「僕、まだ日本には帰りません!!」

昨日の落ち込みが嘘のように、新次郎は意志に溢れた瞳を向けてそう言い放った。

楽屋に控えていたラチェット・サジータ・昴・は、それぞれ思うところがあるのか、様々な感情を秘めた視線で彼を見返す。

「・・・んな事言ったって、坊やが出来る事なんて雑用くらいだよ」

「皆さんのお役に立ちたいんです!!」

挑発気味にサジータが口角を上げてそう言うが、新次郎は気付いていないのかそれとも関係が無いのか、澄んだ瞳で真っ直ぐサジータを見返しそう言う。

それに目を丸くするサジータと、興味深そうに観察する昴。―――そして嬉しそうに頬を緩めるラチェットを見て、は気付かれないほど小さく微笑む。

無事に、第一段階はクリアしたという事か。

意気揚々と笑顔を振り撒く新次郎を眺めながら、は心の中で密かに安堵した。

 

める答え

 

「なるほど、新次郎はやる気になったか」

舞台の打ち合わせを終え、少しばかり自由時間を手にしたは、楽屋での出来事を報告する為にROMANDOに戻っていた。

そこで一部始終を話し終えると、加山が満足そうに何度も頷く。

新次郎がどういうつもりで紐育に来たのかは知っているが、元々大神一郎の赴任を望んでいたサニーサイドが、見た目も幼くお世辞にも頼りがいがあるとは言えない新次郎を、そのまま星組に加えるとはは思っていなかった。

真実を聞かされ、出撃さえもさせてもらえない新次郎が落ち込むだろう事は明白であり、そのまま浮上できず使い物にならないと判断すれば、サニーサイドは何の躊躇いも無く新次郎を日本に送り返すだろう。―――そして今度は必ず、大神一郎の赴任を強制的に要請する。

