『本日臨時休業』と札の掛かった店内に、騒々しい物音が響き渡った。

「加山さん、急いでください!」

「解ってるって!」

キャメラトロンに内蔵されている時計を確認しながら、は背後で慌てて上着を着ている加山を急かす。

予定時間は既に過ぎていた。―――急がなければ、それこそ間に合わない。

1928年、5月。

紐育華撃団に、劇的な革命を起こす者がやって来る。

 

振り向く

 

「・・・あ〜らら」

既に賑わう港で、加山は誤魔化すように乾いた笑みを漏らした。

その隣に無言で立つは、そんな加山を横目に重い溜息を零す。

「間に合わなかったみたいだな、俺たち」

「あんな時間に店を出たのでは、間に合わないのは当たり前です」

キッパリと言い切り、キャメラトロンに視線を落とす。―――予定の時刻は、とっくの昔に過ぎていた。

「まさかこんな日に寝坊するとはなぁ・・・」

起こしてくれればよかったのに・・・と言外に含んだ言葉を投げかけられたは、気まずさから加山から視線を逸らす。

加山が寝過ごしているのに、勿論は気付いていた。

しかし今日は特別急がなければならない用事があったわけではない。―――いつもならば店番をしなければならないが、今日は珍しくが朝から店にいた。

なので日頃忙しく動き回っている加山に、少しでも休息を取ってもらいたいと思ったはわざわざ起こしに行かなかったのだけれど。

何がいけなかったのか。

目覚ましが鳴っても全く起きなかった加山が悪いのか、それともギリギリになって起こそうと思っていたが思いがけず読書に夢中になってしまったのが悪かったのか。

ともかくも、今日最大の仕事である大河新次郎出迎えの時間に、大幅に遅れてしまったことに違いは無かった。

それだけでも頭が痛いというのに、問題は更に2人を追い詰める。

日本からの船は、ちゃんと港に着いていた。―――それは勿論時間を大幅に遅れてしまったたちにとっては、悔しいが当たり前の事だ。

しかし未だ賑わう港に、2人の探す人物の姿が無かったのだ。

「もしかして、1人でシアターに向かったとか・・・?」

「・・・考えたくはありませんが、その辺りが妥当でしょうね」

顔を見合わせて、深い深い溜息を吐き出す。

迎えに行くと言っているのだから、どうして大人しく迎えを待っていられないのか。

遅れてしまったことを棚に上げて、は微かに眉間に皺を寄せた。

ここ紐育は、日本と比べて様々な点で違う所が多い。

何度か紐育に来た事があったが、1人でROMANDOへ向かおうとするのとは訳が違うのだ。―――新次郎は紐育に来るのは初めてであり、またと比べて珍しい物を見つけると注意力が散漫になる傾向がある。

