やはり誰もいない店内のカウンターで、加山は売り物でもある本を手に取り、一定のリズムで乾いた音を立てながらページを捲っていく。

しかし残念ながら、意識は本にはなかった。

チラリとカウンターの奥・・・―――そしてそこから続く階段の上にある自室にいるだろうに意識を向け、そうしてため息と共に本を閉じる。

買物から帰って来たの様子が可笑しかったのは、火を見るより明らかだった。

自身は上手く隠しているつもりなのだろうが・・・―――確かに上手く隠せてはいたのだけれど、長く彼女と共にいる加山に見抜けない筈も無い。

なにかあったのかと尋ねたかったが、夕飯の支度をすると言って逃げるように自室に戻ったにそれが出来るわけもなく・・・。

まぁ、食事の時にでも改めて聞けば良いかとあっさりと納得して、加山は再び一向に内容を覚えていない本に視線を落とす。

それと同時に乾いた鈴の音と共に店のドアが開き、加山は本に落としかけた視線をドアの方へと向けた。

「へい、らっしゃい!・・・って悪いんだけどお客さん、そろそろ閉店・・・」

軽い笑顔と共にそう言い掛けた加山は、現れた人物を前にその身体を硬直させた。

 

全てをる者

 

洗い物を済ませ、コトコトと音を立てる鍋の火を消してから、はつけていたエプロンを外し時計に視線を向けた。

もうそろそろ店も閉店する時間だ。

まぁ開店していても閉店してもあまり大差は無いような気もするけれど、とりあえずの勤務は終わりを告げたのだ。―――このまま何事も無ければ、今日も月組隊員が報告書を持ってくることもないだろう。

後は加山が部屋に上がってくるのを待つだけだと椅子に腰を下ろし、今日あった出来事をぼんやりと思い出していた。

街中で偶然(といっても向こうは探していたのだが)会った昴とサジータの事。

2人から匂わされた、星組入隊の話。

そうして、それを避けるには並大抵ではない労力を要するという事。

それらを考えると、思わず頭が痛くなる。―――どうしてこんな事になってしまったのかと考えて、己の不用意さに更に頭痛を覚えた。

帝都にいた頃はこんな失態などしなかったというのに。

紐育という帝都とは離れた場所に来て、少しばかり気が緩んでいたのかもしれないとは己を叱咤した。

しかし何時までも悔やんでいるだけでは、事態は何も解決しないこともは知っている。

こういうことは深みに嵌る前に片付けてしまわなければ・・・―――そうは思っても、良い案など思い付きもしないのだが。

この事を加山に話すべきだろうか・・・、とは思った。

事の大きさから考えるに、が話さなくともいずれ加山の耳にも入るだろう。

ならば自分から話しておいた方が良いのではと考え、暫く迷っていたが気が重いながらも話そうという結論に達する。

そこで漸く、は加山まだ部屋にやってこない事を不思議に思った。

時計を見れば、営業時間は既に終わっていた。―――戸締りを時間に入れても、とっくに上がってきていても良い時間だ。

「・・・何かあったのかしら?」

ポツリと呟いて、座っていた椅子から立ち上がる。

もしかすると隊員が何かの報告に来たのかもしれない。

今、紐育は見えない闇に少しづつ侵されている。―――何の、誰の思惑かは解らないが、悪念機が現れるようになったのがいい証拠だ。

もし隊員が報告に来たのならば、自分も聞いておいたほうが良いと考えて、はそのまま部屋を出て店に続く階段を下りた。

自然と足音を殺す事に慣れてしまった今では、物音1つしない。

日本の建物とは違い、廊下にも絨毯が敷かれているので余計にそれが顕著に現れているのかもしれないが。

チラリと物陰から店内を窺うと、加山の他にも数人の人物がいることが解った。

やはり何かあったのだと、そう判断しては躊躇い無く店へと足を踏み入れる。―――それが更なる騒動を生むことなど知る由も無く。

「どうかしたんですか?加山さ・・・」

!!」

店に入ると同時に、の言葉を遮り聞こえた声。

それが加山のものではないとが判断した時には既に遅かった。―――そちらへ振り向く暇もなく誰かに飛びつかれ、は反射的にそれを受け止める。

そして次の瞬間、視界に飛び込んで来たのは金の流れるような髪と、その後ろで呆然と立つサジータとジェミニ。

そしてヤレヤレとため息を付かんばかりに眉を上げた昴の姿。

「・・・ラチェット?」

「逢いたかったわ、

の驚いた表情など何処吹く風とばかりに、ラチェットはその綺麗な顔を喜びに緩めた。

 

