喧しいほどに鳴り響く目覚し時計によって眠りの底から引き上げられた加山は、まだ眠気の残る体を何とか起こし、手近な服に着替えて寝室を出た。

ダイニングのカーテンは既にによって開け放たれており、窓からは白い光が惜しみなく差し込んでいる。

しかしいつもなら聞こえてくるはずのの挨拶がない事に気付いた加山は、グルリと部屋の中を見回した。

「・・・なんだ、これ?」

テーブルの上にはいつも通り朝食が。

そしてその横に、間違えようもないの綺麗な字が書かれた一枚の紙。

「え〜と、なになに?―――サニーサイド司令から司令命令と言う名の朝食会に強制的に招待していただいた為、先に出ます・・・・・・って、あの人は・・・」

書置きを読み終えた加山は、がっくりと肩を落とし椅子に座り込む。

手紙の内容からの心境は痛いほど伝わってきたが、サニーサイドがそんなことを気にするような人ではないことも加山は知っていた。

溜息混じりに用意された朝食に手をつける。

いつもならば温かいそれは、今は完全に冷え切ってしまっていて。

加山は無意識に、もう一度溜息を吐き出した。

 

彼と彼女の戦い

 

「やあ、。よく来てくれたね」

「それが脅迫した人の言葉とは思えないわね」

わざわざ出迎えたサニーサイドを一刀両断し、はサニーサイド邸に足を踏み入れた。

それにしても・・・何時来てもおかしな物ばかりだと、何気なく辺りを見回しながらはぼんやりとそんなことを思う。

流石サニーサイド邸だけあって置かれているものはどれも立派だし、それぞれ1つを取るなら素晴らしい品物ではあるのだが・・・―――しかしそれらが全て一緒くたになって置かれていては効果半減・・・どころか、悪趣味さが際立つばかりだ。

