大河新次郎を加えた星組が、自由の女神像に群がる悪念機をすべて撃破し終えた後。

その場に、巨大な悪念将機が出現した。

突然の出来事に・・・―――そして今まではなかったその事態に、星組の面々は驚きを隠せない。

はじき出される強大な妖力値が、敵の強さを物語っていた。

容赦なく振り下ろされる大鎌。

その攻撃を難なく避けたは、しかし攻撃の範囲内に留まる機体を確認する。

「ラチェット!?」

思わず無線に向かい彼女の名を呼ぶが、ラチェット機は微動だにしなかった。

大鎌に薙ぎ倒され、吹っ飛ぶ霊子甲冑。

大きな破壊音を立てて、叩きつけられる機体。

それは、ラチェット・アルタイルの霊力が尽きた瞬間の出来事。

 

嘆きの声が聞こえる

 

夜空をバックに、ラチェットを抱き抱える新次郎をモニター越しに見詰めていたは、安堵の息をつくと同時に強く唇を噛み締めた。

の搭乗するスターを拘束している昴を乱暴に振り払い、漸く自由になっても、はその場から動きはしなかった。

敵の大鎌によって身動きが出来ないほど大破したラチェット機に、更に攻撃が加えられたのは最初の攻撃のすぐ後。

その強力な攻撃を食らっては中にいるラチェットもただではすまない事は明白であり、考えるよりも先にはラチェットを救う為動く。―――そんなの前に立ち塞がり、彼女の機体を拘束したのは、他でもない昴だった。

「昴、どうして・・・」

「昴は言った。無傷の君の機体まで破損し、撤退させるわけには行かない、と。ラチェットが戦力外となった今、これ以上の戦力ダウンは見過ごせない」

淡々と語られる昴の声に、はただ拳を強く握り締めた。

そんな事は解っている。―――今ここで戦力が殺がれれば、それだけ戦いは不利になる。

かつての・・・―――まだ加山と知り合う前のならば、今の昴と同じ考えをしたかもしれない。

それでも今のには、そんな簡単に割り切る事など出来なかった。

ラチェットの霊力が尽きかけていた事も、そう遠くない未来にこういう事態が起こりうる事も、知っていたのに。

それなのに、いざその瞬間が来た時、自分は何も出来なかった。

ただその光景を見ていただけだ。―――新次郎が飛び出さなければ、今頃ラチェットは。

そう考えると、悔しいのか悲しいのか解らない複雑な感情が胸の中に広がっていく。

だからといって、昴を責める事も出来なかった。

昴の言っている事は正しい。

何よりもこの紐育を守る事こそが星組の使命であるのだから。―――その事を第一に考えるのは、ごく当たり前の事だ。

そして、昴を責めてしまえるほど、は子供でもない。

ラチェット直々の申し出により、星組の指揮権が新次郎へと委ねられる。

サニーサイドがあっさりと認めたという事は、もしかするとこんな状況を読んでいたのかもしれない。―――もしくは、それが彼のラチェットに対する信頼の深さの証なのか。

隊長見習いとなった新次郎の号令の元、4機のスターが上空に飛び立つ。

今は目の前の敵を撃破することだけを考えるべきだ。

はやり場の無い苛立ちをぶつけるように、悪念将機に向かって行った。

 

 

「乾杯!!」

夜のリトルリップシアターの野外テラスに、はしゃぐ声が響き渡る。

先ほどの戦闘で無事悪念将機を撃破した星組は、その事を祝う為のパーティを開いていたのだ。―――表向きは大河新次郎着任を祝うという事になってはいたが、この場の半数がまだ彼の着任を心から喜んでいるわけではなかった。

配られたジュースを一口飲み、は溜息と共に夜空を見上げる。

悪念将機を撃破出来た事は喜ばしい事だが、だからといって胸のもやもやが晴れたわけではない。

当の本人であるラチェットが明るい表情をしているのだから、この場の雰囲気を壊さない為にも自分が暗い顔をしているわけにはいかない。―――そう思っていてもなかなか表情は晴れず、はあまり人目につかない場所へ移動して楽しげな宴を見詰めていた。

