現地で指揮を取っていた私の元に、が血相を変えて飛んできた。

顔色は悪く、何かあったのだとそれだけで察しがつく。

「どうしたの?」

慌てた様子のをとりあえず落ち着かせるために、私は極力冷静な態度でに声をかけた。―――それも、彼女からの報告を聞いた後では無駄だったけれど。

「米田司令が・・・米田司令がっ、誰かに狙撃されたって!!」

「・・・・・・え?」

今、はなんて言った?

狙撃された?・・・誰が?

さん!!」

縋るように私の名前を呼ぶに、私は声をかけてやることさえ出来なかった。

 

かしい人

 

米田司令が狙撃されたと聞かされた後、私の記憶は曖昧で。

どうやって月組の指揮を取っていたのかさえ、ほとんど覚えていない。

の話ではいつも通り指揮していたというから、正直驚いた。

司令が運び込まれた病院にすぐさま駆けつけたいと思ったけれど、月組を放っておく事も出来ない。

ただでさえ黒鬼会がどう動くか解らないのだ。―――米田司令が不在の今、付け入る隙を与えるわけには絶対にいかない。

月組本部に戻って、すべての隊員を帝都全域の警戒に当たらせた。

黒鬼会の些細な動きさえも、絶対に見逃さない。

絶対に許せない。―――米田司令を狙撃した犯人は、この手で捕まえてみせる。

狙撃事件から2日。

米田司令が気がかりだと陸軍本部に行った隊長は、まだ帰って来なかった。

 

 

「・・・さん」

不安げな表情で私を見詰めるに、出来る限り顔の筋肉を総動員させて、僅かながらにでも安心させるように微笑んだ。

、貴女は病院の様子を見てて。米田司令を狙撃した犯人が、またいつ襲ってくるか解らないから。だから・・・貴女が米田司令を守って」

「・・・はい!」

目に浮かんだ涙をゴシゴシと擦って、は力強く頷く。

「隊長と連絡がつき次第、私の方にも連絡をちょうだい」

「はい。・・・あの、さんは?」

窺うように掛けられる声に、私はさっきとは違いほんの少しだけ自然に微笑んだ。

「私は、今から東京駅に向かう」

「・・・東京駅?」

「そう。ある人を迎えに・・・」

そう、希望の光はまだある。

あの人がいれば、米田司令が不在の花組も安心だ。

タイミングが良いのか、それとも悪いのか。

こんな状態であの人を迎えなくてはいけないなんて、夢にも思わなかったけれど。

「新しく帝撃に配属される、副司令のお迎えに行ってくるわ」

初めて聞く話に、が驚きに目を見開いた。

それもそうだ。―――この件は極秘、私と隊長以外は知らされていないのだから。

「・・・はい」

「私たちは、絶対に負けないわよ」

「はい!!」

そう、絶対に負けたりしない。

元気良く返って来た返事に、救われた気がした。

 

 

東京駅の人ごみの中、私は指定の場所で相手を待つ。

約束の時間が近づいてきた頃、人の合い間からチラチラと懐かしい顔が見えた。

緑色の軍服に身を包んだ、若い女性。

肩口で切りそろえられた栗色の髪が、歩く度にさらさらと揺れる。

懐かしい顔。―――けれど、全くの別人。

その人は、私の前で立ち止まると、小さく首を傾げて問うた。

「貴女がお迎えの方?」

声までそっくりなんて、ある意味反則だ。

熱いモノが込み上げてきそうになって、私はそれを隠すために慌てて深く頭を下げる。

「帝国華撃団・月組、と申します」

「初めまして。この度帝国華撃団副司令に任命された、藤枝かえでです。よろしく」

「よろしくお願いします」

挨拶をした後、漸く気持ちも落ち着いて、私はゆっくりと顔を上げた。

そこにはとても見慣れた・・・けれど見慣れない笑顔の女性。

「・・・何か?」

不意に声を掛けられて、慌てて首を振った。

貴女とあやめさんを重ねていた、なんて言えない。

「実は・・・副司令に少しお話しておかなくてはならない事があります」

「何かしら?」

話題を変えるためにも、私はそう切り出した。―――話しておかなくてはならない事があるのは事実だけれど。

「米田司令が何者かに狙撃されました。現在・・・意識不明の重体です」

その言葉を口にすると、より一層現実が圧し掛かってきたような気がした。

そういえば無意識に避けていたのかもしれない。―――その言葉を口にする事を。

かえでさんは私の言葉に辛そうに表情を歪めると、「聞いています」と簡潔な返事を返した。

まだ狙撃されて数日しか経っていない・・・そして極秘であるそれを、一体何処で聞いたのかと尋ねると、加山さんからの伝令と名乗る人物から聞いたらしい。

時間差からすると、米田司令が狙撃された直後には伝令を送っていたのだろう。

その素早い行動に、流石としか言う他ない。

一体あの人は今、何処にいるのだろうか?

