今日はクリスマス。

聖なる日。

特別な日。

たくさんの人が、笑顔に包まれる日。

それはきっと、俺たちも例外じゃないはずだ。

 

月組のクリスマス

 

俺たちは正式に花組に招待されて、帝国華劇団・花組のクリスマス公演を見に来ていた。

まぁ正式に招待されたのは俺じゃなくてなんだが・・・―――そんな細かい事はいいだろう。

だってちゃんとチケット2枚入ってたからな。

絶対に俺の分だろうと思って、ありがたく頂いておいた。

まぁ、自分も行きたいと騒いでいたにはものすごい目で睨まれたけどな。

「始まりますよ、加山さん」

遠い目をしながら、帰った後のの反応に頭を悩ませていた俺に、他の客に迷惑にならないようにと声を潜めたが小さく囁く。

それに促されるように舞台へと視線を向ければ、の言葉どおりに花組のクリスマス公演は幕を開けた。

輝くような舞台の上で、歌い、踊る花組の隊員たち。

こういう姿を見れば、光武に乗って戦ってるなんて嘘みたいだ。

そんな彼女たちが有事ともなれば勇ましく戦いに赴くんだから、やっぱり花組の隊員たちはすごいと今更ながらにそう思う。

まぁ有事になれば勇ましくなるのは、なにも花組の隊員だけではないけれど。

チラリと横目で隣を見やれば、いつもは凛とした表情をしている事の多いが、食い入るように舞台を見つめていた。

口元にはほんのりと笑みを浮かべて、誇らしげに舞台を見ている。

そういえば、こうして花組の公演を見るのは初めてだったな。

まぁ、そんな暇がなかったっていう方が正しいが・・・。

そんな事を考えながら、俺はもう1度舞台へ視線を戻す。

そういえば、結局主役は誰に決まったんだったかな。

確か大神が選ぶ事になってたはずだ。

花組の公演を見にいけるって解ってたから、その時の楽しみの為にと結果は聞かずにいたんだった。

「・・・加山さんのおかげですね」

「・・・え、何か言ったか?」

不意にの小さな声が聞こえた気がして、俺は舞台に向けていた視線を再びへと戻す。

するともまた舞台に向けていた視線を俺へと向けて、悪戯っぽく笑った。

「こうして堂々と花組の公演を見ることが出来るのも、すべて私の正体をバラしてくれた加山さんのおかげですね、って言ったんですよ」

やっぱり他の客への気遣いも忘れず小さな声で・・・―――だけど楽しそうにクスクスと笑うを認めて、俺もまた小さく笑みを零す。

確かにそうだ。

俺やの正体がバレてなかったら、こうして客席から花組の公演を観る事なんてなかっただろう。

そういう意味で言えば、確かに俺のおかげだとも言えた。

まぁ、胸を張って自慢できる事じゃないだろうけどな。

「いや〜、さすが。嫌味も上手くなったなぁ〜」

真正面から受けるとこっちのダメージになりかねないので、俺は努めて明るくさらりとの言葉を流しながら笑った。

するとは視線を舞台へと戻しながら、さっきの俺みたいにこれまたサラリとした口調で呟く。

「それはもちろん。加山さんと一緒にいるからには、嫌味くらい言えなければストレスが溜まる一方ですから」

そんなに苦労かけてるつもりはないんだけどな。

いや、でも大抵の後始末はにやってもらってるし・・・―――まぁ、本当に大変な事はに押し付けたりはしないけど。

でも確かにそうだよな。

1人だったら、帝劇に忍び込むだけならまだしも、書き割りを用意する必要なんてないし。

俺がわりと自由に動けているのは、がしっかりと補佐をしてくれてるからだ。

確かに嫌味でも言えなきゃ、ストレスが溜まる一方かもしれない。

でも俺の予想では、自身も結構楽しんでると思うんだが?

「そうだな。ストレスは溜めるといい事ないからなぁ」

だから他人事みたいにそう言えば、が苦笑と共に軽く俺を睨みつける。

まぁでも、結構な事じゃないか。

嫌味だって、上手くなるって事は成長してるって事だろう?

