帝撃にスパイとして入り込んでいた影山サキ。―――水狐が、花組との戦いの果てに滅ぼされた。

その後『日本の男なんて大嫌いで〜す!』と公言していた織姫が、自分と母を捨てたと思っていた父と再会し、黒鬼会の陰謀に巻き込まれながらも何とか和解した後。

漸くまとまりを見せてきた花組を、影ながら微笑ましく見守っていた私の元に、唐突な米田司令の呼び出しが掛けられた。

「どうだ?突然で悪いんだが・・・考えといてくれねぇか?」

「・・・・・・はい」

申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言う米田司令に、私はただ頷く事しか出来なかった。

 

花組デビュー

 

「どうした、?」

休憩室で加山さんと集められた情報に目を通していた私は、そんな声にハッと我に返った。

俯いていた顔を上げると、心配そうな加山さんの表情が目に映る。

「・・・いえ、別に何も」

「何もないって顔には見えないぞ?」

「・・・・・・」

言い返されて、私は手に持った報告書に視線を落とした。

そこにある活字を目で追うけれど、内容は全くといって良いほど頭の中に入ってはこない。

こんなことじゃ、駄目だ。

黒鬼会の動きは日を追うごとに活発になってきている。―――きっともうすぐ、奴らは本格的に動き出してくるだろう。

奴らが何の目的で動いているのか、早急に突き止めて阻止しなければ。

その片鱗は、僅かながらに掴めてはいるのだけれど・・・。

それを阻止する為に、私が出来る事は?

少なくとも、ここでボーっとしている事じゃない事だけは解る。

「・・・加山さん」

「どうした?何か悩みがあるなら、この加山雄一にどぉ〜んと話してみろ!」

冗談交じりに胸を叩く加山さんに、私は微かに微笑んだ。

この想いは・・・私の抱くこの想いは、我が侭だろうか?

「実は・・・お願いしたいことがあるのですが・・・」

「なんだ?俺に出来る事なら力になるぞ?何でも言ってみろ!」

「では、2・3日お休みを頂けますか?」

「・・・へ?」

唐突な申し出に、加山さんは目を丸くして私を見返した。

それを見据えて、にっこりと笑う。

すると加山さんは妙に慌てて(どうしてだろうか?)少しの間挙動不審な動作をした後、私の肩をがっしりと掴んで、真剣そのものの顔で言った。

「今度は誰に何を言われたんだ?」

問われた意味が解らず小さく首を傾げると、加山さんは大げさに溜息をついてみせる。

溜息をつきたいのは、私の方なのだけれど。

「だから今度は誰に言い寄られたんだ?こないだの奴か?2・3日って事は・・・まさか無理やり旅行にでも誘われたとか!?」

「・・・・・・は?」

加山さんは一体何を言っているのだろう?

私が旅行に行く?

しかも誰と?

明らかにうろたえている加山さんに少し引き気味になりながらも、意を決して声を掛けた。

「あの・・・加山さん?」

「なんて事だ!が意に添わぬ相手と旅行に行かされるなんて!!」

「いや、だから・・・」

「米田司令も何を考えてるんだ!が可哀想じゃないか・・・」

ぶつぶつと呟き続ける加山さんに声を掛けようと思ったけれど、どうやら私の声は聞こえていないらしい。

尚も自分の世界へと爆進していく加山さんに、私が諦めて溜息を吐いたその時。

「は〜い!そこまで!!」

唐突にの声が部屋に響き、それと同時にバシンと痛そうな音が聞こえて来た。

「痛っ!!」

「もう、隊長ってば・・・。最後まで人の話は聞きましょうよ。さんメチャクチャ困ってるじゃないですか」

「だからって叩く事ないだろう!?」

非難の声を上げる加山さんをサラリと無視して、が満面の笑顔で私を見る。

その目は『どうして休みが欲しいんですか?』と期待に輝いて見えた。

・・・面白がってるでしょう、貴女。

しかも絶妙のタイミングで乱入してきたところから察するに、盗み聞きしてたでしょう。

一体いつから盗み聞きを・・・―――しかも一体何の為に。

帝都の平和の為に情報を集める隠密部隊・月組の隊員がこんなで良いのかしら?