 

の姿を確認したと同時に抱きついてしまったラチェットは、その後我に返り羞恥に頬を軽く染めながら、ぎこちなくから離れた。

閉店した後とあって、店内には自分たちの他には誰もいない。

ラチェットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる加山を無視して、困ったように微笑むに向き直った。

「久しぶりね、。1年ちょっと・・・ぶりかしら?」

「ええ、そうね。元気だった?」

「勿論。貴女も元気そうで安心したわ」

にこにこと本当に嬉しそうに笑うラチェットを前に、サジータとジェミニは信じられないものを見るかのように目を見開く。―――昴も表情には出してこそいないが、かつてならば見ることのなかったラチェットのその姿に内心驚いている。

そんな面々など放置して、ラチェットは変わらずとの会話を続けた。

「紐育に来たのなら、どうして逢いに来てくれなかったの?」

「・・・色々としなければならないこともあって、ごたごたしてたのよ。貴女も忙しそうだったし、落ち着いたら逢いに行こうと思っていたのよ?」

「もう。そんなこと気にしなくて良いのに・・・」

の言葉を聞いて、やはり逢いに来て良かったとラチェットは思った。―――の自主性に任せていたら、当分は逢う事が出来なかっただろうから。

そう考え、ラチェットは自分がここに来た理由を思い出す。

忘れていたわけではないけれど、目の前の再会に気を取られていたことは否定出来ない。

瞬時に表情を笑顔から真剣なものへと変えて、ラチェットはを見据えて口を開いた。

。貴女にお願いがあるの」

唐突に切り出されたそれに、の表情も真剣なものへと変わる。

注がれる視線を受け、困ったように眉を寄せた。

わざわざ聞かなくとも、ラチェットの言いたいことは解っている。―――だからこそ、聞きたくないとは思った。

「ラチェット、私は・・・」

「私たちに力を貸して欲しいの、

しかしの話を遮って、ラチェットはキッパリと言い切った。

その申し出に、思わずため息を吐く。

ラチェットが昴やサジータから何も聞いていないわけが無い。―――それでもここに来たという事は、やはり諦めるつもりがないという事なのだ。

「申し訳ないけれど、その頼みを受ける事は出来ない。・・・そこの2人にも伝えたと思うけれど」

「・・・私がお願いしても?」

「ごめんなさい、ラチェット」

縋るようなラチェットの視線から逃れるように顔を背け、はただ謝罪の言葉を返した。

それを受けて、ラチェットは辛そうに眉を寄せる。―――簡単に頷いてくれるとは思っていなかったけれど、悩む余地も無いとは・・・。

ならばと、ラチェットはバックから一枚の紙を取り出す。

こんな手は使いたくなかったけれど・・・と心の中で言い訳しながら、それをの前へと突き出した。

「帝国華撃団・月組所属のに、紐育華撃団・星組入隊を正式に要請します」

無情に差し出された書類を見て、は表情を歪めた。

「・・・・・・ラチェット」

「ごめんなさい。でも・・・どうしても貴女の力が必要なのよ」

それは最後通告同様のものだ。

今はまだに対する最後通告で済んでいるが、これが正式に帝国華撃団へと提出されれば、に拒否する手段は無い。

帝都に危機迫っているのならばともかく、そうでない今はその要請を跳ね除けるほどの理由が無い。

「ラチェットさん、それは・・・」

「ごめんなさい、ミスター・加山。けれど・・・私にはこれしか方法がないの」

口を挟みかけた加山を、ラチェットは申し訳なさそうにしながらも切り捨てる。

その切羽詰った様子に、加山は口を噤んだ。―――何が彼女をここまで追い詰めているのかと、それを読み取ろうかとするようにラチェットを見詰める。

もまた、加山と同じようにラチェットを見詰めた。

どうしてそうまでして自分を必要とするのか。

確かに星組は戦力不足だろうけれど、隊員候補なら他にもいる筈だ。

その中には有望な人材だって少なくないのだし、わざわざ自分を脅すようにしてまで入隊させずとも良いのではないかと。

そこまで思案して、は気付いた。

何故気付かなかったのか、不思議なくらいだ。―――自分は相当動揺していたのだろうかと首を傾げるほど。

ラチェットの。

ラチェットから感じられる霊力が、希薄に・・・微弱になっているという事に。

「ラチェット、貴女・・・」

「お願い、

が気付いたのだという事を察したのだろう。―――更に縋るような目で見詰め、懇願とも言える口調でそう呟く。

店内に重い空気が落ちた。

シンと静まり返ったその場に、張り詰めたような雰囲気が漂う。

それを破ったのは、黙って事の成り行きを見守っていた昴だった。

「ここで話していても仕方ない。シアターに来てもらった方が良いのでは・・・?」

チラリと窓の外を見てそう言う。

その視線を追えば、ブロードウェイスターを筆頭に集まった有名な女優たちに気付いた通りすがりの女性たちが、騒ぎながら小さな店内を覗いている。

ここで注目を集めるのは得策ではないと判断したラチェットが、と加山に向き直り昴の提案を肯定する。

「そうね。ここで騒ぎが大きくなるのはお互いにとって不利だわ。良いわね、

加山と2人、顔を見合わせて。

シアターに行くのは、罠に飛び込むのも同然だと解っていたけれど。

それを否定する理由を、2人は持ち合わせていなかった。

 

 

