花やしき支部で新しい霊子甲冑を得、なんとか占拠された帝劇を奪還して。

みんなと一緒に月組が調べてくれた敵の本拠地に乗り込み、漸く敵の首領を打ち倒した。

黒幕である京極は、自ら命を絶ったのだと聞いた。

最後の最後ですっきりしない思いがしたけれど、そんな事を今更言っても仕方がない。

ともかくも、これで戦いは終わったんだ。

俺たちは、激闘の果てに帝都の平和を手に入れた。

だけど俺たちは忘れていない。―――もちろん、占拠された帝劇を取り戻そうと戻った俺たちを出迎えた2人について、だ。

正しくは、俺とさくらくんが・・・だけれど。―――後でみんなに話したら、それはそれは驚いていた。

加山が月組の隊長だと聞いた時も驚いたが、それ以上にあの場所にの姿があった事に思わず言葉が出なかった。

それもが月組の副隊長で、しかも加山の相棒だって言うんだからなおさらだ。

あの時はドサクサに紛れて誤魔化されてしまったが、あの衝撃は忘れようと思っても忘れられるものじゃない。

すべてが落ち着きを取り戻した頃、米田司令に説明を求めようとしたその時。

少し前、突然帝劇に現れた時と同じように、は何食わぬ顔で俺たちの前に現れた。

 

君のいた場所

 

「さぁ!どういう事か説明してもらおうか!」

突然現れたに度肝を抜かれつつ、それでもなんとか自分を落ち着かせて、俺はを以前も通した2階のサロンへと連れてきた。

もちろんそこには、花組のメンバーもいる。―――全員が全員、事の真相を求めているんだ。

だけど当のと来たら、平然とした様子ですみれくんが淹れてくれたお茶を口元へと運びながら、チロリと視線だけで俺たちを見上げて小さく息を吐き出した。

「どういう事って言われてもね」

「誤魔化そうたってそうはいかないからな!」

そもそも自分からここに来たって事は、説明する気があるって事だろう?

ここはひとつ、俺の納得のいく説明をしてもらわなきゃ収まらないじゃないか。

無言でそう語る俺を見つめて、けれどはピクリとも表情を変えずに。

「誤魔化すもなにも、つまりはそういう事なのよ」

あっけらかんとした口調で、さらりとそう言い放つ。

だから、そういう事ってどういう事なんだよ!

心の中で疑問を叫びつつ、俺はがっくりと肩を落とす。

昔からそうなんだよな、って。

どんな状況になっても、焦ったところなんて見た事ない。

いつも淡々と、飄々とした様子で、物事を第三者として遠巻きに見てるんだ。

そういう意味で言えば、確かには隠密部隊である月組に向いているのかもしれない。―――って、そうじゃなくて!

!だから・・・!!」

「隊長。少しよろしいですか?」

どう言えば俺の聞きたい答えが得られるのか解らず思わず声を上げた俺に向かい、俺とは正反対の冷静な声が掛けられた。

それに思わず振り返ると、涼しい顔をしたマリアがじっとを見つめている。

、私が質問しても構わないかしら?」

「ええ、どうぞ。私に答えられる事なら、お答えするわ」

真剣な表情を向けるマリアに対し、はやんわりと微笑んでみせる。

それを認めて、俺は口には出さないけれど驚いていた。

のこんな笑顔を見たのは初めてだ。―――というよりも、の笑顔自体見る事なんて稀なことだった。

確かに昔から動じないやつだったけど、昔のにはこんな余裕なんてなかった。

いつも何かに追い立てられて、いつも必死に戦っていた。

いつの間に、こんなに穏やかに笑うようになったんだろう?

「あなたが月組に入隊したのはいつ頃?」

マリアの問いに、俺はハッと我に返る。

慌ててへと視線を向ければ、は考えるような仕草をしてからもう一度にっこりと微笑んだ。

「最初から。月組が設立された時から、私はそこにいるわ」

「・・・月組に配属になった経緯は?」

「あやめさんにスカウトされたの。帝国華撃団に来ませんか、って」

「帝国華撃団に?―――月組に、ではなくて?」

「あら、鋭いのね。困ったな」

間髪入れないマリアの質問に、はそう言って笑った。―――言葉ほど困っているようには見えないのは、絶対に気のせいじゃないと思う。

「黙っていてもいずれバレてしまう事でしょうね」

思わずジト目を向ける俺に気付いたのか、はチラリと俺を見やり、持っていたカップをテーブルへと戻してひとつ息を吐き出した。

「私は月組へとスカウトされたわけではないわ」

「あやめさんのスカウト。だとすればそれは、花組へという事ね?」

マリアの厳しい追及に、しかしは明言を避け軽く肩を竦めて見せる。

はっきりと否定しないところが、それを肯定していた。

が、あやめさんに花組への入隊の為にスカウトされていた?

