戦闘訓練を終え、華撃団施設を出たは、刺すような明るい日差しに薄く目を細めた。

室内が暗かったわけでは決して無いけれど、やはり外との明るさの違いは歴然としていて、まだ明るい光に慣れていない目には少し辛いものがある。

はゆっくりと目を閉じて、そのままの体勢で瞼越しに少しづつ目をその光に馴染ませていく。

そうして数秒も経たない内に刺すような痛みは消え、開いた眼に映ったのは晴れ渡った綺麗な青空。

「今日も・・・いい天気」

ポツリと呟いて、ほんの小さく微笑んだ。

 

彼女の騒がしい一日

〜駆け引きの時間〜

 

「やぁ!こんな所で会うなんて奇遇だね!!」

華撃団施設を出てエレベーターに向かおうと歩き出したは、唐突に背後から掛けられた声にピタリと足を止める。

聞き覚えのある声にゆっくりと振り返ると、少し離れた野外テラスに1人の男性が優雅に足を組んで座っていた。

紐育華撃団総司令、サニーサイド。

を紐育華撃団に引っ張り込んだ張本人であり、彼女が最も苦手とする人間である。

何を考えているのか解らない人の良さそうな笑みを浮かべ、手を振っているサニーサイドを無視するわけにもいかず、は小さく溜息を吐いて面倒臭そうにサニーサイドの元へと進路を変更した。

「おはようございます」

「おはよう。―――っていうか、言葉敬語に戻ってるよ?」

軽く返って来た挨拶にサラリと付け加えられた言葉に、は微かに眉を顰めて座ったままのサニーサイドを見下ろす。

紐育華撃団に仮入隊(と本人は言い張っている)する事になった時、はサニーサイドから1つの提案・・・という名の命令を受けた。

それは彼女が人と接する時に常に使っている敬語と、敬称付けを辞めろというものだ。

勿論は反論したが、司令命令とまで言われ最終的にはその提案を飲まされる事になったのだが、あれから時が経った今もまだ慣れる事が出来ない。―――ふと油断した時に、ポロリと敬語が出てしまい、今のように注意されるのも日常だ。

どうしてサニーサイドが、に対してそんなことを強要するのか。

総司令が部下に敬語を使われる事は、決して可笑しい事ではない筈だ。

まぁ、ラチェットを始めとする星組隊員は全員敬語など使っていないのだから、それがこの華撃団のポリシーなのかと己に言い聞かせてみたけれど、そんな事で納得出来るわけもなく。

サニーサイドの意図はには解らないけれど、それで彼が満足するのならば好きにやらせておく方が面倒にならないかもしれない。―――それがが下した結論だった。

「おはよう、サニーサイド」

「うん、その調子」

改めて言い直すと、サニーサイドは嬉しそうに微笑む。

その笑みは普段から浮かべている胡散臭い笑みではないように思えて、もまた困ったように微笑んだ。

「それは良いとして・・・貴方ここで何をしているの?」

すっかり満足した様子のサニーサイドを見下ろしながら、は不思議そうに首を傾げて口を開く。

確かに春は近いとはいえ、まだまだ寒い時期である。

だというのに、サニーサイドはといえばコートも着ずにそこに座っている。

寒くないのだろうかと心の中で呟いて、すぐにその考えを捨てた。

彼を常識で考えてはいけない。

それもまた、がサニーサイドと関わるうちに学んだ事でもある。

そんな事をが考えているのを知っているのか知らないのか、それとも気付いていて知らない振りをしているのかははっきりしないが、サニーサイドは空を見上げてやんわりと微笑んだ。

