セントラルパークでジェミニと別れたは、ゆるりと歩いていた足を止め空を見上げた。

太陽は既に西に傾き、蒼に染まっていた空は次第に赤に変わりつつある。

ジェミニと鍛錬をしている内に、思ったよりも時間が経っていたようだ。

早朝にラチェットと戦闘訓練をし、その後サニーサイドのかなり遅めの朝食に付き合い。

サジータに会って荷物運びを手伝いながらハーレムの騒動に巻き込まれたり。

偶然ジェミニに声を掛けられ、彼女の鍛錬に付き合った。

思い返してみれば、ずいぶんと忙しない一日を過ごしてきたようだ。―――月組の任務に着く時はこれ以上に忙しい事などざらにあるが、今日ほど疲れを感じたのは本当に久しぶりの事だった。

今から加山の溜めた書類整理を始めたとしても、今日中に終わらせるのは不可能だろう。

まあ、今日中に終わらせなければならない理由があるわけでもないのだが・・・。

それならばゆっくりとすれば良いと思い直し、は今日最後の予定を立てた。

日が暮れるのも後僅か。

ならば今日はこのまま買物に出かけ、それから店に戻った方が効率も良いだろう。

今日の夕飯のメニューを思案しながら、は空を見上げたまま口を開いた。

「新鮮な魚を売っている店を知らない?―――ねぇ、昴」

ポツリと付け加えられた言葉に反応するように、の背後の木の葉がガサリと音をたてた。

 

彼女の騒がしい一日

〜穏やかな時間〜

 

