少し野暮用があって本部を留守にしていた俺は、本部に帰るとの部屋に直行した。

は今日も、自室で集まった情報を整理している筈だ。

ワクワクと浮き立つ気持ちを何とか抑えて控えめにドアをノックすると、中から返事が返ってきたので、名前を名乗って許可を得てドアを開ける。

「お帰りなさい、加山さん。野暮用とやらはお済みになったんですか?」

わざわざ椅子から立ち上がって俺を出迎えるに簡単な返事を返すと、俺は浮き立つ気持ちを抑えきれずに口角を上げた。

それを訝しげな表情で見返すに向かって、軽い口調で言う。

「これから海に行かないか、?」

「・・・は?」

呆気に取られたの顔を見て、期待通りの反応に俺はにっこりと微笑んだ。

 

のハプニング

 

重傷を負って入院している米田司令が、明日退院することに決まった。

約一ヶ月の入院生活。―――最初はもっとかかるかと思っていたが、そこは医者も驚くほどの驚異の回復力とかいうやつで、スピード回復したらしい。

今日退院前の最後の見舞い・・・と称した捜査報告をしに行った俺は、そこである話を聞かされた。

それは『苦労をかけた花組のメンバーに、豪華な夏休みをプレゼントしよう』と、まぁ簡単に言えばそういうことだ。

良いんじゃないかと、俺は思う。

花組の娘たちは普段は外出なんて許されてないから、ずっと帝劇に篭りっぱなし。

それだけでもストレス溜まりそうだってのに、その上最近はいろんな事が重なって精神的にも負担が掛かっただろうからな。―――たまには楽しい休みがあっても良いだろう。

だがそれをするには、更に問題がある。

黒鬼会がいつ現れるか解らない以上、帝劇を離れてもらうのは心配だ。

そこで米田司令は、陸軍のエリートたちを主に組織した『薔薇組』を花組不在の間、帝都の防衛に当たらせるらしい。

まぁ、俺たち月組がなるべく早く黒鬼会の動きを察知できれば、翔鯨丸で花組を迎えに行くという手もないわけではないし・・・。

そう色々な対策を立てて、すぐさま花組の熱海旅行の計画は進められていった。

急な話だから旅館などの手配はどうしようかと思ったが、その辺はさすが米田司令に抜かりはない。

俺に話を持ちかける前に、もう粗方計画の準備は整っていたようだ。

思わず感心する俺に、米田司令がある話を持ちかけて来た。―――それが・・・。

「加山さんと私を、花組の後方支援に・・・ですか」

「そうなんだよ〜!」

やっぱり米田司令は、帝劇を離れる花組のことが余程心配らしい。

何か異変が起こらないか・・・―――花組の連中が楽しく夏休みを過ごせるようにと、俺とに影ながら見守ってやって欲しいと、司令直々に頼まれたのだ。

すべてを説明し終えると、は大きな溜息を吐いて恨めしげに俺を軽く睨む。

「それならそうと、最初から言ってください。海に行こうなんて・・・何事かと思ったじゃありませんか」

「だぁってなぁ・・・」

「語尾を延ばさないで下さい」

の対応は心なしか冷たい。

だってな・・・やっぱ任務とはいえ、海好きの俺としては嬉しいじゃないか。

しかも任務とはいえ、と一緒に行けるなんて・・・―――これは米田司令からの俺へのプレゼントに違いない!