「さぁ?何をしてたんだったかな?」

「・・・ようするに、暇なのね」

「そうなのかもしれないね」

「まったく・・・。ラチェットは毎日忙しく働いてるっていうのに・・・」

「そうだね。ボクは優秀な部下を持って幸せだね」

何を言ってもサラリと流され、は口元が引きつるのを自覚した。

そう思うのなら、少しは真面目に雑務をこなしたらどうなのかと言ってやりたいが、言ったところで何が変わるわけでも無いだろう。―――ただストレスが溜まるばかりだ。

は隠すでもなく1つ大きく溜息を吐いて、何とか自分を落ち着かせると、微かに眉間に皺を寄せながら再びサニーサイドを見下ろす。

「そんな格好をしていて、寒くないの?」

「あれ?ボクの心配してくれてるの?は優しいなぁ」

その一言で、の中の何かが切れた。

ニコニコと笑みを浮かべるサニーサイドを見詰め、もにっこりと微笑む。

一見してみれば、穏やかな朝の風景だった。―――の手が、腰の刀に添えられていなければ。

「最近身体が鈍ってしまったみたいなのだけど、鍛錬に付き合ってくれないかしら?」

「いや、無理だから。ボク見るからに非戦闘員でしょ?」

この寒い中、妙な汗をかきながら、サニーサイドは尚も笑みを浮かべ続ける。―――ただ単に、笑顔のまま固まってしまっただけなのかもしれないが。

そんな遣り取りで少し頭が冷えたのか、は刀を抜く事無く手を離し、呆れた眼差しでサニーサイドを見やると、深い溜息を吐き出す。

何だかとても馬鹿らしくなってきた。

戦闘訓練で疲れているというのに、何故に更に疲れるような事をしなければならないのか。

そんな結論に至ったは、サニーサイドに一言告げてから踵を返す。

とりあえずROMANDOに帰り、一心地付きたい。―――あの場所で暮らし始めてまだそんなに時間は経っていないが、あそこがにとって一番落ち着く場所である事は確かだ。

「ちょっと、ちょっと!待ってって、

背後から再び声を掛けられ、は律儀にも振り返る。

その顔にはウンザリとした表情が浮かんでいたが、サニーサイドが気にするとは思えない。

案の定気にした様子なく、また先ほどまでの会話が無かったかのような唐突さで、彼は突然に提案を切り出した。

、折角ここで会ったんだし、一緒に朝食でもどうかな?」

「私、もう朝食は済ませてきたから」

しかしそんな提案すらも一刀両断に切り捨てて、はサニーサイドに背を向けエレベーターへと向かう。

その道すがら、ふとある事に思い至った。

朝食がまだだというサニーサイドだが、しかし彼の前にはそれらしいものは無かった。

テラスに置かれたテーブルには、コーヒーの一つも用意されていない。

そもそも朝食なら自宅で取れば良いのだし、そうでなくても支配人室でも何処でも暖かい場所で食べれば良い。

だというのに、どうしてこんな寒いところにただ座っているのだろうか?

もしかして。

チラリと背後を窺うと、その視線に気付いていないサニーサイドが一つ溜息を零していた。

もしかすると、自分を待っていたのではないか?

がこの時間、華撃団施設で戦闘訓練をしていることはサニーサイドも勿論知っているし、それが終わる時間も彼ならば知っているだろう。

浮かんだ考えに、は眉間に皺を寄せて地面を睨みつける。―――なんだかとても自意識過剰に思えて、自分で自分が嫌になった。

それでも・・・一度立ち止まってしまった足は、なかなか前に進んでくれはしない。

は諦めの溜息を吐いて、観念したようにサニーサイドへと振り返った。

それに気付いたサニーサイドは、不思議そうに首を傾げてみせる。

「どうしたんだい?」

問い掛けられ、どう応えてよいのか解らず視線を彷徨わせていたは、歩みを進めサニーサイドの前に立つと、ぶっきらぼうに言った。

「コーヒーくらいなら・・・付き合ってあげるわ」

そう言った直後、まるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべたサニーサイドを見て、も何故か安心したように小さく微笑んだ。

 

 

吹きすさぶ冷たい風に身を晒したは、ブルリと小さく身震いし、コートの前を掻き合わせながら温かいコーヒーを手に取る。

目の前に座る男は、コートさえも着ていないというのに寒さを感じている様子など全くなく、優雅に用意してもらった朝食を口に運んでいた。

この違いは一体なんなのだろうか?

