遠くに見える大きな船を目に映して。

私は提げていた巾着の中から手鏡を取り出すと、身なりの最終点検をする。

髪は上げて、化粧もいつもよりも濃い目に。

「・・・よし」

手鏡の中には、見慣れない自分が映っていた。

 

案内係の憂鬱

 

港に到着した船を、人ごみから外れたところから眺める。

降りてくる大量の人の中から目的の人物を見つけるのは、それほど簡単ではない。

それに加えて、極力目立つ事を避けたかった私は、ソレッタ・織姫には悪いけれど人が減るのを待つことにした。

一応、彼女の顔は承知している。

けれどそれは粒子の粗い・・・しかもかなり昔の白黒写真なので、遠目から彼女を確定できる自信はなかった。

まぁ彼女も私の出迎えを待っているだろうから、このまま時間が経って人が減れば簡単に見つけることができるだろうと思う。

それでも一応は当たりをつけておきたいと、遠くの人ごみに目を凝らす私の背後から、軽快な音が響いた。

ボロロ〜ンと、音楽とも言い難いギターの音。

なんだろうと訝しげに振り向くと、そこに想像していなかった人物がいた。

「海はいいなぁ〜。そう思わないか、?」

「・・・・・・」

目の前には、お気に入りのギターを肩から提げた加山さんの姿が。

以前から何かにつけてギターを引っ張り出してきていた加山さんだったけれど、流石に任務にまで持ってくることはなかったというのに。

最近の加山さんは、何か目的があるのか・・・始終ギターを持ち歩いている。

それより何より。

「・・・・・・どうして此処にいるんですか、隊長」

「いやぁ、俺は海が大好きでなぁ・・・」

「聞いてません」

キッパリと返事を返すけれど、加山さんは一向に堪えた様子はない。

これも以前ならばがっくりと肩を落として落ち込んで見せたりもしたけれど(演技かどうかはともかくとして)最近では慣れたのか、気にする素振りも見せない。

そしてそれに慣れてしまっている自分も、どうかと思う。

呆れて物も言えない私を放って、加山さんは恍惚と海を見詰めている。

本当に海が好きなんだな・・・なんて感心して終わるわけがない。

何よりも、今の私は任務中なのだ。―――加山さんが何をしに此処にいるのかは解らないけれど、さっさとお引取り願わなければ私の任務に支障をきたす恐れがある。

「申し訳ありませんが、私は今任務中なので隊長の相手をしていられる暇がありません。何か用事があるなら早くそれを済ませて・・・何もないなら帰ってください」

「冷たいなぁ、は」

とりあえずこちらの要求を告げてみたけれど、嘆くようなセリフが返って来ただけで効果は見えない。

本当に、加山さんは一体何の用で此処にいるんだろうか?

とりあえずギターを弾きながら海を眺めている加山さんは放っておいて、私は再び港に視線を向ける。

未だに人は多く、目的の人物が何処にいるのかは検討もつかない。

それでもそろそろ向かった方が良いかと思い、とりあえず加山さんにもう一度帰るよう促そうと視線を戻すと、射るような視線を感じて眉を顰めた。

ジロジロと・・・まるで品定めされているかのような加山さんに視線に、私は耐え切れずに重い口を開いた。

「・・・何か?」

「いや。印象が違うなぁ・・・と思って」

しみじみと呟く加山さんに、私はもう一度自分の姿を確認する。

変装用にと用意されていた、淡い色の着物。

いつもは下ろしている髪を纏めて上げて、化粧を濃い目に。

普段の化粧は本当に軽いものだから、これだけで多少人相は変わるだろう。

着物も故郷にいた頃は毎日着ていたけれど、帝都に来てからは洋装が主だったから、加山さんが着物姿の私を見るのは初めて。

「違いますか?印象・・・」

「ああ、違う。ちょっと見じゃあ、別人みたいだ」

素直に返って来た言葉に、思わずホッとする。

変装しているつもりでも、自分じゃあ本当に変装できているのか解らなかったから。

「うん。いつもの格好も良いけど、こういうのもまた・・・和風美人って感じで」

「隊長の好みは聞いていません」

またまたキッパリと言い切ると、今度こそ加山さんはがっくりと肩を落とした。

照れ隠しだと・・・気付かれずに済むと良いのだけれど。

私はそんな加山さんを眺めて小さく微笑むと、持っていた黒い日傘を差した。

これで顔の半分は隠せる。―――相手に顔を見せないのは失礼だと思うけれど、しっかりと顔を確認されてしまうのは避けたいから。

「それでは、私はそろそろ行きます。隊長も油を売っていないで、仕事に戻ってください」

しっかりとそう念を押して、私は漸く人の波が収まった港へと足を向けた。

そういえば・・・加山さんは一体あそこに何をしに来たのだろうか?