一度新次郎を送り返されれば、今度こそいくら大神といえども簡単には断れない。

大神にとっても、帝都花組にとっても・・・―――そして加山やにとっても、ここで新次郎に立ち直ってもらわなければ困るのだ。

幸いにも、どんな心境の変化があったのかは解らないが、新次郎は見事に立ち直り、サニーサイドたちにやる気と心意気を示した。

この後の展開は新次郎の行動で左右されるので簡単に予測は付かないが、とりあえずの危機は脱したと思って良いだろう。

「このまま、サニーサイドが新次郎を認めてくれれば良いのですが・・・」

「そんなに簡単に行くとは、思えないけどね」

小さく溜息をつきつつ呟いたの言葉に、加山の声ではない返事が返ってくる。

慌てて顔を上げれば、店のドアに寄りかかるようにして立つ昴の姿が目に映った。

「昴・・・いつの間に」

「つい今だよ。それにしても・・・月組ともあろう者が、声を掛けられなければ気付かないとはね」

呆れたような口調で言われ、加山は乾いた笑みを、は困ったように眉を寄せる。

そもそも気配を消して近づく理由が解らないが、それでも気付けなかった事に違いは無い。

最近は紐育にも慣れ、少し気が緩んでいるのかもしれないと、は改めて気を引き締める。

「そんな事より今日はどうしたんだ、昴?買物か?」

「冗談は止めてくれ。こんな趣味の悪いものを、僕が買うとでも?」

友好的を心掛けて声を掛けた加山に、しかし昴は一刀両断する。

しかもサラリと『趣味の悪い』と告げられ、心なしか肩を落としているようだ。

そんな加山を苦笑交じりに見詰め(敢えてフォローはしない)、は改めて昴に声を掛けた。

「なら、一体どうしたの?」

「少し時間が空いたからね。お茶でも飲もうかと寄ったのさ」

「・・・ここはカフェじゃないんだけど」

はそう言いつつも、寄りかかっていたドアから離れカウンターに歩み寄る昴に椅子を出し、要望どおりお茶を出してやる。

出された湯飲みを手に、昴は透き通る緑の液体を見下ろし満足げに笑った。

「それはそうと、さっきの話の続きだが・・・」

緑茶を一口飲み、昴が唐突に口を開く。

「さっきの・・・?」

「大河新次郎のことについて、だ」

短い言葉に、は心得たとばかりに頷き、自分の湯飲みを手に取る。

「君は、彼との付き合いが長いんだろう?彼のことをどう思う?」

「どう思うって・・・。珍しいわね、昴が他人に興味を示すなんて」

「そういうんじゃない。ただ、迷惑の種は早めに刈っておいた方が良いと思っただけだ」

何の感情も含まない声色に、は落胆の溜息を吐く。

何にも執着する事が無く、関わる事を拒絶している昴。―――そんな昴が誰かに興味を持つことはとても良いことだと思ったのだけれど。

そう簡単にはいかないらしいと、は心の中で呟く。

「昴。新次郎はとても良い子よ。まぁ・・・多少、幼い所はあるけれど・・・」

「そうだな。ちょーっと、実年齢から考えると子供っぽいところがあるよな」

の言葉に便乗してそう感想を漏らした加山を、昴は冷たい目で見返す。

お前が言うなと、その目にはありありと浮かんでいた。―――目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

