カウンターの奥に座り、窓の外の通りを眺める女性が1人。

街の活気から取り残されたような静けさに、女性は何をするでもなく頬杖をつきつつため息を漏らす。

あまり賑やかな場所が得意ではない彼女には、この静けさは大歓迎なのだけれど。

「・・・大丈夫なのかしら、このお店」

開店してから1人の客も来ない己の店に、少しばかりの不安を抱く。

が紐育に来てから、早半月。

今までからは想像がつかないほどの暇を持て余している、ある日の午後の話。

 

と星の出会い

 

「ただいま!店番ご苦労だったな、!!」

声と共に、派手な音を立てて店の扉が開け放たれる。

が1人で静かな時間を過ごす事1時間半。

漸くこの店『ROMANDO』の店主である加山が外出先から戻ってきた事で、店の中は一気に活気付いた。

加山と共に暖かい店内に入ってきた冷たい空気に少しだけ身を縮こめるも、は立ち上がって帰って来た加山を出迎える。

「いえ、加山さんの方こそご苦労様でした。大使館の方から何か・・・?」

「いや、大したことじゃないんだ」

はそう言って笑う加山からコートを受け取り、カウンターの奥にあるコート掛けにそれを丁寧に掛けた。

加山は名目上は外交官として紐育に来ている。―――なので月組の任務の他にもこういった用事が多々あり、本人は寧ろ日本にいた頃よりも忙しそうだ。

勿論他の月組隊員も、調査に出ている。

最近紐育の街に現れるようになった悪念機の正体を探っているのだが、未だ目覚ましい成果は出ていない。

も同じように調査に出ていたりはするのだけれど、日本にいた時と比べて調査に出るよりも本部(この場合はROMANDO)で待機していることの方が多く、加山とは違い暇を持て余すようになった。

まだ紐育の街に不慣れだという理由からなのだけれど、こんな風に何時までも店にいたのでは、いつまでたっても慣れる事が出来ないのではないかと常々思っていたが、今のところはそれに甘んじているのが現状だ。

する事もないので、同じくカウンターの奥にある椅子に座った加山の為に熱い日本茶を用意していると、当の加山が唐突にポンと手を叩いて傍らに立つに声を掛けた。

。悪いんだが、ちょっと用事を頼まれてくれるか?」

「用事、ですか?構いませんが・・・一体どういう?」

突然の申し出に、は目を丸くして加山を見下ろす。

紐育に来て半月が経つが、そんな申し出は初めてだった。

「実はな。今日の午後、港に日本からの荷物が届くんだが、俺はちょっと野暮用があっていけそうにないんだ。雑用で悪いんだが・・・行ってくれないか?」

日本からの荷物という言葉に、は更に首を傾ける。

わざわざ日本から取り寄せるほどの荷物というモノに、心当たりがなかったからだ。

「中身は?」

「中身は決まってるだろ?我がROMANDOの商品だ。そろそろ入荷の時期だからな」

「ああ。そう・・・ですか」

即返って来た言葉に、は頬を引きつらせつつ微笑む。

わざわざ何を取り寄せたのかと思えば、そんなものとは・・・―――の心中を知れば加山とて反論もあるだろうが、生憎と心を読む術を持っていない為いらぬ騒動が起こることはなかった。

まぁ、と付き合いの長い加山には、彼女の言いたい事などお見通しだったのだが。

「解りました。午後の便で・・・ですね?」

しかし取り寄せられる荷物がなんであろうと、それが隊長である加山からの頼みなら聞かない訳にはいかない。―――実際、この店で暇を持て余していたにしてみれば、ずっと座っているよりも何かをしている方がマシだった。

チラリと壁に掛けられている時計に目をやり現在の時刻を確認すると、カウンターの中に置いてあった日本刀を2本腰に提げ、の入れたお茶を飲んでいる加山に視線を向けた。

「それでは、行ってきます」

「おいおい、もう行くのか?まだ午後の便が着くには時間があるぞ?」

「ええ、解っています。港に行くついでに、少し街を見て回ろうかと思いまして・・・」

にっこり笑って返って来た言葉に、加山はなるほどと小さく頷く。

そして再びチラリとの腰に提げられている日本刀に目をやり、窺うようにの顔を見上げた。

「そいつも持っていくのか?」

「はい。ここは帝都とは違い、日本刀を提げていてもそれほど問題にはなりませんから」

そう言って、自らの腰に提げられている日本刀を愛おしそうに撫でる。

日本では銃刀法違反などの罪に罰せられる事もあり、またそうでなくとも人目を引くため堂々と持ち歩く事が難しかったが、紐育では刀や銃を持って歩いていても罰せられる事もなくまた珍しいことでもない為、は紐育に来てからは外出の際には必ず日本刀を持ち歩くようになった。

