「紐育華撃団に日本から新しく隊員が来るって話、知ってるか?」

いつも通り、ROMANDOのカウンターで客の来ない店の番をしていたは、外出先から帰ってくるなりそう言い放った加山を見上げ小さく首を傾げた。

「加山さん」

「何だ?」

「その話は、つい半月ほど前に一度した記憶があるのですが・・・」

「ああ、したぞ。お前の記憶は間違ってないさ」

はははと豪快な笑い声を上げる加山を見詰めるの米神が、ヒクリと引きつる。

ならば何故、改めてそんな話を切り出すのだろうか?―――しかも、そんな得意げに。

「聞きたいか?」

「ええ、是非」

こういう場合は、大人しく聞いていた方が後々面倒にならなくて済む。

いたずらっ子のように目を輝かせる加山を横目に、渋々ながらもは即答した。

 

幼き頃の記憶

 

厳しく寒い冬を乗り越え、漸く少しづつ暖かくなってきた頃。

何故か星組の隊員を全員集めたサニーサイドが自信満々に言い放ったその言葉が、始まりといえば始まりだったのかもしれない。

「新しい隊員を迎えることになったから」

普段と何ら変わらないあっさりとした口調でサラリと言ったサニーサイドに、一瞬返す言葉が見つからなかった隊員たちは、無言で次の言葉を待つ。

実際、にとっては反対する必要もない。

新しい隊員が加われば、それだけ星組の戦力も上がる。―――それは、サニーサイドと交わした契約の終わりも近づくという事だ。

「・・・で?どんな奴を入れようってんだい?」

サジータにも異論は無いのか、少しだけ好奇心を乗せた声色でそう問い掛ける。

広い紐育。―――隊員4名で守るのは、口で言うほど簡単ではない。

自分たちの負担を少しでも軽くする為には、新しい隊員の存在は不可欠だ。

一方サジータに問い掛けられたサニーサイドは、その質問を待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、芝居じみた動作で組んでいた足を組み直す。

「それが聞いて驚くな!なんと・・・っ!!」

「さっさと言え」

もったいぶるサニーサイドを、鬱陶しいという表情を隠そうともしない昴が一蹴する。

そんな横槍に気分を害された様子を見せつつも、サニーサイドはしょうがないなと小さく溜息を吐きながら口を開いた。

「大神一郎に来てもらう事になったんだよ」

サラリと告げられたその言葉に一番反応を見せたのは、黙って事の成り行きを見守っていただった。

勢い良く座っていたソファーから立ち上がり、目を大きく見開いて、座っているサニーサイドを見下ろす。

そのリアクションに満足したのか、サニーサイドはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「驚いたかい?」

「驚いたかい、じゃないわよ。あなた・・・一体何考えてるの?」

批難を含んだ声色にも、サニーサイドは怯まない。―――は鋭い光を目に宿し、ニヤニヤと笑みを浮かべるサニーサイドを睨みつけた。

大神一郎。

初の都市防衛組織・帝国華撃団の戦闘部隊で隊長を務め上げ、追って設立された巴里華撃団でも見事な功績を収めた。

未だ不安定な紐育華撃団を強化する為には、確かにこれ以上の人材はないだろう。

しかしその時と今とでは決定的に違うところがある。

それは、かつての大神一郎は多少融通の聞く隊長という座にあったが、現在の彼は帝国華撃団の総司令だという事だ。

いくらこちらが願ったとはいえ、帝国華撃団のトップがそう易々と他部隊へ配属されるなど有り得ない。

「だって、大神一郎が来てくれたら良いなと思わないかい?」

「だってじゃないわ!」

の剣幕に拗ねた素振りを見せるサニーサイドを、は一喝する。

紐育華撃団総司令のサニーサイドが、同じ立場である帝国華撃団の総司令にするような頼み事ではない。

未だ若く、総司令に就任してからの日も浅い彼の事を、軽んじているのだろうか?