司令が狙撃されてから、丸2日。―――今だ連絡はない。

けれどかえでさんの話で、加山さんが無事である事だけは証明された。

米田司令が狙撃された時、おそらく加山さんはその近辺にいたのだろうから。―――人知れず・・・なんて最悪な想像さえ、私の中にはあったから。

「犯人の特定は?」

「それは、まだ・・・。申し訳ありません」

尋ねられて、私は力なく首を振る。

犯人の特定どころか、未だ捜査の手を広げられずにいる。―――今は警戒に当たるだけで精一杯だ。

表情を歪める私に、かえでさんはにっこりと微笑む。

「いいえ、現状では仕方のない事だわ。貴女はしっかりと頑張っている、違う?」

「そんな・・・」

言い訳などするつもりはない。

一刻も早く、犯人を捕まえなくてはならないのに。

犯人を捕まえたいと思っているのに・・・。

悔しさに唇を噛み締めると、頬に温かい手の感触。―――顔を上げると、労わるような柔らかな目をしたかえでさんが微笑んでいた。

「顔色が悪いわよ。頑張るのも良いけど、ちゃんと身体も休めなさいね」

掛けられた声に、答えることが出来ずに再び俯く。

労わりの言葉さえも、同じなんて。

この人は本当にあやめさんじゃないのだろうか?―――もしかしてあやめさんにからかわれてるんじゃあ・・・。

そんな事をぼんやりと思うけれど、そうではないことはよく解っていた。

笑顔も、話し方も、とてもよく似ているけれど・・・だけど違う。

この温かさは・・・向けられている優しさはあやめさんのものじゃなくて、藤枝かえでという人のもの。

それに安心して・・・だから嬉しかった。

あやめさんと同じなら、きっと私はこんなに心が穏やかにはならない。

後悔や切なさが込み上げてきて、きっと混乱してしまう。

違う人だからこそ・・・そしてかえでさんの持つ雰囲気がとても優しいから、きっと私はこんなに嬉しいんだ。

ありがとうございますと返事を返して、顔を上げるとかえでさんに向き直る。

「では、藤枝副司令。大帝国劇場にご案内致します。どうぞこちらへ・・・」

そうして私は月組隊員のの顔をして、かえでさんを促した。

 

 

かえでさんを乗せた蒸気自動車が、帝都の街を走り抜ける。

流れる景色を眺めていたかえでさんが、私に視線を移して唐突に口を開いた。

「貴女・・・運転も出来るのね」

感心したような声色に、私は前を見たまま簡単な返事を返す。

ずいぶんと昔。―――まだ帝都に来て間もない頃、あやめさんに言われて車の免許を取った。

何かと役に立つだろうと言われて、そういうものなのかとその時は不思議に思ったけれど、あやめさんの言う通りその後も何かと役に立ってくれている。

現に今も。

少しだけ過去に思いを馳せていると、突如雑音が車内に響き渡った。

「・・・何?」

訝しげに眉を顰めるかえでさんがミラー越しに見えて、私は慌ててポケットの中に手を突っ込む。―――そこから手の平サイズの機械を取り出した。

「それは・・・?」

「小型の無線機です」

「無線機?それが?」

驚くかえでさんに、僅かに笑みを返す。

驚くのも無理はない。―――本来の無線機は、ダンボールほどの大きさもある持ち運びに不便なものなのだから。

これは花組の紅蘭に改造してもらった特別製。

月組の任務に役立つようにと、作ってくれたものだ。

製作に時間が掛かりすぎるせいもあってか、存在しているのは今現在これともう1つだけ。

連絡がつき次第加山さんに持ち歩いてもらいたいと思っているのだけれど・・・。

「こちら、。何かあったの?」

無線機に向かい話し掛けると、少しの雑音の後声が返って来た。

?緊急事態が発生した!』

声の主は、警戒に当たってもらっていた隊員の1人。

その焦りを含んだ声から、嫌な予感を感じ取る。

「どうしたの?何があった?」

問い返して、無線機からの応答を待つ。

返って来た言葉に、私は深く溜息を吐いた。

「・・・何かあったの?」

後部座席から掛かる声には答えず、私は前を見たまま暫し思考を巡らせた。

すぐに通信相手に指示を出して、チラリと視線だけでかえでさんを見てから口を開く。

「予定を変更します」

「・・・え?」

「大帝国劇場ではなく、このまま神崎家へと向かいます」

かえでさんが口を挟む隙も与えずに、私はそう宣言した。

「ちょ!一体何が・・・!?」

「神崎家付近で、黒鬼会の姿が確認されました。光武の輸送は月組で手配します。副司令にはこのまま神崎家へ向かい、直接指示を出して下さい」

「黒鬼会が!?」

「飛ばします。運転が荒くなるとは思いますから、しっかりと捕まっておいてくださいね」

そう注意を促して、驚きの声を上げるかえでさんに構わず、私は問答無用でハンドルを切る。

後ろから微かな悲鳴が聞こえて来たけれど、敢えて聞こえないフリをした。

 

