空に輝く太陽の位置で時間を確認したは、困ったように眉を寄せた。

予定・・・と言えるほど綿密に計画を立てていたわけではないが、漠然とながら考えていた今日の予定が、様々な出来事により狂ってしまっている。

今日中に、あの見るだけで疲れが滲み出るような書類の山を片付けてしまいたかったのだけれど・・・―――星組に入隊してからというもの、ろくに月組の仕事が出来ていないのだから、せめて書類の整理くらいはしたいと思っているのだが、なかなか思い通りにはいかないらしい。

加山が自主的に書類処理をしてくれれば何の問題もないが、おそらくそれは望むだけ無駄だろう。

今日中に全て・・・とはいかないだろうが、出来るだけでも片付けておこうとそう結論を出したその時。

「あ、さん!!」

背後から掛かった声に、の淀みなく動いていた足がピタリと止まった。

 

彼女の騒がしい一日

〜鍛錬の時間〜

 

「お休みの日にまでさんに会えるなんて思わなかった!」

無邪気に笑顔を浮かべながら話し掛けるジェミニに、は苦笑いを浮かべた。

別にジェミニに会うのが嫌なわけではない。

寧ろ純粋に自分を慕ってくれるジェミニは、にとっては可愛い妹みたいなものだ。

しかし。

「こんな所で何してるの?」

目の前で小さく首を傾げるジェミニを目に映しながら、やはり今日は予定通りにはいかなそうだと、心の中で呟いた。

「さっきまでシアターにいたのよ。今から店に戻ろうと思っていたのだけど・・・。それよりもジェミニはここで何を?」

「ボクは剣の修行をしに、セントラルパークに行く途中だよ。それが済んだら、ROMANDOに顔を出そうって思ってたんだ」

返って来た答えに、は曖昧な返事を返しながら、これからの予測を立てた。

その予測に、苦笑いを零す。

きっとそうなる筈だ。―――いや、間違いなく、なるだろう。

そんなの心中を知ってか知らずか、ジェミニの視線がの腰元に落ちた。

そこには二振りの日本刀。

紐育に来てからは、常に腰に下げられているの戦う為の手段。

それをじっと見詰めていたジェミニは、次の瞬間パッと表情を明るくして。

「ねぇ、さん。ボク・・・お願いがあるんだけど・・・」

少し遠慮がちに投げかけられた言葉に、は困ったように微笑む。

「何かしら?」

聞かなくても解るけれど。

それでもわざとそう問うと、ジェミニは顔の前で手を合わせて言った。

「お願い!ボクの修行に付き合ってくれないかなぁ・・・」

お願いしますと頭を下げるジェミニを見下ろしながら、は一体何処でそんなお願いの仕方を覚えたのだろうと不思議に思う。

アメリカ人は、人に頼み事をする時にお辞儀はしないはずだ。

そんなどうでも良い事を考えながら、は目の前にあるジェミニの頭を軽く叩いた。

こうなるだろう事は予想していた。

前々からお願いされてはいたのだ。―――その時は色々忙しく、残念ながら鍛錬には付き合ってあげられなかったのだけれど。

ちょうど良い機会なのかもしれないと、は思う。

いつもいつも断ってばかりは気が引けると思っていたのだ。

ここでジェミニの鍛錬に付き合えば、間違いなく書類処理に手を掛ける事は無理だろう事も解っていたけれど。

折角の休日を、こんな風に過ごすのも良いかもしれない。

頭の片隅でそう思いながら、はにっこりと微笑みかけた。

「そうね。たまには良いかもしれないわね。・・・是非、ご一緒させてくれる?」

そう返事を返せば、花が開いたと形容するに相応しい笑顔が視界を占める。

「ありがとう!」

体全体で喜びを現すジェミニを見詰めて、も嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「やぁ!!」

短い掛け声と共に打ち込んできたジェミニの剣を、危なげなく受け止める。

ギリギリと鳴る刀に力を込めながら、はジェミニとは反対に静かな様子で相手の技量を測っていた。

セントラルパークの一角で、とジェミニは手合わせをしていた。

お互い真剣を使っての稽古。―――日本ではあまりしない形なのかもしれないが、の道場では日常的に行われていたので、何の問題もない。

二天一流は実戦を重視した剣術である。

勿論竹刀を使っての稽古もするが、やはり基本は真剣を使っての稽古が多かった。

竹刀と真剣では重みも扱い方も全く違う。―――真剣に慣れていなければ、到底戦いの場で生き残る事は難しいだろう。

もちろん、今の世の中で、それが必要とされる事はほとんどなかったけれど。

「はぁ!!」

次々と打ち込まれてくる攻撃を、は危なげなく受け止める。

こちらから打って出ても良かったが、それだとあっという間に勝負がついてしまうとは判断した。

ジェミニが弱いわけではない。

剣筋は多少荒っぽいが、基本はしっかりしているし、なかなかの腕前だと思える。

しかし、幼い頃から剣術を磨き、幾度となく死線を潜り抜けてきたにしてみれば、それは何の驚異にもならない。

しかしそれはそれで面白かった。―――今はまだまだだが、これから頑張って鍛錬を積めば、良い剣士になれるだろう。

合わせた刀に力を込めてジェミニを押し返し距離を取ると、僅かに口角を上げた。

肩で息を繰り返すジェミニを見詰める。

まだまだ諦める気はないようで、再び刀を構えたジェミニ。

その時、ふと違和感に襲われは微かに眉を顰める。

口元に浮かべていた笑みを消し、真剣な表情を浮かべて目の前のジェミニを見据えた。

肩で息を繰り返しているジェミニの、雰囲気が少しだけ変わる。

「ああぁっ!!」