「とりあえず、新次郎が通ったと予測される道を辿ってシアターを目指しましょう。運が良ければ途中で見つけられるかもしれません」

「だな。このまま放っておくわけにもいかないし・・・」

簡単な結論を出し、2人は一般的な道筋を頭の中で思い描きながら早足で歩き出す。

―――それは、港を出てすぐの事だった。

ウォール街近くを通りかかった2人は、ある騒動に揃って視線をそちらに向ける。

派手な銃撃音と、男たちの怒鳴り声。

「また銀行強盗ですか。この辺りは銀行が多いだけあって、頻繁ですね」

「そうだな・・・って、そんな落ち着いてて良いのか?」

「銀行強盗を捕まえるのは、私たちではなく警察の仕事です。下手に口を挟めばそれだけ騒動が大きくなるだけですよ」

「それはそうだが・・・」

あっさりと言い切るを苦笑交じりに見詰めて・・・―――しかし月組や星組が銀行強盗事件にまで関与していれば、それこそ人の手が足りない事も事実。

それほどこの区域での銀行強盗は多い。

銀行強盗だけではなく、他の犯罪も決して少なくは無いのだが・・・。

そんな遣り取りを交わしていると、不意に遠くから聞き慣れない音が聞こえて来た。

聞き慣れないというよりは、この場にそぐわないと言った方が正確だが・・・―――そんな事を考えていた加山の横を、白い何かが駆け抜ける。

それに釣られるように顔を上げると、白馬に乗った少女が人壁を飛び越えて騒動の中心へと飛び込んでいった。

「なんだ!?」

「馬・・・ですか?どうしてこんな所に馬が・・・・・・っ!?」

声を上げる加山とは対照的に、呆然としながらが口を開く。―――が次の瞬間、瞬時に表情を厳しいものへと変え、素早く辺りへ視線を彷徨わせた。

「・・・どうした?」

雰囲気の変わったを、加山もまた浮かべていた笑みを収めて問い掛ける。

の眉間に、更に皺が寄った。

「何か・・・とても、強い・・・・」

意識して言った言葉ではないのだろう。―――思わず口から零れた言葉を加山が問う前に、は弾かれたように駆け出した。

「お、おい!!」

制止の声も無視して、はただ己の感覚だけを頼りに走る。

背後で歓声が上がった。

それが耳に届いた瞬間、一番気配が強く残る路地に駆け込むが、既にそこには何も無い。

知らず知らずの内に厳しい表情を浮かべながら、は薄汚れたビルの壁に手を添えた。

「とても強い妖力を感じたと思ったのだけど・・・」

微かに残っていたそれは、緩やかな風に流されるように消え、暫く経った後には余韻すらも残りはしなかった。

一体あの気配はなんだったのだろうと、は頭を働かせる。

只者の気配ではなかった。―――あれほど強い妖力を持つ者は、それほど多くはない。

最近紐育を襲う悪念機と、何か関係があるのだろうか?

そこまで思いを馳せたその時、ポケットに収まっていたキャメラトロンが激しく音を放ち、思考を遮られた形となったは、ふと表情を緩めてそれを手に取る。

「はい、こちら

、出動命令よ。すぐにシアターに戻ってちょうだい』

キャメラトロンから聞こえてくるラチェットの声に、はすぐさま踵を返す。

何も言わずに姿を消した自分が今更だが、新次郎の出迎えは加山がいれば問題無いだろう。

それよりも出動命令というのが気になる。―――先ほど感じた妖力と、何か関係があるのだろうか?

既に熟知した紐育の街を、はシアターに向けて駆け出した。

 

 

「あ〜あ、大した事無かったねぇ」

ラチェットからの緊急連絡を受けてシアターに向かったは、同じく呼び出されたサジータと昴と共に、すぐさまスターに乗って出撃した。

現場はミッドタウンにある高級アパート。

敵の数も少なく、わざわざスターに乗って出撃するほどの事件でもなかった為、シアターに戻ったサジータが溜息と共にそうぼやいたのだ。

ウンザリとした様子を隠そうともしないサジータを見返して、はやんわりと微笑む。

「大した事無い方が良いじゃない」

「それはまぁ、そうだけどさ・・・」

「サジータは好戦的すぎる。すぐに冷静さを失い、1人で突っ走る傾向にある。君がどんな戦い方をしようと構わないが、こちらに負担だけはかけないでくれ」

「なんだって!?あたしが何時、あんたに負担をかけたって言うんだよ!!」

何とかサジータを宥めようとが口を開くが、付け加えるように昴が口を挟む事によって、再びサジータの頭に血が上る。

掴み掛かる勢いのサジータをなんとか留めて、は素知らぬ顔をしている昴を小さく睨みつけた。―――わざわざ余計な一言を言うのは、昴の悪い癖だ。

紐育華撃団に入隊してからというもの、2人の言い争いを止める役割が定着しているように思えて、は人知れず溜息を零した。

「それじゃ、私はちょっと用事があるから・・・」

これ以上の仲裁を諦めて、未だにぶつぶつ文句を言うサジータと、涼しい顔をしている昴の2人に声を掛けたは、華撃団施設の奥へ向かうべく2人の進行方向とは逆の方へと足を向ける。

