「うわー!!」

圧倒するほどの大きな建物を見上げて、新次郎は歓声を上げた。

様々な国の、様々な歴史を展示している、メトロポリタン美術館。

その前に立ち、ぽっかりと口を開けたままの新次郎を見やって、加山は口を開いた。

「いいか?館内では大人しくするんだぞ?他の客に迷惑を掛けないようにな」

「「はぁ〜い!!」」

揃って返される新次郎とジェミニの返事を聞き満足そうに頷いて、加山もまた美術館の方へと向き直る。

「それじゃ、行くか」

「「はぁ〜い!!」」

またまた返って来た良い子の返事を合図に、3人は美術館の入り口に向かい歩き出す。

そんな光景を黙ってみていたは、まるで小学生の引率のようだと他人事のような感想を心の中で漏らして、乾いた笑みを浮かべながらも彼らの後を追った。

 

秘められた

 

事の発端は、ジェミニの驚きと期待に満ちた声だった。

いつもと変わらないROMANDOの朝の風景に、これまたいつも通りに来客を迎えたは、いつも通りに来訪者にお茶を出してやる。

今日の来訪者はジェミニ。

何時も何時も、誰かしらがROMANDO開店時間に顔を覗かせるのだが、不思議と来訪者が重なった事が無い。

昨日は昴、一昨日がサジータ、その前がラチェット。

まるで示し合わせたかのようなタイミングだけれど、その真意は定かではない。―――もいちいち追及しようとも思わないので、今現在もその辺りの事情は闇の中だ。

ともかく、店に顔を出したジェミニは、が出したコーヒーをゆっくりと飲みながら他愛無い雑談に耽る。

ちょうどそんな時だった。

「・・・あっ!!」

突然ジェミニが大きな声を上げ、彼女と会話をしていたは目を丸くした。

同じく新聞を読みながら2人の話を聞いていた加山も、一体何事かと新聞の端から顔を覗かせる。―――しかし2人の注目を集めているジェミニ当人は、大きな目を更に大きく見開いて、加山の読んでいる新聞の一面に釘付けになっていた。

「・・・どうしたの、ジェミニ?」

「これこれ!これ見てよ!!」

真剣そのものの表情で新聞を見詰めているジェミニに、は躊躇いがちに声を掛けた。

するとジェミニは加山の手から新聞を奪い取り、それをカウンターの上に広げる。

そこには『メトロポリタン美術館で日本展開催!』という大きな見出し。

それを目にした加山は、何だこれの事かと軽く息をついて、ジェミニの顔を見返した。

「これがどうしたんだ?」

「どうしたんだ、じゃないよ!日本展だよ、日本展!いいなぁ〜、日本展。良い響きだよねぇ・・・」

うっとりと頬に手を当て、ジェミニが遠くを見詰めるように宙を見上げる。

そんなジェミニの様子を眺めながら、加山とは揃って顔を見合わせた。

「もしかしなくても・・・行きたいのか?」

「行きたい!!」

控えめに掛けた声に、即答するジェミニ。

その目は期待に輝き、懇願するように加山を見詰める。

無言では在るが、そこに含まれた意味を正しく汲み取った加山は、苦笑を零しながら身を乗り出すジェミニの頭を軽く叩いた。

「仕方ね〜なぁ。んじゃ、俺が連れてってやるか」

「ほんと!?ほんとに連れてってくれるの!?」

「ああ。男に二言は無い!」

「やったぁ〜!!」

そこまで大袈裟に言うほどのことでもないとは思ったが、嬉しさに飛び跳ねそうな勢いのジェミニの様子に水を差すのも悪い気がして、は何も言わずにカップを口に運ぶ。

も行くだろ?」

「え?ええ・・・そうですね。折角ですから、ご一緒させて頂きます」

今まで蚊帳の外にいたは、加山に同意を求められ素直に頷いた。

日本出身のや加山にとって、日本展に目新しいものがあるとは思えないが、一体どんなものが展示されているのか興味がないわけでもない。

瞬く間に纏まった話に、ジェミニが興奮気味に椅子から立ち上がる。

未だ動き出す様子のない加山とを「早く!」と急かして、ROMANDOのドアを押し開けた。

「解ったから、ちょっとは落ち着けって」

それに更に苦笑を零しつつ、加山も立ち上がりジェミニの後を追う。

そんな光景を眺めていたは、まるで親子のようだと本人が聞けば怒るか落ち込むかしそうな事を心の中で思いながら、加山と同じように苦笑を浮かべて後に続いた。

そして途中で新次郎と出会い、彼を加えてメトロポリタン美術館へ向かい、冒頭に至る。

 