 

 

港に到着した頃、大分人の姿も減っていて。

着いてすぐに、赤いドレスを来た少女の姿を見つけた。

少し気の強そうな目と、海外では有名な舞台女優をこなす故の堂々たる振る舞い。

頭の中で渡された写真の人物と照合して・・・間違いない、彼女がソレッタ・織姫だ。

かなり待たせてしまったせいか、見るからにイライラした様子の織姫に近づいて、できる限り穏やかな調子で声をかけた。

「ソレッタ・織姫さんですね?お迎えに上がりました」

その声に弾かれたように振り返った織姫の視線が、黒い日傘によって隠された私の顔に注がれる。

「貴女が、お迎えの人でーすか?」

「そうです。遅くなって申し訳ありません」

「本当でーす!私がどれだけ待ったと思ってるですか!?」

大きな声で向けられる批難の声に、私は何も言わずに苦笑を浮かべる事で流した。

人が多ければ注目を集める行為でも、人がいない今ならば大して問題ではない。

それでも多少の人の目はあるから、なるべく声のトーンは落として欲しいと思ったけれど。

やはり・・・というか当然というか・・・―――近くで見ると、写真で見るよりも綺麗な少女なのだと改めて思う。

放たれる雰囲気も華やかで、それでいて品がある。

少し落ち着きにかけている気がするが、星組に所属していたのなら戦闘能力の方もきっと期待できるに違いない。

一郎も、女運が良いんだか悪いんだか。

こんなに綺麗な女の子に出会える機会なんて、滅多にあることではない。

織姫に限らず、花組の隊員のようなバラエティに飛んだ美少女たちに関われるなんて、きっと一般の男性からすれば幸運極まりないのかもしれない。

けれどそれ故に伴う苦労もあって・・・好意を向けられることは、時に大変な事なのだと一郎を見ていれば十分に理解できた。

それに加えて・・・『日本の男が嫌い』だという織姫を新隊員として迎える事になるなんて・・・―――これから一郎にどんな苦難が待っているのかと思うと、もう苦笑いしか浮かんでこない。

「何ボーっとしてるですか!?」

思考に耽っていた私の耳に、織姫の批難の声が届いて我に返った。

そうだ、今は一郎のこれからについて考えている場合じゃない。

課せられた指令を全うしなければ。

「申し訳ありませんでした。では大帝国劇場に案内致します」

そう告げて、未だにぶつぶつと文句を言う織姫に背中を向けて歩き出した。

 

 

蒸気電車に乗って、私たちは大帝国劇場を目指す。

電車に乗る事について文句を言う織姫を宥めるのに苦労した。

蒸気自動車でも良かったのだけれど、出来るなら彼女には帝都の人たちの姿を間近で見て欲しいと思ったから。

何の関わりもないものを命がけで守ろうなんて、普通は思わないだろう。

ならば彼女にとって、この帝都を大切だと思ってもらう他ない。

そうでなければ、戦う事を彼女に強要するのは心が痛んだ。

「此処が、大帝国劇場です」

新しく改築された巨大な建物を前に、私は織姫に向かってそう紹介した。

「ここが・・・ですか?ボロい劇場ですね!」

開口一番、織姫から出た感想はそれだ。

私は外国に行った事がないから解らないけれど、きっと芸術の本場であるヨーロッパにはもっと立派な劇場があるんだろう。

だから大帝国劇場を見て、織姫がそう感想を述べた事も仕方がないことなのかもしれない。

彼女にしてみればそれが当たり前で、きっと何の悪気もないのだろうから。

それでも悔しいと思う気持ちは当然のようにあった。

「これでもこの国一番の劇場なんですよ?」

「えぇ〜!これでですかぁ!?」

控えめに反論すると、盛大な溜息と共に返事が返って来る。

それがやっぱり悔しい。

直接舞台に関わっているわけでも、花組の公演を見たことがあるわけでもない私が言うのも説得力に欠けるかもしれないけれど・・・―――それでも花組の隊員たちが戦いに稽古にと頑張っている事は知っているから。

認めて欲しいと、そう思ったんだけどな。

「劇場の規模や造りは、ヨーロッパの劇場には及ばないかもしれませんが・・・」

苦し紛れにそう言えば、織姫は何だと私に視線を向ける。

その視線を受けて、私はおそらく織姫からは口元だけしか見えないだろうそれを微かに上げて、挑むように言った。

「設備については、引けを取らないと思いますよ?・・・色々と」

「・・・ふ〜ん」

挑戦的な私の言葉に、織姫は楽しげに眉を上げる。

そう、此処は帝都防衛の要なのだから。

それだけは、何処にも劣らない自信がある。

「まぁ、それは自分の目で確かめさせてもらうことにしま〜す」

織姫のその言葉に満足した私は、小さく頭を下げて彼女に背中を向けた。

任務内容は、織姫を大帝国劇場まで案内すること。

内部については、花組や風組の隊員に任せても大丈夫だろう。

それ以前に、風組はまだしも・・・私の顔を花組の隊員たちは知らないのだから、私が一緒に行ったって仕方がない。

「貴女のお名前、まだ聞いてませーん!!」

背中にかけられた声に、私はゆっくりと振り返ると日傘の下でにっこりと微笑む。

「いずれ・・・またお会いできる時が来るでしょう。名前はその時にでも」

そう、きっといつか花組と対面できる時が来る。

その時まで、楽しみは取っておこう。

その日が来るのを楽しみに待っていますと、声には出さずにそう告げて。

私はもう一度深くお辞儀をすると、そのままその場を後にした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

加山が出てきた意味は!?(アイタタタ)

やっぱり2での名場面といえば、加山の「海はいいなぁ〜」でしょう(勝手に)

という事で書いて見たのですが、見事に無意味な出番になってしまいました。

一応、織姫の姿を見に来たという設定があるにはあるのですが・・・。

そして初の花組メンバーとの接触。

相手が織姫だというところが、ちょっと・・・って感じですが(織姫好きですけど)

早く1時代のメンバーと絡ませてみたい!

作成日 2004.8.8

更新日 2007.12.7

 

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