はそんなに霊力が高かったのか?

言われてみれば、確かに昔から勘が鋭いとは思っていたけど、まさかそれが霊力によるもんだったなんて・・・。

「それで、どうして月組へ?―――私も花組設立当初から隊員としてそこにいたけれど、あなたの姿は見た事がなかったわ」

「ええ、私もあなたたちに会った事はなかったわ。―――直接は」

意味ありげに言葉を濁す。

そりゃ、月組の隊員なら俺たちのことも当然知ってるはずだ。

というか、きっと俺たちが知らないだけで近くにいた事もあったんだろう。―――そう思うと、ちょっと悔しい気もするが。

「あやめさんにスカウトされて帝都に来た後、私はすぐに戦闘訓練を受けたの。きっとあなたたちも受けたと思うけれど・・・」

の言葉にチラリと視線を向ければ、マリアは無言で1つ頷く。

それを確認してから他のメンバーを窺えば、みんながみんな納得したように頷いていた。

「だけどね、私はその戦闘訓練を上手くこなせなかった。霊子甲冑を自分の手足のように動かせる時もあれば、腕一本動かせない時もあった」

そう語るの表情には、暗い色が浮かんでいる。

は人一倍責任感が強い。

そして師範やご両親の教育もあって、求められる事を必死にこなそうとする。

ただはいつもそれをこなしてきたし、たくさん努力もしていた。

だけど霊力となれば、話は別だ。―――努力でどうにかなるようなものじゃない。

それが出来なかった時、はどんな気持ちだったんだろう?

今までそうやって生きてきたのに、それが出来ない焦燥。

あやめさんの期待に応えられない自分を、きっとは責めたに違いない。

「今思えば、それは私の心を表していたのね。今ならばよく解るわ。あの時の自分の感情の不安定さ。人と接する時はなんとか押さえ込んで取り繕えても、霊力のコントロールまでは出来なかった」

の言葉に、マリアが僅かに眉を寄せる。

霊力のコントロール。

俺が初めて帝劇に配属になった時、アイリスが霊力を暴走させた時があった。

まだまだ幼いアイリスには、自分の感情のコントロールが上手く出来なかった。

幸いな事には感情のコントロールは文句なしに上手かったから、霊力を暴走させることはなかったが・・・―――その代わり、不必要なほどに霊力を押さえ込んでしまっていたんだろう。

「・・・それで、月組へ?」

「そう、米田司令とあやめさんがチャンスをくれたの。何もかも捨てて故郷を飛び出してきた私には、もう何も残っていなかったから」

どこか遠くを見つめながら、は自嘲気味にそう呟く。

そりゃそうだよな。

ご両親はともかく、あの師範がの帝都行きを許すはずがないよな。

あの頃からもう、の婚礼話は持ち上がっていたし、なんとしてでも引き止めたはずだ。

だからが帝都に来たという事は、家出同然で飛び出してきたんだろう。―――まぁ、行き先くらいは告げているとは思う・・・けど。

「だけど月組の任務は、私にとても合っていたわ。まだまだ隠密部隊として成り立っていない月組を、何とか形にした。大変だったけれど、とてもやりがいはあったし充実していた。だから私、今でも感謝しているの。―――私をスカウトしてくれた、あやめさんに」