そんな一見和やかな雰囲気漂う店内に、チリンと涼やかな鈴の音が響いた。

「いらっしゃいませ」

その音に反応して、はすぐさま椅子から立ち上がり声を掛ける。―――紐育に来てからROMANDOの店番をこなしているうちに、図らずも接客が身に着いてしまったらしい。

「こんにちは。―――って、あれ?さん?」

「新次郎。どうしたの、こんな所に?」

店に足を踏み入れた新次郎は、出迎えたの姿に小さく首を傾げる。

それに釣られるように同じく小さく首を傾げた。

加山の「こんな所って・・・」などという呟きは、生憎と彼女の耳には届いていない。

昴に散々貶され、さらにはの無意識の呟きに、ダメージは着々と重なっていた。

「えっと、ここに加山さんが・・・」

「加山さんに用事なの?」

問い掛けられて、新次郎は戸惑いを浮かべつつも1つ頷き、カウンターの中でがっくりと肩を落として暗い雰囲気を漂わせている加山の下へと歩み寄った。

「あの・・・加山さん?」

「なんだ〜、新次郎。悪いが今はお前の相手をする気分じゃないんだがな・・・」

素っ気無い対応に、新次郎は困ったように眉を寄せる。―――どうしようかと店内を見回して、すぐ傍に昴がいる事に気付いた新次郎は驚きに目を見開いた。

「・・・僕の顔に何かついているかい?」

「いいえっ!まさか昴さんがここにいるとは思わなかったので・・・」

ピッと背筋を伸ばして、緊張した様子を見せる新次郎。

それに悠然と微笑みを向けるが、昴のその目は笑っていない。

さらには落ち込んでいる加山を横目に、は重い溜息を吐き出した。

「それで?大河は一体、何の用事でこの店に?」

早く追い出したいのか、昴は矢継ぎ早にそう問い掛ける。

それに本来の目的を思い出したのか、新次郎は腕に抱えていたチラシの一部をカウンターの中にいる加山とに差し出し、にっこりと笑顔を浮かべた。

「このチラシを、この店にも置いてもらえませんか?」

「これって、今日シアターでやる舞台の・・・?」

「はい!お願いします!!」

にこにこと笑顔を浮かべる新次郎からチラシを受け取り、はそれを眺める。

こんな事までやっているのかと感心しながら、それをカウンターの上に置いた。

「この店に置いても、あまり宣伝効果は見込めないと思うが・・・?」

「昴。解ったから、これ以上加山さんを苛めないでちょうだい」

あまりの毒舌っぷりに、は疲れたようにそう呟く。

が星組に入隊してから、何かと店に出入りするようになった昴だが、ほぼ毎回顔を合わせているにも関わらず、加山と昴の仲は一向に深まらない。

仲良くなれとは言わないが、せめてもう少しお互い思いやる態度を取ってくれないと、店の雰囲気が悪くて居心地悪い事この上ない。

「あの・・・さん」

しかしそんな雰囲気など気付かぬ様子で、新次郎が無邪気に声を掛けた。―――それに救われるような気分で、は再び笑顔で新次郎に向き直った。

「どうしたの、新次郎?」

「すごく気になることがあるんですけど・・・」

「なにかしら?」

上目遣いで口を開く新次郎を見下ろして、は優しい口調で先を促す。

それが幼い子供を相手にしているように見えたのは、おそらく昴の気のせいではない筈だ。

「どうして、さんがここにいるんですか?」

心底解らないといった様子で、新次郎が首を傾げる。

「・・・どうしてって・・・?」

自分がここにいては可笑しいだろうか?

逆に問い返したい気分だったが、はその言葉を飲み込んで新次郎と同じく首を傾げることでその疑問を現した。

そんなに、新次郎は言葉を付け足す。

さん、加山さんとお知り合いなんですか?」

言われた言葉に、はピタリとその動きを止めた。

同じく加山も肩を落とした体勢のまま固まり、昴は目を丸くしてパチパチと瞬きを繰り返す。

新次郎はそんな3人の様子に気付く事も無く、無邪気に質問を続けた。

「どういう知り合いなんですか?加山さんって確か外交官でしたよね?」

何の邪気も無い澄み切った新次郎の目が、には痛い。

迂闊だったと心の中で思うが、それも後の祭り。

どちらにせよ、の住居はここであるのだから、何時までも誤魔化しきれるわけでもないのだが・・・。

「ええ・・っと・・・。私と加山さんは・・・」

しどろもどろに意味のない言葉を繰り返し、必死に言い訳を考える。

そんな中、加山は良い言い訳が思いついたとばかりに手を叩き、作り笑いを顔に貼り付けて新次郎に向き直った。

「実はな。お前と同じように、大神に頼まれたんだよ!」

「・・・一郎叔父に、ですか?」

言いながらもなかなか説得力のある言い訳なのではないかと、加山は口角を上げる。

「そう!幼馴染が紐育に来ることになったって大神から聞いてな。ほら、初めての海外での生活で戸惑う事もあるだろうし、何より女性の1人暮らしは危ないだろう?ちょうど俺の隣の部屋が空いていたから、そこを手配したんだよ!!」

「そ、そうなのよ」

饒舌に語る加山に、も慌てて同意する。

「それで、お世話になりっぱなしも悪いし、店を手伝わせてもらっているの」

「そうそうそうそうそう!!」

の言葉に、加山が勢い良く頷く。

そんな2人の勢いに気圧され、新次郎はそうですか・・・と素直に納得して見せた。

「でも、さんなら1人暮らしでも危なくないと思うけど・・・」

「・・・それはどういう意味かしら、新次郎?」

思わず本音を漏らした新次郎は、低い声に恐る恐る顔を上げる。―――目の前にはいつも以上に綺麗な笑みを浮かべた

やはりその目は笑っていなかったが・・・。

新次郎としては、ほどの剣の腕前があれば、何があっても危機を回避できると思っての言葉だったが、改めて思い返してみれば失礼にも程がある。

「ご、ごめんなさい!」

「素直に謝られても複雑なんだけど・・・」

せめて否定するとかフォローをいれるくらいはしてくれないと・・・などと思いながら眉を寄せると、新次郎は誤魔化すように乾いた笑みを浮かべた。

「じゃ、じゃあ僕、まだチラシを配らないといけないんで・・・」

分が悪いと感じたのか、新次郎はそのままの体勢で少しづつドアまで下がり、もう一度ごめんなさいと叫んで慌ててROMANDOを飛び出して行った。

後に残ったのは、チリンと鳴る鈴の音と、なんとも形容しがたい微妙な空気。

新次郎が来た時のまま立っていたは、居心地の悪さを感じつつも椅子に座り直した。

別に脅したわけではないのだけど・・・と言いかけて、けれど言ってしまえば現実味を帯びてしまうような気もして、そのまま辺りに視線を彷徨わせながら口を噤んだ。

シンと静まり返った店内に、カチカチと鳴る時計の音だけが響く。

「・・・それじゃ、僕もそろそろ行こうかな」

そんな空気を壊すように、昴が飲み終わった湯飲みをカウンターに置いて立ち上がる。

「おいおい、昴。いつもいつも来るんだから、たまには何か買って行けって」

昴の行動によってぎこちなくではあるが普段の様子を取り戻した加山が、冗談混じりに声を掛けた。―――反撃されればまた落ち込む事になるだろうに、彼の行動は信条通り常に前向きだ。