「・・・で、どうする?」

不機嫌そうに黙り込んだに、わざとそう質問する。

米田司令からの頼みじゃあ、断れないだろう事が解っての行動だ。

意地悪か?・・・やっぱそうかな。

だけどやっぱり、折角の夏なんだし・・・一緒に海に行けたら良い思い出になると思うんだがなぁ。

ジッとを見詰めると、俺の視線を受けてが困ったように眉を寄せる。―――そんなに笑顔を向けると、諦めたように深く溜息をついた。

「・・・・・・お供致します」

「よっしゃ!」

実は知ってる。―――は、何だかんだ言って俺に甘い事。

今回は俺の作戦勝ちだな、

 

 

「なんだか罪悪感を感じます」

「そう言うなって・・・」

米田司令が退院した後、花組は予定通り熱海に旅行に出かけた。

それに便乗してこっそり着いて来た俺たちは今、花組が泊まっている旅館の屋根裏部屋にいた。

さすが米田司令の用意した旅館。―――申し分ない広さだ。

その上貸切にしてくれたお陰で、俺とにもちゃんと部屋が与えられている。

まぁ、花組に見つからないよう離れにだが。

とりあえず落ち着いた花組の面々は、明日の予定をどうするかの話に花を咲かせていた。

それを俺たちは、屋根裏に潜んでこっそりと盗み聞きしている。

は盗み聞きに罪悪感を感じているようだが、実は俺だってそうだ。

だけど花組の予定が解らないことには、俺たちだって動きようがない。

ザッと話を聞いた限りでは、みんなで海へ行くのは明後日に。―――明日は各々分かれて自由に行動するらしい。

そうなってくると色々と大変だ。

何しろここには俺としかいないわけだから、様子を窺うにしても限界がある。

それにやっぱり、折角楽しんでいるのを付け回すのもなぁ・・・。

俺はに視線で指示し、気付かれないよう気配を殺して用意された部屋に戻った。

「さてと、どうするか・・・」

「そうですね・・・」

部屋で顔を突き合わせて、今後の事を相談する。

まぁ、何か起こると決まった訳じゃないんだから、そんなに心配する事もないとは思うんだが・・・。

「とりあえず明日は、念の為この辺りを見回ってきます。加山さんはどうされますか?」

「そうだなぁ〜。久しぶりに海で泳ぎたいが・・・」

「そんな事は聞いていません」

「だってなぁ・・・」

「遊びに来たわけではないのですよ?」

言い含めるように言うに、冷たい視線を向けられる。

解ってるって、冗談だから。

誤魔化すように乾いた笑いを浮かべると、仕方ないなとでも言うように溜息をつかれた。

なんか最近、溜息つかれてばかりのような気がする。

はもっと気楽に生きた方が良いと思うんだが・・・とか言ったらきっと、加山さんは気楽過ぎますとか返って来るんだろうなぁ・・・。

妙にリアルな想像に、思わず吹き出しそうになった。

「・・・どうかしたんですか?凄く怪しいですけど・・・」

「怪しいとか言うなよ。・・・最近お前、言動に遠慮がなくなって来たな」

「加山さんを相手にしていれば、これくらいで十分です」

それってあれだな・・・―――俺に十分馴染んできたって事だな?

そう言ったら、そのプラス思考は尊敬しますとか言われた。―――はっはっは、そうだろう。

何事も前向きに、が俺の信条だからな。

「それじゃあ、そろそろ休むか。何が起こっても大丈夫なように、万全の体調を整えるのも大切だからな」

「そうですね。慣れない長旅で少し疲れましたし・・・」

「なんなら一緒に寝るか?」

「結構です。お帰りください」

即答かよ。

いや、そこで「そうしましょう」とか言われたら言われたで、どうして良いか解らんが。

立ち上がって襖を開ける。

静まり返った空間に、遠くの方から楽しげな笑い声が響いてきた。

「・・・賑やかですね」

「そうだな。楽しんでるようじゃないか」

ここの離れは花組メンバーが泊まっている部屋から一番離れている筈なんだが、こんな所まで賑やかさが届くとは。

お互い顔を見合わせて笑う。

花組にとって、有意義な夏休みになりそうだと・・・そんな事を思った。

「それじゃあ・・・お休み、

「おやすみなさい、加山さん」

挨拶を交わして、俺は与えられた部屋に向かうべくの部屋を出た。

 

 