まあ、ROMANDOもいい勝負だけれど。

朝からテンションの高いサニーサイドに案内され着いた部屋には、もう既に他の星組隊員に加えジェミニまでもが揃っていた。

どうやら自分が一番最後だったようだと思いつつ、空いている席・・・―――昴の隣へと腰を下ろす。

「さあ、それじゃ全員が揃ったところで朝食と行こうか」

意気揚々とメイドに準備を申し付けるサニーサイドを横目に見ながら、はこの場のなんともいえない居心地の悪さに、居住いを正す。

サジータは苛つきを隠す事無く眉間に皺を寄せているし、新次郎は戸惑いを含んだ目でサジータをじっと見詰めている。

そんな不穏な空気すら漂うその場に、サニーサイドが爆弾を投下した。

「そういえば昨日、ハーレムで騒ぎがあったらしいね」

いつも通りの口調でサラリとサニーサイドの口から出た言葉に、サジータと新次郎が過剰反応を示すのをは勿論見逃さなかった。

そんな2人の様子に気付いているのかいないのか、サニーサイドは先ほどと変わらぬ様子で言葉を続ける。

「何でも物凄い雷が落ちたんだってさ。建物が崩壊して大変だったらしいよ」

「・・・え!?」

思わず声を上げた新次郎に、皆の視線が集まる。

「どうかしたのかい、大河君」

「あ、いえ・・・別に・・・」

「ふ〜ん。そういえば昨日はもう一騒ぎあったらしいけど・・・何か知ってるかい、大河君?」

「・・・・・・っ!!」

今度こそ声も出ないほど驚いたのか、新次郎はこれ以上ないほど目を見開く。

解り易すぎるその反応に、は思わず苦笑を漏らした。

しかし新次郎から何か言いたげな視線を投げかけられたサジータは、素知らぬふりでその言葉を軽く流すと、とうとう苛つきが頂点に達したのか、勢い良く立ち上がった。

「こんな下らない話をする為にわざわざ呼び出したのかい?それならあたしは失礼するよ。依頼人との約束があるんでね」

「サジータさんっ!!」

一方的に言い捨て、サジータは足早に部屋を去っていく。―――そんなサジータを慌てて追いかけていく新次郎を見送って、は呆れたような視線をサニーサイドに向けた。

彼は間違いなく解ってやっているのだ。

全てを知った上で、サジータが怒るだろう言葉を敢えて口にしている。

何か考えがあるのか、それともただ単に意地悪なだけなのか、それは解らないけれど。

「あれ?2人ともご飯食べないのかい?折角の日本食だって言うのに・・・」

残念そうに肩を落として見せるが、その口角が微かに上がっている事にが気付かないわけも無い。―――なんだか朝から気の休まらない空気に、は深い溜息を吐き出す。

昨日ハーレム地区で起こった2つの騒動は、も勿論知っていた。

深夜遅くに月組隊員が慌てた様子で報告に来たからだ。

最初にサニーサイドが言っていた雷の件は、未だ調査中。―――明らかに怪しい出来事ではあるけれど、自然現象という選択肢も捨てきれない為だ。

そしてもう1つ。

スチームフロンティア社による、ハーレム地区の破壊行動。

その場にサジータがいたという事は、先ほどの新次郎の言葉ではっきりしている。

そして彼女がそれに関わっているだろう理由も、明白だった。

チラリと隣に座る昴に視線を送ると、昴からも無言の答えが返ってくる。

具体的な内容を、月組の報告書ではなく当事者から聞きたかったが、今この場でそれを聞くのは得策ではない。

無理に問い詰めなくとも、昴なら後でしっかりと説明してくれるだろうと、は再び溜息を零しつつ何でもない風を装った。

「さぁ、用意が出来たよ」

何時の間にか、すっかりと朝食の準備は整えられ、目の前には懐かしい食卓が広がっている。

「食べようか」

「昴は食べる。朝食は一日の活力源だ」

サニーサイドの声に、意外にも昴は素直に応じる。

それに釣られて現状に戸惑っていたジェミニも、初めて見る納豆に悪戦苦闘しながらも食事を始めた。

「ほら、も!」

再度サニーサイドに勧められ、も箸を手に取り静かに両手を合わせた。

「頂きます」

「どうぞ。まだまだたくさんあるから、どんどん食べてくれよ」

ニコニコ笑顔を振り撒きながら、サニーサイドも納豆に手を付け始める。

そんなに納豆ばかり食べられないけれど・・・と心の中で呟きながら、は白いご飯が盛られている茶碗を手に取った。

 

 