そう告げれば、は困ったように笑って。

「加山さんの際限のない前向きさ、感心します」

どこか呆れたような・・・だけど楽しんでいるようなの表情に、俺は満足げに頷いた。

そうだろう、そうだろう。

それが俺の最大の魅力だからな。

 

 

花組のクリスマス公演が終わった後、俺たちは特別に打ち上げに招かれた。

一応隠密部隊の俺たちがいいのかとは心配していたけれど・・・―――米田司令直々の許可が出てるんだから問題ないだろう。

そこでクリスマス公演終了と、クリスマスと、そして今日が誕生日だったレニさんのお祝いを兼ねたパーティに顔を出した俺たちは、しばらく楽しんだ後、米田司令とかえでさんに挨拶をして、こっそりと会場である楽屋を抜け出した。

本当は花組の隊員たちにも挨拶したかったんだが、そうすると俺はともかく絶対には開放してもらえそうにないしな。

黒鬼会との戦いが終わって事情説明に向かった後、ちょこちょこ帝劇に堂々と顔を出すようになったは、随分と花組の隊員たちに好かれてたみたいだったから。

だからこそ、クリスマス公演のチケットがに送られてきたんだろう。

律儀なが、それに応じないわけがないからな。―――その辺りは、きっと大神辺りが入知恵したんだろうが。

だけど折角の打ち上げパーティに長居出来ない理由が、俺たちにもあった。

なんというか・・・まぁ、内輪の話しになるんだが。

クリスマスというか、そういった行事に敏感なが、自分たちもクリスマスパーティをしたいと言い出したからだ。

よくよく考えれば、いくら黒鬼会の脅威がなくなったとはいえ、そんな暢気な・・・と思わないでもないが。

だけど何故かその案が通ってしまったのは、の人柄としか言い様がない。

割と年齢が上の人間が多い月組ではかなり若い部類に入るは、その屈託のない明るさ故に月組の隊員に可愛がられてるから。

それはだって例外じゃない。

あのが、なんだかんだ言っての我が侭を聞いてやるんだから。―――まぁ、任務に支障がない程度にってのが前提だけど。

クリスマス公演を観に行く為に、月組本部を出る俺たちに向かって掛けられたの言葉が脳裏に甦る。

「公演が終わったら、すぐに帰って来てくださいね!クリスマスパーティの用意して待ってますから!」

花組のクリスマス公演を観に行けない事を渋々ながらも了承した理由が、多分その辺にあるんだろう。

打ち上げパーティに出たおかげで多少帰るのが遅くなったが・・・―――チラリと懐中時計を見て、俺は小さくため息を吐き出す。

帰った時、の機嫌が悪くなけりゃいいけど。

そんな俺の考えが伝わったのか、が俺を見て小さく笑った。

「大丈夫ですよ。はああ見えて、子供じゃありませんから。ちゃんと解っています」

「・・・そうだといいがな」

確かには子供じゃない。

言動が自由奔放で一見そうは見えないが、あいつだって十分大人だ。

だけどはひとつ解ってない。―――あいつの、イベント事にかける情熱を。

月組隊員として有事にはしっかりしてるあいつも、プライベートだと熱くなりやすいからな。

そこまで考えて、俺はふとある疑問を抱いた。

確かにを始め、月組には何かと祭り好きな人間が多い。―――まぁ、俺を含めて。

だけどが率先してそれに参加する事はほとんどない気がする。

まぁ絶対にを誘わないわけなんてないから、なんだかんだいっていつも参加はしてるけど。

もしかして、はそういうの好きじゃなかったりして・・・?

そうだとしたら、無理やりつき合わせてるって事になるんだろうな。

やっぱりそういった祭り事にがいないと寂しい気もするが、ここはちゃんと確かめておかないと・・・。

そう思い、俺は意を決して隣を歩くへと声を掛けた。

はクリスマスには興味がないのか?」

唐突に掛けられた質問に、隣を歩いていたはきょとんと目を丸くして。

どうしてそんな事を聞くのかというような顔をしながらも、しばらく考えた後ためらいがちに口を開いた。

「興味がないわけではありませんが・・・」

「・・・ん?」

言い淀むに、俺は答えを急かす事無く返事を返す。

興味がないわけじゃないという事は、無理やり行事に参加してるわけではないって事か?―――まぁ、その後に続く言葉が気にならないわけじゃないけど。

「クリスマスは、日本にはまだ新しい行事でしょう?はそういうのはとても好きですし、率先して楽しんでいますけど・・・―――私は率先して新しいものに挑戦するというタイプではありませんから」

言葉を選びながらそう告げるに、俺はなるほどと1つ頷く。

「つまりは気後れしてるって訳だ」

「・・・まぁ、解りやすく言えばそうですね」

上手く伝わった事にホッとした様子で、は小さく笑った。

気後れ、か。

確かには、のように率先して騒ぐってタイプじゃないからな。

1人納得していた俺に、はポツリと小さな声で呟いた。

「なんだか、特別な気がします」

視線を向ければ、はポツリポツリと灯った街灯の明かりを眩しそうに見上げながらやんわりと微笑む。

「特別、か。なんでもやってみると楽しいと思うがな・・・」

「そうですね。加山さんはと同じで、率先して挑戦するタイプですからね」

まぁ、否定はしないが。

でも楽しそうな事は参加しないと損だろう?