そんな加山の言い分にすぐさま反撃が来ると思いきや、昴はふむと小さく呟き、扇子を口元に添え、何事かを考える素振りで店内を見回す。

まさか本当に何か買うつもりなのだろうかと、提案した加山本人が呆気に取られたその時。

「それじゃ、それを貰おうか」

微かに口角を上げて扇子で示した先には、この店目玉の帝都花組のブロマイド。

「昴・・・帝国華撃団のブロマイドが欲しいの?」

あまりの予測外の出来事に、が目を丸くした。―――まぁ、あの昴が信楽焼きの狸を買うとは絶対に思わないが。

しかし昴はの問い掛けに小さく鼻を鳴らし、ブロマイドの置かれているカウンターに近づくと、その白い手で一枚のブロマイドを取った。

「あっ!!」

その動作に、加山は咄嗟に制止の手を伸ばすが、時既に遅し。

しっかりと昴の手に収まっているブロマイドに、はピタリとその動きを止めた。

「ここにある、君のブロマイドを頂こうか」

確信犯の笑みを浮かべる昴を、加山が恨めしげに見詰める。

帝都花組のブロマイドの陰に、隠すようにして置かれていたのは、他でもないのブロマイド。

しかもシアターで売られているのとは違い、日常生活を切り取ったもの。

間違いなく隠し撮りされたそれは、しかし見事にの素の表情を映し出している。

流石隠密部隊隊長。

同じく隠密部隊であり、滅多に隙など見せないに気付かれないよう写真を取るとは、流石としか言い様が無い。―――としては、その能力を別のところで発揮してもらいたいものだが。

