「水戸くん、ちょっと顔貸して」

湘北の決勝リーグ進出が決まって、さぁこれから練習だって時に俺に声を掛けたのは、湘北バスケ部マネージャーの三井だった。

愛想笑いのひとつもない無表情のまま俺を見つめて、そうして訝しげに首を傾げる俺に向かって薄く目を細める。

なんていうか、今まで見た中でもトップ3に入るくらいマイペースな子だと思う。

花道だって負けちゃいないが、この子はまた違った意味でマイペースだ。―――少なくとも、不良軍団として他の生徒に怖がられてる俺たちに平気な顔して声を掛けた相手なんて、この子と晴子ちゃん以外に俺は知らない。

ちゃんがあの三井さんの妹だって聞いた時は、そりゃ驚いたが。

どこでどうDNAの繋がりがあるのかと思った。―――あとで血は繋がってないって聞いて納得したもんだが・・・。

「え、何?どうしたの、ちゃん」

「だから顔貸してって言ってるの」

訝しげに聞き返した俺に、ちゃんは動じる事もなくキッパリとそう言い切る。

え、それってどういう呼び出し?

 

Don´t peak!!

 

ちゃんからの呼び出し内容は、至って単純なものだった。

「買出しなら買出しって言ってくれればいいのに。何事かと思ったよ」

「え?私言ってなかったっけ?」

「言ってないから」

駅前の薬局を目的地に、下校する生徒たちに紛れて歩く俺とちゃんは、そんな他愛無い会話を交えつつ連れ立って歩く。

え?他の面子はどうしたかって?