そう言って、は本当に幸せそうに笑った。

こんなにも晴れやかな顔をしたを見たのは、本当に初めてだ。

だけどそれが嬉しい反面、なんとなく悔しい気もして、俺は小さくため息を吐き出した。―――昔は、そんな顔をした事なんてなかったくせに。

「・・・で、今は加山も一緒ってわけか。びっくりしたよ、2人の姿を見た時は」

「私もびっくりしたわ。まさかあんな形で正体をばらす事になるとは思わなかったから」

恨みがましくそう言った俺に、は言葉ほどびっくりしたような様子など見せない。

けれどそう言って笑ったの顔に、俺は改めて唖然とした。

仕方がないとばかりに肩をすくめながら、それでもやっぱり幸せそうに笑っている。

本当に、はいつからこんな風に穏やかに笑うようになったんだろう。

どうして、こんな風に笑えるようになったんだろう。

ふと先ほどの自分の言葉を思い出して、ぴんと閃く。

加山の話を出してからだ。―――の笑顔が、変わったのは。

そう思った瞬間、俺の頭に憎らしいほど爽やかな笑顔を浮かべる親友の姿が甦った。

加山は昔から、人の警戒心なんかを消してしまうのが上手かったんだよな。

いつも自然とみんなの中にいて、だけど気がつけばそれを輪の外から眺めていたり。

不思議な奴だと思っていたけれど、そういう意味ではあいつほど隠密が似合う男はいないのかもしれない。―――まぁ、普段の行動が目立ちすぎてる気もするけど。

そんなどうでもいい事を考えていた俺を他所に、改めてマリアが問い掛けた。

「先日帝劇に来たのはどうして?」

真剣な表情を崩す事無く問うマリア。―――こんな雰囲気のマリアに質問されると、妙に緊張するんだよな。

そうは思ったけれど、目の前のはそんなプレッシャーなど感じないらしい。

なんでもない事のようににっこりと微笑んで、淀みのない口調でさらりと言い切った。

「言わなかったかしら?一郎に奥義書を渡す為よ」

「それだけが目的なら、わざわざここまで来る必要はないんじゃないかしら?隠していたとはいえ月組の隊員なのでしょう?わざわざ顔を晒す危険を冒すとも思えないわ。―――まぁ、あの時かえでさんがあっさりあなたの宿泊を許可した理由は解ったけれど」

「やっぱり鋭いのね」

キッパリと言い切ったに対し、マリアの方はそれで納得できないらしい。

確かにマリアのいう事はもっともだったし、それでも帝劇に来たのならばそれなりの理由があったんだろう。

既に他の花組のメンバーは、交わされる2人の会話を聞いているだけだ。―――まぁ、俺も大して変わりないけど。

みんな解ってるんだ。―――マリアに任せるのが一番だって。

マリアの追及に軽く肩を竦めて笑って見せたは、これ以上はぐらかすのを諦めたのか、視線を窓の外へと向けてポツリと呟いた。

「確かめたかったの。―――私の、本当の気持ちを」

「本当の、気持ち・・・?」

急に真剣な顔をしてそう呟いたに、俺は思わず問い返す。

けれど次の瞬間、は俺たちの方へと視線を戻し、何事もなかったかのようににっこりと微笑んだ。

「やっぱり危険を冒してまで帝劇に来て良かった。―――だって、私は答えを見つける事が出来たから」

「・・・その答えって?」

「なにかしらね?」

くすくすと笑みを零しながら、は楽しげな様子でもう1度窓の外へと視線を向ける。

どうやら話してくれる気はないらしい。

そんなを見つめながら、俺は気付かれないよう小さくため息を吐いた。

はすべて話してはくれなかったけれど、俺は知っている。

が月組の隊員だと知った直後、米田司令に呼び出されてが俺たちに会いに来た本当の理由を聞いたんだ。

もちろん、どうして月組にいるのか・・・詳しい事は話してくれなかったけれど。

だから俺は知っている。―――がどうして、危険を冒してまで俺たちの前に姿を現したのか。

直接確かめたわけじゃないから、それは推測の域を出ないけれど。

だけど、さっきのお前の言葉で解ったんだ。

お前は、迷っていたんだろう?

その迷いがどういうものなのかまでは俺にも解らないけれど。

そしては選んだんだ。

自分で考えて、自分で悩んで、そして自分で答えを出した。

花組ではなく、月組にいたいと。

昔からよく知っている俺ではなく、お前は月組を・・・そして加山を選んだんだろう。

そう思うとちょっと・・・いや、かなり悔しい気もするけれど。

「そう。大体の事は解ったわ」

「ごめんなさいね、びっくりさせてしまって。―――まぁ、加山さんの行動に驚いたのは一郎たちだけじゃないけれど」

漸く納得したように頷いたマリアに向かい、はくすくすと楽しそうに笑みを零す。

確かに、あの時キネマトロンに映っていたも酷く驚いていた。

きっと加山に無理やりキネマトロンの前に引っ張り出されたんだろう。―――あの時の加山の得意そうな顔を思い出して思わず苦笑が漏れる。

あの時の加山の顔を見れば、あいつがをどれほど誇らしく思っているのかは聞かなくても解る。

俺と同じように、もまたいい仲間に囲まれてるんだろう。

「それじゃ、説明も終わった事だし、私はこれで失礼するわね」

感慨に耽る俺に、唐突に立ち上がったがそう告げる。

え、もう帰るのか?