「・・・加山さん」

再び低い声色で、は昴の手からブロマイドを取り上げた。

「これは一体どういうことですか・・・?」

「あ、いや、その・・・だからだな」

「貴方って人は・・・!!」

自分のブロマイドを握り潰しながら、それはそれは麗しい笑みを浮かべる

表情と行動が伴っていないところが、なお恐ろしい。

「一体何時から置いてあるんですか!?」

「きょ、今日からだって!昨日はなかっただろっ!?」

そう言われて、は昨日の記憶を辿る。―――確かに昨日店内を掃除した時は、こんなものは無かった筈だ。

「・・・購入者は?」

「今のところはいない・・・残念ながら」

そもそも本日初めての来店者は、目の前にいる昴なのだ。

それに満足げに頷いたは、己のブロマイド全てを回収する。―――これは没収ですと最後通告を下せば、残念そうにしてはいるものの反論する気は無いようだ。

「売れると思ったんだがなぁ・・・」

「売ってどうする」

鋭い昴の突っ込みに、加山は更に溜息を零す。

何とか危機を免れたは、既に踵を返しドアに向かう昴の背中に感謝の言葉を掛けた。

それに振り返り、昴は楽しそうに笑みを浮かべる。

「そうそう、1つだけ言っておくが・・・」

「・・・・・・?」

「先ほどの大河への言い訳の件。あんな言い訳を信じるのは、大河だけだ。墓穴を掘りたくなければ、もっとマシな言い訳を考えておくんだね」

キッパリと言い切られ、加山とはお互い顔を見合わせる。

「全く・・・情報操作さえもこなす月組隊員とは思えないほど、酷い言い訳だったぞ」

呆れたような表情と声色に、2人は揃って苦笑いを浮かべた。

「自分のことになると弱いんだよ。俺も、も」

慣れてないからなと付け加えると、その真意を汲み取り、だろうなと簡潔な返事が返る。

例え自分のことでも、正体を偽る事ならばお手の物だ。―――偵察では当たり前に行われる事だし、そんな事も出来ないようでは月組隊員は勤まらない。

ただそれがお互いのことになると、どうも勝手が違ってくる。

否定できるわけも無く、かといい肯定できるわけもなく。

微妙なバランスの上に、2人は立っているのだから。

「肝に銘じておくわ」

の言葉に、昴は何も言わずに店を出て行った。

またもや静まり返った店内で、加山とは顔を見合わせる。

「・・・言い訳、考えておかないとな」

「そうですね」

本音は、言い訳など必要なくなれば良い時が来れば良いのだけれど。

そんな胸の内を明かす事なく、2人は誤魔化すように笑みを浮かべた。

 

 

本日の公演を終えたシアター内に、静寂が満ちる。

サジータや昴が去り誰もいなくなった楽屋の中で1人、はソファーに座り持参した本のページをパラリと捲った。

暫くそうしていたは、現在の時刻を確認し、音を立てて本を閉じる。

そろそろ約束の時間だ。

それを確認すると、持っていた本をテーブルに置いて、ゆっくりとした動作で立ち上がった。―――そのまま楽屋を出て、目的の場所へ向かう。

目的の場所である1階観客席は、公演中の熱気などまるでなかったかのような静けさで、ただ変わる事無く時を刻み続けていた。

「・・・話したい事って何かしら?」

そのまま観客席に足を踏み入れ、ただ静かにその場に存在する人影に声を掛ける。

声を掛けられたその人物は、の来訪に閉じていた目をゆっくりと開けた。

「ごめんなさいね、こんな所に呼び出してしまって」

「それは構わないけれど。何かあったの、ラチェット?」

やんわりと笑みを浮かべて迎えたラチェットに歩み寄り、も同じく微笑むと隣の席へ腰を下ろす。

「貴女に、聞いて欲しい事があって・・・」

ポツリと漏らしたその言葉に、は小さく首を傾げその先を促した。―――わざわざ聞かずとも、ラチェットの言いたい事など解っていたが。

「・・・大河君の事なのだけど・・・」

「新次郎がどうかした?」

「・・・・・・は、彼のことをどう思う?彼は本当に、私たちの期待に応えてくれるかしら?」

戸惑いを含んだ声色に、は隣に座るラチェットに気付かれぬよう小さく息を漏らす。

彼女は本当に悩んでいる。

勿論彼女は星組の隊長であるのだから、新隊員の有益について考えるのは当然のことだ。

しかしそれだけではない。―――ラチェットは、その先を心配しているのだ。

「ラチェットはどう思うの?」

なるべくラチェットが本音を漏らせるよう、優しい声でそう問い掛ける。

するとラチェットは膝の上で握り締めていた拳に更に力を強め、深く息を吐き出した。

「良い子だとは思うわ。何事にも一生懸命で、何があっても諦めず、いつも人のことを思いやっている。でも・・・」

「やっぱり、少し頼りないかしら?」

ラチェットの濁した言葉の先をあっさりと口にし、はクスクスと笑みを零す。

それに少しだけ眉を顰めて顔を上げたラチェットは、拗ねたようにを見やる。

「・・・真剣に話しているのよ?」

「解ってるわ。ごめんなさい、笑ったりして・・・」

そう言いつつも尚笑みを零すを呆れたように見詰めて、ラチェットも強張っていた体の力を少しだけ抜いた。

「大神一郎が来てくれていれば、こんなに悩まなくても良かったのに・・・」

溜息と共に漏れた本音に、は苦笑いを浮かべる。

そして何かを考えるように宙へ視線を向けると、そのままの体勢でポツリポツリと話し始めた。

「人の上に立つ人間。人を導く人間。それに相応しい人物は、何も一郎だけじゃないわ」

「・・・え?」

「そりゃあね、確かに新次郎は一郎に比べると頼りないし、子供っぽいし、突然全てを任せろって言われても戸惑うだけだと思うけれど」

そう言いつつ、は昔の記憶を辿る。

そして次々と甦る記憶に、小さく笑みを零した。

「一郎みたいに人を引っ張っていくことなんて、多分新次郎には出来ないわ。彼はそういうタイプではないもの。―――でも、新次郎には思わず手を貸してあげたくなるような、そんな力がある。今日みたいに」