「これが、僕が見た昨日起こった出来事の全てだ」

険悪な空気漂う朝食会を終えたと昴は、場所をROMANDOに移し昨日あった出来事について話し合っていた。

同じく店番をしていた加山も話しに加わり、3人は揃って顔を見合わせる。

「う〜ん・・・それはまた、面倒臭い展開に発展したものだなぁ」

全ての話を聞き終わった後、加山は苦笑を漏らしながらそう感想を述べた。―――それに同意する形でも小さく頷く。

いつかはこんな日が来るだろうとは思っていたが、とうとうその日が来てしまったということなのだろう。

「どうにかならないかしら?」

「どうにか、とは?」

がポツリと漏らした言葉に、昴は即座に反応を示す。

鸚鵡返しに問い返されたは、曖昧すぎる自分の発言に困ったように微笑む。

昴の問いかけ通り、どうにかとは一体どういうことなのかにもはっきりと説明は出来ない。

サジータが昨日のような暴挙を止める筈がない。―――多少罪悪感はあるのだろうから今日あれほど苛ついていたのだろうが、彼女は自分の行動を正しいものだと確信している。

それが本当に正しい事なのかはには解らないが、サジータがハーレムの事を想っていることだけは間違いないと断言できた。

だからこそ、厄介なのだが。

「サジータがスチームフロンティアの顧問弁護士をしている以上、ハーレム地区の再開発が行われない限り、この騒動は静まらないだろうね」

淡々とした昴の口調に、流石に反論も無いのかも加山も黙り込む。

サジータに引く気が無く、そしてハーレム住人にも引く気が無いのならば、騒ぎは収まるどころか更に広がっていくだろう。―――それによって、犠牲者もまた増える。

「それでも・・・」

は加山と昴から視線を逸らし、窓の外の通りを見詰めた。

店の中とは裏腹に、そこには穏やかな世界が広がっている。

「・・・それでも?」

昴に言葉の続きを促され、は遠い目をしながら口を開いた。

「それでも、新次郎は諦めないわ。きっと自分が正しいと思うやり方で、サジータを説得しようと頑張るんでしょうね」

「・・・全く、お節介というか傍迷惑というか」

「でも、そこが新次郎の良い所でもあると思うの」

視線を昴へと移しにっこりと微笑むと、昴は眉間に皺を寄せてを睨みつける。

そんな2人の様子を見ていた加山は、軽い口調で口を挟んだ。

「こうして何もせずにじっとしているよりは、何倍も良い事なんじゃないか?」

「そうとも限らないだろう?人の領域に勝手に踏み込むことは、相手のプライバシーを侵す事に他ならない。それはあまり誉められた行動ではないだろう?」

「そうかもしれない。―――でも・・・」

それでも、何かを期待してしまうのはいけないことだろうか。

「それが良い方に転がるなら、これ以上に勝る事は無いでしょう?」

「大河が関わる事によって、良い方向に転がると・・・?」

「それは私にも解らないけれど」

昴の問い掛けに、は先ほどまで浮かべていた真剣な表情を消して、あっさりとそう答える。

「でも、良い方向に転がることを、私は望んでいるわ」

その楽観的な考えに思わず溜息を吐いた昴は、諦めたようにカップのコーヒーを飲み干す。

いつもいつも何故か最後には言い包められている気がして、それは昴にとっては決して面白い事ではなかったが、しかしそれを不快に思わない自分に昴は気付いている。

全くもって面白くないのだが・・・―――それでもの言葉には妙な説得力があり、容易に反論できない何かがそこにはある。

新次郎の星組入隊の時も、ラチェットはこんな風に言い包められたのかもしれないと思うと、昴としても複雑なところではあるのだが。

「ま、お手並み拝見と行こうじゃないか。大河がこの件をどう処理するのかをね」

意地悪く笑う昴に、と加山は顔を見合わせて苦笑する。

どうやら新次郎には、サジータとの諍いを解決する他にも問題が降りかかってしまったようだ。―――そうしてしまったのは、ここにいる2人なのだけれど。

それでも本人も、新次郎があの法律で凝り固まったサジータにどう接するのか興味がないわけでもない。

頑張って、新次郎。

心の中でそう声を掛け、はこれからどんな出来事が起こるのかと、ほんの少しだけ胸を躍らせた。

 

 

その翌日、自室で月組隊員の手により集められた情報の整理をしていたは、店が騒がしい事に気付いて席を立った。

自室を出て、階段を降り店に顔を出すと、そこには加山の姿だけではなく新次郎の姿までもがある。

「・・・どうしたの?」

新次郎のあまりにも真剣な表情に、は躊躇いがちに声を掛けた。―――すると新次郎は加山に向けていた視線をへと移し、小さくお辞儀をしてから挨拶をする。

「実はな。新次郎の奴が、サジータさんと裁判をする事になったんだと」

先ほどの問いの答えは、新次郎本人からではなく加山から返って来た。

その返って来た答えに、は無言で目を丸くする。

「サジータと、裁判?」

「はい。話の流れから、そういう事になっちゃって」

「それは・・・ハーレム地区の再開発のことについての裁判?」

「はい、そうです」

あっさりと返って来た返事に、は表情には出さなかったが軽く眩暈を感じた。

本職が弁護士のサジータと、この国の法律の事など何も知らない新次郎が裁判。

それを持ち出すサジータもサジータだが、受ける新次郎も新次郎だ。

「新次郎・・・。こんな事は言いたくないけれど、勝算はあるの?」

「勝算はどうか解りませんけど・・・。でも、やるからには精一杯頑張ります!」

力強く拳を握り締める新次郎を前に、はとうとう手で額を押さえた。

やるからには頑張るのは当然だろうが、それで裁判が何とかなるとでも思っているのだろうか?

まぁ、一見頼りなさそうに見えても昔から優秀ではあったのだし、それなりの証拠なり証言なりは集めるのだろうけれど。

は深く眉間に皺を刻み、大きく溜息を吐く。

昨日の話し合いの後、少しだけハーレムの状況が気になったは、月組独自の情報網を使って、様々な情報を集めていた。―――その中にあったある情報に、はほんの少し憤りを感じたものだが。

