決定的な証拠が欲しい。

それは疑い様のない事のように思えたけれど、万が一間違っていた時は私たちが責任を取るだけではすまないから。

言い訳の余地さえない、決定的な証拠がどうしても欲しかった。

茶封筒を抱えた腕に少しだけ力を込める。

これが真実を明らかにする。―――この茶封筒が。

私は深く深呼吸をして心を落ち着けると、帝劇の中に足を踏み入れた。

 

仕掛けた

 

「あらぁ、さんじゃないの」

米田司令に会うべく支配人室を目指していた私に、そう声がかけられる。

振り返ると、薔薇組の琴音さんが私を見てにこやかな笑顔を浮かべていた。

「こんにちは、琴音さん」

実は琴音さんと会うのは、初めてではない。

加山さんはまだ会ったことはないと言っていたけれど、薔薇組が帝劇に来る前も何度か顔を合わせたことがあった。

そして私が米田司令に報告書を持って帝劇に来る度に、琴音さんは敏感に気配を察知してこうして会いに来てくれる。

花組のメンバーは一度だって私と出会った事はないというのに・・・見た目からは想像しにくいが、とても優秀な人だ。

「今日も司令に報告書を提出しに来たの?」

「ええ。琴音さんは帝劇の見回りですか?」

「いやぁね、私がそんな事しなくても大神少尉がいるじゃない」

女性らしい仕草で頬に手を当てる琴音さん。―――なんなら私より女性らしいかもしれない。

そんな事を考えていた時、こちらに近づくもう1つの気配を察した。

ゆっくりと振り返ると、廊下の先からこちらに向かって歩いてくる1人の女性の姿。

「あら?こんにちは、さん」

艶やかな笑みを浮かべるサキさんに、私は丁寧に頭を下げた。

「今日も報告書を提出に?昨日もいらしてたんじゃなかったかしら?」

「最近黒鬼会の動きも活発になってきましたから、報告する事柄も多くて」

実はサキさんにも、昨日会った。―――昨日だけではなく、琴音さんと同様に私が帝劇に来る度にこうして顔を見せに来てくれる。

「へぇ〜・・・何か重要な事でも判明したの?」

私の言葉に、琴音さんが興味津々といった表情で尋ねてくる。

その視線を受けて、私は微かに笑みを浮かべると腕に抱えた茶封筒に視線を落とした。

「ええ、とても重要な報告があるんです」

少しだけ声を潜めて呟く。

「とは言っても、これから調べるんですけどね」

「これから?」

「はい。とりあえず今日は中間報告をと思いまして・・・。まだはっきりした事は解っていないのですけれど・・・」

そこで言葉を切って、真剣な表情で私の顔を凝視する琴音さんとサキさんを見詰める。

そうしてにっこりと微笑んだ。

「この件が明らかになれば、黒鬼会の弱点を抑えられる筈です。彼らを一網打尽に出来るだろう・・・重要な手がかり」

そう言って、大切なモノだというように茶封筒を抱きしめる。

「そんなに凄いものなの・・・」

感心したような・・・少し怯んだような声色で呟き、琴音さんの視線が茶封筒に釘付けになった。

「それでは、これで失礼します。早く米田司令にこれを提出したいので・・・」

「ちょ、ちょっと待って!」

一礼して踵を返すと、慌てた様子で声が掛けられた。

なんだろうと振り返ると、サキさんが困ったような表情で私を見ている。

「・・・何か?」

「実はね。私貴女に伝言があって・・・それを伝えに来たの」

「・・・伝言?」

短い言葉で話を促すと、サキさんは歩み寄り私の前に立つ。

「さっき月組から伝令が来て・・・あなたたちの隊長が、至急に本部に帰還して欲しいって言ってたの」

「隊長が・・・ですか」

「そう。何かあったのかもしれないし、早く戻った方が良いわ」

そう畳み掛けるように促して、黙り込んだ私に手を差し出した。

「その報告書は私が米田司令に渡しておくわ」

人の良い笑みを浮かべるサキさんを、私は無言のまま見上げる。

ね?・・・と小さく首を傾げて微笑むサキさんに、けれど私は首を横に振った。

「いいえ。出来れば報告も一緒にしたいので、今日は持って帰ることにします。明日にでもまた来ますから」

そう言って再び茶封筒を抱きしめる。

「では、琴音さん。また・・・」

含むような視線を投げかけて、返って来た笑みに安心して軽く会釈する。

残念そうな表情を浮かべるサキさんに一礼して、急いでその場を去った。

 