 

外の賑やかさとは打って変わって、美術館の中は張り詰めた静けさに包まれていた。

有名な美術館であるから客は勿論たくさん入っているのだろうが、美術館特有の雰囲気とでもいうのか・・・―――街の中とはまるで別世界のような錯覚さえ覚える。

そんな静かな世界に、しかしそんなことは気にもならないのか、先ほど良い子の返事をしたはずのジェミニと新次郎は、実に賑やかに美術館の中を進む。

しかしそれを言い出したはずの加山も気に止めていない。

唯一その賑やかさに終止符を打つ事の出来るは、美術館の中に入ってからは妙に静かで、幸か不幸か2人が諌められる事はなかった。

広大な広さを誇るメトロポリタン美術館では、11つ見て回っていたのでは時間が足りない。―――この後シアターに行かなければならない新次郎・ジェミニ・の時間の関係から、それほど時間を取れない事を知っている加山は、真っ先に目当てである日本展示室を目指した。

「うわぁ〜、すごい!!」

目の前に広がる様々な展示物を前に、ジェミニが感嘆の声を上げる。

日本出身である3人も、展示されている品の種類に目を奪われた。

その中でも一際目を引くのは、今回の日本展の目玉でもある『覇王の剣』だった。

1人で妄想に耽るジェミニを放置して、も覇王の剣が収められているショーケースに歩み寄る加山と新次郎の後に続く。―――声を掛けても良かったが、ジェミニの妄想が収まらなければ巻き添えを食ってしまう危険性を回避しての行動だった。

2人の傍へ移動し、加山と新次郎の背後からショーケースを覗き込む。

どれほどの月日が経とうとも、決して失われない輝き。

多くの人を魅了する、圧倒的な存在感。

その姿を目に映した瞬間、の心臓が1つ大きく声を上げた。

思わず息を飲み込む。―――次の瞬間にはグラリと視界が歪み、全ての音が遠くなり、そして目の前が薄暗くなっていく。

咄嗟に傍のショーケースに手を付き、強く目を閉じ息を止めた。

暗い視界の中、しかし先ほど見た覇王の剣の姿が強く脳裏に焼き付いている。

ゆっくりと詰めていた息を吐き出すと、その姿も少しづつ薄れていく。

しかし薄れていく覇王の剣の姿とは別に、何かの影が頭の中に浮かび上がった。

これはなんだろうか?

汗ばむ手の平を額に押し付け、徐々に強くなる頭痛と吐き気と、そして脳裏に浮かぶ影の存在に耐えるように唇を噛み締めた。

頭の中で、声がする。

『人生・・・』

!?」

不意に耳に届いた大きな声に、の意識は急浮上した。

閉じていた目を開ければ、目の前には訝しげな表情を浮かべた加山と新次郎の姿。

それを認識したと同時に、麻痺していた聴覚が戻り、視界もクリアになっていく。

「・・・あ」

言葉にならない声を発し、身体を預けていたショーケースから身を起こす。―――こんな状態になっても座り込まなかったことに安堵しながら、眉間に皺を寄せる加山と新次郎に向かい微笑みかけた。

「・・・なんでも、ありません。少し考え事をしていただけですから・・・」

「考え事って・・・」

まるで何事も無かったかのように居住いを正すを見詰めて、加山は戸惑ったように声を発した。―――しかし思い直したかのように言葉を切り、いつも通りの笑顔を浮かべる。

「そうか。なら良いが・・・」

「本当に大丈夫ですか、さん?」

尚も心配げに顔を覗き込んでくる新次郎にしっかりと微笑み返すと、漸く納得したように新次郎もその顔に笑みを浮かべた。

再び覇王の剣に向き直った加山と新次郎にホッと安堵の息を吐いて、は握り締めていた拳をソッと開く。―――尋常ではないほど汗の滲んだ己の掌を見詰めて、そして再び覇王の剣に視線を移す。