自分に向けられた声を無視する事無く、昴は身を潜めていた木々の間から姿を現した。

少し距離を置いたその場には、悠然と微笑むの姿。

「流石だな。何時から気付いていたんだい?」

「セントラルパークに入ってから、かしら?一体何時から見ていたのかは知らないけれど、それ以前なら完璧に気配を消せていたわよ」

その返答に、昴は微かに口角を上げた。

流石だ、と再び繰り返す。

昴がをつけていたのは、彼女の言う通りセントラルパークに入ってからだ。―――即ち、最初から気付かれていたという事。

「それで?わざわざ気配を消してまで、私をつけていた理由はなにかしら?」

「特に理由はないさ。ただ君とジェミニの姿を見つけたから、興味を引かれただけだよ」

「なら、声を掛けてくれれば良かったのに・・・」

「声を掛けない方が、面白いものが見られそうな気がしてね」

そう言い笑えば、は複雑そうな表情で昴を見返す。

思惑通り、とても面白いものが見れたと昴は思った。

「ただの鍛錬が面白いだなんて、昴は変わってるのね」

「そんな事はないよ。君と、ジェミニの実力が見れたからね」

そう言葉を返しながら、昴は先ほどの2人の勝負を思い出す。

まだまだ実力不足だとはいえ、それなりに目を瞠る実力をもつジェミニを、まるで子供を相手にするかのように流すの剣。

何度か共に出撃しているのだからその実力は知っていたけれど、スターに乗っている時と生身で剣を振るっている時とは微妙に違う。

初めて会った時の姿が、未だに昴の瞼の裏に焼きついている。―――舞うように、軽やかに剣を振るうの姿。

研ぎ澄まされた気配。

素早い身のこなし。

けれど音が消えてしまったかのような、静の瞬間。

満足げに笑う昴を見て、どうにもやり込められてしまったようだと諦めたように溜息をついたは、昴の元へと歩み寄り困ったような微笑を浮かべた。

「昴、この後何か用事でもある?」

「・・・・・・いや、特には」

含むように問い掛けるに、昴は少し警戒しつつも正直に答える。

そんな気配を察しているのか、は更に笑みを深めて。

「この間、日本からお米やら味噌なんかを送ってもらったの。今日の夕食は和食にしようと思うのだけど、一緒にどうかしら?」

「・・・昴は言った。人と食事を共にするのはあまり好きではない、と」

昴の返答に、しかしが怯む事は無かった。―――それは予想された答えだったのだから。

「でも昴は海外暮らしが長いでしょう?最近はあまり和食を口にしていないんじゃない?」

「日本食を出すレストランなら、紐育にもあるさ」

「そうね。私もこの間サニーサイドに(強引に)連れて行ってもらったわ。―――こう言っては失礼だけど、私が知る和食とは少し違っていたわね」

眉を寄せて自分を見上げる昴に、は留めとばかりににっこりと微笑む。

「ぜひ、昴に和食をご馳走したいのだけど・・・駄目かしら?」

言われた言葉に、暫くの間無言を貫いていた昴は、わざとらしく溜息を吐く。

やり込めたつもりが、逆にして返されるとは。

「・・・そこまで言うなら、ぜひご馳走になろうか」

昴の出した答えに、は満足げに頷いた。

 

 

チリンと涼やかな音を立てて、店のドアが開いた。

買物を終えてROMANDOへと帰って来たは、店に灯りが灯っていない事を訝しく思いながらも手探りでスイッチを探して灯りを点ける。

「何時来ても可笑しな物ばかりだな、この店は」

光に照らされた店内を見回しながら呟く昴をそのままに、はカウンターへと歩み寄る。

何も言わないのではなく、返すだけの言葉が見つからなかったからなのだが。

カウンターの中へと入り、おそらくはそこにあるだろう書置きを探す。

本当ならば、今の時間はまだ営業中。―――最近は忙しさも少し落ち着いてきたらしい加山が店番をしている筈なのだけれど、灯りが消えていることからして加山はここにはいないのだということは考える間もなく解る。

仕事上何時何があるか解らない状況なのだから、突然いなくなっていても不思議は無い。

加山ならば帰ってくるの為に書置きをしているだろうと踏んでの事だが、彼女の予測通り書置きはそこにあった。

それに素早く目を通す姿を見ていた昴は、小さく溜息を吐いて顔を上げたと目が合う。

「加山はどうした?」

そう問い掛ければ、少し眉根を寄せては微かに笑った。

「仕事で、2・3日留守にするって」

折角今日は和食だったのにねと零すを見て、昴は少しだけ眉を上げる。―――そんな昴に気付かず、は書置きを見詰めながら言葉を続けた。

「久しぶりにお米が食べたいって、子供みたいに駄々を捏ねていたのに・・・」

「・・・なら、あいつの為に残しておいてやれば良いじゃないか」

「だって、もう炊いちゃったもの」

肩を竦めて書置きをカウンターに戻す。

日本にいるマリアたちが、気を利かせて送ってくれた少しの食材。

それはたまたま店に顔を出していた、日本から共に来た月組隊員たちにとっても魅力的であり、そんな彼らを前にして独り占めなどに出来る筈もない。

少しづつ分けることになり、結果手元に残ったのはたったの一食分程度。

今日ならば加山も店にいるだろうと思い米を炊いたのだが・・・―――不運な重なりか、どうやらそれが加山の口に入る事はないらしい。

加山が楽しみにしていた事を知っているだけに、残念でもある。

「とことん、運の無い人間だな・・・あいつは」

扇子を口元に当て、興味なさそうに呟く昴を見詰めて、は困ったように微笑んだ。

 

 

