居心地の良い自分の部屋で。

お気に入りの音楽をかけて、その時を待つ。

 

最後の

 

段々と近づいてくる煩いくらいのバイクの音が、私の家の前で止まった。

時刻は午後10時。

うん、結構早いご帰宅かな・・・なんてそんな事を思う。

すぐに玄関のドアが開く音がして、お母さんの文句を言う声をBGMに待ちわびた人が騒がしい音を立てて階段を上ってくる音が聞こえて来た。

あと5秒。

4、3、2、1・・・・・・。

「起きてるか?」

ゴンゴンと部屋のドアが壊れるんじゃないかって思うほどの勢いでノックをしてから、確認の為に掛けられる声―――そんなに煩くしたら、寝てても起きちゃうと思うんだけど。

「起きてるよ」

声をかけると、ノックの勢いに乗ってドアが勢い良く開く。

顔を覗かせたその人物に、私はにっこりと笑顔を向けた。

「お帰り、お兄ちゃん」

「おう、ただいま」

長い髪の毛を掻き上げて、お兄ちゃんは持っていた袋を私に投げて寄越した。

中を覗いてみると、私の好きなメーカーのプリンが入ってる。

「土産だ」

お兄ちゃんは、それだけを言って私のベットに座る。

「また喧嘩したの?」

「ああ。大した事ねぇって」

お兄ちゃんの顔に出来た痣を見て私が顔を顰めたのを確認したお兄ちゃんは、軽い調子で手を振った。

そんなこと言って・・・ついこの間、退院したばっかりだって言うのに。

お兄ちゃんは、いわゆる不良と言うやつで。

肩まで伸びた髪の毛と元来の目つきの悪さが、この上もなく人相を悪くしている。

私としては短髪の方が好きなんだけど・・・―――私がそう言っても、甘いお兄ちゃんは髪の毛を切ってはくれない。

残念だなと思う。

だって綺麗な顔してるのに。

折角なので、お兄ちゃんが買ってきてくれたプリンを開けてプラスチックのスプーンを口に運んだ。

「美味しい」

「そうか?」

お兄ちゃんが口を開けたので、その口にプリンを放り込んでやる―――もぐもぐと口を動かした後、お兄ちゃんは一言。

「・・・甘い」

「その甘いのがいいんじゃない」

「そういうもんか?」

理解できないとばかりに眉を顰めるお兄ちゃんを横目に見ながら、私はどう話を切り出そうかと黙々とプリンを口に運ぶ。

お気に入りの音楽が流れる私の部屋で、無言のお兄ちゃん。

お兄ちゃんは毎日ご帰宅の後、自分の部屋に入る前に私の部屋に顔を出す。

毎日毎日・・・特に何の用事もないのに、お兄ちゃんはそれを欠かしたことはない。

どうしてなんだろう?―――お兄ちゃんはグレた後もグレる前も、私には変わらず優しい。

だから私も期待してしまう。

もしかしたら、私のお願いを・・・もしかしたらあっさりと聞いてくれるんじゃないかって。

まぁ・・・いくらなんでもそれはないだろうから、言葉にした事はないんだけど。

食べ終えたプリンの容器をビニール袋に入れて、それを部屋のゴミ箱に捨てる。

よし、いつまで経ってもこのままじゃ埒が明かないし。

いっちょ、正面から挑んで見ますか。

とか思ったら、お兄ちゃんは寝転んでいた私のベットから身体を起こして立ち上がった。

「じゃあな」

ちょ、ちょっと待ってよ!

私の覚悟を無に帰すおつもりですか、貴方は!!

「お兄ちゃん!!」

慌てて声をかけると、お兄ちゃんは不思議そうな顔をして振り返った。

「どうした?」

心配そうな顔で話し掛けられて、私はグッと気合を入れるとそれをお兄ちゃんに悟られないように努めて笑顔を浮かべた。

「私ね、部活に入ることにしたの」

「部活?」

「そう、部活」

訝しげに顰められるお兄ちゃんの表情。

「・・・何の?」

「バスケ部」

「バスケ!?」

「うん、しかも男子のね。マネージャーをするの。ずっと前から言ってたでしょ?」

バクバクと早鐘を打つ私の心臓。

さぁ、お兄ちゃんはなんて言う?

反対する?

もしかしたら、『そうか』とかあっさり返されるかもしれない。

その時を待っていたけれど、待てども待てどもお兄ちゃんは何も言わなかった。

ただ呆然と私の顔を見詰めて・・・何かを言いたそうにしているけれど、それは上手く声にならないみたいだ。

「それだけ、ちゃんと言っとこうと思って」

仕方がないから、私の方から話を打ち切る。

別にコメントが欲しかったわけじゃないし―――どう反応してくれるか、期待はしてたけどね。

「おやすみ、お兄ちゃん」

「あ・・・ああ、おやすみ」

やっとそれだけを口にして、お兄ちゃんは来た時とは違って静かに部屋を出て行った。

パタンと閉まるドアの音を耳にして、私はひっそりと息をつく。

「ああ、ドキドキした」

呟いて、深く深呼吸をして踊る心臓を何とか宥めた。

ねぇ、お兄ちゃん。

もう今年で最後なんだよ。

私の高校生活はこれからだけど、お兄ちゃんの高校生活は今年で最後なんだよ。

だから気付いてよ。

もう、意地を張るのはやめてよ。

それって凄くお兄ちゃんらしいけど、だけど凄くらしくない。

立ち上がって窓を開けると、そこからは遅咲きの桜が見える。

これが最後の春なんだよ、お兄ちゃん。

もう十分後悔したでしょ?

これ以上、後悔はして欲しくないんだよ。

そしてまた、見たいと思う。

私の目を釘付けにした、あの格好良い姿を。

生き生きとした、今はもう消えてしまったあの輝くような笑顔を。

「・・・大丈夫、だよね?」

まだ希望はあるよね?

きっとお兄ちゃんは、またあの場所に戻ってくれるよね?

遅咲きの桜にそんな願いを込めて、私は窓を閉めるとカーテンを引いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

さて、彼女が誰の妹なのかはバレバレです―――敢えて名前は出さなかったんですが、解らないわけもないですね。

それよりもこの時期って、この人入院してるんじゃなかったっけ?(←オイ)

書いてる途中に気付きました―――あまり深く考えずにスルーでお願いします。

ああ!名前変換がない!?(←今気づいた)

作成日 2004.7.1

更新日 2007.9.13

 

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