月組に戻った俺には、すぐに大量の仕事が待っていた。

新たに出現した、謎の敵。

葵叉丹を復活させ、そしていともあっさりと消した般若の仮面を被った男。

目的の読めないその男が何者なのかを、俺たちは早急に調べ上げなくてはならなかった。

悩みはそれだけじゃない。

それぞれの理由で帝撃を離れている花組メンバーたちの事。―――今現在帝撃にいるのは、さくらくんとアイリスと、ついこの間隊員に加わったソレッタ・織姫の3人のみ。

近々新たに配属されるレニ・ミルヒシュトラーセの出迎えに誰が行くのかも決めなくてはならない。

そんな多忙な日々の中、騒動の火種を撒いたのは一体誰だったのか?

とりあえず煙が上がったのは、が休憩室に飛び込んできたのがきっかけだった。

 

小さなのメロディ

 

さ〜ん!お客様ですよ!!」

これからの方針について話し合っていた俺との元に、が大声を上げて飛び込んできた。

とても慌てた様子で・・・表情は驚きの色の染まっている。

「・・・お客?」

そんなを、は訝しげな表情を浮かべて見返した。

「はい。さんにお客様です」

「お客って・・・誰?」

その表情からいって、本当に心当たりがないんだろう。―――驚いたのは俺も同じ。

今までを尋ねてきた奴なんて見た事なかったから。

「えぇっとですね・・・、実は・・・」

今までの威勢は何処へやら、途端に口を濁して俺をチラリと見る。

なんだ?何か俺に関係でもあるのか?

に客で、俺に関係がある人物なんて心当たりが・・・いや、1人だけ思い当たるけど。

そこまで考えて、俺はその考えを消した。―――アイツが今が月組にいる事なんて知ってるわけないし。

揃って訝しげな表情を浮かべる俺とに、は渋々といった様子で口を開いた。

「あの・・・陸軍の方が・・・」

「・・・陸軍の?」

の言葉に、が唐突に立ち上がる。

今までの様子とは一転して、訝しげな表情はない。―――その代わりに、戸惑いの色がその顔には浮かんでいた。

「何処でお待ちになってるの?」

「玄関で。上がってもらうようにとは言ったんですけど、用事はすぐ済むからって」

「解った」

そう返事を返すと、はすぐさま休憩室を出て行く。

その後ろ姿を半ば呆然と見送って・・・すぐに我に返ってに視線を向けた。

の奴、陸軍の誰かと知り合いなのか?」

「ええっと・・・ですね」

俺の問い掛けに、やっぱり言い辛そうに口を濁す

そして無言のまま窓際に歩み寄ると、俺にチラリと視線を向けて窓の外を見下ろした。

それに習って、俺も同じように窓から下の様子を窺う。

ちょうど真下にいるせいか、その陸軍の奴の顔は見えない。―――が、どこか親しげにに向かい話し掛けているようだということは解った。

窓を閉めているせいで、会話の内容までは聞こえてこない。

2人は二言三言会話を交わすと、陸軍の奴はすぐにに向かい手を振り、通りの向こう側に止まっている蒸気自動車に向かって歩いていった。

それを見送って車の姿が完全に見えなくなった頃、も漸く本部の中に姿を消した。

すぐに階段を上ってくる音が聞こえて、俺は盗み見をしていた事がバレるとマズイと踏んで、すぐさまテーブルに向かい直ると、書類を一枚手にとって今まで考え事をしていたぞとでも言うように真剣な表情を浮かべる。