 

神崎家へと到着すると、事態は更に悪化していた。

問題の黒鬼会の姿はまだなかったけれど、神崎家のお家騒動が神崎すみれの引退話に。

そしてそれは更に帝撃の資金面にまで及んでいた。

神崎すみれを救うべく神崎家に乗り込んだ花組も、こんな事態ではどうしようもなくなっているだろう。―――すぐにかえでさんは花組と合流する為に神崎家の屋敷へ向かい、それを見送った私は輸送された光武の機動準備に入る。

「よぉ、!」

そんな私の背後から、聞き慣れた陽気な声が掛けられた。

振り返ると、そこにはいつもと変わらない笑顔を浮かべた加山さんの姿。

「・・・隊長」

「久しぶりだなぁ〜、。お前に全部任せっきりにしちまって、悪かったなぁ〜」

そんな言い方じゃあ、悪いと思ってるとは思えません。

そう言い返したかったけれど、生憎と声が出てこなかった。

いつもの白いスーツじゃなく、黒のタキシードを着て・・・―――きっとまた、「お見合いはいいなぁ〜」とか言って、一郎たちの前に現れたんでしょう?

見え見えです、隊長のやりそうな事なんて。

「光武の手配もばっちりか。さすが

そう言って、加山さんは嬉しそうに笑う。

どうしてこの人は、笑えるのだろう?

米田司令が狙撃されて、きっと一番胸を痛めているのは・・・一番悔しい思いをしているのは、貴方でしょう?

「どうした、?まさか・・・怒ってるとか?」

おどけたように言う加山さんが、とても強く思えて。

とても頼もしくて、そしてとても悲しかった。

この人が自分を偽らずにいられる場所はあるのだろうか?

そんな場所に、私がなってあげたいと・・・―――なりたいとそう思う。

「・・・心配しました」

「・・・・・・?」

だからそうなる為に、まずは自分の気持ちを告げなきゃ。

自分の気持ちを伝えて、受け入れてもらわなくちゃならないから。

「米田司令のように・・・加山さんも襲われたんじゃないかと、心配しました」

「・・・・・・」

「無事でよかったです」

そう言って精一杯笑みを浮かべれば、軽く頭を叩かれる。

そんな事をされたのはほとんど初めてで、ほんの少し戸惑った。

「悪かったな、

降ってきた声に顔を上げれば、そこには泣き出しそうな笑顔を浮かべた加山さんの顔があって、なんだか無性に切なくなって頭に乗せられた加山さんの手を握り締める。

もう、誰も失いたくない。

帝都に来て、数え切れないほどたくさんの大切なモノが出来て。

あやめさんを失った時、もうこれ以上誰も失いたくないとそう思った。

「米田司令は・・・大丈夫ですよね?」

「ああ、勿論だ」

返って来た力強い声に、私は自然に微笑んだ。

大丈夫、大切なモノはまだここにある。

加山さんがいてくれる。―――それだけで私は動き出せるから。

「よし!黒鬼会が来る前に、市民の避難だ!!」

「はい」

集まった数人の月組隊員を率いて走り出す加山さんの後を、その背中を私は追いかけた。

 

病院に待機していたから、米田司令の意識が戻ったと連絡が入ったのは、黒鬼会との戦闘が終わった後の事。

 

 

●おまけ●

 

「いい、?」

「・・・はぁ」

目の前で真剣そのものの表情を浮かべるかえでさんに、私は気の抜けた返事を返す。

「いくら緊急事態だからと言っても、あれは危険すぎるでしょう?」

「まぁ・・・それは確かに」

「今回は大事に至らなかったからこれ以上は言わないけれど、次からはもっと安全な方法で急いでちょうだい。解ったわね?」

騒動が一段落した後、私はかえでさんに安全運転とはどういうものかの説教を受けた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

かえで初登場。

私はあやめさんよりも、どちらかといえばかえでさんの方が好きです(聞いてない)

話の中の小型の無線機については、深く突っ込まないで下さい。

ちなみにどの無線機からでも受信できます。

その辺は従来のものと違いはありません、ただ小さくなっただけです(そんなに無線機については知らないので、従来とか言ってもよく解りませんが)

作成日 2004.8.10

更新日 2008.2.10

 

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