 

帝劇を出て、私はわき目も振らずに走り続けた。

ここじゃあ、駄目。―――もっと人気のない場所へ。

人の気配のない空き地に辿り着いて、私は漸く足を止めた。

まだ開発の手が加えられていない土地。

申し訳程度に建てられた看板には、何かの建設予定を示す文字。

少し荒い息を整えて、軽く柵に寄りかかった。

餌は撒いた。―――後は、待つだけ。

あの人が黒鬼会のスパイならば、絶対に来るはず。

そう思って腕の中の茶封筒に視線を移したその時、ゾクリと背筋を這う悪寒に思わず身を震わせた。

「うふふふふ・・・」

空き地の中に女の笑い声が響く。

「・・・誰?」

静かな声で問い掛けると、少しだけ離れた場所に突如1人の女が姿を現した。

「こんにちは、月組のお嬢さん」

「貴女は?」

「私は水狐。黒鬼会五行衆の1人」

「・・・黒鬼会」

呟いた声は、私自身不思議なほど落ち着いていた。

黒鬼会五行衆の1人を前にしているというのに。

まぁ、この状況を作り出したのは私自身なのだけれど。

見事に引っかかってくれたというべきか。―――私は微かに口角を上げる。

これで間違いない。

これは間違いなく、確たる証拠に成り得るだろう。

問題があるとすれば、ただ1つ。

「私に何か御用ですか?」

静かな口調で話し掛けると、水狐は艶やかな笑みを浮かべる。

「それは貴女自身が一番良く解っているでしょう?その茶封筒の中身に用があるの」

「・・・なるほど」

1つ頷いて、茶封筒を水狐に向けて軽く振った。

「これが欲しいですか?」

「ええ、とても」

返って来た返事に、笑みを浮かべる。

こんなもの、欲しいのならくれてやるわ。

茶封筒を無造作に水狐に向けて投げつけると、微かに驚いたように目を見張った。

「ずいぶんと素直なのね」

「・・・そうですね」

穏やかな声色で返事を返すと、水狐は意地悪く口を笑みの形に歪める。

「だけどね、私が欲しいのはこれだけじゃないのよ」

水狐が優雅な動作で扇子を広げた。

「本当に欲しいのは・・・」

そう言葉を続け、ニヤリと笑みを浮かべる水狐を見据える。

確たる証拠は手に入れた。

これで言い逃れなんてさせない。

ただ、問題は・・・。

「茶封筒の中身を知っている、あなたの命よ」

この場から無事に、離脱する事。

鋭い殺気と共に扇子から繰り出された衝撃波を、身を捩って紙一重で避ける。

目の前を通り過ぎていった衝撃波は、微かな風を生んで私の前髪を揺らした。

背後に倒れそうな身体を足で支えて、私は迷う事無く走り出す。

空き地内を駆け抜ける私の後ろを、いくつもの衝撃波が通り過ぎていった。

「ちょこまかと!!」

声と共に、今までの衝撃波とは違う気が私を襲った。―――それは突風のように私の身体を吹き飛ばし、強く地面に叩き付けられる。

すぐさま身を起こして、肌身離さず持っていた刀を抜いて水狐に向き直った。

「あらあら・・・」

蔑むような笑い声を上げて、水狐が楽しそうに私を見据える。

「光武もないのに、私と戦うつもり?勝てると本気で思ってるの?」

「勝てる勝てないの問題じゃないわ」

そう、勝てなくても良い。

私の目的は刀を交えて戦う事じゃない。―――ましてや勝つ事でもない。

私の目的は、無事にここから離脱する事。

彼女を振り切って、月組本部に帰る事だ。

2本の刀を合わせて、構える。

「死ね!!」

水狐がそう声を上げたと同時に、私は迷う事無く水狐に向かい駆け出した。

襲ってくる衝撃波を何とか避けて・・・避けられないものは私の身体を切り裂いていったけれど、そんな事に構っていられる余裕は残念ながらない。

