息が苦しい。

身体が、重い。

次から次へと流れ落ちてくる汗が、無性に気に障る。

「・・・はぁ、はぁ」

荒い息の合い間から聞こえる、体育館中に響く色んな声。

俺が聞きたいと思っている声は、聞こえない。

 

君のを探そう。

 

ゲーム後半を少し過ぎた頃、湘北が取ったタイムアウトで俺たちはベンチに戻った。

赤木が桜木や流川に指示を飛ばしてる声をぼんやりと聞きながら、俺は1人ベンチに座ってドリンクを飲む。

なんか意識が朦朧としてる気がした。

どれだけ呼吸しても、酸素が足りない。―――身体に根が張ったみたいに、立ち上がる気さえ起きてこなかった。

「・・・はい」

声と同時にドリンクのボトルが目の前に差し出される。

気がつけば、手に持ってたボトルの中身はいつの間にか空になっていた。

「・・・サンキュ」

「どう致しまして」

俺はから差し出されたボトルを受け取って、改めてそれに口をつける。―――ひんやりと冷えた中身が、ちょっとだけ意識をはっきりとさせてくれた。

チラリと横目でを窺うと、当の本人はいつも通りの無表情でスコアブックに目を落としてる。

いつもいつも思うんだが、こいつは感情の起伏が薄すぎる気がする。

俺たちが試合でリードしてても、負けそうになってても、こいつは眉一つ動かさない。

勿論、試合中に声を張り上げて応援なんてされた事もない。―――試合中様子を窺っても、はいつも興味があるのかないのか解らない表情で、淡々と試合を見てる。

たまには。

たまには、から応援の言葉を掛けて欲しい・・・とか思わないでもないんだけど。

「お兄ちゃん」

いつの間にかじっとの顔を見ていたらしい。―――こっちを向いたとバッチリ目が合って、俺は慌ててドリンクを飲み干しつつコートの方へと顔を向けた。

「な、なんだよ」

慌てて返事を返すと、呆れたようなため息と一緒に呆れたような声が返って来た。

「もう、試合・・・再開するみたいなんだけど」

「は?」

の指差す方向を見れば、いつの間にか赤木達はコートに戻っている。

ヤバイ、ぼんやりしすぎた。

慌てて立ち上がって、首に掛けてたタオルを放り投げてコートに向かう。

短い休憩じゃあ、勿論体力回復なんて出来てなくて。

疲れて重くなった体が、さらに重くなったような気がした。

 

 

ああ・・・なんなんだよ、こいつ。

俺が打つシュートをことごとく止める翔陽の6番を睨みつけながら、俺は呼吸困難になりそうなほど荒い息を繰り返す。

こいつ、本当に中学の時俺に負けたのか?

トイレで聞いた話を思い出しながら、小さく舌打ちをする。

どんだけ考えても、思い出せねぇ。―――これだけ動きが良い奴を、俺が忘れるわけがねぇ。

そう思うのに、一向に思い出せない。

何とか思い出そうと相手を睨み付けるように見ていた俺に、その6番は挑むような目で俺を見返して言った。

「お前は、俺に勝てない」

「・・・なに?」

更に睨みを効かすが、相手は何も言わずに俺を見ている。

「俺がお前に勝てねぇだと!?」

冗談じゃねぇ。

ふざけた事ぬかすのも大概にしろってんだ。

俺が、負けるなんてある筈がない。

俺は、負けるなんて許されねぇんだ。

「高校バスケットを舐めるなよ、三井」

更にそう言う6番を、俺はこれ以上ないほど睨みつけた。

俺はボールを持ってる桜木を怒鳴りつけるように呼んで、送られて来たパスを受け取る。

「てめぇ、試合前に俺を5点以内におさめるとか言いやがったな!俺が前半で何点取ったかわかってんのか!?」

「5点だ。それで終わりだ」

淡々と告げられた言葉に、俺の堪忍袋の尾が切れた。

「ナメんな!!」

怒りを吐き出して、シュートを打つ。―――それは6番に止められる事無く・・・だけどボールはあっさりとリングに当たって外に弾き出された。

「くそっ!!」

思わず声を出した俺をチラリと見た6番は、そのままボールの方へと身体を向ける。

ムカムカと湧き上がってくる苛立ちを何とか押さえて、強く拳を握り締めた。

なんだってんだよ、あいつは!

これで終わりだと?―――三井寿に向かって、んなデカイ口叩きやがって!!

俺は怒りを滲ませながら、点を入れるためにボールに向かい走り出す。

体育館中に反響する色んな声援が、耳鳴りみたいに頭の奥で響く。

走る最中、ふらりと足元が揺れる。

その時の俺の心の中は、怒りと焦りでぐちゃぐちゃだった。

 

 

それからは、もう散々だった。

何度シュートを打っても止められる。

コートを走り回るだけの体力も、気力もない。

イライラはおさまることなく、体中を駆け抜けていく。

チラリとベンチに視線を向ければ、心配そうに俺を見る1年の姿。

これが俺の姿か?

ベンチの1年にまで心配されてる・・・―――これが三井寿の姿なのか?

