重い荷物を肩に担ぎながら、今日の舞台である体育館を見上げる。

まだ何処も試合は始まってないから、勿論歓声なんて聞こえてこない。

そのまま体育館の屋根の上に広がる青空を見て、私は1つ頷いた。

「うん。今日も良い天気」

まぁ、屋内でやるバスケの試合に天気は関係ないけど。

 

 

私は今日も1人、試合の為のドリンクを作る。

もう手馴れたそれは、何の苦にもならない。

敢えて言うなら、それを運ぶのはちょっと辛いんだけど。

本当なら桜木くんとか流川くんとかお兄ちゃん辺りに無理矢理手伝わせたいところなんだけど、生憎今日はみんなにそんな余裕は無いらしい。

流川くんは何となくいつも通りだったけど、桜木くんなんか見るからに挙動不審だし、赤木さんは動きが固まってるし、小暮さんはドモってるし。

お兄ちゃんに至っては、朝からそわそわしてて落ち着かないし。

まぁ、それもしょうがないのかもしれない。―――今日の相手は強いって彩子さん言ってたし。

ええっと、何処だったっけ?翔・・・陽?だったかな。

凄く強いらしい。

うん、まぁ私は知らないんだけど。

あの牧さんっていう人がいる海南に負けないくらい強いらしい。

まぁ、海南がどれだけ強いのかも私は知らないんだけど。

でもなぁ・・・、と今朝のお兄ちゃんの様子を思い出す。

あれはいくらなんでも緊張しすぎなんじゃないか?

まだ会場にも着いてないのに、10分置き位にトイレに行くし。

あれで試合始まって、ちゃんと動けるのかなぁ?

中学の時は緊張なんて全然してなかったのに・・・―――やっぱり2年近いブランクが、緊張を呼ぶんだろうか?

別に中学の時と比べて、技術が落ちたとは思えないんだけど。

確かに体力は落ちたけどね。

粉末のポカリを容器に入れて、適量の水で溶かす。―――その作業を黙々と続けて、全ての容器にドリンクを作り終えると、今度はその容器に蓋を閉める。

こういう単調な作業は嫌いじゃない。

取り立てて好きというわけでもないケド、苦にはならない程度には好き。

そんなどうでも良いことを考えながら蓋を閉めていく私の手元が、急に何かの影に覆われた。―――顔を上げると、目の前には知らない男の子。

「あんた、もしかして湘北のマネ?」

「・・・っていうか、どちらさま?」

あんまりにも不躾な質問に、私の表情は自然と訝しげになる。

けれどその男の子はそれを気にした風も無く(寧ろ気付いてるのかも怪しい)ニカっと音でもしそうな笑顔を浮かべて、自慢げに胸を反らす。

「俺は海南大付属の期待のエース!清田信長だ!!名前くらいは聞いた事あるだろ?」

「いえ、全く」

いきなり現れたかと思えば、自慢そうに自己紹介をする男の子。

なんか最近、変なのに絡まれる事が多くなったなぁ・・・。

まぁ、いくらなんでもこの男の子と一緒にするのは仙道さんが可哀想か・・・―――あの人は一応、礼儀に乗っ取って私の前に現れるんだし。

最後の容器に蓋を閉め終えて、私はいきなり現れてちょっとヘコんでる清田と言う男の子を見る。

「で?一応聞いておくけど、何の用?」

「なんか言動が冷てぇなぁ。もうちょっと愛想良く出来ないのか?」

「何で私が、見ず知らずの(怪しい)人に愛想を振り撒かなくちゃいけないのよ。悪いけど忙しいから、用がないなら行くよ」

「ああ、ちょっと待てって」

容器を入れた籠を抱えようとする私を、清田は慌てて引き止める。

本当に一体何なんだろうね、この人は。

「何?」

「いや、何っつーか・・・たまたま見かけたから、ちょっと湘北の様子でも窺っとこうかと思って・・・」

ポリポリと頭を掻きながら、言い辛そうに言葉にする。

ぶっちゃけ偵察に近いように思えるのに、それを簡単にバラしても良いのだろうか?

