壁に掛かったカレンダー。

そこにある赤丸に指を這わせて。

「・・・よし」

小さく呟いて、私は密かに気合を入れる。

今日は、待ちに待った海南戦。

 

レンダー

 

今日の湘北バスケ部のメンバーは、いつも以上にぴりぴりとしていた。

それはきっと、赤木さんがそうだからなんだろう。―――だからといって、翔陽戦の時みたいにカチガチに緊張しているわけじゃないから、特に何も言わないけど。

私といえば、特にいつもと変わるわけでもなく。

相手が海南であっても翔陽であっても関係ない。

私はいつも通りに、試合中みんなが飲むドリンクを作るために働くだけ。

そんな私を見てお兄ちゃんが何か言いたそうな・・・恨めしそうな目をしていたけれど、それさえも軽く無視して、私はドリンクを作るために控え室を出た。

だってぐずぐずしてたら、試合始まっちゃうからね。

流石にこうも勝ち進んでくると、周りからの注目度も違うらしい。

これまでの大会とは桁違いな観覧者の数に感心しながら、私はドリンクの詰まった重い籠を抱えて歩く。―――流石に今日は、誰かに手伝わせるわけにもいかない。

そんな日に限って仙道さんも清田くんも通りかからないんだから、ついてるんだかついてないんだか。

まぁ、彼らも今日は試合だろうから、こんな時間にウロウロなんてしてないだろうケド。

っていうか、清田くんに関しては今日の試合相手なんだから尚更だろうケド。

それでも流石にこの重さはキツくて、余計な事を考えてないとやってられない。

早く控え室につかないかなと心の中でそう弱音を吐いたその時、ふと視界に見知った顔が映ったような気がして、私は何とか前に進めていた足を止めた。

「・・・・・・あれ?」

重い籠を下ろしてぐるりと辺りを見回すけれど、生憎と知った顔はない。

なんとなく、見た事ある顔があったような気がしたんだけどな。

そうは言っても、じゃあ誰なのかと聞かれれば答えられないほど曖昧なもので、どんな人なのかと聞かれれば答えづらいわけなんだけど・・・。

それにここは試合会場だ。

いくらバスケ部のマネージャーをしているからって、そうそう他校に知り合いなんていないし、私に至ってはまだ1年生なんだからいくら他校の有力選手だって言っても顔を知ってるかと言われれば微妙なところだし。

「・・・見間違いかな」

一通り辺りを見回してそれらしき人の姿がない事を確認した私は、すぐさまそう結論付けてため息を吐き出した。

そうして一度は降ろした籠を見下ろして、もう一度ため息。

さぁ、気合を入れなおして。

「・・・やっぱりお兄ちゃんにでも手伝ってもらえばよかった。あと無駄に体力有り余ってる桜木くんとか」

さっきまでの考えをあっさりと翻して、重い籠を抱えながらそんな事を思った。

 

 

そうして試合は始まった。

念願の海南戦に臨む赤木さんを筆頭に、いつものメンバーがコートに向かう。

そういえば、いつの間にか桜木くんがレギュラーになってるという事実に、今更ながらにびっくりした。

桜木くん、バスケ始めてまだ3ヶ月なのにね。―――まぁ、その活躍ぶりはすごいけど。

そうして試合が始まってすぐ、私は気付いた。

さっきドリンクの準備をしている時に、知った顔を見たような気がしてたんだよね。

「・・・彩子さん、ちょっとメンバー表見せてもらえます?」

「いいけど・・・どうかしたの?」

「いえ、別に」

不思議そうな顔をする彩子さんからメンバー表を受け取りながら、軽く首を横に振る。

それでも不思議そうな顔をしていたけれど、今は試合中。―――やはり試合が気になるのか、ありがたい事にそれ以上突っ込まれる事はなかった。

私は人知れず安堵を息を吐きながらメンバー表を確認する。

そうしてそこに書かれてあった名前に、思わず頬を引きつらせた。

「・・・やっぱり」

私の小さな呟きは、幸いな事に大歓声に遮られて聞き咎められる事はなかった。

それにも安堵の息を吐きつつ、メンバー表とコートの中の人物を見比べて思わず眉間に皺を寄せた。

別に会いたくない人がいたわけじゃないんだけど。

そしてその人がそこにいる事自体、別に悪い事でもないんだけど。

なんていうか・・・予想外すぎて、どう反応していいのか困るって言うのが本音だ。

まぁ向こうが私に気付いてる素振りもないし、別に改まって挨拶に行かなきゃいけないなんて相手でもないし、構わないといえば構わないんだけど。

・・・いや、別に会いたくないわけじゃなくて。

そっか、でもまさかあの人が海南にいるとは思ってもいなかった。

まぁ音信不通みたいな感じだったから、それも当然なのかもしれないけれど。

「・・・ふむ」

差し当たっては、今この状態はさして問題でもない。

要は、湘北が勝てればいいんだから。―――相手には申し訳ないけど。

「・・・まぁ、楽に勝てる相手じゃなさそうだけどね」

試合早々の清田くんのダンクシュートが尾を引いているのか、僅かにつけられた点差を見て、私はひっそりとそう呟いた。

 

 