熱海に来て1日目は、何事もなく無事過ぎた。

だが問題は2日目に起こる。―――異変を察した俺は、すぐさま屋根裏を伝って大神の部屋へと向かった。

そこには既にがいて、大神の様子を窺っているようだ。

「・・・何があったんだ?」

大神たちに気付かれないよう小声で話し掛けると、が僅かに眉間に皺を寄せる。

「どうやらキネマトロンを紛失したらしいんです」

「キネマトロンを!?」

隙間から様子を窺うと、慌てたように大神とマリアさんが部屋で何かを探していた。

紛失したって・・・一体いつの間に?

昨日大神は移動する際、キネマトロンなんて持ってなかっただろう?

ずっと部屋に置いてあった筈のそれが、どうして・・・。

「どうやら、何者かに持ち出されたようです」

「何者かって?」

「そこまでは・・・」

言葉を濁すに、俺は心の中が騒ぎ出すのを感じた。

一体誰が、何の目的でキネマトロンを持ち出したんだ?

花組のメンバーか?

いやしかし、あれは紅蘭が作った大切な発明品だ。―――花組はそれを十分解っているだろうし、だからこそ悪戯で持ち出したりはしないだろう。

それと同様に、使いたかったのなら大神に申し出ている筈だ。

だが大神が知らないということは、きっとそのどちらでもないんだろう。

、お前もキネマトロンを持ってきてるだろう?とりあえずそれを代わりに置いて来るってのはどうだ?」

応急処置ではあるが、今は大神たちを安心させる事が先決だ。

そう思って提案したが、は眉を寄せて戸惑ったような表情を浮かべている。

「そうしたいのは山々なのですが・・・」

「何か問題でもあるのか?」

問うと、は黙って大神たちに視線を移す。

「一郎のキネマトロンは、紅蘭が一郎の為に特別に作ったものだと聞いたことがあります。その証拠に、紅蘭のサインが入っていると・・・」

「・・・サインか。真似できないか?」

「見本があれば可能ですけど・・・」

そうは言っても、この状況では簡単に見本なんて手に入らない。

まさか本人の前に現れて、「サインお願いしま〜す」なんて言えるわけないし。

「となると、代わりは無理か」

「はい」

さて、どうするか。

大神たちはこの部屋にキネマトロンがないと解って、違う部屋に捜しに行った。

だが、持ち出されたのならそう簡単に見つかりはしないだろう。―――最悪の場合は既に破壊されているか。

「・・・何か起こるか?」

「おそらくは」

即答で返って来た迷いのない返事に、思わずこめかみを抑える。

のこういう勘は、嫌なほど当たるんだよなぁ・・・。

今日は海に行くんだとはしゃいでいる花組を見て、これから起こることを想像すると深い溜息が零れた。

 

 

キネマトロンを捜す大神たちは、旅館を出て海に向かっていた。

崖の切り立った人気のない場所。―――そこに大神のものだと思われるキネマトロンの残骸がある。

「やっぱり破壊されてたか・・・」

「そのようですね」

少し離れた岩陰に隠れながら、大神とマリアさんの様子を窺う。

大神たちはこれからどう出るだろうか?

キネマトロンがなくなった今、帝撃との連絡手段はない。―――実際は俺たちの持ってきたキネマトロンで連絡はつくが、大神たちはそれを知らない。

「破壊されていたという事は、当然花組のメンバーの仕業じゃないな」

「ええ、おそらくは黒鬼会の仕業かと・・・」

「黒鬼会ねぇ・・・」

だが旅館には花組を始め俺たちもいたというのに、怪しい奴の出入りなんて全く気付かなかった。

「そういえばお前、黒鬼会の他に敵がいるかもしれないとか言ってたな」

「そういう予測も立てられる・・・というだけの事です」

にしては、やけに曖昧な答えなんだな」

「黒鬼会の他にまだ敵がいるなんて、考えたくないですから」

そりゃ、そうだ。

黒鬼会だけでも手一杯だってのに、その上まだ新しい敵なんて相手にしてられない。

だが今回のことが黒鬼会の仕業だとして。―――どうやってキネマトロンを破壊したのかもとりあえず置いておいて。

以前の黒之巣会との戦いで、帝国華撃団の本拠が何処なのか・・・そして花組が誰なのかが広まってしまっている。―――黒鬼会が何処かでそれを聞きつけ、こういう作戦に出てきたんだろう。