先ほどのように、もう眩暈は感じなかった。

けれどその圧倒的な存在感による、ほんの少しの息苦しさは健在だった。

未だ頭痛は引かないし、吐き気も完全に収まったわけではない。

何故こんな気分になるのか、には解らなかった。

覇王の剣の何が、自分に不調をもたらしているのか?―――ただ1つ解っている事は、覇王の剣がとてつもない強大な力を持っているという事だけ。

とりあえず一通りの展示物を見終わったらしい加山と新次郎は、そろそろ時間だという事に気付き、まだ名残惜しいながらも鑑賞を切り上げる事にした。

延々と妄想を続けるジェミニを何とか正気に戻し、4人は揃って美術館を出る。

「それじゃ、今日はありがとうございました」

「ああ。こっちこそ楽しかったよ、新次郎」

にこやかに挨拶を交わし、加山を除いた3人はシアターに向かい歩き出す。

「ああ、。悪いがちょっとだけ待ってくれるか?」

そんなの背中に、加山は先ほどと変わらない声色で声を掛けた。

用件の窺えないその申し出に、しかし1つ静かに頷いて、新次郎とジェミニを先にシアターへ向かうよう送り出し、その姿が完全に見えなくなってから加山の傍へ寄る。

「・・・どうかしましたか、加山さん?」

「どうかしましたか、じゃないだろう」

呆れたように溜息を吐いて、加山はの額へ手を当てた。

ヒヤリとした加山の手の温度に、は軽く身を竦める。―――微かに目を細め見上げると、加山は少しだけ怒ったように眉を寄せていた。

「・・・加山さ」

「顔色が悪い。一体何があったんだ?」

名前を呼ぶ前に、強い口調でそう問い掛けられる。

それに軽く目を見開いて、は合わせた視線をゆっくりと逸らした。

完全に隠し切れていると思っていた。―――そのつもりだったし、自信もあった。

現に新次郎もジェミニも気付いていない。

だというのに、何故加山にはバレてしまったのだろう。

そんな想いが伝わったのか、加山は更に溜息を零して苦笑を浮かべた。

「俺が気付かないとでも思ったのか?何年お前と一緒にいると思ってる?」

呆れたように言われたは、困ったような、恥ずかしいような複雑な思いを抱え、顔を見られないよう俯く。

己のつま先をじっと見詰めて、そうして深く息を吐き出してからゆっくりと顔を上げた。

「よく・・・解らないのですが」

前置きをしてから、先ほどの出来事を話す。―――とはいっても、話して聞かせる程大した出来事はないのだけれど。

全ての話を聞き終えた加山は、何かを考えるように顎に手を添えて。

「人生50年」

ポツリと小さく呟いた。

「・・・なんですか、それ?」

「俺にも解らん。さっき様子の可笑しかったお前が、そう言ってたのを聞いたんだ」

加山の言葉に、は顔を顰めて首を傾げる。

覚えが無い。

しかし加山が聞いたというからには、間違いないのだろうと判断したは、その言葉の意味を探るように繰り返した。

「・・・人生50年・・・ですか」

人生50年という言葉から連想されるのは、戦国時代を生きた織田信長。

彼の最後の言葉が、まさしくそれから始まる。

しかしだからといって、今その言葉に何の意味があるのだろうか。

「・・・ここで考えてても埒が明かんな」

暫く考え込んでいた加山は、お手上げとでも言うように軽く手を上げる。

それに同意したは、煩く鳴り出したキャメラトロンに気付きポケットに手を入れた。

既に集合時間は過ぎている。―――早く来いと告げる通信に短く返事を返して、加山の顔を見上げた。

「・・・大丈夫か?」

「これくらい平気です。それに、与えられた役割を放棄する事は出来ませんから」

出来る限りなんでもない風に微笑んで、はキャメラトロンをポケットに収める。

自ら望んで立つ舞台ではなくとも、その役割を与えられた以上は真っ当すべきだ。

そう考えるが、いくら不調とはいえ簡単に休むなどという選択肢を選ぶ筈がない。

「大丈夫ですから」

未だ心配そうな加山に言い聞かせるようそう告げ、は急ぎ足でシアターに向かった。

 

 

本日の公演を無事に終え、素早く着替えを済ませたは、楽屋のソファーに深く身を沈め深い溜息を吐いた。

何とか、乗り切ることが出来た。

美術館にいた時よりはマシになってはいたものの、頭痛は完全に収まったわけではない。

それに耐え、気付かれないよう細心の注意を払い、更に舞台に立ち演技をする。

それらを可能にしたのは一重にの強い精神力の賜物なのだが、それが却って自分を追い詰める結果となっている事に、本人は気付いているのだろうか?

