の朝は早い。

まだ外が薄暗い時間に起き出し、手早く身支度を整え、2人分の朝食を作る。

仕事柄休むのが遅い場合も多い加山はこの時間にはまだ起き出しては来ない為、1人で朝食を取り後片付けを済ませ。

星組に入隊するようになってからは昼も戻ってこられる事が少ない為、加山の為の簡単な昼食も用意して、物音1つ立てずに部屋を出た。

まだまだ春も遠い紐育の街は、朝早いということもあり刺すような空気の冷たさが身に染みる。

そんな冷たい空気の中、未だ人通りの少ない通りを歩き・・・―――彼女は目的地であるシアターを目指す。

これが、最近の彼女の日課だった。

 

彼女の騒がしい一日

〜思い出の時間〜

 

当然だが、シアターにはまだ誰の姿もない。

入り口を入ってすぐの所にある売店にも杏里の姿はまだないし、ドリンクバーにも勿論プラムはいない。

普段からは想像出来ないほど静まり返ったホールを抜け、はエレベーターで屋上に上がると、迷う事無く支配人室の隣に位置する華撃団施設へと向かった。

「おはよう、ラチェット」

華撃団施設の演習場に入ると、そこには既に先客がいた。

紐育華撃団・星組隊長、ラチェット・アルタイルだ。

ドアをくぐりがそう声を掛けると、何かの書類を確認していたラチェットが顔を上げ、にっこりと笑って朝の挨拶を返す。

いつも思うのだけれど、ラチェットはどんなに朝早くとも寝ぼけた様子など微塵も見せたことは無い。―――それは勿論とて同じなのだが、何かと忙しく動き回っている彼女を見ていると、心配な気持ちを抱くのも仕方ないとは思っていた。

しかしそれを告げたところで、大丈夫と返事が返ってくるのは目に見えている。

本当に彼女を休ませたいのなら、自分で気付くしかないのだ。

はラチェットを見詰めて、ふむと口の中で小さく呟く。

全く疲れていないということは無いだろうが、顔色も悪くは無いし、動きが鈍っているという事も無い。―――だとすれば、わざわざ口を挟む必要もないだろう。

そう判断を下し、は柔らかい笑みを浮かべてラチェットに近づいた。

「いつも朝早くから悪いわね」

「いいのよ。それに言い出したのは私なのだし。・・・それじゃ、始めましょうか」

笑みを返して立ち上がるラチェットに軽く頷いて、部屋の中にある大きな機械を目に止め気付かれないようため息を吐く。

今日もこれに乗るのか・・・と、少しだけ重い気持ちを引きずりながら言われるがままにその機械の中に入った。

戦闘訓練の為に作られた仮想霊子甲冑に身体を預け、ゆっくりと息を吐き出す。

まるでスターの中にいるような感覚。

これを使い、は毎朝ラチェットと共に戦闘訓練に励んでいた。

かつてあやめに連れられ花組隊員として帝都に来たばかりの頃、勿論も似たようなものでしっかりと戦闘訓練を受けていたが、それはもう7年も前の事。

この間の初出撃の際に何の不具合も見られなかったことから必要ないかという意見もあったのだが、本人がそれを制し戦闘訓練を受ける事を望んだ。

スターに乗り闘うことを決めたのなら、準備は万全に整えておきたい。

生真面目すぎるとサニーサイドに苦笑交じりに言われたけれど、それはもう性分なのだから仕方が無い。

実際、仮想霊子甲冑に乗り戦闘訓練を受ける事に、あまり良い思い出は無いのだけれど。

まだ花組隊員として戦闘訓練を受けていた頃、霊力の不安定さからもどかしい思いをしたのだ。―――調子の良い時は問題なく敵を撃破出来るのだが、悪い時は動かすこともできない。

それが自分の弱さを証明しているようで、は苦い思いを抱いたものだ。

勿論今はそんなことはないけれど・・・―――それでも訓練を受ける度に、その時のことを思い出してしまう。

は苦い思い出を胸に、思わず苦笑を漏らす。

あれからもう7年も経ったと、実感する。

、準備は良い?』

「ええ、いつでも大丈夫よ」

通信機から聞こえて来たラチェットの声に気を取り直して返事を返すと、ギュっと拳を握り締めた。

『それじゃ、紐育華撃団レディ・ゴー!その場にいる敵を殲滅しなさい!!』

「了・・・イエッサー」

未だに了解と言いそうになり慌てて言葉を正すと、モニターに浮かび上がる敵を真っ直ぐに見据えた。

こうして戦闘訓練をするようになって、どれほど経っただろうか?