この人、見た目どおり素直な人なのかもしれない・・・良く言えば。

「ふ〜ん・・・まだ試合も始まってないのに、海南はもう会場入りしてるの?なんか無駄に気合入ってる感じだね」

王者って呼ばれてるくらいなんだから、もっと大きく構えてるもんだと思ってたよ。

そう言うと、清田は「かかかかか」と笑って、大袈裟に手を振って見せる。

「違う違う。今ここに来てんのは俺だけ。牧さんたちはもうちょっと後で来るってよ」

「ああ、パシられてるんだ」

「違ぇよ!!」

聞こえないように呟いた一言は、清田に即答で否定された。

なんて地獄耳なんだと思いつつ、チラリと清田を見上げる。

「ああ、違うよね。だって『期待のエース』だもんね」

「おうよ!」

私の言葉に、清田は自慢げに頷いた。

・・・皮肉のつもりだったんだけど。

なんだか私は、この清田と言う男に親近感を抱いた。

彼に似てる・・・―――根拠のない自信を持ち続ける、湘北の自称天才に。

こういう人は嫌いじゃない。

見てて飽きないし。

「で、湘北の調子はどうよ?」

今まで笑っていた清田は、思い出したように話題を戻す。

それに少しだけ考えて・・・―――私は持っていた殺人的に重いドリンクの容器の入った籠を清田に押し付けた。

「うおっ!なんだよ・・・っていうか、重っ!!」

「ほら、行くよ」

「おお・・・って、何で俺が運ばされてんだよ!!」

文句を言う清田を置いて歩き出すと、彼は籠を抱えたまま私の後を追ってくる。

ちゃんと持ってきてくれる辺りがお人好しだな・・・とか思う。

「だって重いんだもん」

「だからって何で俺なんだよ。湘北の奴らに頼めばいいだろ!?」

「みんなそれどころじゃなさそうだし。やっぱり試合前は落ち着かせてあげたいじゃない?」

「・・・まぁ、それは確かに」

「それに私、そんな重いの運びたくないし」

「それが本音か・・・」

さっきまで納得したように頷いていた清田は、がっくりと肩を落とした。

「お前まさか、他の奴にもこんな事させてんじゃねーだろうな?」

「うん?ああ、この間仙道さんが運んでくれたね」

まぁ、あれは私が頼んだわけじゃないケド。

寧ろ勝手に運んでくれたんだけど?―――確かに助かったけどね。

そんなことを心の中で呟いていると、不意に清田が着いてきていないことに気付いて、私は足を止めて振り返った。

「・・・どうしたの?」

「お前・・・あの仙道さんにまで・・・。ある意味、強者だな」

「ありがとう」

誉め言葉として受け取っておくよ。

いくらなんでも、こうしてドリンク運んでくれてる人に制裁は加えたくないしね。

「ほら、行くよ」

「・・・へいへい」

諦めたのか・・・清田は私の言葉に素直な返事を返して、重い籠を抱えなおして歩き出す。

「それで・・・湘北の調子はどうなんだよ」

歩く道すがら、清田が3度質問を繰り返す。

「どうって・・・良いんじゃない?」

「なんだよ、曖昧だな」

「だって私はみんなじゃないもの」

「マネージャーだろ?」

「マネージャーが何もかも知ってるとは限らないでしょ?」

そう言い切ると、清田は微妙な表情を浮かべた。

何を思ったのかは知らないけど、あんまり良いことじゃないのは確か。

「んじゃ、質問を変えるぞ?」

「まだ聞くの?」

「当たり前だ。んな重いもん、運ばされてんだからな!」

重いものを強調して、わざわざ籠を私の目の前に突き出す。

そう言われると、まぁ仕方ないかとも思う。

「で、何が聞きたいの?」

「そうだな〜・・・。んじゃ、これだ!」

「・・・・・・?」

声を上げた清田を見上げて、小さく首を傾げる。

急に元気になったりして・・・一体何を思いついたんだろう?