「お帰りなさい、さん」

休憩室に戻ってきたを、が明るく出迎える。―――がそれに反しての顔色は優れない。

「・・・どうかしたのか?」

何か言われたのだろうかと心配になって、思わずそう声をかける。

帝撃と陸軍の関係は、あまり良好とは言えない。

米田司令は陸軍の中将という立場にはあるが、どちらかというと陸軍の中でも浮いた存在だった。―――多分上との関係が、上手くいってないんだろう。

それを言えば、陸軍の中将である米田司令は海軍との方が友好関係にある。

まぁ、陸軍でのいざこざがに回ってくる事はないだろうとは思ったけど、万が一という事もあるからな。

だけどは、俺の問いに首を横に振ることで否定して・・・それから小さく溜息を吐き出すと、沈んだ表情のまま俺を見て口を開いた。

「本当に申し訳ないのですが・・・今晩少しだけお暇を頂けませんか?」

「それは構わないが・・・何かあったのか?」

にしては珍しい申し出。

何があっても月組での任務を優先させるが、それを後回しにしてでもしなくてはならない事がなんなのか、純粋に興味を引かれた。

「いえ、ただ・・・食事に行く事になりまして・・・」

「・・・は!?」

「ですから、1・2時間だけお暇を下さい」

の口から飛び出してきた言葉に、心底驚いた。

食事に行くって言ったのか!?

それで暇を欲しいって!?―――しかもその相手って、もしかしてさっきの・・・。

「それって・・・デートですか?」

恐る恐る口を挟んだに、は恨みがましい視線を投げかける。

「言ったでしょう?ただの食事よ。―――それじゃあ、加山さん。よろしくお願いします」

「・・・あ、ああ・・・・・・」

そう畳み掛けられ、どう反応して良いか解らず無意識で頷く。

するとはホッとしたように表情を緩めて、テーブルの上に散らばっている書類を纏めると、今後の対策については考えておきますから・・・とその場を強制終了して休憩室を出て行った。

シン・・・と静まり返る休憩室内。

が陸軍の軍人と食事に行く。

デート・・・という言葉は否定していたが、がどう思っていようと、世間一般の常識からすればまさしくそれじゃないかと思う。

どういう経緯で知り合ったのかは解らないが、月組の任務を後回しにしてでも行くほど大切な用事だという事か?

あのが!?

「・・・ああ、なるほど。きっとこれは夢なんだな」

「現実逃避は止めてください、隊長」

気遣うようなの目が辛い。―――なのに突っ込みはいつも通りなのが更に辛い。

ハァーと大きく溜息を吐くと、がまるで俺を拝むように手を合わせて言った。

「元気出してください、隊長」

行動と言動が一致してないよ、

 

 

その日、太陽が沈んだ頃。

本部の前に迎えに来た陸軍の奴の車に乗り込むに気付かれないよう、俺とは細心の注意を払って後を追った。

それなりの場所で食事をする為か、いつもとは違い正装をするを目に、言葉にはし辛い感情が胸の中に広がる。―――楽しそうではないの顔だけが、唯一の救いだった。

「こんな事してて良いんですか、隊長?」

「何を言う!月組存亡の大ピンチなんだぞ!?」

「っていうか、寧ろ隊長の大ピンチなんじゃあ・・・」

ボヤくは、無視する事に決めた。

俺だって何やってんだろうとか思うさ。

やらなきゃいけないことは山ほどあるってのに!

それでも今の俺の心境を察して、情報収集は自分たちがやるから俺にを追いかけろと言ってくれた隊員たちに感謝する。―――俺は本当に良い部下を持ったよ。

も詳しいことは知らないと言っていたけれど、情報によるとがあの軍人と知り合ったのは、俺が月組を不在にしていた時だそうだ。

あやめさんがいなくなった為、当面の秘書がいなくなった米田司令は、臨時で月組隊長代理と司令の秘書をに兼任させたらしい。―――俺がいなくなった後、ずいぶんと忙しい毎日を送っていたんだなと改めて感心する。

そんなある日、は陸軍本部に顔を出すという米田司令に着いて陸軍本部に赴いた。

どうやらそこで、あの軍人と知り合ったようだ。

さんはあんまり詳しい事は話してくれなかったんですけど・・・」

「ああ」

「どうも聞くところから想像するに・・・あの軍人さん、さんに一目惚れしちゃったみたいなんですよね・・・」

「一目惚れ!?」

思わず大声を上げてしまい、慌てて手で口を抑える。

は車の中にいる為、どうやらさっきの声は聞こえてはいないようだ。

「結構、積極的みたいで・・・今までにも何回か本部に顔を見せに来てたんですけど」

「・・・何てことだ」

「ねぇ?でも・・・さんが誘いに応じるなんて、今まで一度もなかったんだけど・・・」

どういう心境の変化なんでしょう?と俺を見上げるに、俺はさっぱり解らないと素直に降参して首を横に振った。

その間に目的の場所に着いたのか、止まった車から軍人とが降りてくる。

そのまま2人はレストランの中に・・・。

「どうするんですか、隊長?」

レストランを凝視する俺に、の呆れた声が届く。

そんな事、俺の方が聞きたいよ。

もうなんだか泣きたくなって、俺は深く溜息を吐き出すと無言で空を仰ぎ見た。

 