ただでさえ月組の仕事は激務なんだ。―――抜けるところで、ちゃんと息抜きしとかないと。

そう思うから、俺は率先して月組隊員を巻き込んで騒ぐ。

もしかすると、もそうなのかもしれない。―――みたいに、気後れする人間は他にもたくさんいるだろうから。

そういう視点から見れば、月組はの明るさに随分と助けられている気がした。

そこが、が言う『は大人』な部分なんだろう。

そう考えを纏めていた俺に、相変わらず空に視線を向けたままはポツリと呟いた。

「・・・だから、私は加山さんに感謝しているんです」

突然告げられた言葉に、俺は目を丸くする。

「感謝?」

感謝って・・・。

むしろ感謝してるのは、俺の方だと思うんだが・・・。

俺が自由に動き回れているのは、がしっかりと補佐してくれるからだ。

そんな思いを込めてを見やると、ずっと空へと向けていた視線を俺へと向けて、は楽しそうに笑った。

「私だけでは、クリスマスなんてとても楽しめませんから。特別な事だと思えば、尚の事」

さっきも言ってたからな。―――気後れするって。

それを思い出して、俺は小さく笑みを零す。

俺がお前に感謝してるみたいに、お前も俺に感謝してるなんて・・・―――それはなんていうか、随分と上手いバランスを保っているようで嬉しくなる。

お互いがかけがえのない存在のような。

そうであってくれれば・・・なんて、俺の願望かもしれないけれど。

そんな俺に、は更に言葉を続ける。

「加山さんと一緒にいると、たくさんの特別な事を体験できる気がします。加山さんは、私にいつも特別な事をたくさんくれますから」

の思わぬ言葉に、俺は言葉もなくじっとを見下ろした。

まいった事に、何の言葉も浮かんでこない。―――この、俺とした事が。

「どうかしましたか?」

そんな俺に気付いて、は不思議そうな面持ちで俺を見上げる。

それに小さくため息を吐き出して。

「・・・いや、自覚して言ってるならすごい殺し文句だなと思って」

「・・・・・・?」

「自覚してるわけないか。―――俺としては、自覚して言ってくれたならもっと嬉しいんだけどな」

まぁ俺が期待するような理由があるなら、こんなにも普通の顔をしてさらりと言ったりはしないだろう。

はそういうタイプじゃないしな。

いや、ここでまでに主導権握られたら俺の見せ場がないわけだから、自覚がない事はある意味幸いなのかもしれないけれど。

「・・・加山さん?」

不思議そうな顔をして俺を見るを見返して、俺はニヤリと口角を上げた。

「それじゃ、これからも俺がこれ以上ないってくらいの特別をたくさん体験させてやるよ」

「・・・はい、ありがとうございます」

俺の言葉に、は楽しそうに笑う。

その笑顔が、俺にとっては一番のクリスマスプレゼントだ。―――なんて、流石に本人を前にして口には出せないが。

それを口に出せるようになれば、もっと違った展開もあるんだろうか?

そうは思うけれど、なかなかその一歩を踏み出せないのも事実。

確かには俺を慕ってくれている。

それは確かに感じる事が出来る。

だが、それが月組隊長としての俺になのか、それとも1人の男としての俺になのか解らない以上、下手に行動には移せない。

何よりも失いたくないもの。

そんなものが出来るなんて想像もしてなかったが・・・―――だけどそれはやっぱり、思っていた以上に俺を幸せな気持ちにしてくれた。

だから、絶対に失うわけにはいかない。

幸いにも時間はある。

ゆっくりと焦らず、俺たちは俺たちのペースで歩いていけばいい。

未来がどうなるかなんて俺には解らないが、不思議とこの幸せはいつまでも続くような気がした。

いや、絶対にこの幸せを手放したりはしない。

俺がそんな決意を固めた時だった。

「・・・あ」

の小さな声にハッと我に返った俺は、空を漂う白い欠片に気付いてと同じように声を上げる。

「・・・雪、か」

まるで聖なる日にあつらえたかのように舞い落ちる雪の欠片を目の端に映しながら、俺とは顔を見合わせて笑った。

「ホワイトクリスマス、ですね」

「ああ、今頃が大騒ぎしてる頃だな」

そんな光景がすぐに想像できて、俺たちは更に笑みを零した。

 

 

今日はクリスマス。

聖なる日。

特別な日。

たくさんの人が、笑顔に包まれる日。

やっぱりそれは、俺たちも例外じゃなかった。

 

ちらちらと雪が舞い落ちるその中を。

俺とは、月組本部へ向けてゆっくりと歩いていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最近では珍しく、ちょっとだけドリームっぽくなりましたか?

この2人はこんな感じでのんびり愛を育んでほしいと思っています。(笑)

私の中では、何故か加山は恋愛下手なイメージが。(ほんと、なんでだろう?)

作成日 2008.10.19

更新日 2008.11.14

 

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