サジータには、切り札がある。

どう転んでも覆せないほどの、最強の札を彼女は握っている。

それが正当な手段なのかそうでないのかはこの際置いておくとして・・・―――サジータがその札を握っている以上、どう転んでも新次郎に勝ち目はない。

それは加山も知っている筈だというのに。

しかし加山は何かが入った袋を片手に、新次郎ににっこりと微笑みかけた。

「新次郎。復元は俺に任せて、お前はもっと情報を集めろ。まだまだスチームフロンティア社についての話は多いと思うぞ」

「解りました!加山さん、復元の方、お願いします!!」

礼儀正しく挨拶をして、新次郎は飛び出すようにROMANDOを去っていく。

その後ろ姿を見送ったは、チラリと加山に視線を送った。

「復元というのは・・・?」

「ああ。実はフライに頼んでスチームフロンティア社のゴミ箱から、破棄された再開発計画書を持ってきてもらったんだ。ビリビリに破られてるから復元には時間がかかるが」

そういうや否や、持っていた袋から細かい紙片をカウンターの上に広げる。

「・・・これを復元、ですか?」

「まー、骨が折れる事には違いないが・・・引き受けた以上はしっかりと復元して見せるさ」

そう言って軽く笑った加山は、さっそく復元に取り掛かる。

その姿を立ったまま見下ろしていたは、薄く目を細めた。

「そんなことをしても無駄だという事は、加山さんもご存知でしょう?」

心持ち低くなった声色でそう問い掛ければ、加山は顔を上げることも手を止める事も無く、いつも通りの飄々とした口調で言った。

「無駄かどうかは、やってみないと解らないんじゃないか?だが俺は、この世に無駄な事なんて無いと思ってるけどな」

「・・・・・・」

「行動する事にこそ、意味がある。そもそもこの勝負は勝つ事が目的じゃないだろう?」

加山の言葉に、は軽く目を見開いた。

加山の言う通りだと、は思う。

この裁判に勝つ事が、本当の目的なのではない。―――裁判を通して、サジータに大切な事を思い出してもらうことこそが、本当の目的なのだと。

多くの紙片と格闘する加山を見詰めて、はふと表情を緩める。

「加山さん。書類の復元の方、よろしくお願いします」

「・・・ああ、任せておけ」

返って来た頼もしい声ににっこりと微笑んで、は踵を返した。

急ぎ足で店を飛び出し、ある場所へと向かう。

サジータと新次郎の勝負が、どんな結果を生むのかはにも解らない。

それでも出来る限り良い方向へ向くように・・・―――その為にが出来る事があるのならば、それはこれ以外には思いつかなかったから。

人の多い街中を、は猛スピードで駆け抜けた。

 

 

曲がり角を曲がった瞬間の衝撃に、は数歩後方へと弾き飛ばされた。

咄嗟の反射神経で尻餅をつくことは逃れたは、ごめんなさいと咄嗟に謝罪を口にして顔を上げる。―――そこには、同じく倒れる事を回避したが見るからに不機嫌そうな表情を浮かべたサジータが立っていた。