黒之巣会と違って、黒鬼会は内部からの破壊を重視しているようだ。

そんな事を考えていると、大神とマリアさんは少し離れたところにある洞窟へと足を向けた。

海に少し入ったところにある洞窟。―――確かに怪しい。

「あそこに何かありそうだな」

「ええ。あそこには無線機が置いてありました」

「へぇ〜・・・無線機ねぇ」

・・・・・・。

「はぁ!?」

があんまりにもあっさりと言うから、思わず流しそうになっちまった。

何?無線機があったって!?

「何で知ってるんだ!?」

「昨日この辺りを探索した際、発見しました」

発見しました・・・って。

「報告は!?」

「・・・・・・してませんでしたか?」

「してねぇよ!!」

すぐさま言い返すと、は俺から視線を逸らして目を泳がせる。

その「してなかったっけ?」って態度は何だ。

もしかして素で忘れてたのか!?

「・・・申し訳ありませんでした」

「いや、謝られても・・・」

今更、遅いって。

思わず溜息を吐いて、大神たちが入っていった洞窟に視線を向ける。

「・・・で、その無線の持ち主は?」

「残念ながら現れませんでした。しばらく様子を見ていましたが、何の連絡も入ってはきませんでしたし・・・」

再び真剣な表情に戻って、が静かな声で言う。

予想外の展開だが、これではっきりとした。

おそらくは黒鬼会の誰かが俺たちの側に潜み、その無線で連絡を取るつもりなのだろう。

その人物も、予想はついているが・・・。

「何か証拠が欲しいところなんだがな・・・」

ポツリと呟くと、その意味を的確に察して、が洞窟に向けていた視線を俺に戻した。

「・・・そうですね」

軽く同意をして、溜息混じりに空を見上げる。

無線機に黒鬼会の誰かから連絡が入るかは解らないが、多分大神たちはその無線機を使って帝撃に連絡を取るだろう。

すぐに翔鯨丸が、こちらに向かってくる筈だ。

「ともかく、戻ろう。キネマトロンに藤枝福司令から連絡が入るかもしれん」

「そうですね」

辺りに人の気配がないことを確認して、岩陰に屈みこんでいた俺たちは立ち上がった。

もうすぐ戦いになるかもしれないことを思うと、花組のメンバーたちの笑顔が辛い。

折角楽しい夏休みになる筈だったのに、黒鬼会はそれさえも見逃してはくれないのか。

「もし・・・」

ふとが小さな声で呟く。

それに何だと返事を返すと、鋭い視線を返された。

「もし、黒鬼会がこの場に現れたなら・・・あの人がスパイだと思っても良いですね?」

「そうだな。間違いないだろうな」

同意の言葉を返すと、が目を細めて旅館の方へ視線を移す。

米田司令を狙撃した犯人。

黒鬼会から送り込まれたスパイ。

奴らの目的が、明らかになるかもしれない。

「戻るぞ、

「はい」

声を掛けて、俺たちは帝撃と連絡を取るため旅館に急いだ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何が書きたかったのかというと、ただ加山と海に行きたかっただけなんですが(オイ)

加山とヒロインの掛け合いが、結構楽しかったです。

やっぱり加山ボケでヒロインツッコミが、私はとても好きなようです。

そしてこういうエセ推理ごっこもとても好き。

内容知ってる人には、今更ですが(笑)

作成日 2004.8.11

更新日 2008.3.16

 

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