「やぁ!よく来てくれたね、2人とも!!」

ラチェットに半ば連行されるようにシアター支配人室に連れて来られたは、自分たちを出迎えるその人物に驚き、思わず踏み出していた足を止めた。

ニコニコと人が良さそうに笑う男性を見詰め、けれどその笑顔がどうしても人が良さそうには見えず、は口を噤んでただ事の成り行きを見守る。

そんなに気付いてか、加山が一歩前に踏み出しその男性へとにこやかに微笑みかけた。

「お久しぶりです、サニーサイド司令」

「ああ、久しぶりだね、加山クン。相変わらずな昼行灯ぶりで」

「司令の方も、相変わらずいつもいつも楽しそうで」

ニコニコと笑みを浮かべながら挨拶を交わす2人だが、流れている空気はお世辞にも穏やかとは言えない。

そんな2人を加山の背後から観察しながら、はがっくりと肩を落とした。

そうか・・・、あの人、加山さん属性なんだわ。

気付きたくない事に気付いてしまい、は思わず眩暈を覚える。

紐育華撃団の司令が加山属性の人物ならば、にとってこれほど厄介なことはない。

加山のような人物が一番苦手なのだ、は。

それは飄々とした行動と感情の先が読めない事が理由なのか、それとも最後には加山に甘くなってしまう自分をきっちりと理解しているからなのか。

ともかくも、にとってはこの状況がこれ以上ないほど最悪なものに思えたことは確かだ。

「君がラチェットの言っていたさんだね?初めまして、ボクはサニーサイド。紐育華撃団の総司令をやってるんだ、一応ね」

「・・・・・・帝国華撃団月組のです」

軽い挨拶にどう返して良いのか解らず、は無難に自己紹介を済ませる。

加山以上に、どうやらノリが軽い人のようだという印象を覚えた。

「ん〜、そんなに畏まらなくたって良いよ。気楽に、楽しく行こうよ、ね?」

「・・・はあ」

「それじゃ、ここに座って。これからゆっくりと話し合おうじゃないか。時間はたっぷりあるんだしね」

促され、断る理由も見つからず、は示されたソファーへと腰を下ろした。

隣に座った加山に視線で助けを求めるが、同じように加山から助けを求められ、は諦めてサニーサイドと向き合う。

「時間を掛けるつもりはありません。私の答えはもう、決まっていますから」

「そんなこと言わないで。折角こうして出逢えたんだから、ゆっくりとお互いの事を知っていこうじゃないか」

の真剣な言葉にも、サニーサイドは一向に取り合わない。

ともすれば口説いているようにも思えるサニーサイドの言葉だけれど、生憎とには律儀にそれを突っ込む余裕などなかった。

そんなに、同じくソファーに座ったラチェットが微笑み掛ける。

「安心して、。サニーサイドには何もさせないから。大丈夫、私が付いているもの」

「酷いなぁ、ラチェットは・・・」