「・・・サジータ」

か?・・・ったく、気を付けなよ」

小さく舌打ちをして地面に散った書類を集め始めるサジータに、は同じく慌てて足元の書類を集める。

全ての書類を集め終わったは、それを簡単に纏めて未だ苦い表情を浮かべるサジータに手渡した。

「本当にごめんなさい。急いでいたものだから・・・」

貴女のことで・・・など、まさか本人を前にして言える筈も無いが。

しかしサジータはの急いでいた用事のことには関心が無いのか、手渡された書類を受け取ると、呆れたような視線を向ける。

。前にも言ったと思うけど、そう簡単に謝罪の言葉を口にするもんじゃない」

そのサジータらしい言動に、は困ったように微笑む。―――自分の事を思って言ってくれていると解っているから、余計に何も言えなくなってしまう。

アメリカ出身のサジータに、日本の風習を押し付けるのも気が引けた。

「・・・そうね。なるべく気を付けるようにするわ」

「前もそんなこと言ってたけどね」

呆れを隠そうともしないサジータに、誤魔化すように笑みを貼り付けたは、話題を代える為とほんの少しの探りを入れる為、唐突に核心に踏み込んだ。

「そういえば・・・今日、新次郎と裁判をする事になったんだって?」

まるで世間話でもするかのようなの声色に、しかしサジータの肩がピクリと微かに揺れるのをはしっかりと確認した。

しかしサジータはその微かな動揺を押し隠すように大きな溜息を吐くと、やはり不機嫌そうな顔でを見返す。

「流石、情報が早いね」

「そんなことないわ。だって新次郎から聞いたんだもの」

にっこりと微笑めば、サジータは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

そして乾いた笑みを零し、一言。

「坊やも馬鹿だよねぇ。素人がプロに敵う筈ないってのに」

「そうね」

嘲笑とも取れるその笑みに、しかしは表情を崩さない。―――それはごく当然の感想だったからだ。

現にもそう思っていた。

けれど。

「でも、この世に無駄な事なんて無い」

静かな声色でキッパリと言い切ると、サジータの眉が訝しげに顰められる。

「あんた・・・あの坊やがあたしに勝てると、本気でそう思ってるのかい?」

「思ってないわ」

再びキッパリと言い切ると、サジータは目を丸くした。―――呆気に取られた様子で見詰めるその視線を受けて、は小さく笑みを零す。

「思ってなかったけれど・・・でも、無駄じゃないかもしれないと、ある人の言葉でそう思えるようになった。『この世に無駄な事なんて無い』なんて、素敵な考えだと思わない?まぁ、私の場合は受け売りだけれど」

言葉を続けて更に笑みを零せば、サジータはなんともいえない複雑な表情を浮かべる。

「・・・あんた」

「だから、私も行動してみようと思うの。私の行動も、もしかしたら無駄にはならないかもしれないから」

そう言って立ち尽くすサジータの横をすり抜け、そうして少しだけ距離を取ってから首だけで振り返る。

「どちらに転んでも、貴女の心に平穏が訪れる事を祈っているわ」

「・・・あたしは負けないよ。どんな手を使っても」

同じく首だけで振り返ったサジータが、鋭い視線をへと向けた。

それに何も言わず軽く笑みを返して、は再び走り始める。

サジータは挑むように、の姿が見えなくなるまで、彼女の背中を睨み続けていた。

 

 

目的の場所に着いたは、上がった息を整え目の前の扉をノックした。

返事を待って部屋の中に入ると、そこには普段は滅多に見る事が出来ないほど真面目に仕事をしているサニーサイドの姿がある。

「あれ?どうしたの、?」

読んでいた書類から顔を上げたサニーサイドは、真剣な表情を浮かべ部屋の真中に立つを見て小さく首を傾げた。

「・・・あの」

「ん?なんだい?」

「・・・・・・新次郎とサジータが、裁判をするという話は・・・」

「うん、知ってるよ」

言い難そうに口ごもるに対し、サニーサイドはいつも通りの軽い口調で即座に肯定する。―――その返事に驚いたは、微かに目を見開いた。

「・・・知ってたの?」

「そりゃ、もちろん。こんな面白そうな事、ボクが聞き逃すわけないじゃない」

にこにこ笑顔を振り撒きながら当たり前の事のようにそう言うサニーサイドに、は思わず脱力する。

確かに彼の言う通りだ。―――面白い事があれば何時もどこからか嗅ぎつけてくるサニーサイドが、今回の事を知らないわけが無いのだ。

しかし知っているのなら話は早いとは思う。

のやろうとしている事は、彼の協力無しでは成し得ないのだから。

「その件で・・・貴方にお願いがあって」

「ふ〜ん。君がお願いなんて珍しいねぇ」

気まずさからか視線を逸らすを、サニーサイドは意地悪な笑みを浮かべて凝視する。

悪趣味だとは思うが、今それを指摘するわけにはいかない。―――誰かのご機嫌を取るなど慣れていないにとっては難題だが、今サニーサイドの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

「・・・裁判の、事なのだけれど」

「それってもしかしてこれの事?」

慎重に言葉を発したを遮り、サニーサイドは先ほど目を通していた書類をへと突き出す。―――それに訝しげに眉を寄せて、はサニーサイドの座るデスクに近づくと、素直にそれを手に取った。

そして、大きく目を見開く。

その書類は、今回の事について情報を集めていたが手にした物と同じ物だったからだ。

「サジータがハーレム地区の住民票や何やらを取り寄せてたらしいね」

「・・・・・・」

「これがある限り、可哀想だけど大河君には勝ち目はないんじゃないかな?」

書類から視線を上げて、じっとサニーサイドを見詰める。

真面目に仕事をしているのかと思いきや、こんな事をしていたとは・・・―――ラチェットに言いつけてやろうかとも思ったが、今回だけは事情が事情だけに黙っていようとは心の中でひっそりと思う。

