「ラチェット!」

「任せて!!」

の声に応えるように、ラチェットは悪念機に向かいナイフを投げる。

2人の連携攻撃は見事に決まり、数機の悪念機を一刀に切り伏せた。

そのまま流れるように次の敵へ向かっていくを目の端に映しながら、ラチェットもまたナイフを構えて悪念機と対峙する。

身体が軽かった。

先ほどまでとは比べ物にならないほど自由に動くスターを操り、ラチェットはかつての動きそのままに、戦いに舞い戻った。

他の隊員の動きも格段に良くなり・・・―――たった1人が加わっただけだというのに、まるで先ほどまでの劣勢が嘘のようにさえ思える。

それほど時間も経たない内に全ての悪念機を殲滅し、再び静けさを取り戻したウォール街に立ち尽くしたは、モニターを見詰めて自嘲した。

 

真実

 

「大切なモノほど失いやすい、と思ったことはないかい?」

スターに乗って闘うの姿を、モニター越しに複雑な表情を浮かべながら見詰めていた加山は、サニーサイドの唐突な問い掛けに視線を彼へと移した。

に言わせれば胡散臭そうな笑顔を浮かべているサニーサイドと目が合う。

「あの、それはどういう・・・?」

問い掛けられた意味が解らず首を傾げる加山に、しかしサニーサイドはその表情を変えずにもう一度同じ問い掛けを繰り返した。

大切なモノほど失いやすいと、そう思ったことは無いか?

「例えば・・・そうだね、平和。平和って言うのは長く続いて欲しいと思っているのに、すぐに壊れてしまう。3度も危機に見舞われた帝都で戦っていた君にならよく解るだろう?」

その問いに答えを返すならば、加山はイエスと答えるだろう。

かつて米田が言っていた言葉を思い出す。

『平和とは、すぐに崩れてしまう砂糖菓子みたいなものだ』と。

戦いが終わり平和を取り戻したと思っても、またすぐに危機はやって来る。

多くの人が平和を望んでいるというのに、それは時にいとも容易く崩れてしまうのだ。

「だからね、ボクは思うんだよ。大切なモノは、ちゃんと自分の手で捕まえておかないとってね」

「・・・はあ」

満足げにそう言うサニーサイドの、しかし本当に言いたい事が解らず、加山は曖昧に相槌を打つ。―――それを知ってか知らずか、サニーサイドは口元だけを笑みで飾り、鋭い光を宿す目を加山に向けた。

「大切なモノは、手放すべきじゃないんだよ。例えどんな理由があるにせよ。そうじゃないと、誰かに奪われちゃうかもね」

「・・・・・・」

茶化した口調であるにも関わらず、向けられる視線はとても強く。

不意に加山の心臓が騒ぎ始める。―――胸の中にもやもやとしたものが溢れ、吐き気さえ感じられるほどの不安が湧き出してくる。

「・・・司令」

「ああ、どうやら戦闘は終わったようだね」

呆然と呟く加山から視線をモニターに移し、サニーサイドは満足げに微笑む。

同じくモニターを見れば、が投入されてから幾ばくも経っていないというのに、サニーサイドの言う通り戦闘は既に終了していた。

「さすがだね、は。戦闘能力、判断力、どれをとっても申し分ない」

「・・・はい」

「それに、彼女がいればラチェットの不調も少しはマシになるだろう。の力があれば、もう少しは持つだろうし・・・」

うんうんと1人頷きながらサニーサイドは椅子に座りなおし、呆然と立ち尽くしたままの加山を見てニヤリと笑った。

「悪いけど、彼女は紐育華撃団が貰い受けるよ」

「・・・・・・紐育華撃団の内部が整うまで、でしょう?」

「そうだったっけ?」

加山の言葉に惚けて見せて、サニーサイドはクルリと椅子を回すと、モニターに映るの姿をただ見詰める。

そんなサニーサイドの背中を目に、加山はこめかみを冷たいものが滑り落ちるのを感じた。

もしかすると、取り返しのつかない事をしてしまったのでは。

そんな思いが頭を過ぎる。

しかし今更どうしようもない。―――紐育華撃団の目に止まってしまった以上、これ以外に円満な解決方法は無いように思えた。

今はもう、サニーサイドの言葉を信じるしかない。

「・・・

再びモニターに視線を移し、その中で苦笑を浮かべるの姿を加山はただ見詰めた。

 

 