 

小一時間程経って、食事を終えた2人がレストランから出てきた。

その間も俺の中ではいろんな葛藤があって・・・正直精神的にかなり参った。

すぐに2人は車に乗り込んで・・・―――再び車は走り出す。

その方向から見て、どうやら月組本部に戻るんだろうと予想された。

「お迎えとお見送りを見届けるだけなら、わざわざ後つけなくても良かったんじゃないですか?」

呆れたように呟くを、やっぱり俺は無視する。

例えお迎えとお見送りだけだったとしても、その過程を見てないと不安だろう!?

何かあったかと思うじゃないか!!

車は何事もなく本部の前に横付けされて、中からと軍人が降りてくる。

素早く身を隠して、出来る限り2人の近くに寄った俺たちは、必死に聞き耳を立てた。

「今日は本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ・・・。ご馳走になってしまって・・・」

「そんな。私の方から誘ったんですから・・・」

聞こえてくるのは他愛ない会話。

だけどその和やかな雰囲気に、苛立ちさえ覚える。

それと同時に情けなさも覚えた。―――俺は一体、何やってんだ。

「それでは・・・失礼致します」

「あ!ちょっと待ってください!!」

丁寧に頭を下げて踵を返したを、その軍人は慌てて引きとめた。

表情を変えずに振り返ったは、相手の軍人には解らない程度に・・・だけど俺にはしっかりと解るほど、訝しげな表情を浮かべている。

「・・・何か?」

「あ、えっと・・・実は・・・」

少しだけ口ごもって、躊躇いがちにポケットから何かを取り出す。―――それをの前に差し出すと、暗闇でも解るほど顔を赤らめて男は言った。

「突然だとは思いますが・・・。私と結婚を前提にお付き合いして頂けないでしょうか?」

「・・・・・・は?」

呆気に取られたように、が間の抜けた声を上げた。

男はそんな事も気にせず、言葉を続ける。

「貴女の事を、ずっと見ていました。私と結婚してください」

そう言って頭を下げる男を、は呆然と見詰めていた。

おいおい、結婚はまだ早いだろう!?

さっきお付き合いとか言ってたくせに、次の瞬間にはもう結婚かよ。

突然のことに混乱してるのはだけじゃなくて、俺も同じだ。

ぽっかりと口を開けて、俺もも男を見詰める。

「すご〜い。プロポーズ現場なんて、あたし初めて見た」

隣で感心したような呟くの声で、我に返った。

男は指輪が入っているだろうと思われる小さな箱を差し出し、頭を下げたまま動かない。

もそんな男を見詰めたまま、ピクリとも動かなかった。

ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。

まさか・・・―――最悪な予想が頭の中に浮かんで、汗ばんだ手を握り締めた。

街のざわめきだけが聞こえる沈黙の中、最初にそれを破ったのは他でもないだった。

「・・・・・・申し訳ありませんが」

控えめに告げられた言葉に、男が勢い良く頭を上げる。

その目には絶望の色が濃く滲んでいた。―――だけど俺はホッとして、強張っていた体から力が抜けるのを自覚する。

「・・・どうして?」

震える男の声に、は僅かな苦笑を浮かべた。

「私は『自分らしく』ある為に帝都に来ました。そうしていろんな人に支えられて、私は今、月組にいることが出来るんです。それを誇りに思っていますし、またそれが私にとっての幸せでもあります」

「・・・別に私は、結婚しても仕事をやめろなんて・・・」

尚も食い下がってくる男に、ユルユルと首を横に振って。

「それに、私には今・・・・・・好きな人が・・・います」

恥ずかしそうに頬を染めながら言うに、俺の心臓はまた大きく鳴った。

そんな表情を、今まで俺は見たことがない。

好きな人・・・それは一体、誰のことなんだろうか?