「ああ、解った。じゃ、お先」

「何処に行くんだい?」

の言葉にあっさりと返事を返したサジータとは違い、昴は不思議そうな表情で問い掛けた。―――出撃の終わった華撃団施設に何の用事があるのかという、純粋な疑問だ。

それにやんわりと微笑んで、は何も言わずに踵を返し施設へと引き返す。

何時もそうだと、昴は声には出さずに心の中で呟く。

はいつも、何も言わない。

それが彼女の性分なのか、それとも自分は話すにも値しない相手だというのか。

そう考えると、微かな苛立ちが湧きあがってくる。

同じ星組の隊員となった今でも、しっかりと線引きをされているような・・・。

そこまで考えて、昴は自嘲した。

それを望んでいるのは、自分自身だ。―――相手の干渉を拒絶し、自分もまた他人に深入りする事を拒んでいる。

だというのに、不思議とに対してはそれすらも薄らいでしまうようで、不可解な感情に昴の眉間に皺が寄った。

「別に、彼女が何をしようと僕には関係ないだろうに・・・」

まるで言い聞かせるように声に出し呟いた昴は、が消えた方向へと一度視線を向け深い溜息を吐き出すと、静かに華撃団施設を後にした。

一方―――サジータと昴と別れたは、華撃団施設奥の蒸気演算室へと向かった。

室内に入り稼動している蒸気演算機の前に立つと、それを操作し始める。

緊急呼び出しが掛かる直前、ウォール街で感じ取った強い妖力が、は今でも気にかかっていた。

あれほど強い力を感じ取ったのだ・・・―――何も無い訳が無い。

「何か・・・記録が残っていると良いのだけれど・・・」

妖力を感じ取れたのが一瞬だった為あまり期待は出来ないが、万が一という事もある。

ゆっくりと丁寧に、何一つ見逃す事がないよう、は慎重に記録を調べていく。

そうしていてどれくらいの時間が経っただろうか?

全ての記録を確認し終えたは、椅子に深く腰掛け背中を預けて静かに目を閉じる。

胸の中に蟠る疑惑を吐き出すようにゆっくりと息を吐き出して、閉じていた目を開けた。

の期待とは裏腹に、残念ながら何の手がかりも残ってはいなかった。

一瞬だった為か、それとも妖力の持ち主に敵意が無かったからなのか・・・―――妖力の感知すら記録されていない。

しかしは感じ取ったのだ。

他人よりも感知能力に優れているだからこそ、感じ取れたものなのかもしれない。

一応報告書だけでも作成しておこうかとも思ったが、何の記録も残っていないのであればあまり意味を成さないだろうと結論を下して、固まった体を解すように伸びをした。

「そう言えば・・・。加山さんは無事に新次郎を見つけられたのかしら?」

ふと昼間の出来事を思い出して、誰に問うでもなくポツリと呟く。

まさか未だに紐育の街で迷子になっているなんて事は無いだろうか?

幼い頃の新次郎を思い出し、それも在り得るかもしれないと思ったは、キャメラトロンを取り出し加山に通信を送ろうと・・・―――した途端、キャメラトロンが誰かからの通信を受けた。

あまりのタイミングの良さに一瞬固まったが、すぐさま我に返り通信ボタンを押す。

するとキャメラトロンからけたたましい怒鳴り声と、誰かの情けない声。―――それをバックに通信相手の囁くような声が届く。

『今何処にいるの?今すぐ!出来るだけ早く、支配人室に来て!』

それだけを告げると、通信は相手から一方的に切られた。

「・・・・・・」

言葉が見つからず、軽く目を見開いてキャメラトロンを見詰める。

「あの声はサジータと・・・もしかして新次郎?」

今まさに行方を心配していた新次郎は、どうやら支配人室にいるらしい。

しかしあのサジータの怒鳴り声はなんなのだろうか?―――悲痛な声で助けを求めたサニーサイドのことも、気になるといえば気になる。

ともかく総司令から『支配人室へ来い』という通信を受けた以上、無視は出来ない。

は重いため息を吐いて、疲れた身体で椅子から立ち上がった。

どちらにしても面倒事に巻き込まれる事に間違いはないだろうと思うと、気は重かったが。

 

 

「ふざけるのもいい加減にしなっ!!」

サジータの怒鳴り声が、広い支配人室に響き渡る。

「だからぁ・・・嘘じゃないって」

「誤魔化そうったって、そうはいかないよ!よりにもよって、こんな坊やが!!」

サニーサイドに向かって怒鳴っていたサジータは、言葉を切っておろおろと戸惑う新次郎を指差し、もう一度声を張り上げた。

「どう見たって、19歳な訳ないだろう!!」

キッパリと断言され、新次郎はもう泣きたくなった。

自分が童顔だという事は自覚している。

昔から歳相応に見られた事など滅多にないし、こういう状況にも慣れているといえば慣れている。

しかし、こうも力強く否定されると、ショックを受けないわけでもない。

「日本人は年齢よりも幼く見えるものなんだって・・・。サジータも知ってるでしょ?」

「確かにそれはそうかもしれないけど・・・だからって、こんなあからさまな嘘にあたしが引っかかるとでも思ってるのかい!?」

「・・・あの〜」

「坊やは黙ってな!!」

何とか口を挟もうと勇気を奮い立たせて口を開くが、それもサジータの一喝の前に儚く散った。―――もうどうすれば良いのか解らずサニーサイドに目で助けを求めるが、逆に縋るような視線を返されがっくりと肩を落とした。