月組という組織に、不安を抱いた瞬間だった。―――まぁ、それも今更なのだけれど。

「それで?さんは何でお休みが欲しいんですか?」

「・・・そんなに気になるの?」

「はい、とっても!」

即答で力強く頷かれて、思わずこめかみを抑える。

その探究心を、もっと違うところで見せて欲しいと思うのは贅沢だろうか?

「だぁって、さんって任務第一って感じなのに、よりによって今のこの時期にお休みが欲しいなんて・・・何かあったのかと思うじゃないですか」

・・・もしかして私のことを心配してくれているの?

もしかして・・・だから加山さんもさっきあんなにも慌てていたの?

そう思うと、途端に胸の中がジンとする。―――ジンとしたというのに。

「それは建前で、実はただの好奇心だったりもするんですけどね」

ボソリと極細声で呟かれた言葉は、残念ながらしっかりと私の耳に届いた。

感動した私が、とても馬鹿らしく思える。

「何かあったんなら言ってください。あたしに出来る事ならなんでもしますから!」

そんな邪気のない笑顔で言われても・・・さっきの言葉を聞いた後じゃ効果半減よ。

「そうだぞ、。少しは俺たちを頼ってくれ!」

真剣な面持ちでそう言ってくれる加山さんには申し訳ないけれど・・・の場合はただ面白がってるだけですから。

同士が出来て心強いと笑う加山さんに、心の底から同情した。

「・・・で?」

すっかり理由を話す事になっている。―――まぁ、理由も話さず休みを貰えるなんて都合の良いことは思っていなかったけれど。

さて、どう話をしたものか。

正直に話すわけにはいかない。

いや、正直に話しても良いのだけれど・・・私にも色々と都合はある。

少しの間だけ考えた結果、私はすべてを話はしないけれど、断片的な部分なら話しても構わないかと結論付けた。

にっこりと笑顔を浮かべて、心配げな表情を浮かべる加山さんと楽しげな表情を浮かべるを見据えて。

「幼馴染に会いに行こうと思いまして」

正直に、休みの理由を2人に告げた。

 

 

大きく深呼吸をして、目の前にそびえ立つ建物を見上げる。

帝都・大帝国劇場。

日本最大の歌劇団だと言うだけあって、そこはどの建物よりも大きい。

「・・・さてと」

誰にともなく呟いて、地面に置いていたトランクを持った。

本当はこんなものは必要ないのだけれど・・・―――私が月組の隊員だという事を一郎は知らないのだし、本当ならば栃木にいる私が手ぶらでここにいるのは可笑しいだろうと思って、わざわざ用意した。

よく考えてみれば、こうして正面玄関から帝劇に入るのは初めてだ。

いつも花組や風組の隊員に見つからないようにと、こっそり中に入っているから。

少し、緊張する。

花組は私にとってはとても近い存在であり、そして最も遠い存在でもあった。

いつも身近で見てはいたけれど、決して関わる事はない。―――今までも、そしてこれからもそうだろうと思っていたのに。

まさかこんな風に関わる事になるなんて・・・。

もしそうなる可能性があるならば、その時の私は月組の隊員として花組のみんなの前に現れるのだと思っていたのに。

そう思うと、少し複雑だった。

これは私の望んでいた事ではないと、そう思う。―――そしてあの事も。

『どうだ?突然で悪いんだが・・・考えといてくれねぇか?』

米田司令の言葉が脳裏に甦る。

考えて・・・そうして拒否をしたとして、それは受け入れられるのだろうか?

そして・・・私ははっきりとそれを拒否できるのだろうか?