にとってサニーサイドの提案は、己を侮辱されたも同然の事だった。―――己の所属する組織のトップに立つ者が、軽く扱われたのだから。

そこに幼馴染の感情が混ざり合っている事は否定しないが。

「そんなに怒らないでよ。大丈夫だって。帝国華撃団はうちと違ってもうしっかりと形作られてるんだからさ。少しの間くらい大神一郎がいなくなったって、問題ないでしょ?」

「そういう問題では無いでしょう!?」

キッパリと切り捨てて、は深く眉間に皺を寄せたまま、唐突に踵を返してドアへと向かう。

「ちょっと、何処行くんだい?」

「少し用事を思い出したの。今日はこれで失礼するわ」

背中から掛かる声にも素っ気無く返事を返し、はそのまま支配人室を出た。

ともかくも、すぐに店に戻り真相を確かめなければ。

一体何時サニーサイドが日本にそれを要請したのかは解らないが、もしかすると何らかの情報が月組に入っているかもしれない。―――そうでなくとも、キネマトロンで大神に直接問えば、何らかの答えが返ってくるだろう。

ふつふつと燃える怒りを押さえながら、は帰り道を急いだ。

 

 

それが半月ほど前の話。

大神とキネマトロンで交わした話は、確かにそういう要請は来ているが、どうするかはまだ決めかねているという事。

しかし帝都を離れるつもりは無いとキッパリと言い切ったところから、おそらくはどうやって相手の要求を交わすかの思案中なのだろう。

それから話し合いがどのように交わされたのか、は知らない。

とうとう結論が下されたということなのだろうか?―――しかし大神が否と言い切った以上、彼が紐育に来る事はないということをは確信していた。

「それで、一体誰が紐育に来るんですか?まさか一郎ではないのでしょう?」

2人してカウンターに並んで座りながら、は加山に淹れたてのお茶を差し出した。

それを受け取り、加山はにっこりと笑みを浮かべる。

ROMANDO店内で気軽にするような話ではないが、まさか店を空にするわけにもいかないので仕方が無い。―――まぁ、どうせ客など1人もいないのだけれど。

「ま、当然だな。確かにサニーサイド司令の言う通り、帝国華撃団は1つの戦闘部隊として完成した形ではあるが・・・。だが大神だって、司令としてしなければならない仕事も多い。いくら平和が訪れたとはいえ、それで仕事がなくなるわけでもなし」

黒之巣会や黒鬼会が暗躍してた時に比べれば仕事も減っただろうが・・・、と付け加えて一口お茶を啜る。

「なら、誰が・・・。まさか花組の誰かが?」

「大神がそんな事すると思うか?」

逆に問い返され、は口を噤む。―――答えは聞くまでも無く解っていたのだから。

それならばなおさら疑問が湧いてくる。

大神でも、花組の隊員でもないのなら、一体誰が来るというのか。

他に霊子甲冑に乗れるだけの霊力を有した人物がいただろうか?―――米田が後の花組隊員候補として育てている乙女学園の少女たちなら可能性もあるが、それでもまだ実戦で霊子甲冑に乗れるほど力があるとは思えない。

第一、それでは絶対にサニーサイドは納得しないだろう。

そんなの無言の問いに、加山は楽しそうに口角を上げる。

「海軍士官学校で、なかなか将来有望な若者を見つけたらしくてな。ちょうど今年卒業だし、そいつで行こうかと思ってるらしい」

「そんな簡単に決めて良いんですか?本当に実力があるかどうかも解らないのに・・・」

呆れたような口調で呟くを眺めながら、加山は尚も笑みを崩さない。

いくら新しい隊員として配属されたとしても、使い物にならなければ意味がないという意味を込めて言った言葉なのだが、あまりの加山の余裕ぶりに小さく首を傾げる。

これは何かあるのだろうか?