「いいから、サニーは黙っててちょうだい」

嘆くサニーサイドにピシャリと言い放ち、ラチェットは微笑みを絶やさない。

その気持ちは嬉しいけれど・・・とは曖昧に笑顔を返すが、この件に関して言えばラチェットとての味方ではないのだ。

小さく息をついて、は部屋の中を見回す。

正面にサニーサイド、その隣にはラチェット。

そして何故かの背後から少し離れたところにはサジータが立ち、ドアの近くには道を塞ぐようにして昴が立っている。

こういうのを四面楚歌というのだろうかと、は呑気にもそう思う。―――まさに逃げ道は無かった。

「それじゃ、仕方ないから本題に入ろうか。・・・ラチェットが怖いし」

ジロリと睨みつけるラチェットを横目に、サニーサイドは笑顔でそう切り出した。

それに少しだけ身体を強張らせ、表情を引き締めはサニーサイドを見詰める。

「君に、紐育華撃団に入隊して欲しいんだけど」

話の内容とこの場の雰囲気からは程遠いほど軽い口調で、サニーサイドはあっさりとそう告げた。

「・・・ですから、私にはその気はないと何度も・・・」

「どうしても?」

「どうしても、です」

「こんなに・・・君を必要としている人がいるのに?」

先ほどと同じようにチラリとラチェットに視線を向け、含むようにそう言う。

それに思わず息を呑むと、導かれるようにはラチェットを見た。

表情を悲痛な色に染め、追い詰められた者にしか浮かべられないであろう表情を浮かべ、真剣な眼差しを向けるラチェットと目が合う。

そのラチェットの様子とサニーサイドの言い回しから、自分の考えが間違っていないのだという事を、は改めて認識した。

遠回しで解り辛い言い方をしたという事は、サジータも昴もまだ知らないのだろう。

「・・・本当に?」

主語を飛ばし問いかけたを、サジータは不思議そうに見る。―――昴はその質問の意味を知っているのか、はたまた興味が無いのか、何のアクションも示さない。

問い掛けられたラチェットは、声に出さずに頷いた。

それが本当だとするならば、事態は由々しき問題だろう。

そう思っていても、はサニーサイドの申し出に首を縦に振れない。

しかし知ってしまった以上、先ほどまでと同じように強く否定する事も出来ないでいた。

自然と部屋には沈黙が落ちる。―――何も言わずに事の成り行きを見守っている加山の事が気になったけれど、一度俯いてしまったは顔を上げれずにいた。

「・・・あんたらが、何の事を言ってるのかは解らないけどさ」

静まり返った室内に、サジータの静かな声が響く。

、あんたは求められてるんだ。あんたの持つ力を、強く求められてんだ。なのにどうしてあんたはそれを拒む?そんな必要ないだろう?月組として影で平和の為に闘ってきたんだ。それが表に出るだけで、目的は変わらないだろう?」