腰の微かな重みが何故だか懐かしく、また安心感を生む。

故郷にいた頃はよく提げて歩いていたけれど、帝都に来てからはそんなこともほとんどなくなっていた。―――しかしやはり自分にはこちらの方がしっくりくると、は心の中でひっそりとそう思う。

「それでは、行ってきます」

再び加山にそう告げて、はROMANDOを出た。

「おお、気をつけてな」

加山の声を背中に、はベイエリアに向かい歩き出す。

そんな加山の助言も、この後に起こる出来事の何の制止にもならなかった。

この約一時間後。

騒動は起こるべくして起こるのだ。

 

 

「・・・なに?」

ブラブラと辺りを散策しながら漸くベイエリアに到着したは、唐突に耳に飛び込んできた破壊音と人々の悲鳴に眉を顰めて、反射的に音のした方へと駆け出した。

徐々に多くなる人ごみを掻き分け、騒動の発生源であるウォール街に辿り着いたは、視界に飛び込んできた光景に軽く目を見開く。

そこにいたのは、今紐育を騒がせている『悪念機』と呼ばれる魔操機兵。

3体と数は多くないが、闘う術を持たぬ者にとっては驚異以外の何者でもない。

悪念機は何が目的なのか、街の物を破壊しながら逃げ惑う人々を追い立てている。

は瞬時に帝国華撃団・月組副隊長の顔になり、目の前の悪念機を睨みつけた。

どうするか・・・と心の中で自問する。

本音を言えば、このまま泳がせて敵の目的を探りたい。

何が目的で、この場所にいるのか。

何が目的で、この場所で暴れているのか。

ただの悪念機の暴走なのか・・・―――それとも誰か黒幕がいるのか。

しかし今暴れまわっている悪念機をそのまま放っておくわけにもいかないことは、にも十分解っていた。

ただそこにいるだけならまだしも、悪念機は人々を襲っているのだ。

このままでは負傷者が出るだろう。―――それをみすみす見過ごすわけにはいかない。

仕方ないと小さくため息を吐いて、腰にある日本刀の存在を確かめてから、悪念機を遠巻きに見ている人たちで輪を描くようにぽっかりと空いたその空間に足を踏み入れた。

その瞬間、悪念機がの存在に気付き威嚇を始める。

周りにいた人々は、まだ若い女性が悪念機に近づく事に気付いて制止の声を上げたり悲鳴を上げたりするが、はそれらを全て無視して一定の距離を保ち悪念機の前に立つ。

喧騒に包まれていたその場が、一瞬静まり返った。

誰かのゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がし・・・―――それを引き裂くように、悪念機がに向かい襲い掛かった。

「きゃあああ!!」

女性の悲鳴が響き渡る。

俊敏な動きの悪念機が、持っていた己の剣を振り上げると同時に、はすぐさま横に飛び腰の日本刀を抜き構え、目前に迫った悪念機の腹へ切りつけた。

それは異様な光景だった。

巨大な悪念機に、たった1人で立ち向かう女性。

2本の剣を振り回し、舞うように悪念機を沈めていく。

勝負は一瞬で終わった。―――戦いを見守っていた人々が思わず止めていた息を吐いた頃、先ほどまで暴れまわっていた悪念機すべてが切り捨てられていた。

フワリと風に舞う黒髪を鬱陶しそうに手で払いのけ、は2本の日本刀を静かに鞘に戻す。

再び静まり返ったウォール街に派手な機械音が響いたのは、ちょうどその時だった。

 

 

2機の霊子甲冑は、飛空形態から陸上形態に戻り地上に降り立った。

「・・・なんだってんだよ、一体」

通信機から聞こえて来たサジータの声に答える事無く、昴は微かに眉間に皺を寄せる。

ウォール街に悪念機が出現したと情報が入ったのは、つい先ほど。

すぐに総司令であるサニーサイドから出撃を命じられ、それほど敵の数が多くない事から隊長であるラチェットを除く星組隊員、昴とサジータが出撃した。

そして駆けつけた先で見たのは、悪念機相手に生身で闘う1人の女性の姿。

あまりにも隙のない身のこなしと、まるで舞いでも舞っているような流れるような剣技。

あっという間に悪念機の全てを切り捨て、今2人の目の前に悠然と立っている。

「彼女がやったのか・・・?」

ポツリと呟き、昴がモニターに映る女性・・・―――を見詰めたその時、もまた2機の霊子甲冑に気付き顔を上げた。

モニター越しに合う視線。

の口が、微かに動く。

それを読み取った昴は、微かに口角を上げて・・・。

先にその視線を逸らしたのは、の方だった。

クルリと踵を返し、昴たちに背を向けてその場を立ち去ろうとするを止めるように、昴は素早い動きでその行く手を遮る。

そして戦闘服に忍ばせてあったキャメラトロンをモニターに向け、ピントを合わせてシャッターを切った。―――その間にもは素早く霊子甲冑の脇を抜け、路地に入り込みその姿を消す。