そりゃちゃんが俺に買出しに付き合ってくれって言った時、あいつらも行く気満々だったさ。

何をしに行くのか本当に解ってるのかって思うほど、いやに盛り上がって。

だけど・・・。

「君たちは来なくていいよ。水戸くんだけで」

体育館の前で騒ぐ奴らに、ちゃんはキッパリとそう言い放った。

やっぱり飄々とした無表情のままで。

だけどそんな言葉くらいでへこたれるような奴らじゃない。―――体育館の入り口を塞ぐように立って、案の定反論を開始した。

「えぇ〜!?なんでだよ、ちゃん!荷物持ちなら俺らだっていた方がお得だろっ!?」

「君たちが来ると余計な厄介事に漏れなく巻き込まれそうっていうか、むしろ君たち自身が厄介事作りそうだから断る。水戸くんだけでいい」

「んな事しねーって!」

「断る」

なおも食い下がる連中に向かって、一刀両断。

なんていうか・・・前々から思ってたけど、この子の言葉はなんかちょっと今時の女子高生っぽくない気がする。

むしろ女の子っぽくさえない。

「つーか、何でコイツだけなんだよ」

「水戸くんが桜木軍団の中で唯一の常識人だと判断したから・・・私が」

チラリと俺を横目に見てそういうちゃん。

きっと彼女の判断は間違ってない。―――自分で言うのもなんだけど。

そんなちゃんに向かい、悔しいのか・・・からかうような笑みを浮かべて馬鹿な事を言い放った奴がいた。

「んな事言って、実はちゃんってばコイツの事・・・」

言葉を濁したって、その先の言葉は聞くまでもなく解る。

思春期の連中に多いかんぐりってやつだ。

ま、俺としてはそれでも構わないっていうか寧ろ大歓迎なんだけど、残念ながらそれはないという事を俺は知っている。

と言っても、ちゃんに誰か好きな人がいるってわけでもない。

俺が見たところ、ちゃんは恋愛関係にあまり興味がないみたいだ。―――年頃の女子には珍しく。

もっとも、あの超シスコンの兄をどうにかしないと、彼女が彼氏を作るなんて到底無理な話だとは思うけど。

それでも興味がないわけじゃない。

ちゃんがなんて返事を返すのか。

奴らのからかいの手をどう交わすのか・・・―――興味津々で見物していた俺に、ちゃんは表情ひとつ変えずチラリと体育館の中へと視線を向けた。

「え〜っと、鉄ちゃんの番号って何番だったかなぁ。呼んだらすぐ来てくれるかな?」

「すいません、ごめんなさい」

ちゃんはかなりの強者だと思う。

きっと彼女の携帯電話には、俺たちもびっくりな面子の番号が登録されてるんだろう。

ちゃんなら違和感がないから不思議だ。―――あの兄を手玉に取れるくらいなんだから、それもアリかもしれない。

そんなやり取りを経て、俺とちゃんは漸く買出しに出掛ける事が出来たのだ。

彼女が本当に、あの湘北に乗り込んできた奴らを呼ぶとは思っていない。

もしもここで乱闘騒ぎなんて起こせば、出場停止になるのは目に見えている。

そんな事を、いくらちゃんといえどもするはずがない事は、あいつらだってよく解ってる。―――それでもあいつらがおとなしく引いたのは、赤木サンと三井サンがごちゃごちゃ言わずにさっさと行けと睨みを利かせてたからだ。

三井サンに至っては、それだけが原因じゃない事もちゃんと理解してる。

買出しに付いていく事になった俺には、更に鋭いガンが飛ばされたからだ。

それくらい怖くもなんともないが、いい加減にあのシスコンは何とかした方がいいと思う。

「んで、何買うんだっけ?」

「え〜っと・・・テーピングと、消毒液と・・・後は・・・」

俺の質問にメモを取り出して確認を始めたちゃんを見下ろして、小さく笑う。

こうしている分には、本当に普通の可愛い女の子なのに・・・―――そこまで考えた直後。

「あー!!」

何の前触れもなく響き渡った大きな声に、俺とちゃんはほぼ同時に振り返った。

というよりも、俺たちだけじゃなくて周りの人たちも振り返ってる。

そうして大衆の視線を嫌というほど集めているその男子は、ぽっかりと口を開けたそのままに固まっていた。

周りの人たちは訝しげな顔をしつつも、それぞれ止めていた足を動かし始める。―――だけど俺たちはそのまま動けず、横目でお互いを見ながらどうしようかと考えていた。

なぜなら、その男子が指した右手の先には、俺たちが立っていたからだ。

「・・・ちゃん、知り合い?」

「まさか。私にあんなはた迷惑な知り合いなんていないよ。水戸くんの知り合いでしょ」

「いや、俺の知り合いでもないんだけど」

ここで俺にもあんなはた迷惑な知り合いはいない、と断言できないところが個人的に辛い。

なんというか・・・俺の周りには、ああいったはた迷惑な奴らが山ほどいるんだから。

「んで、どうする?」

「どうするもなにも、私の知り合いでも水戸くんの知り合いでもないなら、わざわざこんなところでボケッと立ってる必要ないじゃない。さっさと行こうよ」

そう言ってちゃんはクルリと踵を返して歩き出す。

慌てて俺もその後を追おうと足を踏み出したその時、さっきの男子の大声がもう一度響き渡った。

「ちょ!ちょっと待ってくださいよ!!」

「・・・ちっ!」

そう言って後を追いかけてくる男子。

っていうか、ちゃん今舌打ちしなかった?

「やっぱりちゃんの知り合いなんじゃないの?」

「私の知り合いじゃない、断じて」

「でも今舌打ちしたでしょ」

「それは・・・」

俺の追及に言葉を濁すちゃんの顔を覗き込むと、彼女はボソリとこう言った。

「知り合いじゃないけど、関わり合いたくないの。こういう状況で関わった相手にロクな人はいないんだから」

苦い表情で搾り出された言葉には、何故かものすごい重みがあった。

きっと今までに何かあったんだろう。―――更に質問を続ける勇気が俺にはなかった。

そんなちゃんの前に回りこんだ周囲の厳しい視線を一身に浴びるその男子は、ニコリと友好的な笑みを向けた。

「やっぱり!三井さんやろ?」

「違います」

立ちはだかる男子に向かってキッパリと言い切って、そうして男子を押しのけて進もうとするが、しかし相手もかなりの強者で、そんなちゃんの行く先を遮りニコニコと笑顔を浮かべたままポケットから手帳を取り出した。

「そんな誤魔化し、わいには通用せぇへんで!ちゃ〜んとあんたの情報は仕入れてるんやから!!―――それよりも隣におる人は誰や?あんたの彼氏か?そこんところ、はっきりさせてもらおか!」