サジータが取り寄せた、ハーレム地区の住民票。

それこそがサジータの最後にして最強の切り札だ。

ハーレム地区に住むカルロス達は、法の下で認められてあの場所に住んでいる訳ではない。

言わば不法滞在も同然なのだ。―――今はそれを指摘する人間がいない為騒動に発展してはいないが、もし今回サジータがこの切り札を使ったならば、きっとどんな反論も捻じ伏せられハーレムを追い出されてしまうだろう。

それはもう、どうしようもない問題だ。

どう足掻いたとしても、カルロス達は不利な状況にある。―――この状況を覆せるだけの力を持つ者は、あの場所にはいない。

そう、あの場所には。

「それで?ボクにお願いってなんだい?」

の心の中を読み取ったようなタイミングの良さで、サニーサイドは問い掛けた。

視線を合わせて、は戸惑ったようにサニーサイドを見詰め返す。

が考えたこの作戦は、言ってしまえば無茶もいいところだ。

こんな事普通は考えないだろうし、また実行する事も出来はしない。

けれど幸か不幸か、この作戦ともいえないような作戦を実行できる力を持つ人間が、の目の前にはいるのだ。

小さく息を吐き出して、いざその言葉を口にしようとした時。

「あ、ちょっと待って」

思わず制止の声がかかり、は息を吸った状態のまま硬直した。

「ごめんごめん。ちょっと電話しなきゃいけないところがあったんだった」

全く悪びれもせず受話器を手に取るサニーサイドを見詰めて、は意を決して吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出した。―――それと同時に込めた勇気も逃げていくような気がしたけれど、どうかそれは気のせいだと思いたい。

強張ってしまった体を解しながら、聞こえてくるサニーサイドの声に何気なく耳を傾けた。

決して聞き耳を立てるつもりは無かったのだけれど・・・―――聞こえてくる言葉を理解し、少しづつの表情が驚きの色に染まっていく。

暫くして電話を切ったサニーサイドは、含むような笑みをへと向ける。

「・・・で、お願いって何かな?」

「・・・・・・」

「ほら、言わないと解らないよ?」

明らかに楽しんでいる様子のサニーサイドを、は恨めしげに睨みつける。

それすらも楽しいのかくつくつと喉を鳴らして笑ったサニーサイドは、さてと小さく呟いて座っていた椅子から立ち上がった。

「じゃ、行こうか。急がないと、間に合わなくなっちゃうしね」

「・・・・・・サニーサイド」

擦れ違いざまにの肩を軽く叩いたサニーサイドに、はなんと言って良いのか解らず、ただ彼の名を呼ぶ。

名を呼ばれた当人は、支配人室のドアノブに手を掛けると、喰えない笑みを浮かべて振り返った。

「今回の事は、貸しにしておこう」

「・・・ありがたくないわね」

「そうかい?ボクほど部下想いの上司はいないと思うけどね」

軽い口調で呟き支配人室を出るサニーサイドを慌てて追いかけ、は彼の一歩後ろについて歩き出す。

空は蒼く澄み渡り、風は少し熱さを含んでいるがまだ肌には心地良く。

絶好の裁判日和、とでも言うべきだろうか。

コツコツと石畳を歩く2人の足音に紛れるような小さな声で、はサニーサイドに向かい口を開いた。

「・・・ありがとう、サニーサイド」

風に煽られて、屋上に植えられた木々が声を上げる。

聞こえるか聞こえないくらいの小さな声は、しかししっかりと彼に耳にも届いていたようで。

「どう致しまして」

素っ気無いくらい簡単な返事と共に、エレベーターの軽い到着音が屋上に響いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんともやっつけ仕事的な内容でお送りしました。(最悪)

今回加山とサニーサイドに格好良い所を見せていただこうと思ったのですが、成功しているでしょうか?(ドキドキ)所詮私が書くものなのでたかがしれているとは思いますが。

途中で「これサジータの回の話なのに、サジータ名前しか出て来てない!!」という事に思い当たり、急遽サジータを(無理矢理)投入。

なんとも言えない無理矢理感が溢れ返っております。

そしてやっぱり、サクラ5の主人公である新次郎の出番が・・・!!(何とかしなければ)

作成日 2005.10.27

更新日 2012.4.22

 

戻る