もう信じてもらえなくても良いかも・・・と弱気な事を考えるが、そうすると星組入隊さえも認めてもらえないような気がして、新次郎は祈るように背の高いサジータを見上げる。

「僕・・・本当に19歳なんですけど・・・」

「だから坊やは黙ってな!」

無駄だと思いつつ新次郎は再度主張するが、やはり無駄だったようだ。―――噛み付く勢いで怒鳴るサジータに、ひゃあと悲鳴を上げて首を竦める新次郎。

そんなどうにもこうにもいかなくなった空間を破ったのは、静かな声。

「少し落ち着きなさい、サジータ」

支配人室の騒がしさとは無縁の静かな心地良い声が、新次郎の耳に届く。

その聞き覚えのある声に・・・―――ふと懐かしさが込み上げるその声に、新次郎はゆっくりと振り返った。

!!」

「彼は本当に19歳なのよ、サジータ」

「あんたまでサニーサイドとグルなのかい!?」

標的をサニーサイドからに変えたサジータは、再び怒鳴り声を上げる。

しかしすぐ傍で怒鳴るサジータの声すらも遠く感じるほど、新次郎は呆然と立ち尽くしていた。

一般の女性よりも、幾分か高い身長。

人の手で作られたような、整った綺麗な顔。

さらさらと音が聞こえそうな、漆黒の長い髪。

脳裏に残る姿よりも大分大人びているが、新次郎が見間違える筈が無かった。

「・・・・・・さん?」

無意識に零れ落ちた呟きを拾ったは、驚きに目を見開く新次郎に優しく微笑みかける。

「久しぶりね、新次郎。元気だった?」

「やっぱり・・・さん?どうして紐育に・・・」

声を掛けられ正気に戻った新次郎は、溢れ出る疑問の一部を何とか言葉として紡ぎだす。

その時になって漸く違和感を感じ取ったサジータが、怒鳴るのを止め微かに眉を寄せた。

・・・この坊やと知り合いなのかい?」

「ええ。新次郎と私は同郷なの。彼が幼い頃から知ってるわ。最も、私が故郷を出てから9年間は、一度も会った事は無かったけれど」

「・・・じゃあ、この坊やが19歳だってのは・・・」

「本当の事よ」

キッパリと言い切ったの目を見つめていたサジータは、暫く後に深く息を吐いた。

漸く解ってくれたのだということが解り、新次郎も安堵の溜息を吐く。

「サジータはどうしてボクの言う事は信じてくれないのに、の言う事は素直に信じるんだろうね・・・」

「日頃の行いでしょう?」

大袈裟に嘆くサニーサイドを、しかしは一刀両断する。

その容赦ない言動に肩を落としつつも、サニーサイドはそれさえも楽しげに口角を上げた。

「あ、あのっ!一体どうなってるんですか!?どうしてさんが・・・!!」

騒動が終わりを告げ、一件落着雰囲気が流れている中、先ほどまで静かだった新次郎が声を上げる。

見ればその表情には困惑の色が強く浮き出ており、とサニーサイド、そしてサジータの顔を順に見回す。

「ああ、そうか。まだ紹介してなかったね」

サニーサイドが今思い出したと言わんばかりに、ポンと手を打ち鳴らす。

そのわざとらしい動作を無視して、は一歩新次郎に歩み寄った。

「こんな形で再会する事になるなんて、あの時は思ってもいなかったけれど・・・」

は紐育華撃団・星組の隊員なんだよ、大河君」

サラリと告げられた真実に、新次郎はぽっかりと口を開けたまま呆然とを見返す。

9年前に、突然誰かと共に故郷を去った

行かないで欲しいという気持ちばかりが大きくて、彼女が何処へ行くのか・・・そして何をしようとしているのか、新次郎は知らなかった。

後で周りの大人たちに聞いても、誰一人明確な答えはくれない。―――唯一行方を知っているだろうの家族に尋ねてみても、誰も口を開いてはくれなかった。

それがまさか、こんな事になっていたなんて・・・。

海軍士官学校に入学し、憧れの帝国華撃団に配属され。

そしてすぐに紐育華撃団に転属になった。―――まさかその先に、かつて別れたがいるなど、誰が想像できようか。

「あの・・・あの、一郎叔父は何も言ってませんでしたが・・・」

「ああ!そう言えばボクまだ帝国華撃団の方に報告入れてなかったよ。いやぁ〜、うっかりしてたね」

「・・・・・・」

サニーサイドのこの言葉には、も驚いた。

てっきりサニーサイドの方から伝わっているとばかり思っていたは、あえて自分から大神にそんな話をした事はない。―――ということは、新次郎が何も聞いていないという事も踏まえると、まだ大神はこの事を知らないのではないのか?