相手を諦めさせるための戯言だろうか?―――だけどのあの表情を見る限り、嘘じゃないと確信できた。

大きな不安と、そしてほんの少しの期待に胸が一杯になる。

「ですから、貴方の申し出をお受けすることは出来ません。本当に申し訳ありません」

キッパリとそう告げ深く頭を下げるに、男は漸く諦めたのか・・・差し出した小さな箱を再びポケットにしまった。

「いいえ、私の方こそ・・・突然こんな事を言ってしまってすみませんでした」

力なくそう謝罪し、男は車に乗り込む。

走り去る車を見送って、は疲れを吐き出すように深い溜息を吐き出した。

そして―――。

「いつまで隠れているつもりですか?出て来てください。加山さん、

脈絡なく掛けられた言葉に、瞬時に俺たちの身体は硬直した。

何で俺たちがここにいることバレてるんだ!?

一体いつから?―――そう思っていると、あっさりと返事が返って来る。

「最初から気付いていました。これでも月組の隊員なんですから、侮らないで下さい」

「あ・・・あはははは」

誤魔化すように笑みを浮かべて、不機嫌そうなから視線を逸らした。

どんなお叱りの言葉が飛んでくるだろうかと覚悟したけれど、予想に反しては何も言わずに俺たちを本部の中に戻るようにと促した。

いつもとは違う格好に、ドキドキする。

こんな青臭い恋を今更するなんて、夢にも思っていなかった。

「・・・

「なんですか?」

「・・・いや、なんでもない」

後をつけてた俺たちに、何で何も言わない?

お前が言った、好きな人というのが誰なのか・・・聞いても構わないだろうか?

そう心の中で問い掛けるも、それは言葉にはならなかった。

その答えが聞きたいと思う気持ちと、それを上回るほどの聞きたくないという気持ち。

未だ見えない、の心の奥の気持ち。

「サボっていた分、休みは返上ですからね」

「それはお前もだろう?」

「勿論、そうです。・・・もね」

「・・・はぁ〜い」

とりあえず、いつもと変わらない会話を交わして。

いつか聞ける日が来ると良い、と思う。

自分に揺るぎない自信をつけて。―――の好きな人というのが、自分であるようにと願いながら。

 

 

●後日談●

 

「どうしていつもは断ってたのに、あの日に限ってあの軍人さんの誘いを受けたんですか?」

仕事の合間にが不思議そうに問い掛けてくるのを、は渋い表情を浮かべて受け止めた。

「いつもは忙しいからって断ってたんだけど・・・、あの日は米田司令の許可を得てきたからって言われて・・・」

「・・・・・・」

「米田司令が許可をしたってことは、何かしら理由があるんだろうと思って・・・」

あの人は何を考えてるんだと、俺は思わず拳を握り締める。

きっと俺の気持ちを知って、面白がってるんだろう。

ああ、きっとそうだ。―――あの人はそういう人だ。

「それで・・・その理由が何か、解ったんですか?」

興味津々といった表情で話し掛けるに、は意味ありげな笑みを浮かべて一言。

「それは、今は秘密」

「えぇ〜!!じゃあじゃあ、さんの好きな人っていうのも?」

チラリと俺を見て言うに、思わず余計な事は言うなと睨みつけた。

そんな俺をサラリと無視して、に返事を要求する。

するとは困ったような複雑な表情でを睨みつけて・・・そしてまた一言。

「それも、秘密」

その時の顔がちょっと赤かったのは、俺の気のせいなんだろうか?

もしかして、ちょっとは期待しても良いんだろうか?

少しだけ浮上した気持ちを胸に、俺は今日も任務を遂行するべく本部を飛び出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

隠密部隊がこれで良いのか!?

なんかあんまり仕事してる気がしないんですが・・・(自分で書いておいて)

そして名もない陸軍の軍人さん、かわいそうな役回りになってしまいました。

進展があるようでない2人の関係。

作成日 2004.8.8

更新日 2007.12.28

 

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