「飲物のお代わりはどうだ?」

暫くの間、何をするでもなくそうしていたは、声を掛けられ顔を上げる。

声がした方へと視線を向ければ、そこには薄っすらとした笑みを湛えた昴の姿があった。

「・・・昴」

「君はいつの間にか輪から離れているんだな。いつも・・・」

呆れたようにそう言いながら、昴はの隣に並び壁に背中を預ける。

それを見届けたは、拒むでもなく再び視線を楽しげな一団へと向けた。

「それにしても、どうやってラチェットを口説き落としたんだい?大河新次郎を星組に入隊させるための説得をしたのは、君なんだろう?」

「・・・どうしてそう思うの?」

「ラチェットを説き伏せられるのは、君くらいなものだ」

あっさりと返って来た答えに、は苦笑いを浮かべる。―――誤魔化すようにグラスを口元へ運び、それをゆっくりと口に含んだ。

「私は思ったことを言っただけよ」

「なるほど。ラチェットはまんまと君に言い包められたと言う事か」

「・・・人聞きの悪い事言わないでよ。そんな事してないわ」

「どうだかね。結果的に大河新次郎は星組に入隊し、それによって大神一郎が強制的に紐育に派遣される心配も無くなった」

「・・・・・・」

「すべて、君の願った通りなんじゃないのか?」

昴の言葉に、は口を噤む。

確かに昴の言う通り、現在の状況はの・・・というよりも帝国華撃団にとって理想的な形となった。

しかしは別にラチェットを説き伏せた訳でも、丸め込んだわけでもない。―――あの時、ラチェットに向けて言った言葉は、全ての本心だ。

それら全ての想いを言葉にする事無く横目で昴を窺えば、当の本人は全て承知していると言わんばかりの笑みを浮かべてを見ていた。

「・・・昴は意地悪ね」

「お褒めに預かり、光栄だね」

本当に楽しそうに笑う昴に、は溜息を零しつつも小さく笑む。

第三者が聞けばあまり穏やかじゃない会話も、にとっては楽しめるものだった。

こんな風に真っ向から遠慮なく言葉をぶつけ、また返せる相手はそう多くは無い。

昴自身もそう思っているに違いない。―――だからこそ、人と深く関わろうとしない昴が、わざわざの元に足を運ぶのだろう。

お互い口を噤んだことで、僅かな静寂が流れる。

遠くの方から聞こえてくる歓声を耳に、グラスの液体を口に運び続けた。

「・・・僕は、謝るつもりはないよ」

不意に口を開いた昴が、ポツリとそう漏らした。

突然の言葉の意図が解らず、は小さく首を傾げて昴を見下ろす。―――しかし昴はと視線を合わす事無く、宴をぼんやりと眺めながら言った。

「あの時の事、僕に謝る気は無い。あれが最善の方法だったと、今でも思っているからね」

その言葉に、漸く何の事を言われているのかを察したが、昴から視線を外して煌く夜空を仰ぐ。

「ラチェットに何かあれば、私はきっと後悔していたわ」

「・・・だろうね」

ゆっくりと噛み締めるようそう言えば、あっさりとした返答が返って来る。

それに苦笑を漏らして、は笑顔を振り撒く新次郎を見詰めた。

「でも、そうはならなかった。ラチェットは、新次郎が救ってくれた。私は彼にとても感謝してる」

「・・・・・・」

「昴もそうでしょう?」

「・・・・・・」

問い掛けても答えは返ってこない。―――しかし無言がそれを肯定しているように、には感じられた。

「ごめんなさい、昴。気を遣わせてしまったわね。・・・それから、ありがとう」

「・・・・・・?」

「あの時の私は、冷静な判断が出来て無かった。それも解っていたんでしょう?」

やんわりと微笑んで見下ろせば、昴は大袈裟に肩を竦めて見せる。

「昴は言った。君は本当におめでたい奴だ、と」

「ありがとう」

「誉めたつもりはないのだけどね」

わざとらしく溜息を吐き出して、グラスの中を一気に煽った。―――そんな所も嫌いじゃないと思いつつ、決してそれを口に出す事は無かったが。

「あっ!昴さーん、さーん!!そんな所で何してるのー!?」

再び漂う穏やかな静けさに中に、ジェミニの大きな声が割って入って来た。

どうやら2人して輪を抜けたことに、漸く彼女が気付いたらしい。

その大きな声に一瞬微かに眉を顰めて、昴は預けていた壁から背中を離す。

「じゃ、僕は行くよ。君も落ち込むのは程々にして早く来た方が良い」

その内痺れを切らしたジェミニが乗り込んでくるぞと冗談交じりに告げて、昴は未だ騒ぎの衰えない輪の中へと戻っていく。

その背中を見送りながら、昴が心配して様子を見に来てくれたのだという事を知り、はその不器用で優しい想いを嬉しく思う。

いい加減自分も戻らなければ・・・―――そう思いながら輪の中を何気なく見回していたは、ふとその中にいない人物に気付く。

先ほどまでは確かにいたというのに、何時の間にかいなくなっている。

何処へ行ったのだろうかと辺りを見回して、ふと何かを感じ取ったのか、もたれていた壁から身を起しグラスを適当にその辺りに置いて、は野外テラスを後にした。

別段急ぐでもなくゆっくりと足を進め、暗い屋上を1人散歩するかのように歩く。

そしてピタリと足を止めると、今は誰もいないはずのそこへ視線を向けた。

支配人室の隣。―――奥まったところに存在する、紐育防衛の要。

何かを考えるようにそこを見詰めていたは、ゆっくりとした動作で進路を変更し、そこへ足を踏み入れた。