「それで・・・どういう心境の変化なんだい?」

戦闘が終わり、再び作戦指令室に帰ってきてすぐ、昴が探るようににそう問い掛けた。

それに困ったように微笑んで、は司令官席に座るサニーサイドと、その隣に立つ加山を交互に見詰める。

「ま、そう言うことだよ」

「いや、全然意味解んないし・・・」

平然とそう言うサニーサイドに、サジータが呆れた表情で突っ込みを入れた。

が共に戦ってくれたことに嬉しさを隠せないラチェットも、あまりに唐突な展開に無言ではあるが説明を求める。

それもそうだろう。―――誰がどう言葉を並べても、あれほど入隊を拒否していたが、自分たちが戦闘に出た直後にスターに乗って姿を現したのだ。

一体自分たちがいない間に何があったのか・・・気にならない方がどうかしている。

、サニーに一体何を言われたの?」

「おいおい、ラチェット。人聞きの悪い事言わないでくれないかい?」

「サニーは黙っててちょうだい」

本日二度目の冷たい言葉に、サニーサイドは苦笑を浮かべて口を噤む。

それを見計らって、ラチェットは再びに同じ質問を投げかけた。

困ったように微笑みながらラチェットを、昴を、サジータを見回し、小さく息をついてから表情を真剣なものへと摩り替える。

「取引をしたのよ」

言葉少なにそう呟き、訝しげに眉を寄せる3人を見詰めた。

「紐育華撃団の内部が整うまで、私は星組で力を貸す。そう司令と取引をしたの」

実際、その取引ではサニーサイド1人が得をしているような気もしないではないが、もし取引を拒否した場合、間違いなく帝国華撃団に入隊の要請が届くだろう。

そうなればの意思など関係なく、星組に入れられてしまう。―――1人の為に帝国華撃団が紐育華撃団と敵対するなど在り得ないし、またさせてはいけないのだ。

ならば今ここで大人しく取引を受けた方が、まだ被害が少なく済むのではないかとは思う。

完全に星組に入れられてしまうよりは、未定でも期間が定められているほうがまだマシだ。

悪念機を相手に闘う星組の戦力が、何時までもこのままだとは思えない。―――星組の内部が整うのも、そう遠い未来ではないだろう。

「それで・・・あんたは納得したのか?」

「・・・え?」

「あんたは、自分が納得しないと戦えないって言っただろう?そんな取引で、あんたは納得したのか?あんたの本当に望むものってのは・・・」

サジータはそこで言葉を切り、真っ直ぐにを見据えた。

彼女の言いたいことは、にも解っていた。―――本当に望むものは、そんなに軽いものなのかと。

それに自嘲の笑みを漏らして、はサジータから目を逸らした。

そんなに軽い物ではない。―――それはにとって、全てなのだから。

けれど大切なモノを守ることは、それほど簡単ではない事もは知っていた。

「だって・・・それしか方法が無いもの。あなたたちは、どうあっても私を見逃したりはしてくれないのでしょう?」

少しだけ低くなった声。

それは、まるで何かに耐えるような。

「・・・悪い」

「いいえ。私自身が決めた事だもの。私が、私の為に」

バツが悪そうに俯いたサジータに向かい、はにっこりと微笑みかけた。

それはサジータが、昴が、初めて見るの笑顔。

暗くなりかけた空気はその笑顔で一層され、2人もまた知らず知らず頬を緩ませる。

「さて、それじゃあ全てが丸く収まったってことで・・・」

「ちょっと待ってちょうだい、サニー」

雰囲気の良くなった星組隊員を見詰め、大団円で締めようと手を鳴らしたサニーは、しかし不機嫌そうなラチェットの声にその動きを止めた。

「どうしたんだい、ラチェット。もこうして入隊してくれたっていうのに、そんなに不機嫌そうな顔をして・・・」

「ちょっと聞きたいことがあるのよ」

心持ち低い声でそう呟き、ラチェットは薄い笑みを浮かべてサニーサイドを見やる。

その笑みに嫌な予感を敏感に感じ取り、サニーサイドの背中に冷たいものが流れた。

が入隊する気になってくれたのは嬉しいけれど、腑に落ちない事があるの」

入隊は星組内部が整うまでなんだけど・・・とは口を挟みたかったが、そんな雰囲気ではない事は重々承知しており、余計なとばっちりを食わない為に口を閉ざす。

「腑に落ちない事って?」

怒りが自分に向いているわけではないと解っているサジータが、不思議そうに首を傾げた。

昴は全てを察しているのか、ラチェット同様薄い笑みを浮かべて事の成り行きを興味深そうに見ている。

「私がの入隊を思いついたのは、つい1週間ほど前のことよ?それなのに、どうしてのスターが用意されていたのかしら?」

「・・・そういえば、確かに」

「あのスターの色付けを見る限り、まるで搭乗者がだって解っていたみたい。戦闘中の動きに関しても、機体はちゃんとの霊力で調整されているようだし、彼女が扱う大太刀まで用意してあって・・・―――準備が整いすぎているみたい」

ラチェットのその言葉に、サニーサイドの横に立っていた加山が目を見開いて座る彼を見下ろした。

全員の視線が集まる中、サニーサイドは平然と笑みを浮かべ、デスクの上から束になった紙を取り出す。

「実はね。彼女の入隊は、ずいぶん前から決めてたんだよ」

「・・・・・・は!?」

間の抜けた声を上げた加山を悠然と見上げ、持っていた紙束を押し付ける。

慌ててそれを捲ってみると、確かにに関する情報が綿密に記されていた。―――あの去年の事件のことも書いてある。

「決めてたって・・・何時のことを知ったんですか?それにが紐育に来る事になったのは、俺の希望であって・・・―――もしが日本に留まっていたらどうするつもりで・・・」

「だからちゃ〜んと抜かりなく、帝国華撃団の方に要請しておいたんだよ。ま、を紐育華撃団にって言えば何だかんだ理由をつけて拒否されかねないから、月組が円滑な活動をする為・・とか何とか適当な理由をつけてさ」