再び踏み込んできたジェミニの刀を己の刀で受け止める。

キィンという高い金属音と、刀を持つ手に微かな痺れを感じた。

眉間に寄っていた皺が、更に深くなる。

ジェミニの雰囲気が変わった・・・、とは目の前の少女の顔を見詰めた。

先ほどまでのがむしゃらな剣筋ではない。―――鋭い、重みを増した・・・これは。

反射的に刀を押し返し、はグラリと体勢を崩したジェミニに向かい一歩踏み込む。

ジェミニに合わせて一本しかない刀を両手で握り締め、下から掬い上げるようにしてジェミニの刀を弾き飛ばす。

風を切る音と共に宙に飛んだ刀をそのままに、自分の身体でジェミニの身体を押し倒し、手にある刀を首元に突きつけた。

一瞬、時間が止まったかのような奇妙な間。

驚きに目を見開いたジェミニが、恐る恐る口を開いた。

「ま・・・参りました」

その一言で漸く我に返ったは、慌ててジェミニの上から退き、刀を鞘に収めて地面に背中をつけたジェミニの身体を引き起こした。

「ごめんなさい。怪我はない?」

「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ」

身体を起したジェミニは、そう言って照れたように笑う。―――こんなにあっさりと負けちゃうなんて情けないなぁと言いながら、服についた草を払い落とす。

それを横目に見ながら、自分が跳ね飛ばしてしまったジェミニの刀を拾い上げ、それを彼女に手渡した。

「本当にごめんなさい」

「ううん、気にしないで。さんが本気で相手してくれて、ボク嬉しかったからさ」

その言葉に嘘はないらしく、キラキラと輝く瞳でを見上げるジェミニ。

そんなジェミニを見下ろしながら、は先ほど感じた違和感の正体を計りかねていた。

剣を交えている最中、ジェミニの雰囲気が変わった。

それは間違いないと、は思う。―――自分の身体が勝手に動いた事が、それを証明している。

あれはただがむしゃらに剣の腕を磨く者の放つ気配ではない。

鋭い気配。

纏わりつくような、暗く深い何か。

酷く強い、負の感情。

幾度となく戦いの場に身を置いてきただからこそ、感じ取る事の出来た感情。

「ジェミニ・・・。貴女・・・」

「ん?どうしたの、さん?」

ポツリと呟いたを、ジェミニは不思議そうに見上げる。

その表情に、先ほどの面影は微塵もない。

見間違いだったのかとさえ思えるほど・・・―――けれど決して見間違いではないと、は自信を持って言える。

だとすれば、一体何故・・・?

手渡された刀を鞘に収めたジェミニは、を見てにっこりと笑う。

さんって凄いね。どうやったらそんなに強くなれるの?」

「え?ああ・・・そうね。私の場合は、幼い頃から鍛錬してきたから・・・」

「そっか・・・。やっぱり今すぐに、って訳にはいかないか」

残念そうに呟くジェミニに、は漸くいつもの調子を取り戻してその頭を優しく撫でた。

「ジェミニなら、頑張ればすぐに上達するわ」

「ほんと!?」

「ええ。私が保証する」

断言してやると、ジェミニは嬉しそうに頬を緩ませる。

「ボク、頑張るよ。頑張って強くなって、それで絶対にシアターの舞台に立ってみせるよ!」

力強く決意を示すジェミニに、剣の腕を上げることとシアターの舞台に立つ事は一致しないと思うのだけど・・・と心の中で突っ込むが、折角やる気になっているというのに水を差すのも気が引けて、は何も言わずにその場を見守った。

さん、また一緒に修行してくれる?」

「ええ、勿論」

の返答に、約束だよ!と念を押して、ジェミニはヒラリと身を翻した。

「それじゃ、ボクもう行くね。付き合ってくれてありがとう、さん!」

元気良く駆けながら手を振るジェミニに軽く手を振り返して、は小さく溜息を吐いた。

先ほどのあれは、一体なんだったのだろう?

ジェミニには何かあるのかもしれないと、はぼんやりとそんな事を思う。

1人、テキサスから出てきたという少女。

ダンサーを目指していると言っていたけれど、もしかしたら他に何か理由があったのかもしれない。―――テキサスを出なければならない、理由が。

「サニーサイドに聞けば、何か解るかしら?」

そう呟いて・・・しかし脳裏に甦ったサニーサイドの笑顔から、今日の出来事を思い出し再び顔が赤く染まる。

本当に、ああいう行為には慣れていないのだ。

思い出してしまった出来事を振り払うように頭を振って、もジェミニとは反対の方向へと歩き始めた。

ジェミニのことは気になるけれど、サニーサイドに聞いてみるのは止めておこう。

今はまだ、冷静に話が出来るとは思えない。

「そう言えば・・・」

ROMANDOに向かい歩く道すがら、ふと思い出す。

店に行こうと思っていたとジェミニは言っていたけれど、もう良いのだろうか?

店とは反対方向へと駆けて行ったジェミニを振り返りながらそう思う。

もう既に、そこに彼女の姿はなかったけれど。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

サジータ編が終わった後、さて最後に昴を・・・と思ってハッとしました。

ジェミニ編がない!!(素で忘れてた)

というわけで、急遽ジェミニ編。

急に作ったので、中身がないよ。(というかいつもの事ですが)

サラリとジェミニの核心にちょっとだけ触れてみたり。

作成日 2005.10.11

更新日 2011.2.6

 

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