「それは・・・」

サジータの問い掛けに、は眉を寄せて口を噤む。

確かに、そうだ。

サジータの言う通りかもしれない。

確かにかつての自分ならば、その要求に応じていただろう。―――彼女にとって、『必要とされる事』がなによりも望んでいた事だったから。

しかし今は、必ずしもそうではないという事に気付いてしまった。

暫く悩んだ末、閉じかけた口を開き、重いため息と共に言葉を吐き出す。

「それは、違うわ」

キッパリと言い切って、ゆっくりと顔を上げた。

目の前のサニーサイドを見詰めて、背後に立つサジータに向かい声を放つ。

「私は・・・私の望むものは、そうじゃない。確かに平和の為に戦った。平和を望み、その為に出来る事を命がけでこなした。だけど・・・私の望むものは、その先にこそある」

「・・・・・・?」

「平和とか、正義とか、人の為だとか・・・それだけでは私は戦えない。ずるくて、弱い私は、それだけでは戦えないの」

吐き出すようにそう呟いて、堅く目を閉じる。

胸に渦巻く感情を、もやもやとした言葉に出来ないものを吐き出して、は膝の上に乗せた拳を強く握り締めた。

今の自分にとっては、『必要とされる場所』ではなく『いたいと思う場所』が優先されるのだ。

それが成長なのか、それとも停滞なのかは解らない。―――しかし今の彼女にとっては、それが何よりも大切なものなのだ。

「今、私を星組の隊員として駆り出しても、きっと満足な結果は得られない。自分自身が納得しない限り、霊力を持っていたとしても、私は足手まとい以下でしかない」

・・・」

「そして、私は納得できていない。星組に入隊する事も、そして・・・」

そこで言葉を切って、伏せていた目を開く。

そこには強い光が宿っていた。―――誰にも侵されない、強い意志が。

「ごめんなさい。私はどうしても、貴方たちに協力する事は出来ない。どうか諦めてください」

今まで以上の強い言葉に、ラチェットは強張っていた肩の力を抜きソファーに凭れかかる。

これ以上は何を言っても無駄だと、そう悟った。

の意思は固く、それを翻せるだけの力を自分は持っていない、と。

ラチェットのその思いが伝わったのか、サジータも同様に息を吐く。

部屋に漂っていた張り詰めた空気が溶けた。―――その時だった。

唐突に空気を切り裂くような大音響が支配人室に響き渡った。

全員が弾かれたように顔を上げ、その音の意味をすぐに理解したラチェット・サジータ・昴の3人が表情を引き締め支配人室を飛び出す。

「・・・警報」

「どうやら、悪念機が出現したようだな」

の呟きを引き継ぐように、無言を通していた加山が普段からは考えられないほど真面目な声で肯定した。

「ま、ラチェットたちがいるから大丈夫でしょ。―――あ、そうそう。ボクはこれから作戦司令室に行かなきゃいけないんだけど、君たちもどうだい?今から現場に行って指揮するより、司令室で状況を見守る方が良いと思うんだけど」

緊迫した空気など何処吹く風と言わんばかりに、加山とは違いいつも通りの口調でサニーサイドが提案する。

それに加山とは顔を見合わせて。

確かに、今から現場に急行したとしても遅いだろう。

他の月組隊員はもうそちらに向かっているだろうし、それならば彼らの判断に任せても大丈夫なはずだ。―――そう思えるほどに、2人は自分たちの部下を信頼している。

これが親玉の出現ならまだしも、ただの悪念機ならばなおさら。

「そうだな。司令の言う通り、作戦司令室で事を見守るか・・・」

「・・・了解しました」

加山の判断に、も同様の思いを抱いて従う。

それに・・・と、サニーサイドに作戦司令室に促されたは思う。

気になっている事に、変わりは無いのだ。

彼女らの申し出を断ったのにも関わらず、この後の行方が気になって仕方ない。

あの事を知ってしまった今、気にならない方がどうかしている。

妙な胸騒ぎを覚えつつ、は加山と共に作戦司令室へ向かう。

先を歩くサニーサイドが、薄く微笑んでいる事を彼女は知らない。

誰もが諦めたの入隊を、彼がまだ諦めていないことなど知る由もなかった。

 

 