ともかくも、一日を終えたは、いつもとは比べ物にならないほど疲弊しきっていた。

出来れば早く自分の部屋に帰るなり、店に戻るなりして休みたいが、どうにも一息つかなければ動けそうに無い。

楽屋には既に昴の姿は無く、未だ楽屋にいるサジータも舞台衣装のまま。

体の力を全て抜きソファーに身体を預けたい衝動に駆られるが、サジータがいる内はそれも叶わない。

がそうしてもサジータは気にしないだろうが、自身が人の気配のするところで気を抜けないのだ。―――もうこれは立派な職業病と言っても過言ではないだろう。

また、ここで気を抜き身体を横たえてしまえば、再び動き出す事も億劫になってしまうだろう事も解っていたので、言葉を変えればサジータがいてくれてよかったのかもしれない。

そんなことをつらつらと考えているうちに、サジータが着替え始めた。

ちゃんとカーテンの掛けられている場所で着替えれば良いのにと思いつつ、着替えを覗く趣味など持ち合わせていないは、知らぬふりで目の前のドアに視線を向ける。

ちょうどその時だった。

バタバタと廊下を走る音が聞こえたと思った途端、何の前触れも無しに楽屋のドアが開け放たれた。

一瞬、時が止まる。

顔を覗かせた新次郎は、目を大きく見開き固まっていた。―――それと同時にサジータの大きな怒鳴り声が響き、は頭に響く振動に眉を寄せて額に手を当てる。

もう少し控えめな声をお願いしたいが、今のサジータにそれを望むのは無理だろう。

「ご、ごめんなさい!僕、覗くつもりじゃ・・・!!」

「いいから、出て行きなさい!!」

サジータの怒鳴り声に、新次郎は弾かれたように楽屋を飛び出しドアを閉める。

その一連の出来事を無言で見ていたは、深い溜息を吐き出した。

あのサジータが、今の出来事をこれで済ますとも思えない。―――そう考えると、更に頭痛が酷くなるような気がした。

の想像どおり、素早くいつものスーツ姿に着替えたサジータは、こめかみに青筋を浮かべて勢い良くドアを開く。

廊下には新次郎が強張った表情のまま立ち竦み、そんな彼を長身を生かして上から見下ろしたサジータは、目に更に力を込めて大きく息を吸い込んだ。

あんな雰囲気のサジータに上から見下ろされれば、さぞかし凄い迫力なのだろうと他人事のように思いながら、はソッと手で耳を塞ぐ。

それと同時に廊下からはサジータの怒鳴り声が響き、は再び溜息を漏らした。

着替えを覗かれたサジータの気持ちも解る。

怒るのも当然のことだろう。―――わざとではないにしても、ノックもせずにドアを開けた新次郎に非がある。

しかし今現在のにとっては、勘弁してほしいというのが本音だった。

暫くの間、廊下からサジータの怒鳴り声だけが聞こえていたが、暫くすると何故ここにいるのか昴の声も聞こえてくる。

一体何をしているのか気になったは、この状況に終止符を打つべく、重い身体を何とか動かし廊下に顔を出した。

「何をやっているの?」

「ああ、か。略式裁判をしているんだよ。―――大河の覗き事件のね」

いつも通りの無表情で、昴は楽屋から顔を出したに簡単な説明をした。

しかしその顔にはウンザリとした色が浮かんでいる。―――もしかしなくとも、巻き込まれてしまったのだという事は想像に難くない。

チラリと新次郎に視線を向けると、当の本人から助けを求めるような視線を送られたは、溜息をつきながらサジータへと顔を向ける。

「もういい加減、許してあげたら?」

「何言ってんだよ!前から思ってたけど、あんたは坊やに甘すぎる!!」

怒りの矛先を向けられ、は微かに眉を寄せた。

そんなつもりはないのだけれど、改めて言われるとそうかもしれないとは思った。

新次郎を見ていると、どうにも強く出られない。

それを自覚しているだけに、は困った表情で軽く肩を竦める。

結局はこのまま裁判を続けた方が面倒が無いだろうと判断したは、楽屋のドアに寄りかかり事の状況を見守る事にした。

結果など、裁判をしなくとも見えていたが。

案の上、完璧にサジータに言い負かされた新次郎は、しかし昴の口添えにより何とか正式に訴えられずに済み、怒ったサジータが去った後にはすっかり憔悴しきっていた。

 