「今日の湘北対翔陽戦。どっちが勝つと思う?」

ニヤリと口角を上げて、悪戯っ子みたいに笑みを浮かべる清田。

それを無表情で見上げていた私は、清田と同じように口角を上げる。

「そんなの、湘北が勝つに決まってるじゃない」

あっさりと言い切った私に、清田は楽しそうに口笛を吹いた。

「おお!自信満々じゃねーか!」

「っていうか、寧ろ勝ってもらわないと困るしね」

折角お兄ちゃんがバスケに復帰したんだから。

まだまだこんな所で終わられちゃ、困るんだよね。

あれだけ騒ぎを起して、みんなに迷惑かけたんだからさ。―――せめて全国出場くらいはしてくれないと。

私はピタリと歩みを止めて、同じように立ち止まった清田の腕からドリンクの入った籠を受け取る。

「ま、見ててよ。湘北が勝利を収めるところをさ」

「スゲェ自信だな。ま、じっくり高みの見物と行くか」

そう言って笑う清田に、私はにっこりと微笑みかけた。

「じゃあね。ドリンク運ぶの手伝ってくれて、ありがとう」

「・・・!?お、おお・・・」

礼を言われるとは思ってなかったのか(失礼な)清田は驚いたような顔をした後、何故か頬を赤らめる。

何でだと思いつつも追及したりはせずに、私は籠を抱えて湘北の控え室に向かった。

ま、見ててよ・・・と心の中でもう一度呟く。

湘北が負けるなんて、有り得ないからさ。

 

 

ドリンクの入った籠を抱えて控え室に戻った私は、ドリンクを作りに出る前と変わってない重い空気に、思わず深いため息をついた。

本当にこんな状態で大丈夫なわけ?

なんかこのまま行くと、ドリブルしてるボールを足に当てたりとか、自分の足に絡まってこけたりとか、洒落にならない事を本気でやりそうだ。

私はもう一度ため息を吐いて、あんまりにも重いのでドリンクの入った籠をベンチの上に下ろした。

「お疲れさま、

それと同時に、彩子さんが労いの言葉を掛けてくれる。

「いいえ。それよりも・・・お兄ちゃんは?」

それに返事を返して、改めて控え室を見回した。―――でもそこにお兄ちゃんの姿はなくて、私は不思議に思って彩子さんに聞いてみる。

「ああ、三井さんなら・・・トイレじゃないかしら?」

「また?」

同じようにキョロキョロと控え室内を見回した彩子さんは、少しだけ考えた後そう言って廊下に目をやる。

返って来た言葉に、私は思いっきり眉を寄せた。

一体何回トイレに行けば気が済むんだ。

大体そんなにトイレに行ったって、用なんか足せないでしょうに。

「・・・迎えに行ってきます」

「そうしてくれる?そろそろコート入りしなきゃいけない時間だから・・・」

「速攻で連れ戻してきますよ」

困ったように笑う彩子さんに申し訳なく思いながら、私は再び控え室を出た。

そのまま賑わう廊下を歩いて、男子トイレに向かう。―――その道すがら、ものすごく大きな人とすれ違った。

何気なくその人を見ると、緑色のユニフォームが目に入ってくる。

背中に書かれてある文字は『翔陽』。

ああ、あの人たちが今日の対戦相手か。

スタメンなのかどうかは解らないけど・・・―――翔陽は湘北と違って、部員が多いそうだから。

でもユニフォームを着てるって事は、レギュラーなんだよね?