「結構優秀な奴みたいだぜ。なんてったって、士官学校を主席で卒業した将来有望な海軍少尉だからな」

そのフレーズをどこかで聞いたような気がして、は苦笑を浮かべる。

海軍士官学校を主席で卒業した海軍少尉。―――まるで5年前の大神一郎のようだ。

「そうだと良いですけど・・・」

少しの希望を込めてそう呟くを横目に、加山はカップを口元へ運び。

「帝国海軍少尉、大河新次郎。―――実に面白い人材じゃないか」

スルリと耳に飛び込んできた名前に、は軽く目を見開いて加山を見返す。

「大河・・・新次郎?」

「そうだ、大神の甥っ子のな。お前も知っているんだろう?」

いたずらっ子の目で加山は言う。―――なるほど、これが彼の秘密兵器だったのかとは珍しく回転しない頭の中でぼんやりと思う。

「新次郎が・・・紐育に来る」

脳裏に過ぎるのは、無邪気な笑顔を浮かべる幼い少年。

人懐こくて、素直で、前向きで、ひたむきで。

人の美徳を全て兼ね備えたと言っても良いほど、心の綺麗な人。―――あえて言うならば、人の心の裏側を知らず、また読み取る事の出来ないところが心配ではあるのだが。

「どうだ?お前的に、大河新次郎は紐育華撃団にふさわしいか?」

「・・・どうでしょう」

好奇心を隠そうともしない加山に、しかしは曖昧な返事を返す。

忙しい毎日に、思い出す事も無かった過去の記憶が甦る。

まだ加山に出会う前・・・―――否、があやめに出会い、帝都に上京する前の日々。

今では色褪せてしまった風景の中に、彼はいた。

 

 

1905年、は栃木にて生を受けた。

最も古い記憶は、3歳頃。―――祖父にて初めて剣を握らされた時だ。

それから忙しい日々が始まる。

朝早くから剣術の稽古に明け暮れ、膨大な知識を得る為に本を読み漁り、母の手により厳しく家事や作法などを学ばされ。

そんな日々の中で、同じく道場に通っていた大神一郎と出会い、彼女の生活は一変した。

今まで普通だと思っていた生活は、彼によって変えられていき・・・―――のあまりの負担に、大神が祖父に抗議をした時は驚いたが、それをきっかけには誰かが自分のことを想ってくれる事の嬉しさを知った。

そして、その想いに応えたいと思えるようになった。

きっとそれが無ければがあやめの誘いに乗り、帝都に上京する事は無かっただろう。

そんなの初めての友達であり理解者である大神の、歳の離れた姉の子供である新次郎と初めて会ったのは、何時のことだろうか?

大神の紹介で時々は会う程度の間柄。

しかし大神が栃木を離れ、士官学校に入って暫く経った頃、彼に憧れを抱いたらしい新次郎は、の実家が営む剣術道場に入門を果たした。

幾つになっても幼い子供のような新次郎が傍にいるのは、にとっても心地良く。

スポンジが水を吸収するように、どんどんと強くなっていく彼を見ているのも楽しくて。

けれどそんな日々は、あやめの来訪によって終わりを告げた。

当然の事ながら上京は家族によって反対され、あやめはいともあっさりと納得した素振りを見せて道場を去った。―――の耳元で、ある言葉を囁いて。

「一緒に来てくれる気があるのなら、明日の始発電車で帝都へ向かいましょう」

待ってるわと微笑んだあやめは、が来る事を確信していたのかもしれない。

実際には、その通りになったのだが。

短い書置きを残し手早く荷物を纏め、まだ日の昇らない薄暗闇の中を、は駅に向かい駆け出す。

祖父や両親には申し訳ないと思ったが、は自分の未来を信じたかった。

言われるがまま見合いをし、道場を継ぐ跡取りを迎える為だけに結婚をするのではなく。

自分にも何か出来るのだと・・・―――必要とされているのだという事を、信じて。

「・・・さん」

駅に向かい駆けるの前に現れたのは、1人の少年。

真っ直ぐな澄んだ眼差しを持つ、未だ幼い少年。

が故郷を去る前に、最後に会ったのは・・・。

 

 