サニーサイドの言葉に、加山は思わず頭を抱えた。

確かに今から考えれば、よくもまぁすんなりとの紐育行きを許したものだと思うが、まさかそんな裏があったとは。

脳裏を過ぎった大神の人の良い笑顔に悪態をつきたい衝動に駆られるが、当の大神とてまさかこんな展開が待っているとは夢にも思っていなかったのだろう。―――代わりに加山はサニーサイドの顔を思い切り睨みつけた。

「つまり・・・」

は、紐育に来た時点で既に罠にかかっていたという事か」

言葉を濁したの代わりに、昴がクスクスと笑みを零しながらそう呟く。

解ってはいたけれどはっきりとは言わないで欲しかったと思いながら、は重い重いため息を吐き出した。

 

 

暫く今後のことについて話し合っていた面々だが、サニーサイドから出た解散の言葉にお開きとなり、と加山はシアターを出て自宅へ向かっていた。

まだ少し冷たい空気の中、2人並んで無言で歩く。

いつもならば煩いと文句を言いたくなるくらいおしゃべりな加山が一言も口を開かない事に、は居心地の悪さを感じていた。

居心地の悪さを誤魔化すように空を見上げれば、そこにはたくさんの星と今まだ薄い月が存在を主張するかのように光っている。

「今日は・・・色々と大変だったな」

不意に加山が口を開き、は月から加山へと視線を移す。

目に映ったのは、困ったように微笑む加山の笑み。

それに同じように笑みを返して、は躊躇いがちに口を開いた。

「私は・・・何処にいても、何があっても月組の隊員です。例え星組にいたとしても」

「・・・ああ」

「すぐに戻れると思いますから・・・」

「そうだな」

そうなる事を、祈る事しか出来ない。

今は取引に応じ、星組隊員としてスターに乗り闘うしかないのだ。

「加山さん・・・」

「なんだ?」

からの呼びかけに、加山は安心させるように微笑む。

その笑顔に・・・悔しいながらも安心させられてしまったは、口を噤んで照れくさそうに微笑んだ。

「勝利のポーズ・・・なんて、私がする事になるとは思いませんでした」

お互い顔を見合わせクスクスと笑い、家路へと急ぐ。

折角作った夕飯は、もう冷めてしまっているだろう。

それでもきっと、2人顔を見合わせて食事を取るのだ。

今はもう月組にはいないかつての相棒や、花組の面々が聞いたらなんて言うだろう?

まるで夫婦みたいだと、からかうのだろうか?

「さて、腹も減ったし・・・早く帰るか」

「そうですね」

少しだけ軽くなった気持ちを抱いて、2人は更に歩くスピードを上げた。

 

 

誰もいなくなった支配人室で、サニーサイドは人知れず笑みを零す。

座っていた椅子から立ち上がり、窓へ近づきそこから見える月を仰ぐ。

未だ満月には程遠い下限の月。―――しかしそれは、先ほどの戦闘でのの姿を思い出させた。

自分に向かい射るような鋭い光を目に宿し、取引をすると言ったの姿が脳裏を過ぎる。

「彼女の霊力増幅能力があれば、霊力の尽き掛けたラチェットもまだ十分闘えるようだ。サジータや昴の霊力も普段より数倍は上がるようだし・・・―――自身がどう思っていようと、今更手放す事なんて出来ないんだよ・・・悪いけど」

くつくつと咽を鳴らすように笑い、ガラス越しに浮かぶ月を指でなぞる。

それはまるで、あの夜浮かんでいたものと同じように見えて。

『月が・・・綺麗だったものですから』

振り返り・・・微かに微笑んだ女性が、未だ褪せる事無く瞼の裏に焼きついている。

あの時から、ずっと手に入れたいと思っていた。

まさかこんな展開になるとは、流石のサニーサイドも思っていなかったが。

「ボクはね、。欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れる主義なんだ」

今はいないに向かい、静かな声でそう話し掛ける。

もう一度小さく笑い、サニーサイドは輝く月から目を逸らした。

悪いね、加山君。

厳しい表情をしていた加山を思い出し、心の中でそう呟く。

「一度手に入れたモノは・・・そう簡単に手放したりはしないよ、ボクは」

誰にも聞かれることのない呟きは、そのまま部屋の空気に溶けて消えて行った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

サニーサイドの1人勝ち。

そしてなにやら企むサニー。

この方とても好きです。一応、紐育での加山のライバルです。

最後の方にチラリと出てきた話は、いずれまた番外編ででも・・・。

作成日 2005.8.22

更新日 2010.3.21

 

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