つい1時間ほど前に来たばかりなのに?

俺のそんな疑問は、すかさずアイリスが口にしてくれた。

「えぇ〜!、もう帰っちゃうの!?」

「ごめんなさい、アイリス。戦いは一段落付いたけれど、まだまだ片付けなきゃいけない仕事が山ほどあるの」

「でも、加山さんたちもいるんでしょ?」

「そうよ。だからこそ早く帰らなきゃ。―――きっと今頃、仕事に飽きて遊んでいる頃でしょうし」

呆れた様子を隠しもせずにそう告げるを認めて、その光景が目に浮かぶようで俺も思わずため息を吐き出した。

も随分と苦労しているみたいだ。

だけどそれでいいんだろう。―――だって今のは、本当に幸せそうに笑っているから。

「ああ、ちょっと待って」

丁寧にお辞儀をして踵を返したの背中に声を掛ければ、どうしたの?と言わんばかりの面持ちで振り返る。

それにスッと背筋を伸ばして姿勢を整えると、俺はに向かってにっこりと笑った。

「ありがとう、

「・・・え?」

何の礼なのか解らないんだろう。―――不思議そうな顔をするを前に、俺の言いたい事を解ってくれた花組のみんなが、俺と同じようにへと顔を向けて笑みを浮かべた。

「俺たちが戦えるのは、月組が情報を伝えてくれるからだ。戦いに勝てたのは、月組が敵の本拠地を突き止めてくれたから。―――だから、ありがとう」

「・・・一郎」

俺の言葉に唖然としていたは、次の瞬間月組のの顔をして、俺たちに向かい誇らしげに微笑んだ。

「私たちが戦えるのは、花組が前線で戦ってくれているからよ。みんなが命がけで戦ってくれているから、私たちも命を懸けて戦える。戦う手段は違っても、私たちは一緒だわ」

「・・・

「だから、私からもありがとう。―――月組の戦いを、活かしてくれて」

月組の顔をしたは力強くそう言って、俺たちに向かってもう1度お辞儀をすると、颯爽とした足取りでサロンを去っていった。

戦う手段は違っても、俺たちは一緒・・・か。

そういう意味でいえば、俺たちは確かに繋がってる。―――たとえ、花組と月組に別れていたとしても。

「・・・あーあ、帰っちゃった。も花組にきてくれたらいいのに」

残念そうに呟くアイリスに、思わず苦笑が漏れる。

隣を見れば、マリアも同じように笑っていた。―――この様子からするに、へ来ていた花組転属の話をマリアは知っていたんだろう。

おそらく紅蘭も知っていたはずだ。

だって地下格納庫には、乗り手のいない光武が一体眠っているんだから。

だけどアイリス、それは難しい望みだよ。

さっきのの顔を見れば、それがよく解るだろう?

は選んだんだ。―――彼女自身で、月組にいたいと。

「まぁ、残念といえば残念だけどね」

「・・・隊長」

「マリアだってそう思ってるくせに」

意地悪くそういってやれば、図星なのかバツが悪そうな表情でマリアはそっぽを向く。

そう、残念だけれど。

だけど俺たちは繋がっている。

目には見えないけれど、確かにそこに繋がりはある。

「まぁ、もうの正体は解ったんだし、これからは顔を見せにくらいはきてくれるさ」

楽観的にそう呟けば、アイリスたちが大きな歓声を上げた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

大神視点にして、ずっぽり墓穴を掘りました。(笑)

難しいなぁ、大神。

気がつけば、マリアがすごく出張ってます。(そして他の花組隊員の影がかなり薄い)

とりあえず前回ばれた事に対するフォローを、という事で。

作成日 2008.9.6

更新日 2008.9.17

 

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