「どうかしたのか、?」

ぼんやりとしていたは、加山の声に我に返った。

パチパチと瞬きを繰り返し、無言のままカップに残ったお茶を飲み干して。

そうして漸くいつもの調子を取り戻したは、いいえと簡単に返事を返して微笑んだ。

「ただ・・・」

「ただ?」

ポツリと付け加えた言葉に敏感に反応する加山に、苦笑を漏らして。

「騒ぎになるのは目に見えているなと思いまして・・・。彼が使い物になっても、ならなくても」

そう言えば、加山もまた確かにと苦笑を零す。

新次郎の幼い頃を知っている分、どうしても頼りなく思えてしまうことも事実だけれど。

それでも彼がどういう人間なのかも、は知っているから・・・―――だからきっとどうにか丸く収まるのだろうと根拠の無い事を思う。

大神一郎も、そうやって何とかしてきたのだから。

「ま、お手並み拝見と行くか」

同じくお茶を飲み干し立ち上がった加山が大きく伸びをするのを、は優しい眼差しで見詰める。

「面白いことになるのは、まず間違いありませんから」

「それで十分だ」

の言葉に、満足そうに加山も頷く。

隠密部隊を束ねる2人の会話を月組隊員たちが聞いたら、果たしてなんと言うだろうか。

性格も何もかも違うこの2人だが、こんな所は驚くほど似ているらしい。

と加山は顔を見合わせて、どちらからともなく微笑んだ。

 

 

「行っちゃうんですか、さん」

薄暗闇の中、聞こえてくる声は少し震えていて・・・―――それだけで彼がどんな顔をしているのかが解ってしまい、は困ったように微笑む。

「行くわ」

キッパリと言い切れば、相手の息を飲む音が耳に届く。

「僕が・・・お願いしても・・・?」

最早震えるといった次元ではない、完全な涙声を聞きながら、それでもは同じ言葉を繰り返した。

「自分に何が出来るのか、それを知りたいの。―――もしかしたら何も出来ないかもしれない。それでも、ただここで無気力に生きていたくないから」

今まで流されるまま生きてきた自分。

嫌だと思いながらも、反抗する事さえ出来なかった・・・弱い自分。

これは生まれて初めて、自分で強く望んだ事だから。

だからには諦めるつもりは無かったし、阻止させるつもりも無い。

「僕、さんのこと好きです。だから一緒にいたかったけど・・・」

その先を告げられる事はなかった。―――それを告げる事が出来ないほど込み上げてくる悲しみを、新次郎は必死に堪えていたから。

「ありがとう。私も新次郎のことは好きよ」

にっこりと微笑みながら、新次郎の頭を優しく撫でる。

すると新次郎は目に涙を溜めながら・・・それでも何とか微笑んで見せた。

「僕、いつかさんに会いに行きます。立派な男になって、絶対に、さんに会いに行くから」

だから・・・と拳を握り締める新次郎を、は目を細めて見詰めた。

右手に持ったトランクの柄を握り締めて、新次郎の脇を通り抜け駅へ向かう。

「またね、新次郎」

残された言葉を噛み締めて、新次郎は見えなくなるまでの背中を見送った。

決して嘘や気休めを言わない

そのが、『さよなら』ではなく『またね』と言った。

それは、再会を約束されたという、確かな証。

「僕は・・・でっかい男になって見せます」

1人誓いを立てて、新次郎はその場に立ち尽くした。

 

 

そんな幼い2人の別れから9年後。

彼女らは、再び出会う。

故郷から・・・日本から遠く離れた紐育の地で。

『またね、新次郎』

約束が果たされる日は、もうすぐ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

初新次郎。(偽物ですが)

主人公の過去と、大神と新次郎との関係についての簡単な説明?

具体的にどの時期に知り合ったという明確な設定があるわけではないのですが、一応主人公が帝都に来たのが14歳という設定なので、軽く(軽く?)捏造してみたり。

作成日 2005.10.14

更新日 2011.6.5

 

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