たちが作戦司令室に着いた頃には、もうラチェットたちは戦闘服に着替え待機していた。

サニーサイドはそのまま司令官席へ。―――と加山はとりあえず空いた席へ座り、それを見計らったかのように司令室の巨大モニターに明かりが灯る。

「状況は?」

「ベイエリア・ウォール街に、大量の悪念機が出現。数は現在13機。しかし幾つか転送装置のような物が設置されていて、悪念機の数はまだ増えると予想されます」

短く問うたサニーサイドに、紐育華撃団・虹組隊員である杏里が現状を説明する。

モニターには現在のウォール街の様子が映し出されており、それを見る限り一刻の猶予も無いように思えた。

「それじゃ、さっそく星組には出動してもらおうかな」

考える間もなくそう結論を出し、それを受けたラチェットが星組へ出動命令を出す。

一部の無駄も無く、速やかに出動して行ったラチェットらを見送り、は再びモニターに視線を移した。

悪念機の数は13。―――それも今後増える事は確実で。

ラチェットたちの実力を疑うわけではないけれど、どうしてもこちらの分が悪いように思えた。

しかし今のには、それを見守る事しか出来ない。―――星組に入隊できないと言ったのは他でもない本人だし、またその気持ちも変わってはいないのだから。

「さて、それじゃ・・・話の続きといこうか」

まるで穴が開きそうなほどモニターを凝視していたは、サニーサイドの軽い口調に思わす視線を彼へと向けた。

サニーサイドは変わらない笑みを浮かべ、真っ直ぐにを見詰めている。

「・・・続き?」

「君の入隊の話だよ」

「ですから・・・その話はキッパリとお断りした筈・・・」

呆れと、少しの苛立ちを含んだの声にも、サニーサイドは怯まない。

そんなもの存在しないかのように更に笑みを深め、言い含めるように言葉を紡いだ。

「君は、たった3機で、この数の悪念機を、何の危険性も無く撃破出来ると思うかい?」

言われた言葉に、は咽まで出掛かった言葉を飲み込む。

それはまさに、自身が思っていた事だからだ。

「しかも今のラチェットはまぁ・・・不調だ。そんな状態で、果たして無事に帰って来れるかどうか・・・」

「・・・脅すつもりですか?」

説得の内容が変わったことに気付き、は声を低くしサニーサイドを睨みつけるが、やはり相手には全く通じないようで、まさかと一笑される。

そして「ただ・・・」と前置きをし、この時初めてはサニーサイドの笑顔以外の表情を見た気がした。

「君が何を望んでいるのか、本当の所はボクには解らないだろう。けれどボクは諦めが悪くてね。欲しいと思ったものは、どんな手を使ってでも手に入れる主義なんだ」

「・・・はた迷惑な」

「ま、君にとってはそうだろうね。―――だからここは、ボクから妥協案を提案しよう」

「妥協案?」

訝しげに眉を寄せると加山を見据えて、サニーサイドは口だけで笑う。

それに内心嫌な予感を感じつつも、無言で話の先を促す。

「今、星組の状態は十分とは程遠い。仲間同士のコミュニケーションにしても、戦力的に見てもね。だから・・・星組が華撃団として存在できるほどの力を得るまで―――星組の内部が整うまで、君には手を貸して欲しい」

真っ直ぐに見詰められ、は目を逸らす事が出来ずにサニーサイドを見返した。

確かに彼の言う通り、星組は未だ若く、華撃団としての確固たる存在を確立できてはいない。―――もし悪念機の出現が無ければ、すぐにでも消えてしまっても可笑しくは無いほど。

サニーサイドの言い分も解る。

けれど・・・―――はチラリと加山を見た。

加山もを見ていたようで、バッチリと視線が合う。

いつもとは違い、その加山の表情からは何も読み取れず、の心に不安が過ぎった。

もし、ここで手を離してしまったら・・・?