そうして誰もが思っていた通り、試合は楽には進まなかった。

最初は大活躍だった桜木くんも、ディフェンスの相手が変わった途端にボロボロになっちゃうし。

まぁ見た目、ものすごく弱そうだしね。

桜木くんと並ぶとなおさらに。

こう言っちゃなんだけど、喧嘩なら私だって勝てそうだし。

こう見えても私、結構腕っ節には自信があるし。―――そんな事は、今はどうだっていいんだけど。

それでもこれだけ短い時間で桜木くんの弱点を見抜くなんて、海南の監督もさすがだ。

伊達に常勝を謳ってるわけじゃないらしい。

いや、あの余裕綽々な態度とかちょっとムカつくけど。―――いや、ちょっとじゃないかもしれないけど。

そんな状況だというのに、事態は更に悪い方へと転がっていく。

「ゴリ!!」

すべての弱点を晒される前にと交代させられた桜木くんが、ベンチから大きな声を上げる。

どうやら着地の際に海南の選手と接触してしまったらしい。

我慢強い赤木さんが蹲るなんて、相当な痛さなんだろう。

慌てて駆けつけた他のメンバーの間から見るに、足は相当腫れてるようだ。

すぐさま赤木さんは彩子さんに連れられて、控え室へと戻っていった。

それを不安そうに見守るベンチメンバーを認めて、そうしてコートの中へと視線を向けて、これからどうなるんだろうと他人事のように思った。

今でさえ点差をつけられないギリギリの所だっていうのに、赤木さんが抜けたらどうなるんだろう。

そんな事を思っていると、何故か不意に流川くんと目が合った。

全員が心配そうな表情を浮かべる中で、流川くんはいつもと変わらない無表情のまま。

まぁ、それは私だって変わらないのかもしれないけど。

でも表情が変わらなくったって、不安に思っていないわけじゃない。

私だって、不安に思うことくらいはある。―――試合に出てるわけじゃなくても、負けるのは嫌だし。

そう思ったとほぼ同時に、流川くんがゆっくりと瞬きをした。

それを不思議な気持ちで見つめていると、今度は射るような眼差しを向けられる。―――それはまるで、挑むような・・・。

そうして思わず呆気に取られる私をそのままに、流川くんは視線をコートの中へと戻した。

「・・・なんで私睨まれたわけ?」

今のは一体なんだったのだろうかと思うけれど。

不思議と、先ほどまでの不安は消えていた。

 

 

そこから、湘北の怒涛の反撃は始まった。

赤木さんの代わりにコートに戻った桜木くんは、さっきまでがウソみたいにコートの中を走り回ってる。

安西先生がいうには、桜木くんもちょっと大人になったんだって。

桜木くんが大人になったなんてちょっと信じられないけど、安西先生がそういうんだからきっとそうなんだろう。

今更だけど、安西先生もいつもと様子変わらないよね。

まぁ、だからこそ存在感があるんだろうケド。―――いや、身体の大きさは置いといて。

そうして一番の活躍を見せたのは、さっき挑むような目をしていた流川くんだった。

ボールを持った途端、次々にゴールを決めていく。

それは不思議な光景だった。

荒々しいプレーをしたかと思えば、静かにシュートを決める。

感情の動きが見えなくて、どこか静かな雰囲気があるのに・・・―――なのにその姿は誰よりも熱い気がした。

「すごい!すごいよ、流川くん!!」

隣で上がる補欠メンバーの声を聞きながら、私の目は流川くんのプレーに釘付けになっていた。

ゾクリ、と肌が粟立つ。

こんなプレーを、私は今まで見た事がない。

そうして前半が終了する頃には、開いていた点差はゼロになっていた。

「・・・追いついてる」

不覚にも試合に夢中になっていた私は、不意に聞こえた声に顔を上げる。

そこにはテーピングで足を固めた赤木さんと、驚きに目を見開いた彩子さんの姿。

「赤木さん!!」

みんなが口々に赤木さんに駆け寄るのを横目に、私はチラリと彩子さんへ視線を向ける。

心なしか、彩子さんの表情は硬い。

点差がゼロになってるんだから、本当なら晴れ晴れとした表情をしていてもいいはずなのに・・・―――それほどまでに、赤木さんの怪我の具合は深刻なんだろうか?

「・・・彩子さん、赤木さんは」

「・・・うん」

私の問い掛けにも、彩子さんは表情を曇らせたまま頷くだけ。

やっぱり、怪我の具合は思わしくないみたいだ。―――あれだけ腫れてたんだから、それも当然かもしれないけれど。

だからといって、赤木さんが試合に出るのを諦めてくれるとはとても思えない。

1年の頃からずっと、海南と試合をするのを夢に見てきたって言ってたし。

全国大会出場が掛かってるこの重要な場面で、赤木さんが大人しくベンチに座ってくれているとはとても思えなかった。

実際問題として、それで海南に勝てるかと言われればそれも厳しいけれど。

まぁ、どうしても無理だと思ったなら、きっと安西先生が止めてくれるだろう。

赤木さんも、安西先生のいう事なら素直に聞くかもしれない。―――そうでなければ困るし。

「さぁ、行くぞ!!」

そうして赤木さんの号令の下、いつものメンバーがコートに向かう。

何がどう転んでも、勝負は後半戦に掛かってる。

出来れば、心臓に優しい展開になってくれるとありがたいんだけど。

そんな事を思いながら、私は改めてコートへと視線を向けた。

 

湘北VS海南。

後半戦の、始まり。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はキャラとの絡みがほぼ皆無です。

試合中ですからね。流石に試合の描写なんて書けませんし。

ついでに題名と内容が合ってなくてすいません。

出来る限り100のお題で連載していきたいと思ってるんですが、そろそろ本格的に難しくなってきたんじゃないかと痛感したり。(あらら)

そして文中に出てきた『あの人』とは誰の事で、どういう知り合いなのか。

その内明らかになると思いますので、それまでは秘密で。(笑)

作成日 2008.3.27

更新日 2008.6.8

 

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