場所を店からの部屋へと移し、手早く夕食の準備を終えたは、久方ぶりに見る和食をテーブルの上に並べて満足そうに頷いた。

昴の推薦で手に入れた新鮮な魚を焼き、紐育でも手に入れられる野菜で煮物を作り。

日本食には欠かせない味噌汁と、そしてほかほかに炊き上がった白い米。

基本的な献立ではあるが、紐育では珍しい光景に、昴の口角がほんの少し上がった。

「さぁ、冷めないうちに食べましょう」

そう言って両手を合わせたは、箸を手に取り味噌汁の入った器を手に取る。

以前厳しく躾られたと言っていただけあると、礼儀正しいその動作に好感を持つ。

そんな事を思いながら、昴も同じように箸を取り、湯気を立てる味噌汁を口元に運んだ。

懐かしい味が、フワリと口内に広がる。

時々は口にしていた筈なのだが、何故か酷く懐かしく思える。

の言う通り、紐育の日本食レストランで出される食事は、やはり自分たちが知る日本食とは違うのだと思った。

長い間本物を口にしていなかった為、その違いが解らなくなっていたらしい。―――そう自覚すると、昴の口から微かに笑みが漏れた。

「・・・どうしたの?口に合わない?」

昴の様子を見ていたが、不安げに問い掛ける。

そんなの態度などお目に掛かった事の無かった昴は、内心意外に思いつつも誤解を解くべくユルユルと首を横に振った。

「いや、美味しいよ。とても懐かしいなと思ってね」

やんわりと微笑んだ昴を見て、も同じように微笑む。―――どうやら気を遣ってくれているわけではないようだ。

そう判断して、再び食事を再開する。

無言のまま箸を進める2人に、当然の事ながら室内は静まり返った。

音楽を流しているわけでもなく、他に誰かがいるわけでもない。―――加山がいれば大層賑やかな食卓になるのだろうが、生憎とも昴もおしゃべりとは言えない方だ。

ただ時折食器の鳴る音と、窓の外から聞こえてくるほんの僅かな物音と。

しかしそんな静かな空間は、2人にとって不思議と居心地の良いもので。

こうして食事をするのはほとんど初めてと言ってもいいほどだが、何故か共にいる事が当たり前のようにさえ感じる。

程なくして食事を終え、の淹れた日本茶を飲んでいた昴は、ふとキッチンに置いてあったあるモノに目を止めた。

白と黒の色合いが、とても綺麗に重なり合ったそれ。

それが示すものを違い無く読み取った昴の口元に、意地の悪い笑みが浮かんだ。

「あのおにぎりは、加山の為のものかい?」

昴のからかいを含んだ声に、お茶を飲んでいたが小さくむせた。

確信犯の笑みを浮かべる昴を小さく睨み返して、は湯飲みをテーブルに戻す。

「そんなんじゃないわ。おにぎりは冷めると握れないから・・・。ご飯が中途半端に余っても仕方が無いし・・・」

「なるほど」

「・・・・・・それに加山さんは2・3日は帰ってこないのよ?そんなに長く置いておけるわけがないじゃない。あれは、私の明日の朝ご飯よ」

いつもからは考えられないほど饒舌に語るを、昴は実に楽しそうに眺める。

普段は言い訳などしないの、言い訳がましい言葉。

それほどおしゃべりではないが、これだけ熱心に言葉を連ねる事こそが、先ほどの問いを肯定しているも同然だという事に、果たして彼女は気付いているのだろうか?