 

サジータと新次郎の騒動も収まった後、は何とかROMANDOへと帰って来た。

店に加山の姿は無く、少しだけ出てくると簡潔な書置きだけがカウンターに残っている。

それを読み終え、店をずっと空にしておくわけにもいかないと、はカウンター内の椅子に腰を下ろし、重いため息を吐き出した。

店内はいつも通り静かで、考え事をするには最適な空間だ。

椅子に身体を預けながら天井を仰ぎ見たは、今日の出来事を思い返す。

メトロポリタン美術館で見た、覇王の剣。

それから感じられる、とても強い力。

目を閉じれば視界は黒に染まり、思考はゆっくりと闇に沈む。

脳裏に浮かぶのは、薄っすらとした影。

耳に響くのは、遠くで聞こえる小さな声。

なんと言っているのだろうか?―――気になって更に耳を澄ませたその時、チリンと聞きなれた鈴の音が店内に響いた。

咄嗟に目を開けると、ドアを開けた体勢のまま様子を窺う昴の姿。

「・・・昴?こんな時間に一体どうしたの?」

もう自分のホテルへ帰ったのだとばかり思っていた昴の姿に、は訝しげに首を傾げる。

しかし昴はその問いには答えず、カウンターに歩み寄るといつもの椅子に腰を下ろした。

「・・・昴?」

「昴は言った。今日、君に何があったのか、と」

ポツリと昴の口から落ちたその言葉に、は軽く目を見開く。

「他の奴らならまだしも、この僕の目まで誤魔化しきれると思っていたのかい?」

そう言って意地悪く口角を上げる昴に、はプイと顔を逸らした。

もし誤魔化せない人物がいるのだとしたら、それは昴以外いないだろうとは思っていたが、完璧に誤魔化しきれたのではないかと思っていたにすれば、この状況は悔しい以外の何者でもない。