そう考えたその時、モニターから重い爆発音が響き、それと同時にラチェット機が悪念機に吹き飛ばされるのが見えた。

幸い支障はないようで、すぐさま立ち上がり再び戦いに身を翻す。

気付けば敵の数は更に増え、星組の隊員は少しづつ包囲され始めていた。

「さぁ、

苦しそうな表情を浮かべモニターを凝視していたは、その声にハッと我に返った。

射るようなサニーサイドの視線が、己に注がれているのをは見た。

「結論を」

静かな声色で、ゆるりとした口調で。

告げられたその言葉に、は指先が白くなるほど拳を握り締めた。

 

 

『・・・ぐっ!』

「サジータ!」

通信機から聞こえて来た苦しげなサジータの声に、ラチェットは思わず声を上げる。

戦況は、良いとは到底言えない状況だった。

出撃してすぐに大量の悪念機に囲まれ、悪念機を転送していると思われる怪しい装置の破壊さえまだ出来てはいない。―――その間に、悪念機の数は少しづつ・・・しかし確実に増えている。

「サジータ、大丈夫!?」

『ああ、なんとか』

目前に迫った敵を装備しているナイフで倒し、通信機に向かい声を掛ける。

一拍置いて返って来たサジータの返事は少し苦しげだったけれど、その後再び戦闘に復帰した姿を見るからに、まだ致命的なダメージではないのだろうと判断する。

それにホッと安堵の息を吐き出して、目の前の敵が倒れたのを見届け、背後に迫った敵に向かい振り向きざまにナイフを投げた。―――ナイフは見事命中し、ラチェットの背後に立っていた悪念機はその活動を停止する。

「早く・・・早く転送装置を破壊しないと・・・」

自らに言い聞かせるように呟き、チラリと視界の端に装置を映した瞬間。

『ラチェット!』

通信機から、空気を引き裂くような声が響き。

その声が昴の声だと認識した頃には、もう遅かった。

背後に敵の気配を感じ、思わずその場で振り返る。―――モニター越しのラチェットの目に映ったのは、大太刀を振り上げる悪念機の姿。

間に合わない!

その瞬間息さえも止まり、ラチェットは目を閉じる事さえ忘れて、振り下ろされる大太刀を見詰めていた。

スローモーションで自分へと向かってくる大太刀。

『ラチェット!!』

通信機からサジータの悲鳴のような声が聞こえ、弾かれるようにラチェットは目を閉じた。

ドンという重い音が耳に届く。

そして次に爆発音。―――しかし一向にやってこない痛みに、ラチェットは不思議に思いつつもゆっくりと目を開ける。

モニターに映っている、ラチェット機を庇うように立つ見知らぬ機体。

それはラチェットが口を開く前に再び動き出し、周囲にいた悪念機を一瞬で切り倒すと、一番近くにあった転送装置を破壊した。

その流れるような・・・舞うような動きに、ラチェットは釘付けになる。

戦いの場であるという事さえ忘れ、ラチェットは敵を切り倒しビルの上へと着地したその機体をただ見詰めていた。

薄い黄色を主体とした霊子甲冑。

夜空をバックに立つその姿は、薄い金色にさえ見えて・・・―――まるで月のようだとラチェットは思う。

手に持つのは、2本の大太刀。

かつて見た、大神一郎と同じその姿は・・・。

『・・・ラチェット』

通信機を通して聞こえて来た、静かな心地良い声にラチェットは漸く我に返った。

その声の主をラチェットは知っている。

昴もサジータも、目の前の光景が信じられないのか・・・―――動きを止めて通信機から響く声に耳を澄ませていた。

「・・・なのね?」

何故か弾む心臓を宥めながらそう問い掛けるが、それについての返事は返ってこない。

ただ、一言。

『ラチェット、命令を』

戦いの最中とは思えないほど静かな声に求められ、ラチェットはゆっくりと深呼吸をし気持ちを落ち着けると、求められるままにそれを言葉にした。

「全機、この場の悪念機を全て殲滅しなさい」

『『イエッサー!』』

サジータと昴の返事の後、

『・・・・・・了解』

少しだけ遅れて返って来た了承の言葉に、ラチェットは微かに口角を上げてナイフを構えた。

もう、何も心配は要らないと、そう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

まぁ、結局はこうなるんですけど。(笑)

無駄にだらだらと長くなってしまいましたが、とりあえずの出発点には立てたかと・・・。

ラチェットが激しく偽物ですが、それも今に始まった事ではないので。(反省の色無し)

話が進むにつれ、段々と加山の影が薄くなってきてるのが切ないといえば切ないです。(笑)

作成日 2005.8.22

更新日 2010.1.17

 

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