暴れまわる悪念機を切り伏せた女性と、突如現れた紐育華撃団に場は騒然となり、人々は戸惑いの声を上げていたが、昴はまるでそれさえも聞こえていないように先ほど撮ったばかりの写真に目を落とした。

モニター越しで画像が悪い。

しかもはすぐさまその場を去ろうとしたので、しっかりとピントを合わせる暇もなかったらしい。―――少しピンボケした画像の不鮮明なそれは、しかしが確かにこの場に存在したという証でもある。

「昴は言った。あの女性は只者ではない、と」

の全てが物語っていた。

立ち振る舞いも、誰に捕まる事もなくこの場を去ったその動きも。

一切の無駄のない、洗練された剣術も。

悪念機相手に、全く怯む様子さえなかった事も。

その全てが、一般人とは掛け離れており・・・―――またしっかりとした訓練を受けているものだと昴に確信を抱かせる。

そして何より、昴が気になった事といえば。

の霊力が、並外れて強かったという事。

どれほど剣術が優れていようと、霊力がなければ悪念機を切り伏せる事など出来ない。

それが出来たという事は、その者には強い霊力が備わっているという事。

あれほど強い霊力を持っている人物が、何故こんな所にいるのだろうか?

自他共に認める、目敏く策略家であるサニーサイドが、何故彼女の存在に気付けなかったのか?

「おい、昴。どうする?」

つい考え込んでしまった昴の耳に、戸惑ったようなサジータの声が届く。

それに小さく息を吐いて、昴は漸く自分たちに集まる視線に気付いた。

「とりあえず本部に戻ろう。悪念機がいない今、ここにいても仕方ない」

「了解」

短く返事を返し、サジータは再び空へと飛び立った。

それに続くように、昴もまた空へ飛び立つ。

『今見た事は、忘れなさい』

先ほど確かに、彼女の唇はその言葉を紡いでいた。

しかし昴は言われた言葉とは正反対に、の姿を脳裏に焼き付ける。

「そんなことは、不可能だ」

ポツリと呟いて、再び写真に視線を落とす。

「まずは調査が先決だな」

そうして先ほど撮った写真を懐に忍ばせ、昴はサジータに聞こえないよう呟いた。

 

 

路地裏に駆け込んだは、空に飛び立つ霊子甲冑の姿を見送って・・・―――そうして完全にその姿が見えなくなった頃、重いため息と共に肩の力を抜いた。

「まいったわね。まさか、見られちゃうなんて・・・」

自嘲気味に呟いて、くちゃくちゃになってしまった髪を手櫛で整えながら、もう一度重いため息を吐き出す。

紐育華撃団が出撃するだろう事は予想済みだった。

だからは、あえて華撃団がこの場に到着する前に事を終えて立ち去ろうと思っていたのだけれど・・・―――まさかばっちり遭遇してしまうとは・・・。

別に隠れなければならない義務も、また理由もないのだけれど。

それでも長年の癖なのか、身を隠してしまうのも仕方のない事だった。

はまだ直接会ったことはないが、紐育華撃団総司令であるサニーサイドはたち月組が紐育にいることを知っているので、何かあっても上手く誤魔化してくれるとは思うのだが・・・―――そう思いつつも、は先ほど自分の前に立ちはだかった霊子甲冑を思い出す。

紫色の機体。

音もなく素早いその動きは、並みの人間に出来る事ではない。

は自分が見た紐育華撃団の資料を思い返し・・・―――おそらくは先ほどの機体に乗っていたであろう人物を照らし合わせる。

あの動きから察するに、元欧州星組の隊員だろう。

ラチェットではないとすると、残るは・・・。

「確か・・・九条昴」

元欧州星組に所属していた、同郷の者だ。

性別も年齢すらも不明とされるその経歴は、確かに一筋縄ではいかない相手だと思わせるだけの力がある。

「厄介な事にならなければ良いけど・・・」

三度重いため息を吐き出しながら呟いて、は港に向かう為に路地裏を出た。

空気は冷たいものの、照りつける太陽の光はそれを消してしまうほど暖かい。

そんな暖かさに強張った心と身体が癒されていくようで、は微かに笑みを浮かべた。

「さてと・・・それじゃあ、行きますか」

改めて自分自身に気合を入れて、は港の方角へと足を踏み出す。

今の自分がやらなければならないのは、ここで考え込む事でも思いを巡らせることでも無く、日本から送られてくる荷物を受け取る事だ。

例えその荷物がどんな物であろうと、一度引き受けた以上仕事は仕事。

先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら。

何事も無かったかのように、はのんびりとした足取りで港に向かった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

紐育華撃団の昴とサジータとの出会い。(これを出会いと言って良いのか)

おそらくは、サクラ5で一番好きな昴とサニーサイドが出張ると思われます。

そして加山夢のはずなのに、加山の出番が・・・!!(笑)

作成日 2005.8.15

更新日 2009.5.8

 

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