しかも番号が結構若いから、やっぱりスタメンなのかもしれない。

そんなことを考えながら廊下の角を曲がると、物凄い目付きでお兄ちゃんに睨まれた。

「・・・・・・」

「・・・・・・?」

「っていうか、何で私睨まれてるわけ?」

憮然とした表情で言い返すと、お兄ちゃんは焦ったように手を大袈裟に振って何か言い訳みたいなものをし始めた。

「いや!別にお前を睨んでたわけじゃ・・・!!」

「別に良いけど・・・。で?出たの?」

「お前・・・出たとか言うなよ」

私の言葉に、お兄ちゃんはがっくりと肩を落とす。

別に良いじゃない・・・意味が通じてれば。

まぁ、確かに聞き方はマズイかとも思うけど・・・―――よく彩子さんとか晴子ちゃんとかに、もうちょっと女の子らしくした方が良いとか言われるけど。

「まぁ、いいや。そろそろコート入りするから、戻って来いって」

脱力するお兄ちゃんをサラリと無視して、私は用件を告げた。

するとお兄ちゃんは脱力したまま返事を返して、私の後に着いて歩く。

なんだか知らないけど、朝に比べれば緊張の度合いはマシになったかな?

開き直ったのかもしれない。

「・・・なぁ、

「なに?」

「さっき、翔陽の奴とトイレで鉢合わせたんだよ。・・・・・・顔は見てねぇけど」

「ふ〜ん」

「・・・で、そいつが言ったんだよな」

「なんて?」

聞き返すと、お兄ちゃんは一瞬言葉を詰まらせた。

それを不思議に思って振り返ると、なんだか不機嫌・・・って言うよりも怒りに満ちたお兄ちゃんの顔。

「今日の試合で、俺を5点以内に押さえるってよ」

普段よりも低い声で唸るように言ったお兄ちゃんに、私はピタリと歩みを止める。

トイレで鉢合わせた?

それってもしかしなくても、私がさっき擦れ違った人?

顔を思い出そうとするけど、生憎と私の記憶にはその人の顔は残っていなかった。

だって凄く背高かったし・・・―――チラッと見えたのは、ユニフォームだけだったし。

ええっと、確か・・・背番号『6』。

「冗談じゃねぇ」

ボソリと呟いたお兄ちゃんの声が耳に届いた。

視線を向けると、お兄ちゃんは私ではなく地面を睨みつけていて。

眉間には深い皺が寄ってる。

5点以内・・・ねぇ。

「「馬鹿にしてる(ぜ)」」

思わず呟いた言葉は、見事お兄ちゃんとシンクロした。

お互い顔を見合わせて・・・―――私はニヤリと口角を上げる。

「思い知らせてやりなよ。三井寿を舐めると、どうなるか」

「おう!任せとけ!!」

お兄ちゃんはさっきとは違う自信に満ちた笑みを浮かべて、私に向かって手をかざす。

それに思いっきり手を打ち合わせて・・・―――廊下にパンと心地良い音が響いた。

本当に、侮られちゃ困るよね。

この人を誰だと思ってるんだろう。

確かにあまり頭は良いとは言えないし、妹にはメチャクチャ弱いし、2年間のブランクを気にして試合前には飽きるほどトイレに駆け込む人だけど。

「勝たないと承知しないからね」

「解ってるよ」

だけど、私の自慢のお兄ちゃんなんだから。

お兄ちゃん以上に綺麗なシュート打つ人なんて、いるわけないんだから。

湘北が負けるなんて有り得ない。

お兄ちゃんが、5点以内に押さえられるなんて有り得ない。

これは希望なんかじゃ、決してない。

私の中にある、揺らぐ事の無い・・・それは確信にも似た。

不動なる、想い。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

漸く、翔陽戦。

なんか最後が無理矢理題名に合わせた感が・・・今更ですが(笑)

無理矢理といえば、無理矢理清田登場。

この辺で絡ませとけ、とか思ったんですが・・・。

今まで書いてきた中で、清田以上にキャラが違う人物は他にいないような気がします。

ああ、清田が解らない(汗)

作成日 2005.1.20

更新日 2008.2.19

 

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