眉を顰めてサニーサイドを睨みつけるだが、へらりとした笑みに流され深い溜息を吐く。

過ぎた事を、今更責めても仕方ない。

「ともかくそれは置いといて。―――つまりそういう事なんだよ、大河君」

ニコニコと笑顔を浮かべるサニーサイドを見返して、新次郎は「はぁ・・・」と返事のような溜息のような声を返す。

それでもまだ疑問が全て解決したわけではない。

さんは、どうして星組に入隊する事になったんですか?元々紐育の人じゃないし、僕みたいに軍人で転属された訳でもないのに・・・」

新次郎の最もといえば最もな質問に、は声を咽に詰まらせる。

が月組の隊員であるという事を、おそらく新次郎は知らない。

そもそも、まだ士官学校を出て間もない新次郎は、月組の存在すら知らないだろう。

元々月組は表舞台には出ない組織。―――隊長である加山は日頃から目立つ行動を取っており、とてもじゃないが隠密部隊だと胸を張って言えるわけではないが、そもそも月組はそいういうものなのだ。

実際、あの大神とて配属されて3年目まで、月組の存在は知っていても隊長が加山であることは知らなかった。

帝劇が占拠されるようなことさえなければ、その後暫くの間も気付かれる事は無かったかもしれない。

「どうしてなんですか、さん?」

純粋な目で見上げられ、は更に言葉に詰まる。

昔から、新次郎のこの目には弱かった。

別に知られて困ることでもないと思うが、出来れば黙っておきたい。―――新次郎はお世辞にも嘘をつけるような人間ではなく、バレたらバレたで今後の月組の任務に支障をきたすかもしれない。

どうしようかと視線を泳がせたは、笑みを浮かべるサニーサイドと目があった。

するとサニーサイドはニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、を見詰める新次郎に声を掛ける。

「ちょっと、大河君」

「はい、なんでしょう?」

声を掛けられた新次郎は、素直にサニーサイドに向き直る。―――それに少しばかりホッとして、は人知れず安堵の息を吐いた。

それも一瞬で後悔に変わるのだけれど。

「ボクはこう見えても大の日本好きでね」

「・・・はあ」

「ちょこちょこ暇を見つけては、日本の物を取り寄せたりしているんだけど」

「・・・・・・はあ」

話の趣旨が解らず、新次郎は小さく首を傾げる。

「時に、大河君。キミは男のロマンについてどう思う?」

「「は!?」」

唐突な問い掛けに、新次郎だけでなく黙って話を聞いていたサジータまでもが声を上げた。

「昔日本の本を読んでいた時に、実に興味を引かれる話を見つけてね。それがあれだよ、男のロマンってやつさ」

「それは・・・どういう・・・?」

「日本の大和撫子が着物を着ていてね。男がその着物の帯を引っ張るやつだよ。『あれ〜』とか言いながら」

言われて、新次郎は想像する。―――確かに、そういう話も聞いた事はあるけれど。

一体何時の話だと、決して口には出さないが心の中で突っ込んだ。

「・・・それで?それととどう関係があるんだよ」

一向に進まない会話に痺れを切らし、サジータが半目でサニーサイドを見る。

「解らないかい?ボクの野望を果たすにはまず、大和撫子を調達するところから始めないと・・・」

満足げに頷くサニーサイドに、サジータのこめかみに青筋が立つ。

それを無視して、サニーサイドは椅子から立ち上がり両手を広げて高らかに声を上げた。

「イッツ・ショータイム!人生はエンターテイメント!楽しまなきゃ損だね!!」

「・・・・・・」

、顔に貴方馬鹿じゃないのって書いてある」

「ごめんなさい、正直なもので」

にっこりと笑みを浮かべるサニーサイドに、も負けじと笑みを返した。―――その目は笑っていなかったが。

「サニーサイド!あんたって奴はっ!!」

サニーサイドの数々の言動に、沸点の低いサジータがとうとう怒りを暴走させる。

「ちょ!ストップ、サジータ!落ち着いて!!」

「構わないわ、サジータ。たまにはお仕置きをしておかないとね」

いつもは仲裁に入るが許可を下した事で、この場の収集がつかなくなる。

「ちょっと、!」

「少しは反省しなさい」

助けを求める声も無視して、はただ冷たい視線を送るのみ。

「・・・あの〜、僕どうしたら・・・?」

再び騒がしくなった支配人室で新次郎が戸惑いの声を上げたけれど、生憎とそれが誰かの耳に届く事は無かった。

 