回を重ねるたびに、訓練内容の難易度が上がっている気がするのは果たして気のせいか。

モニターに映る数十体の悪念機を前に、は重いため息を零しつつも気を引き締め、向かってくる悪念機に向かい大太刀を構えた。

 

 

「うん、完璧。文句の付けようもないわ」

「・・・ありがとう」

重い身体を引きずるようにして、は仮想霊子甲冑からゆっくりと出てくる。

その表情には、普段は絶対に見せない疲れを滲ませて。

数時間に及ぶ訓練は、過酷を極めた。

ただでさえ強力で強大な霊力を有するがこの様子なのだから、その過酷さは並大抵ではないのだろう。

ラチェットもいつもやり過ぎたかと反省するのだが、こちらが出した要求を全てクリアしていくを見ていると、ついつい次の指示を出してしまうのだ。

ぐったりと椅子に座り静かに目を閉じているを横目で窺いながら、出てきた結果を確認する。

まだまだ無駄な霊力を使う節はあるものの、それは強い霊力で難なくカバーしており、結果としては悪くない。―――どころか、目を見張るものだ。

ついこの間、初めて霊子甲冑に乗ったとは思えないほど。

まぁの場合は今までも何度か霊子甲冑に乗った事があるので、厳密に言えば初めてではないのだが・・・。

それを差し引いたとしても、十分すぎるほど。

さすがだとしか言いようが無い。

前線に出て戦っている花組や星組の危険度はかなり高いが、実を言えば月組の任務はそれを上回るほど危険度が高いのだ。

そんな月組で副隊長を努め、最終決戦へと乗り出した花組の代わりに帝都に降り立つ降魔と生身で戦うほどなのだから、の戦闘能力は並大抵のものではない。

それが目の前で証明された今、ラチェットは感嘆のため息を吐いた。

「もう十分ね。今日で戦闘訓練はお終いにしましょうか」

「え?」

突然のラチェットの言葉に、は目を丸くして顔を上げる。

それにやんわりと笑みを返して、ゆっくりとした足取りでの前に立った。

「これ以上は必要ないわ。後は昴たちと同じように定期的に訓練を続けてくれれば大丈夫。お疲れ様、

そう言って差し出された手を見詰めて、はにっこりと微笑むとその手を握り返す。

「本当にごめんなさいね。私が時間が取れなくて、こんな朝早くから訓練をする事になってしまって・・・」

「ううん、貴女が忙しいことは解ってるもの。私の方こそ、無理を言って付き合ってもらってありがとう。スターに乗って戦うことに、少し・・・気が楽になったわ」

お互い見詰めあい、照れくさそうに笑う。

こんな風に関わることになるなんて、出逢った頃は想像も出来なかった。

ラチェットは自然との隣に腰を下ろして、ふと過去の思い出に浸る。

とラチェットが、初めて出逢った時のことを。

仲間など必要ないと・・・―――効率主義だったラチェットと、人好きのする微笑みを浮かべながらも、どこか他人と一線を引いていた

それは今も変わらない。

ラチェットは変わったけれど、は変わっていない。―――昔に比べて線は薄くなったけれど、今も尚心の中に踏み込ませない雰囲気を感じる。

それは少し淋しくも感じるけれど、これから無くしていけば良いとラチェットは思った。

「あの時は・・・敵同士だったのよね」

「・・・あの時?」

「私が日本に来日した時のことよ」

しみじみと呟いたラチェットに小さく首を傾げたは、返って来た言葉になるほどと納得して苦笑いを浮かべる。

「そうね。ラチェットは帝劇にスパイとして潜入して、私も同じように・・・」

「そう。あの時、私はの事を怪しいと思ってたわ」

「それはお互い様でしょう?」

顔を見合わせてクスクスと笑う。

お互いがお互いを怪しんでいる事は解っていた。―――それでも事を荒立たせない為に、表面上は何も知らない振りをしていたけれど。

でも・・・とラチェットは前置きして、穏やかな笑みを浮かべてポツリと言った。

