと手を振る。

その様子にもう一度安堵の息を吐いた、その時。

「なんとも余計な事をしてくれたものよのぅ」

思ったよりも近くから聞こえた声に、私と加山さんは素早くそちらに振り返った。

そこには緑色の大きな機体。

見覚えのあるそれの上にちょこんと乗っているのは、遠目ではあるけれど何度か見た事のある人物。

「・・・なんでお前が!?」

「ほっほっほ。驚いたか?」

驚きを含んだ加山さんの声に、しかしその人物は穏やかな声色でそう返す。

「黒鬼会幹部・・・木喰・・・」

私の呆然とした呟きに、お世辞にも健康そうには見えない老人はニヤリと口角を上げた。

 

 

どうしてこの場に、黒鬼会の幹部がいるのだろう。

響く爆音をどこか遠くで聞きながら、私たちは身動き1つせずに睨み合う。

「折角帝国華撃団の為に用意した兵器が、ただの人間風情に破壊されるとは・・・。ふむ、おぬしらなかなかやりおるのぉ・・・」

沈黙を破って、木喰は破壊され機能を停止した平気をチラリと横目で確認してからしみじみとそう呟いた。

「そんなことはどうでも良い!何故お前がここにいる!答えろ!!」

「答える必要はないと思うがのぅ」

木喰は声を荒げる加山さんを見据えて、さも楽しそうに厭らしい笑みを浮かべる。

どうしてこの場に、黒鬼会の幹部がいるのか。

前々から、もしかしたらと思っていたけれど。

加山さんもそれに思い当たったのだろう。―――強く拳を握り締めて、チラリと横目で私と視線を合わした。

以前、米田司令が狙撃された時に話していた事柄。

その後も、憶測の域を出ない過程の話として、その事について加山さんとは意見を交わしていた。

それが今、しっかりとした形となって答えとして示されているのかもしれない。

突如動き出した陸軍。

そしてそれと同時に動き出した、黒鬼会。

もしその2つが、同じ勢力なのだとしたら?

米田司令を魔操機兵に襲わせるのではなく、狙撃するという方法を選べたのも。

司令を狙撃した影山サキが帝劇に潜入できたのも、全て。

陸軍という、大きな組織の力があってこそ。

そして今回の太正維新軍を率いている・・・―――そして陸軍全てを統括している者こそが、黒鬼会の黒幕なのではないだろうか。

その人物は、深く考え込まなくともすぐに察しがついた。

そんなことが出来る人物は、たった1人しかいないのだから。

「・・・隊長」

「・・・ああ」

小声で呼びかけると、加山さんは木喰に視線を合わせたまま小さく返事を返す。

何時までもここにいるのは得策ではない。

すぐに一郎たちがこの場にやってくる。

生身の私たちでは、木喰を撃退するなど無謀にも等しいのだから・・・―――ここは素直に一郎たちに任せて、私たちは私たちに出来る事を・・・そして私たちがしなければならないことをするべきだ。

少しづつ後退する私たちを、しかし木喰は面白いものでも見るかのように目を細めて笑う。

「ほうほう。このわしから、逃げられると思うてか?」

蔑むように私たちを見る木喰を、思い切り睨みつけた。

そう簡単に逃がしてくれるとは、思っていない。

それでも私たちはここで倒れるわけにもいかないのだ。

私はどうやればこの場から離れられるだろうかと脳をフル回転させ、そして未だ握ったままの銃に力を込める。

銃で相手にダメージを与えられるとは思っていないけれど・・・―――と丁度その時、今までは少し遠くで聞こえていた爆音が、すぐ近くで響いた。

私たちがそちらに視線を向けると同時に、帝防の非常入り口である比較的脆い場所が、衝撃と共に吹っ飛んだのが見えた。

「なんじゃ!?」

!!」

「はい!!」

それに気を取られた木喰が視線を私たちから逸らしたのとほぼ同時に、加山さんが鋭い声で私の名を呼び、そしてそれと同時にもう1つある帝防の非常出入り口の方へと駆け出した。―――私もそれを確認する前に、無意識に加山さんの後を追う。

背後で一郎とさくらの名乗りを上げる声が聞こえてくる。

この場は、2人に任せておけば大丈夫。

私たちは、私たちに出来る事をやるだけ。

!すぐに月組本部へ戻るぞ!!」

「了解しました!」

積もった雪の中、足を取られそうになりながらも全力で駆け抜ける。

私たちは月組として、彼らが今一番欲しいと思っている情報を届ける。

今、私たちがしなければならない事は。

今、私たちが出来る事は。

黒鬼会の本拠の場所を、早急に突き止める。

ただ、それだけ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

題名の通り、帝劇奪還作戦です。

とうとうヒロインが月組に所属しているという事が、大神にバレてしまいました。

ついこの間大神と再会したばかりなのですけれどね。

これからは何の制約(?)もなく、花組と関われる・・・かな?(曖昧)

作成日 2005.2.26

更新日 2008.9.5

 

戻る