 

先ほどの騒がしさが嘘のように静まり返る支配人室で、サニーサイドとは顔を合わせていた。

収集のつかなくなった現場を収めたのは、やはりだった。

最初は黙って事の成り行きを見ていただったが、あまりの騒々しさに我慢の限界を迎え、騒ぎ立てるサジータと混乱している新次郎を支配人室から追い出したのだ。

ソファーに深く身体を預けたは、滅多に見せない疲れを滲ませながら溜息を吐く。

それを支配人席から見ていたサニーサイドは、くつくつと小さく喉を鳴らして笑う。

「・・・サニーサイド」

「良いじゃない。ボクのお陰で誤魔化せたんだから」

恨めしそうに睨み上げるに、サニーサイドは悪びれた様子など見せずに笑って見せた。

確かにそうなのだけれど・・・―――素直に感謝できないものを感じ、はそのままサニーサイドから視線を逸らす。

「時に、。聞きたい事があるんだけど・・・」

「・・・手短にお願いするわ」

「どうして来る筈の大神一郎の代わりに、彼・・・―――大河新次郎が来たのかな?」

その問い掛けに顔を上げると、笑みを浮かべたサニーサイドと目が合う。―――しかしその目は笑みの形を取ってはいるものの、酷く真剣な光が浮かんでいた。

そんな事、私に聞かれても解るわけないじゃない。

そう切り捨てようかとも思ったが、珍しく真剣なサニーサイドの様子に、は小さく息を吐いてその目を見返した。

「大神一郎が、本当に紐育に来ると思っていたの?」

「う〜ん。来て欲しいと思ってはいたけどね」

「来る筈無いじゃない。彼は、帝国華撃団の総司令なのよ」

再びの目に鋭い光が宿る。

それはサニーサイドが『大神一郎の渡米を要請した』と言った時に見せた眼差し。

侮辱するなと、雄弁に語ったの目。

普通の人間なら怯えるかもしれないその眼差しを、しかし逆にサニーサイドは綺麗だと見惚れた。

真っ直ぐ、射抜くような視線。

そんな風に、他の何を映す事無く、自分だけを見てくれたら・・・。

「じゃあ、質問を変えよう」

そんな己の心を悟られぬよう押さえ込んで、サニーサイドは僅かに口角を上げる。

「キミは、大河新次郎を、どう思う?」

「・・・・・・」

「彼は、星組という盆栽を形作る針金に成り得ると思うかい?」

見詰められ、の目が薄っすらと細められる。

張り詰めた空気の中、は静かに目を閉じて、そして小さく笑った。

「それを判断するのは、私じゃないわ」

「・・・

「それじゃ、私はこれで」

言って立ち上がったに、サニーサイドは恨めしげな声を掛ける。

しかしそれすらも気にした様子なく、はにこりと笑みを浮かべて踵を返した。

それと同時に、支配人室に響き渡るブザーの音。

緊急事態を告げるブザーに、サニーサイドとの表情が引き締まる。

敵が出現した事を知らせるブザーに、は華撃団施設へと足を向け・・・―――ふと思い出したように振り返ったは、椅子に悠然と座るサニーサイドに問い掛けた。

「新次郎はどうするの?」

「出撃させるわけないだろう?」

あっさりと返って来た言葉に微かに眉を顰めるも、もしがサニーサイドの立場でも同じ選択をしただろうと考えると、何も言わずに支配人室を飛び出す。

支配人室を出れば、空には輝くたくさんの星。

シアターの騒々しさなど無縁だと言わんばかりのその姿は、どこか現実感すら薄く。

、何をしている!」

「・・・ごめんなさい、すぐに行くわ」

少しの間ぼんやりしていたは、ちょうど華撃団施設へ入る昴に声を掛けられ慌てて駆け出した。

出撃は認められないと告げられた時、新次郎はどうするのだろう?

微かな胸の痛みを感じながら、は己に課せられた任務を全うする為にそれらを頭の中から追い出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

私は何か、サジータを勘違いしているような・・・?

そして新次郎がとてつもなく情けないですが、私の中の新次郎はこんなものです。

一応(一応?)加山夢だというのに、加山の出番の少なさは何故・・・!!

作成日 2005.10.17

更新日 2011.7.31

 

 

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