その時、ふと視界にの姿が映る。

他の1年たちとは違って、は無表情で俺をじっと見ていた。

なんだよ、おい。

ちょっとは心配するとか、応援するとかしたらどうなんだよ。

心配されたらされたで複雑だってのに、俺はそんな事をぼんやりとした意識の下で思う。

あいつは、いつもそうだ。

いつも、飄々としやがって。

たまには、焦った姿でも見せてみろってんだ。

ボールを構えてシュートを打つ。―――だがそれは、やっぱり6番に止められて・・・俺は押されるままにコートの上に叩き落された。

甲高い笛の音が鳴る。

桜木と宮城が慌てて駆け寄って来た。

すぐに起き上がろうと思うが、身体がなかなか言う事を聞いてくれない。―――目に刺さるようなライトの灯りが、視界を真っ白に覆う。

ああ、情けねぇ。

ぼんやりとした意識で、俺がそんな事を思った時だった。

「しっかりしろ、三井寿!!」

体育館中に、俺の良く知る声が響いた。

それは翔陽の大声援に掻き消されても可笑しくないくらいだったけど、不思議と俺の耳にはしっかりとその声が届く。

ゆっくりと身体を起してベンチに顔を向けると、そこには今まで無表情でベンチに座ってたが、立ち上がって睨むように俺を見ていた。

「・・・

「あんたの力はそんなものか!馬鹿にするな!!」

俺に指を突きつけそう声を荒げるを、ベンチの1年たちが慌てて止めようとしてたけど、そんな程度の制止では止まらない。

自分を止めようとする1年たちを振り払って、は口を開いた。

「三井寿を舐めるとどうなるか、思い知らせてやれ!!」

!!」

最後にそう叫んで、は彩子に頭を押さえつけられた。

も彩子には逆らう気はないのか・・・それとも言いたいことは言い終えたのか、大人しく(今更だけど)ベンチに座りなおす。

呆気に取られる桜木と宮城を放置して、俺は咽の奥で小さく笑った。

「み・・・三井さん?」

怯えたように声を掛けてくる宮城を無視して、俺はゆっくりと立ち上がった。

そうだよな、

俺、思わず忘れるとこだった・・・―――試合前に、お前と約束した事。

俺を5点以内に押さえる?

ここで終わりだ?

はっ、ふざけんな。

んなこと、この俺がさせるかってんだ。

今の俺を俺だと思うなよ?―――勝負は、これからだ。

それで・・・最後には、絶対に俺たちが勝ってみせる。

さっきのファールで与えられたフリースローをモノにする為、俺は微かに口角を上げながらラインの前に立つ。

そうだ。

俺は、こういう展開でこそ燃える男だった筈。

3本のフリースローを完璧に決めて、俺はベンチを見詰める。

もういつも通りの無表情に戻ったを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

そこで大人しく見てろ、

 

 

後半2分30秒を残して、俺はコートを去った。

小暮に支えられてベンチに戻る。

最後まで戦えなかった事に悔しさを感じながら・・・だけどこれ以上はもう無理だと言うのは、自分が一番良く解ってた。

「先生・・・すみませんでした」

ベンチに戻って安西先生に頭を下げると、先生はいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

「三井くん。君がいて、良かった」

向けられた言葉に目の奥が熱くなる。

こんな俺を、もう一度受け入れてくれた安西先生。

そんな先生に、少しでも役に立てた事が純粋に嬉しかった。

崩れるようにベンチに座り込んでコートを見詰める。―――試合はまだ、終わっていない。

すると不意に目の前にドリンクボトルを差し出されてそちらを見ると、が無言で俺を見ていた。

「サンキュ」

礼を言いつつボトルを受け取る。―――中身はやっぱり、しっかりと冷やされてた。

素っ気無い態度をしつつも、こういう気遣いはしっかりしてて・・・言葉はなくともちゃんと応援されてる事を察する事が出来る。

「さっきは激しい声援、どうも」

ニヤリと笑みを浮かべてそう言えば、俺を見ていたがちょっとだけ目を見開いて、慌ててスコアブックに視線を落とした。

だけどその顔が少し赤く染まってるのを、俺は見逃さない。

あれだけ堂々と啖呵を切っておきながら、ちょっと恥ずかしいらしい。

「前半5点、後半15点・・・ね」

スコアブックを見ていたが、ポツリとそう漏らす。

訝しげに顔を覗き込んだ俺を軽く睨み上げて・・・そうしてまたそっぽを向いた。

「根性出すのが遅すぎるのよ、お兄ちゃんは」

不機嫌そうに向けられた声に、思わず苦笑する。

するとは視線をコートに戻して、本当に小さく笑った。

「・・・お疲れ様」

「おう」

試合が佳境に向かうにつれて、声援はますます大きくなる。

だけどのその小さな声で告げられた言葉は、しっかりと俺の耳に届いた。

笛の音が高らかに鳴り響く。

試合終了。

62―60。

湘北は翔陽に勝利し、見事決勝リーグに駒を進めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回は三井視点。

試合の表現が曖昧ですが(ほとんどないケド)もうこれが精一杯です。(笑)

ちょっと藤真と絡ませたいなぁとか思いましたが、今回は残念ですが断念。

他にも絡ませたいキャラ一杯なので今後絡ませられるかどうかは解りませんが。(オイ)

そして長谷川をいつまでも6番扱いしてすみませんでした。(だって三井が長谷川の名前知ってるとは思えなかったし)

作成日 2005.3.21

更新日 2008.3.30

 

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