日頃の鍛錬が足りないのかと頭の片隅で考えつつ、少しの温かさを求めてコーヒーを両手で包み込む。

「星組に入隊して暫く経つけど、様子はどうだい?」

どうしてわざわざテラスで朝食など取っているのだろうかと考えていたところで、唐突にサニーサイドの声が掛けられた。

高い音を立てて、耳元で風が鳴る。―――地上よりも高いリトルリップシアターの屋上は、冬には耐えられないほどの強い風が吹いていた。

「どう・・・と言われても」

問い掛けられた言葉を反芻して、は言葉を濁しながらサニーサイドを見詰める。

「もう慣れたかい?ラチェットとは顔見知りだから、馴染みやすかったんじゃないの?」

「それはまぁ・・・」

「サジータも昴もちょっと個性が強いけど、まぁ・・・良い子だと思うし」

「・・・その間はなに?」

「その上、優秀でカッコいい上司はいるし」

「寝言は寝てから言って」

ピシャリと切り捨て、はハッと我に返る。

ついつい加山を相手にしている時のように流してしまったが、勿論現在の話の相手は加山ではないのだ。

自分でも口が悪いとは自覚しているが、ついつい言葉が口から零れてしまう。―――少しだけ気まずい思いでサニーサイドの様子を窺ったは、しかし彼がニコニコと笑顔を浮かべているのを見て訝しげに首を傾げた。

大抵はこういう返事をされれば気を悪くするのだろうに、どうして彼は笑っているのだろう?

「もしかして・・・マゾ?」

「は!?」

ふと浮かんだ疑惑を思わず声に出してしまい、は慌てて視線を逸らす。

口に出すつもりは無かったのに・・・―――ついついポロリと・・・出てしまったでは済まされない。

「あの〜・・・?」

「・・・ごめんなさい、気にしないで」

「いや、ものすごく気になるんだけど・・・」

ぱりぱりとサラダのレタスをかじりながら、サニーサイドは苦笑を浮かべる。

既に温くなってしまったコーヒーを、は誤魔化しついでに口に運んだ。

「とりあえず、ボクマゾじゃないから・・・多分」

「多分って・・・」

「だって、やっぱり男は謎が多い方が魅力的じゃない?」

そう言ってにっこりと笑ったサニーサイドの笑顔が、何故か加山と重なって見えて、の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。

「それで?さっきの質問の続き。もう星組には慣れた?」

笑顔でそう問い掛けられ、も穏やかな表情のままゆっくりと口を開いた。

「そうね・・・。皆良い人ばかりだから・・・」

照れ屋でぶっきらぼうだけれど、何かと世話を焼いてくれるサジータ。

一見しただけでは解らないほど、自然で気付かれないよう気を使ってくれる昴。

無邪気に慕い、いつも笑顔を向けてくれるジェミニ。

気さくに声を掛け、気を和ませてくれる杏里とプラム。

そして、朝早くから戦闘訓練に付き合ってくれるラチェット。

皆、良い人ばかりだ。

あれほど頑なな態度を取った自分にすら、こうして気を配ってくれるのだから。

の答えに満足したのか、サニーサイドはパンを頬張りながら頷く。

それを見やりながら、決して口には出さずには思った。

先ほどはあっさりと流したけれど、サニーサイドが優秀な支配人であり司令官である事はも認めている。―――帝国華撃団総司令だった米田や、現司令の大神とは違うが、大局を見極め的確な判断を下す能力を持っていることも知っている。