いや、気付いているだろう。―――余裕の笑みを浮かべながら、そうかと相槌を打つ昴を恨めしそうに見ているのだから。

それに気付いていても、言わずにはいられないというところだろう。

何でも器用にこなすくせに、こういうところでは驚くほど不器用なのだから。

「それはそうと、さっきから気になっていたんだが・・・」

憮然とした表情を浮かべるに改めてそう問い掛ければ、話が逸れたと踏んだが安堵の息を吐いたのが解る。

「なにかしら?」

それに幸いと乗って来たに気付かれないよう扇子で口元を隠し、ニヤリと笑う。

「君の話の端々から察するに、君と加山は食事を共にしているみたいだけれど・・・」

「・・・?そうよ。加山さんはああ見えて面倒臭がりな所があるから、放っておくと食生活が偏りがちになるし・・・。紐育に来てからは特に」

昴の思惑に気付かず、不思議そうな顔をしつつも律儀にそう説明する。

それを聞き納得した素振りを見せてから、昴は本日最大の爆弾を投下した。

「まるで母親のようだな。―――いや、この場合は夫婦と言ったほうが適切か・・・」

その一言に、の動きがピタリと止まる。

硬直し昴の顔を凝視していたは、一拍の後に顔を赤に染め、何か反論しようと口を開くが、残念ながらその口から声が発せられる事は無かった。

「どうかしたのか?」

しかしそんなの様子など気付かぬふりで、昴は不思議そうに首を傾げる。

「・・・・・・別に」

色々と反論したいことは山ほどあったけれど、何かを言えば墓穴を掘るだけだと判断して悔しいながらも口を噤んだ。―――それは正当な判断だったと言えるだろう。

憮然とした様子のを眺めて、少しやり過ぎたかと昴は苦笑を浮かべる。

ここは早く退散した方が良いと結論を下し、昴は湯飲みを置いて立ち上がった。

引き際を正しく見極める事も、勝利を得るに必要な事だ。

「今日はご馳走様。久しぶりに日本食が食べられて、嬉しかったよ」

丁寧に礼を述べれば、複雑ながらもぎこちなく笑みを返すが玄関まで見送りに来てくれた。

そんなに背を向けて歩き出そうとした昴は、ふと最後の悪戯心を以って、笑みをその顔に浮かべながらゆっくりと振り返る。

「昴は理解した。君の全ては、加山が握っているのだと」

告げられた言葉に、は軽く目を見開く。

「冷静さも、余裕も、大人びた雰囲気も、全て彼が崩してしまう。同じように、苦しみも、悲しみも、全て消してしまえるのだろうね」

滅多な事では動じないの感情を、良くも悪くも左右してしまえるのは、きっと彼だけなのだろうと昴は思う。

強制でもなく、また義務でもなく。

それほどまでに己を支配してしまえる誰かがいるというのは、どんな気持ちなのだろう?

今のを見ていれば、それはとても幸せな事のように思えた。―――同時に、とても危険な事のようにも思えるけれど。

どちらにせよ、自分には縁のない事だと結論を下して、昴は微笑んだ。

「・・・昴」

「良いものを見せてもらったよ、今日は」

恨めしそうに自分の名を呼ぶに背を向けて、昴は足を踏み出す。

常に勝敗の見えないとの遣り取りも、加山が絡めばいとも簡単に自分の手に勝利が転がってくる。―――実にからかいがいがあるではないか。

まぁ、あまり頻繁に使っては効力が無くなる。

これは最後の奥の手として大事に握っておくさと一人ごちて、昴は微かに口角を上げた。

「おやすみ、

返事が返ってこないことを前提に、昴は今日の別れの言葉を口から零してその場を去った。

 

 

視界から昴の姿が消えてしまったことを確認してから、は自分の部屋へと戻る。

そうして寝室へと向かいベットに腰を掛けると、大きく溜息を吐き出しながら倒れ込んだ。

一日の最後の最後で、まさかあんな強烈な攻撃を食らうとは。

じわじわと身体に広がる疲労を自覚しつつ、再び溜息を吐き出す。

もう既に、書類整理をする気力など残っていなかった。

ゆっくりと目を閉じると、ユルユルと眠気が襲ってくるのを感じる。

今日はこのまま、眠ってしまおうか。

そんな考えに抗う事無く、はブーツを脱ぎ捨て布団の中に身を潜めた。

やがて幾ばくかも経たない内に、の意識は眠りへと誘われる。

そして彼女の長い長い一日が、今漸く終わりを告げた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

本当に長かった・・・!!

ラストを飾るのは、サクラ5一番のお気に入りの昴でした。

一番最初に考えついたのがこの話なのですが、それじゃ他のメンバーの分もないと不公平だろう。(なんで?)と思い、急遽シリーズ化。

よって思いついてから大分経っての作成なのですが、今改めて、話を書くには勢いが大切だと痛感。

考えてたのと違うよ?寧ろ何でこんな対決風になってんの、みたいな。

でもまぁ、2人はこんな風に仲良く一緒に過ごしてるんだよって感じで。(笑)

というか、シリーズ全5話に加山が一度も出て来てないし・・・!!(今気づいた)

作成日 2005.10.13

更新日 2011.4.10

 

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