「怪しいと思っていても・・・私は貴女が嫌いではなかったわ」

「・・・・・・」

「どうしてか、貴女といると心が安らいだ。全てが赦された気がした。どうしてかしら?」

独り言のように呟くラチェットを、は無言で見詰める。

が初めてラチェットに会った時、どこか苦しそうに見えた。

様々な事に雁字搦めになり、けれどそれをたった1人で抱え込んで・・・―――どこか追い詰められたような、そんな風に見えた。

だから、怪しいと思いつつも冷たい対応など出来なかった。

彼女の苦しみがなんであるかは解らなかったけれど、それらから解放されれば良いと、そう思った。

だから、自分といて安らいだというその言葉が、にはとても嬉しい。

自分も、他人にそんな気持ちを与えられるのだという事が、とても嬉しかった。

穏やかに微笑み過去に思いを馳せるラチェットを見詰めていたは、小さく微笑みながらゆっくりと椅子から立ち上がる。

その小さな音に気付いたラチェットは、閉じていた目を開き、立ち上がったを見上げた。

「私はもう行くわ。今日は本当にありがとう」

「ううん、どう致しまして」

丁寧に礼を述べて、は扉へ向かう。

本当はもう少しここでゆっくりと休憩していても良かったのだけど、きっとラチェットはがここにいる限り何処かへ行ったりはしないだろう。

忙しい身であるはずなのに・・・―――それでも気遣ってか、が演習場を去るまでラチェットは彼女の傍にいる。

あまり手間を掛けさせないようにするには、が動くしかないのだ。

本当はまだ少し身体に疲れは残っているけれど。

苦笑を浮かべてドアノブに手を掛ける。―――ゆっくりとそれを押し開けようとして、はピタリとその動きを止めた。

どうしたのだろうと首を傾げつつもの様子を窺っていたラチェットは、振り返ったが酷く優しげな笑みを浮かべている事に気付いた。

「私、貴女の笑顔が見たかったの。・・・作り物じゃない、本当の笑顔を」

唐突に切り出された言葉に、ラチェットは目を丸くする。

そんな表情を目の当りにして、はクスクスと笑みを零した。

「星組の入隊は渋ったけれど、今こうしてラチェットの笑顔を見ることが出来て、すごく嬉しいわ。作り物ではない、本物の笑顔をね」

からかうように微笑んで、何か言葉が返ってくる前にとは演習場を去った。

その後ろ姿を呆然と見送って・・・。

「どうして、素面であんなセリフを言えるのかしら?」

同姓相手だというのに、自分の頬が少し赤くなっている事を自覚して、ラチェットは悔し紛れに呟く。

「今度は男役をやらせてみよう」

誰に言うでもなくポツリと呟いて、ラチェットは苦笑を浮かべて書類を纏めた。

この間の少女役も素晴らしい人気を博したけれど、男役として舞台に立てばもっともっとファンが増えるのだろうと想像して、悔しいような嬉しいような複雑な思いを抱く。

今の所、あんな風に言葉を掛けるのは自分だけなのだから・・・―――そんなを他の人の前にも晒してしまうのは、少しもったいないような気がして。

けれどやはり見てみたい気もして、そんな矛盾した考えにクスクスと笑みを零した。

「まぁ、自分で撒いた種なのだから・・・責任を取ってもらわないとね」

そう言えば、はなんて顔をするだろうか?

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何が書きたかったのか・・・!!

シリーズ物(?)というか、小話を合わせて1つにした(?)というか。

ともかく第一弾はラチェット。

星組の中では唯一顔見知りなので、昔話などさせてみたり・・・っていうか、活動写真うろ覚えなので、所々曖昧に誤魔化してますが。(駄目じゃん)

作成日 2005.8.26

更新日 2010.7.11

 

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