まぁ、多少・・・いやかなり性格に難がありそうだけれど、その辺はもう潔く諦める方が利巧というものだ。

「すっかり星組にも慣れたみたいだねぇ」

「そうね。お陰様で」

「んじゃ、そのついでに、このまま星組に残ったりなんか・・・」

「サニーサイド」

言いかけた言葉を遮られ、サニーサイドは苦笑を浮かべる。

先ほどまで穏やかな笑みを浮かべていたは、眉間に皺を寄せて彼を睨みつけている。

それほど本気で睨んでいるわけではなさそうだが、そこに戒めるような色を見つけてサニーサイドは小さく溜息を吐いた。

まだ、早すぎたか。

顔には出さずに心の中で呟いて、何事も無かったようにいつもの笑顔を浮かべてみせる。

「いや〜、ごめんごめん。謝るから、そんな怖い顔しないでよ」

「自業自得でしょう?」

「だから、ごめんって」

平謝りすれば、人の良いは呆れたように息を吐いて表情を緩める。

こういう人物なのだ、という人は。

慣れた相手には毒舌だし、決して簡単に心の中に忍び込ませないけれど・・・―――それでも強く出れば断り切れない。

典型的な日本人という事か。

サニーサイドの想像した大和撫子の姿との姿は、まさにピタリと当てはまる。

はコーヒーを飲み終わると、それをテーブルに上に置いて立ち上がった。

ウインナーを口にくわえたサニーサイドを見下ろして、口を開く。

「それじゃ、私はもう行くわ」

「えぇ〜?ボクまだ食べ終わってないのに・・・」

「私だってそんなに暇じゃないのよ。店に戻って加山さんが溜めた書類を整理しなくちゃいけないし、貴方だって仕事が溜まってるんでしょう?ラチェットが言ってたわよ」

の言葉に、サニーサイドはギクリと身体を強張らせ、乾いた笑みを浮かべる。

確かにの言う通り、サボっていた分の仕事が溜まっている。

もうそろそろラチェットの怒りも爆発する頃だろう。

折角のとのティータイムは惜しいが、この先は自分の命に関わる。

「そうだね。解ったよ」

「しっかりと働きなさい。ラチェットに迷惑を掛けないように」

「・・・解ってるって」

渋々ながらも返って来た返事に、は満足そうに頷いてエレベータに向かう。

そんなを呼び止め、サニーサイドは椅子から立ち上がり彼女の元へと歩み寄る。

「どうしたの?」

「いや、ずいぶんと寒そうだなと思ってね」

の少しだけ赤くなった手を取り、サニーサイドは小さく微笑む。

一体誰のせいだとが反論しかけたその時、添えられたサニーサイドの手に自分の手が持ち上げられた事に気付いた。

そしてが一体何事だろうと思う前に、冷たく冷え切った手に温かく柔らかい感触が伝わる。―――突然の出来事に呆然とするの目に、ニヤリと笑うサニーサイドの笑みが映った。

その瞬間、手を振り解き素早く数歩後ろに下がりサニーサイドと距離を取る。

「な、なにを・・・」

「ん〜?寒そうだったからね。暖めてあげようと思って」

飄々と言ってのけるサニーサイドを睨みつけ、先ほどサニーサイドの唇が触れた手の甲を押さえながら口を開く。―――しかし残念ながら、その口からは何の言葉も出てこなかった。

顔を真っ赤に染め、口を開け閉めするを満足そうに見詰めて、サニーサイドは再び口角を上げた。

それを見てからかわれたのだと判断したは、一際強く睨みつけて踵を返し、足音も荒くその場を去る。

その後ろ姿を見送って、サニーサイドは大きな溜息を吐いた。

折角作ったこの時間に、最悪だろう自分のイメージアップを計ろうとしたというのに。

「なかなか、上手く行かないものだね」

ポツリと呟いて、サニーサイドも支配人室へと足を進める。

しかし彼は気付いていなかった。

この僅かな時間の中で、のサニーサイドに対する印象が少し変わっている事に。

彼女の根底にあった苦手意識が、少しづつ薄らいできている事に。

 

2人が去った後の野外サロンには、静かな空気が流れていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

第二弾はサニーサイド。

彼をどう書いたら彼らしくなるのかがわかりません。

寧ろこれはサニーサイドじゃないだろう・・・みたいな。

あまりはじけさせないようにしたのが原因なのだろうか・・・。

作成日 2005.9.24

更新日 2010.9.12

 

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