そこまで考えて、首を乱暴に横に振る。

そんな事、今考えても仕方のない事だ。―――とにかく今は、一郎と花組の隊員たちに会おうと、そう決めたのだから。

「・・・よし」

気合を入れて、帝劇に向けて一歩を踏み出す。

正面玄関を入ると、そこは広いホールになっていた。―――2階まで吹き抜けになっていて、2階の客席へは螺旋状の階段を上れば行ける造りになっている。

広いそこにぽつんと立って、人の気配がしないことを無用心に思った。

正面玄関から入った事がないとは言っても、帝劇の間取りは承知している。―――勝手知ったるなんとやら・・・で、私はまず売店へと向かった。

いつもはそこに椿ちゃんがいるのだけれど、彼女は今特殊任務についていて帝劇を離れている。

代わりにつぼみという少女がいるはずなのだけれど・・・。

案の定、売店には少女がいた。―――直接会ったことはないけれど、報告書の顔写真は見たことがある。

「・・・こんにちは」

控えめに声を掛けると、売店の整理をしていた少女が顔を上げた。

「はい、いらっしゃいませ!」

明るく元気の良い挨拶に、私はにっこりと笑顔を浮かべる。

「残念ですけれど、私は買物に来たわけじゃないの」

そう言うと、少女はキョトンと目を丸くして私を見た。

「こちらに大神一郎がいると聞いたのですが・・・」

「え?大神さん・・・ですか?」

驚いたように少女が声を上げる。―――すると全くの別の場所から、可愛らしい澄んだ声が響いた。

「大神さんに御用ですか?」

「お姉ちゃん、誰?お兄ちゃんに用事でもあるの?」

同時に掛けられた声に、そちらを振り向かずともそれが誰か察しがついた。

それでも確認のため振り返ると、淡い桃色の着物を着た女の子と、フリフリのレースの服を着た金髪の少女。

真宮寺さくらと、アイリス・・・イリス・シャトーブリアンだ。

突然一郎を訪ねてきた私を、訝しげな目で観察する2人。

私は出来るだけ警戒心を抱かせないように、2人に向かってにっこりと微笑みかける。

「初めまして、と申します。こちらに大神一郎がいると聞いたのですが・・・お取次ぎ願えますか?」

「え、あの・・・はぁ・・・」

が来たとお伝えしていただければ、それで十分ですから」

戸惑った様子で顔を見合わせる2人の背中を押すように、更に言葉を続ける。

すると2人はチラリと私を盗み見て、それから「少しお待ちください」と言葉を返してから劇場の奥へと消えて行った。

ここでの私の知り合いは、一郎しかいない。

言ってしまえば花組の隊員全員のことを熟知しているけれど・・・それでも一般人としての私がここと関われる理由があるとすれば、それは一郎以外にはない。

一郎は私が訪ねてきたと聞いて、一体どういう反応をするだろうか?

きっと大慌てするんだろうな・・・と想像して、思わず笑みが零れる。

しばらくすると、バタバタとこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。

一郎に会って・・・そして花組の隊員に会って何をしようというのか。

それはここに来た私にも良く解らない。―――確固たる目的があって来たわけではないのだから。

ほとんど衝動的に。

何かをしなくてはならないと、そんな想いが私を衝動的にさせた。

!?」

ホールに大きな声が響いて足音がした方へと視線を向けると、そこには息を切らした一郎の姿が。

しっかりと私の姿を捉えている一郎の視線。

いつぶりだろうかと、懐かしさが襲う。

「久しぶり、一郎」

簡単に挨拶をすれば、不意に目頭が熱くなった。

その意味は?―――こんなにも切なく、そして不安な気持ちになる原因は?

瞬間的に脳裏に浮かんだ・・・私が一郎に会いに行くと言った時の加山さんの不安そうな顔を振り払って、私は一郎に向かって笑みを浮かべた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

時間的には『季節はずれの七夕』〜『帝都の一番長い日!?』の間。

ヒロインが正面から花組と対面します。

ここまで来るのに、えらい時間がかかりました(笑)

作成日 2004.8.14

更新日 2008.4.20

 

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