言われ、ラチェットは今日の出来事を思い出した。

ジェミニの失敗により、公演間際にシアターの電源が落ちてしまった時のこと。

新次郎の提案とみんなの活躍により何とか事無きを得たが、あの時はもう駄目かと一瞬諦めてしまったものだ。

そんな空気をひっくり返したのは、他でもない大河新次郎だった。

「新次郎の行動に、皆が動かされた。あの昴までもが、新次郎に手を貸したのよ」

公演の為とはいえ、普段の昴からは考えられない行動だったとは思う。

「1人の強力な統率者によって率いられる部隊と、隊員それぞれが力になってあげたいと思わせる統率者の部隊と。それはそんなに違うかしら?」

「・・・・・・」

「きっと得られる結果は同じ筈よ。それなら、後者のような部隊があっても良いんじゃないかしら?私たちは帝国華撃団ではなく、紐育華撃団なのだから」

の言葉に、真剣な表情を浮かべて聞き入っていたラチェットが、ゆっくりと笑みを零した。

「そうよね。私たちは・・・私たちだけの形を、作り上げるべきなのよね」

誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。

それに返事など返さず、はただ無言でそれを見届けた。

「ありがとう、。何だか少し心が軽くなった気がするわ」

先ほどまでの憂鬱さが消えたラチェットの表情に、は柔らかく微笑みながら首を横に振った。

隊長として、本当に新次郎が相応しいのかは、にも解らない。

けれど、今の星組にとっては新次郎以外にはいないことも事実。―――そして、昔から彼を見てきたは、新次郎は何があっても必ず人の期待に応えてきた事を知っていた。

だから、きっと大丈夫。

今回もきっと、新次郎は期待に応えてくれる筈だとは心の中で思う。

しかし漸く穏やかな雰囲気が戻ってきたのも束の間、それを切り裂くようにシアター内に大音量の警報が鳴り響く。

「警報!?」

「また悪念機が出現したのね。最近は特に多くなってきている気が・・・」

2人は同時に立ち上がり、顔を見合わせる。

は先に華撃団施設へ向かって。私は・・・大河君を迎えに行ってくるわ」

紐育華撃団星組隊長の表情で、ラチェットはそう言い残すと颯爽とシアターを後にする。

それを見送ったは、己も表情を引き締めて華撃団施設へと向かった。

前にもまして頻繁になった悪念機の出現。

そして昨日感じた、強い妖力。

何か変化が起こっているのかもしれない。

今までとは違う何かが、既に動き出しているのかも。

は強く拳を握り締めて、エレベーターに乗り込む。

「突き止めて見せるわ・・・―――必ず」

己に言い聞かせて、は開いたエレベータの扉から飛び出した。

 

 

新しい隊員である新次郎を加えて、紐育華撃団星組は出撃する。

いつもと同じような出撃の先に、強大な敵が待ち受けている事など、今の彼女たちは知らない。

そしてそこで起こる予測された最後の時も、未だ気付かぬまま。

既に馴染んだ己のスターに身体を預け、は閉じていた目をゆっくりと開いた。

「さぁ、行きましょうか」

声と共に彼女の霊力はスターへ流れ込み、巨大な霊子甲冑は更に輝きを増した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

メインはゲーム中の電源が落ちて大パニックなあの出来事のはずだったのですが、予定外にも(そして予想外にも)ROMANDOでの遣り取りが長くなってしまったので敢え無くカット。

明らかに何かが間違っている気がするのですが・・・。(いや、楽しかったですが)

最後のシーンは、ゲーム中のスター出撃のシーンを思い浮かべてもらえれば・・・。

作成日 2005.10.19

更新日 2011.9.25

 

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