「おまわりさーん、ここにストーカーが一匹いるんですけどー」

得意げに胸を張る男子を前に、あらぬ方向を眺めながらちゃんはそう声を上げる。

それに慌てた様子を見せる男子を横目に、俺は大きくため息を吐き出して。

「やっぱりちゃんの知り合いなんじゃない」

「だから知り合いじゃないって。―――まぁ、心当たりがないわけでもないけど」

そう言ってちゃんは苦虫を噛み潰したような面持ちで肩を落とす。

何でも以前からちゃんの情報を集めては横流ししている人物がいるらしいのだ。―――その情報を受け取っているというのが・・・。

「彦一。もうちょっと声抑えてくれる?みんな見てるからさ」

そうして突然背後から聞こえた楽しげな声に何事かと振り返れば、そこには見覚えのある学ランの男子が気配もなく立ってこちらを見下ろしていた。

つんつんと天に向かって立つ硬そうな髪の毛と、人好きする懐こい笑顔。

何でこの人がこんなところにいるんだと俺が思うよりも前に、隣にいたちゃんが隠す事もなく盛大に表情を顰めて手に持っていたメモを握り潰した。

「やぁ、ちゃん。久しぶり、元気だった?」

「何でこんなところにいるんですか、仙道さん」

呆れと諦めを多分に含んだ声色で、俺が思った疑問そのままを遠慮なく投げ掛けるちゃんは、彼女よりも随分と背の高い仙道さんを見上げてため息を吐き出す。

「それよりもさ、お腹空かない?何か食べに行こうよ。ファーストフードくらいならおごるよ」

隣に立つ俺は完全に見えてないらしい。―――いや、あえて無視してるのかもしれない。

何が楽しいのか、仙道さんはニコニコと笑顔を浮かべてちゃんを見下ろしていた。

「お断りします。部活中ですので」

「じゃあ、部活が終わった後は?」

なおも食い下がる仙道さん。

モテそうなだけあって、しっかりと心得ている。

ちゃんを相手に遠慮なんかしてたら、一生彼女を誘える日なんて来ないだろう。

さて、肝心のちゃんはどう出るのかな・・・なんて、まるっきり他人事だからとちょっとワクワクしながら彼女の返答を待った。

そこらの女子なら仙道さんに誘われれば喜んで付いて行きそうだけど、ちゃんは多分そんな事はしないだろう。

もしかすると、俺がただ単にそう願っているだけなのかもしれないけど。

しかし、俺のその予想は軽く裏切られた。

「本当ですか?嬉しいです」

さっきまでの無表情をコロリと笑顔に変えて、ちゃんはまるで別人みたいに綺麗に笑った。

仙道さんの腕に軽く手を掛けて、少し頬を染めて笑うちゃんは、そこらにいる女子となんら変わりない。

確かに可愛いけど・・・―――なんとなく釈然としないものを感じて表情を顰めた俺に、ちゃんは何かに気付いたのか俺を見上げてにっこりと微笑んだ。

「水戸くん。今すぐ体育館に戻って伝えてくれる?」

「何を?」

俺の問い返しに、ちゃんは更に笑みを深めた。―――口角だけを上げて、目は笑っていない。

「仙道さんがご飯をおごってくれるんだって。部活が終わった後に。みんなに楽しみにしててって伝えて」

確信犯で笑んだちゃんの言動に、仙道さんの笑顔が凍りついた。

さすが、ちゃん。

伊達にあの兄と湘北メンバーに囲まれて生活しているわけじゃない。―――お誘いの拒否と追い討ちを同時に掛けるんだから。

「解った、伝えとくよ」

「ちょ、ちょっと待って」

流石に湘北メンバー全員におごるなんて真似できるわけがないらしい。

それに加えてあの湘北レギュラー陣が来るならちゃんを口説けるはずもない。

慌てて止める仙道さんを尻目に、ちゃんは冷ややかな笑みを浮かべた。

「・・・怖い子だな」

「何か言った、水戸くん?」

「いいや、何も」

変わらない綺麗な笑みを向けるちゃんに、俺もにっこりと微笑みながら答える。

視界の端に、完全なる敗北を認めてがっくりと肩を落としている仙道さんが映って、流石に彼が哀れに見えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

彦一と、ファーストコンタクト。(笑)

水戸がどうにも普通の人に見えます。まぁ、周りのキャラが濃すぎるのかもしれませんが。

そして相変わらず可哀想な立場の、仙道彰。(いや、ほんとにすいません)

作成日 2008.2.12

更新日 2008.4.27

 

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