百歩譲って、長く共に居た加山だけにならまだしも、まだ出会って数ヶ月足らずの昴に悟られてしまうなんて。

そんな普段からは見られないの子供っぽい行動を目の当りにし、昴はくつくつと喉を鳴らして笑う。

それすらもにとっては不本意極まりない出来事ではあったのだけれど、生憎とそれについて反論できるだけの気力が今の彼女には無かった。

「何があった?」

言葉少なに説明を求められ、は小さく溜息を漏らす。

こうなった以上、黙り続けているのは無理だし、また無駄だった。

真剣な表情を向ける昴に向かい合い、もまた真剣な表情を浮かべて今日の出来事を昴に話した。

その際、『人生50年』というが呟いたらしい言葉は、伏せておく事にした。―――意味が解らない以上、どう話してよいのかも解らない。

全てを聞き終えた昴は、何かを考えるように扇子を口元へと当てる。

「覇王の剣、ね」

ポツリと呟いて、新聞で見たそれに関する内容を思い出す。

確かに由緒あるモノではあるようだけれど、それが何故の不調を誘ったのかは昴にも勿論解らない。

「古くから伝わる由緒ある品には、強い力が宿っている場合がある。もしかするとそれに当てられたのかもしれないな」

「・・・そうね」

昴の最もな答えに、も同意する。

身体のだるさは未だしっかりと残っているが、こうして休んでいるうちに頭痛の方は何とか収まった。―――この調子なら、明日には何の問題も残っていないだろう。

「昔からこんな事があったのかい?何かを見て、体調不良を起こすなんて事が」

興味深そうな昴の問いに、は無言で首を横に振る。

例えば強い妖力を持つ者を前に気分が悪くなる事は時々あったが(ちょうど良い例が、帝都に出現した降魔だが)、何か物を前にして具合が悪くなるなど初めての事だ。

「もしくは・・・君の霊力が、それを感知できるほど強くなっているか、だ」

「・・・それは」

その例えには、身に覚えが無いわけでもない。

昔から霊力は強かったようだが、あの事件以来それが更に顕著に表れている。

スターに乗っていても、時々己の霊力の強さに戸惑うくらいだ。

「まぁ、なんにせよ・・・」

昴が更に口を開いたその時、再びチリンと乾いた音が店に響く。

2人して顔を上げれば、店に入ってきた新次郎と視線が合った。

「・・・新次郎?」

「あ、さんに昴さん。こんにちは。さっきはどうもありがとうございました」

礼儀正しく頭を下げ、思わずホッとするような柔らかな笑みを浮かべる新次郎。

「それは構わないけれど・・・一体どうしたの、こんな時間に。何か困った事でもあった?」

自然と椅子から立ち上がり、新次郎に向かい微笑みかける。

もうバレているのだから昴だけが相手なら多少気は抜いていられたが、新次郎がいるならばそうはいかない。

しっかりといつも通りを演じつつ声を掛けるに、新次郎は困ったように眉を下げてカウンターへ寄ってきた。

「実は、ハーレムにあるサジータさんの事務所に届け物があるんですけど。僕、さっきも行ったんですけど中に入らせてくれなくて・・・」

がっくりと解りやすく肩を落とした新次郎を見下ろして、はなるほどと1つ頷いた。

ハーレム地区に住む住人たちは、余所者に対する警戒心が強い。

見た事の無い人物がいれば決して中に入れようとはしないし、ハーレム地区に初めて足を運ぶ新次郎が彼らに行く手を阻まれても何の不思議も無かった。

「ラチェットさんが誰かに付いて行ってもらえば良いって言ったんですけど、誰も見つからなくて・・・」

だから唯一居場所がはっきりしているこの店に来たのだろうと、は思った。

ここならか加山が大抵はいる。

「あの・・・付いて来てもらえませんか、さん」

そう申し出られて、は困ったように微笑む。

本音を言えば、今日はもう出かけたくは無いのだけれど、こんな新次郎を放って置くことなど彼女には出来ない。―――その届け物をサジータに届けなければ、新次郎が明日どんな文句を言われるか解らないし、これは先ほどの件の仲直りをする良い機会にも思えた。

「仕方ないわね」

がそう呟いた瞬間、今まで無言で事の成り行きを見守っていた昴が椅子から立ち上がり、不思議そうにする新次郎の前へと歩み出た。

「ちょうどハーレムに用事がある。僕が付いて行ってやろう」

「本当ですか!?ありがとうございます、昴さん!!」

昴の言葉に、新次郎は満面の笑みを浮かべる。

その光景を呆然と見ていたは、チラリと首だけ振り返った昴に、すぐにその思惑に気付いて微笑んだ。

決して口には出さないし、とても解り辛くはあるけれど、どうやら昴はの体調を気遣い代わりを申し出てくれたようだ。

そんな昴のさり気ない優しさが嬉しくて、は心の中でありがとうと呟く。

「それじゃ行くぞ、大河。、また明日」

「おやすみなさい、さん!」

素っ気無い言葉を残して去る昴と、無邪気な様子で昴に付いて行く新次郎。

これもある意味、打ち解ける良いきっかけなのかもしれないと、2人の後ろ姿を見送りながらは思った。

 

 

簡単に片付け閉店した店内で、は疲れた身体をカウンターに預ける。

加山は未だ戻らず、先に部屋に戻る気にもなれず、は引かれたカーテンの向こう側をぼんやりと見詰めた。

静かな店内はメトロポリタン美術館の空気と少し似ていて、落ち着く反面寂しくもある。

そうしている内に意識は少しづつ薄れていき、はカウンターに突っ伏したままの体勢でゆるりと眠りに落ちて行った。

そんなを加山が発見するのは、この時から30分後の事。

ちょうどその頃、ハーレム地区で昴と新次郎を巻き込み騒動が起こっている事など、この時のは知らぬまま。

漸く訪れた穏やかな時間に、は安らかな眠りについた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

やっぱり終わり方がどうにも・・・。(今更)

とてつもない展開に、書いてる本人も驚いてますが。

だから加山夢なのに、どうして加山の出番が少ないのかという突っ込みもなしの方向で。

主人公が舞台に立つという話も多いですが(一応星組だし)何の役をしているのかは深く気にしないで下さい。(懇願)

作成日 2005.10.25

更新日 2012.2.19

 

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