「あああああっ!!」

気合を込めて刀を振り切った。―――それは水狐に扇子で軽く受け止められてしまったが、それと同時にもう一本の刀を掬うように振り上げる。

「なっ!!」

慌てて身体を仰け反らせて、あっさりと私の攻撃は避けられてしまった。―――が、すぐに体勢を整えて渾身の蹴りを水狐の腹に入れた。

しっかりとした手ごたえを感じ、一歩後退する水狐に向けて合わせた刀で薙ぎ払った。

「狼虎滅却、天地一矢!!」

二天一流の奥義の1つである技を繰り出す。

それは先ほどの蹴りと同様に、しっかりとした手ごたえを感じさせた。

「・・・くっ!」

小さく唸り声を上げて後退する水狐から素早く距離を取って、痛みに表情を歪めている彼女に向かい笑みを浮かべた。

「この勝負、私の勝ちよ」

「なんですって!?」

こめかみを伝って、汗が流れる。

それを拭うことさえも忘れて、私は水狐を睨みつけると身体を反転させてその場から駆け出した。

背後で戸惑ったような気配を感じるけれど、決して足を止めずに。

あの空き地に行った時と同じようにわき目も振らず走り続け、漸く見慣れた景色が目に映った頃、チラリと後ろを振り返る。

水狐の姿はない。―――追ってくる気配も。

それに安心して立ち止まると、荒い息を整えるために深く息を吸った。

壊れそうなほど煩く鳴る心臓を抑えて、私は近くの壁に背中を預けると思わずその場にしゃがみ込む。

「ごくろうさま」

不意にそんな声が聞こえて顔を上げると、琴音さんがニコリと笑みを浮かべてそこにいた。

「死ぬかと思いました」

「何言ってるのよ。あれだけ堂々と戦えれば十分だわ」

冗談交じりに言うと、呆れた口調で返される。

そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、本当に今回は駄目かと思った。

黒鬼会幹部と、生身で戦うなんて・・・―――できればもう、したくない。

だけどそのお陰で、決定的な証拠を手に入れる事が出来た。

これをすぐに加山さんに報告して、かえでさんに伝えてもらおう。

「あの茶封筒は良かったの?」

不意にそう尋ねられて、私は立ち上がって琴音さんに視線を合わせる。

「構いません」

「でも・・・」

「構わないんです。だってあの中に入っているのは白紙なんですから」

「えぇ!?」

驚きの声を上げる琴音さんに、にっこりと微笑みかけた。

今ごろ水狐は、茶封筒の中身を見て驚いているだろう。

そう・・・私たちはまだ、黒鬼会の目的すら見抜けてはいない。

弱点なんて、掴めてなんかいない。

罠にはめられたことに、彼女は気付くだろう。

今の花組は様子のおかしいレニを抱えて手一杯だろうけれど、きっと彼女はすぐに動き出すに違いない。

早く、かえでさんにこの事を伝えなくちゃ。

「私たちの勝ちよ・・・影山サキ」

ポツリと呟いて、帝劇のある方向へと視線を向けた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

折角大神と幼馴染という設定で、しかも大神の使う剣術の道場の娘という設定にしたのだから、二天一流を使って戦わせて見たいと思って出来た話。

だから技が大神と一緒。おそろいです(笑)

そろそろ無理が目立ってきたサクラ大戦。

なんか無駄な話ばかり入れているので、サクラ大戦1よりもかなり長くなりそうな予感。

作成日 2004.8.11

更新日 2008.4.4

 

 

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