屋上とは違い、常時稼動しているその施設は明るい光で満たされている。

そのまま進み、ある部屋の扉をゆっくりと開けると、そこには再び濃い闇が・・・―――そしてその中には戦う武器でもある霊子甲冑・スターと、その前に佇む1人の女性。

「こんな所にいたのね、ラチェット」

静かな声を掛ければ、その人物はビクリと肩を震わせて弾かれたように振り返る。

気配を殺していたつもりは無いのだけれど、気付かない内に足音を殺してしまっていたようだ―――もう既に癖になっているそれのせいで、きっと驚かせてしまったのだろう。

それに心の中で謝罪しながらも、ラチェットの傍へと歩み寄る。

そして同じように彼女が見詰めていたものを見上げて、その冷たい身体に手を置いた。

「ボロボロになってしまったわ」

自嘲気味に笑みを零すラチェットを見下ろして、は困ったように微笑む。

「でも、この子のおかげで、貴女が酷い怪我を負う事は無かった。―――私は感謝しているわ、この子に」

「・・・・・・そうね」

と同じように機体に手を添えて、ラチェットは苦しそうに眉を寄せた。

「とうとう、この日が来てしまったのね」

低い呟きに、しかしは無言でスターを見上げる。

幼い頃から強い霊力を持ち、霊子甲冑に乗っていたラチェット。

最早霊子甲冑に乗り戦う事は、彼女の身に染み付いているのだろう。―――それを失ってしまったラチェットは、今どんな気持ちなのだろうか。

言う言葉が見つからず、は強く唇を噛み締める。

そんなを見詰めて、ラチェットは力の入っていた眉間から力を抜き、やんわりと微笑んだ。

「そんな顔をしないで。こんな日が来る事は、覚悟してたのだから」

だから、その時の為に貴女に来てもらったのよと言葉を付け加えて、機体に添えていた手を戻す。

「霊力は無限ではないわ。いつか終わりがある。それが来ただけ」

なのに、この喪失感はなんだろうとラチェットは思う。

予想された未来。

その為に弊害が出ないよう準備を整え、その時が来た今は既に憂いも晴れている。

だというのに、どうしてこんなに苦しいのだろうか?

そこまで考えて、強く拳を握り締める。―――自覚こそ無かったが、霊子甲冑に乗り戦う事に、いつの間にか己の存在価値を見出していたのかもしれないと。

けれど今更それを自覚したとてどうしようもないのだ。

自分の霊力は尽き、霊子甲冑に乗る事は出来ない。

何時までもうじうじとしているのも性に合わない。―――今在る現実を受け止め、次へのステップを踏み出さなければ。

「後は紐育華撃団副指令として、私の持てる力全てで皆をサポートするわ」

「・・・ええ」

「・・・そしてリトルリップシアターの支配人として、女優でありダンサーである貴女たちを影から支援する。それが私の新しい使命よ」

言った瞬間、ポタリと何かが零れ落ちた。

頬に暖かい雫が伝う。―――それが何か解っていても、ラチェットはそれを認めたくは無かった。

乱暴な手つきでそれを拭うと、しっかりと前を向く。

もう星組の隊員たちと共に、戦場に立つ事は無い。

皆と一緒に、スポットライトの下に立つ事も無い。

そう考えると苦しいが、今ここで崩れてしまうわけにはいかないのだ。

滲む視界で、薄暗い格納庫をただ見詰める。―――零れそうになる想いに耐えるように強く拳を握り締めると、あまりの力に微かに手が震えた。

「ラチェット」

不意に優しい声が掛けられたと思った瞬間、強引に腕を引かれ、気付いた時には暖かい何かに包み込まれていた。

驚きで声も出ないラチェットをそのままに、は背中を優しく叩く。

「・・・?」

戸惑いを含んだ声で名を呼ばれ、は柔らかく微笑んだ。―――抱きしめられているラチェットには、彼女のその笑みを見る事は出来なかったけれど。

「ちょっと酔っちゃったみたい。―――暫くこうしてもらえないかな?」

耳に響く優しい音に、ラチェットは目を細める。

酔った人間とは思えないほどしっかりとした口調。

そもそもが酒等呑んでいないことは百も承知で。

「・・・だから、貴女はどうして素でこんな気障な事・・・」

囁くような小さな声で呟くが、その先は言葉にならなかった。

せめて泣き声など聞かれないよう、の肩口に頭を押し付けて。

縋りついたの華奢な身体が、妙に頼もしかった。

伝わる体温は暖かく、心地良くて。

宥めるように背中を叩くその手が、とても優しかったから。

ラチェットは出来るだけ声を殺して、嗚咽を漏らした。

こんな姿は絶対に人には見せられないと、心のどこかで冷静に考えながら。

それでもになら良いかもしれないと、ぼんやりとそう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

友情です!(キッパリ)

なんかもう今更なんですが、ラチェットがラチェットじゃないっていうか・・・。(汗)

そして無駄に昴が出張り。

メインは勿論ラチェットとの絡みなんですが、どちらかというと昴が目立ってるというか。

昴好きなので、やはり昴の出番が多くなると思われたり。

作成日 2005.10.21

更新日 2011.12.11

 

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