静かに、流れるように放たれるシュート。

それは綺麗な弧を描いて、吸い込まれるようにリングへと落ちていく。

「また神だぁ!!」

それと同時に湧き上がる歓声と、賞賛の声。

ゾクリ、と肌が粟立つ。

「・・・すごい」

まるで試合中とは思えないほど綺麗なシュートフォーム。

あんなにも綺麗なフォームを見たのは、初めてお兄ちゃんのバスケを見た時以来だった。

 

レモンの飴玉

 

さすがとでも言うべきか、やっぱり海南は強かった。

前半に流川くんが取り戻した点差分、あっという間に取り戻されていく。

だからといって、このまま諦めるような湘北じゃない。

それくらいで諦めるような人たちじゃない事は、たとえ過ごした月日が数ヶ月だったとしてもよく解っていた。

そうしてそんな不利な状態で、湘北の反撃は始まる。

安西先生の作戦の下、必死にプレーを続ける湘北メンバーは、さっき開けられた点差をドンドンと縮めていった。

それでもまだ追いつかない。

やっぱり海南は強い。―――そりゃもう、忌々しいほどに。

そして後半も残すところ、あと1分半。

前半からフル活動していた流川くんがとうとう力尽きた。―――いや、この表現もどうかと思うけど。

フラフラになりながらベンチに戻ってきた流川くんは、頭からタオルを被って俯いたまま。

「がんばった。いいプレイだった。―――あとは君の仲間たちに任せよう」

普段はほとんど口を挟まない安西先生の言葉にも顔を上げないまま、グッと拳を握り締めて。―――よっぽど強く握り締めてるのか、腕が微かに震えていた。

悔しいんだろう、きっと。

いや、まぁ流川くんの負けず嫌い加減から考えると、最後までプレイできなかったのは相当悔しいに違いない。

それはまぁ、解るんだけど・・・。

ずっと試合を見ていたベンチ組のメンバーが、気遣うような眼差しで流川くんを見ている。

まぁ、その気持ちも解るんだけど・・・。

「・・・・・・」

なんとかならないもんかな、この微妙に重い雰囲気。

別に試合に負けたわけじゃないし。―――っていうか、今もまだ試合は現在進行形だし。

なんなの、このまさに試合に負けた瞬間みたいな空気は。

チラリと横目で、隣に座る流川くんを見やる。

残念ながらタオルに隠されて、流川くんがどんな表情をしてるのかまでは解らないけど。

「・・・う〜ん」

まだ試合は終わってないのに。

スコアだってつけなきゃいけないし、そもそも試合の行方だって気になるのに。

隣がこうも緊張感漲ってると、むしろそっちの方が気になって試合に集中できないんですけど。

視線はコートに釘付けだけど、神経は隣に座ってる流川くんに釘付けだ。

そうしてどうにも耐えられなくなった私は、どうにか上手い打開案はないかと視線を巡らせて・・・―――そうして何気なく突っ込んだポケットの中にある物を見つけて、ちょうどいいとばかりにそれを引っ張り出した。

「・・・流川くん、手ぇ出して」

さっきからピクリとも動かない流川くんに声をかけると、何故か流川くんではなくその向こう側にいるバスケ部員たちがビクリと肩を揺らした。

それに構わずもう一度声を掛けると、ゆっくりとした仕草で流川くんが顔を上げた。

「・・・なんだ?」

そうして向けられた眼差しと声の低さに、僅かに眉を潜める。

今更言うのもなんだけどさ。

流川くん、目つき悪いよ。

なんて事は勿論口に出す事無く心の中だけで呟いた私は、無言で手を突き出した。―――なんで無言なのかっていうと、口を開くと余計な言葉が出ちゃいそうだったから。

私ってそういう事がよくあるみたいなんだよね。

ポロッと言っちゃうっていうか。

まぁ、自覚はあるっていえばあるんだけど。

なのに流川くんは手を突き出した私をじっと見つめたまま動かない。

手ぇ出してって言ったのに。

あんまりにも流川くんが動き出す気配がなかったから、私は自分の手のひらにコロリと転がる小さな飴玉を掴んで、乱暴に包装紙を剥がしてからそれを強引に流川くんの口へとねじ込んだ。

「・・・何しやがる」

やっぱりというか当然というか、流川くんは眉間に皺を寄せて私を睨みつけている。

それをさらりと流して、私は膝の上に置いておいたスコアを持ち直すと、今度こそ神経をコートの中へと向けた。

「飴玉。疲れた時は甘いものがいいんだって」

だから大人しくそれを食べながら休憩しといて。

「・・・・・・」

「そのレモンの飴玉、私のお気に入りなんだから」

尚も私を見る流川くんにそう告げて、チラリと横目で彼を見やる。

「美味しいでしょ?」

そう問い掛ければ、流川くんは何も言わないまま。

けれどその視線をしっかりとコートへと戻して、試合の行く末を見つめている。

心配しなくても大丈夫だよ。

君と同じで、諦めの悪い人たちばっかりなんだから。

声には出さずに心の中でそう呟いて、私もまたコートに視線を戻す。

心なしか、周りの空気が少しだけ軽くなったような気がした。

 

 

そして試合終了。

場内に響き渡る歓声を耳にしながら、私はスコアブックに最後のチェックを入れる。

残念ながら、湘北は海南に負けてしまった。

最後の最後、パスをミスしてしまった桜木くんの泣き顔を見つめながら、私は小さく息を吐き出す。

私は試合を見てただけなのに、どうしてこんなにも疲れてるんだろうか。

最終スコア、90対88。

これで海南に一勝が。―――そして湘北に一敗が記された。

だけどこれまでの試合とは違って、決勝リーグはこれで終わりじゃない。

まだあと2戦も残ってる。

まだまだ、全国大会への道は閉ざされてはいない。

だから、桜木くんが必要以上に落ち込まなければいいんだけど。―――普段が無駄に自信たっぷりだから、落ち込むと厄介そうだし。

そんな事を思いながら、私は手早く撤収準備を始めた。

選手のみんなの試合は終わっても、マネージャーの私の仕事はまだ終わりじゃない。

みんなは試合に疲れきっててそれどころじゃないし、彩子さんは赤木さんの怪我の応急処置をしてる。

だからまぁ、今日は私1人でのお片づけなんだけど・・・。

「・・・ちゃん?」

やたらとかさばる荷物を何とか纏めていると、不意に背後からそう声が掛けられた。

心なしか聞き覚えのある声。―――まぁ、この事態も予想してなかったわけじゃないけど。

ゆっくりと振り返ると、さっき試合を終えたばかりでまだユニフォーム姿の男子が1人。

「やっぱり、ちゃん!」

「・・・久しぶり、神くん」

振り返った私を見て、海南大付属・神宗一郎はパッと明るい笑顔を浮かべた。

 

 

実は誰にも言ったことはないけど、私と神くんは知り合いだったりする。

私のお母さんが、お兄ちゃんのお父さんと再婚する前。

その時通ってた小学校で、上級生だったのが神くんだ。―――どうして仲良くなったのかはもう覚えてないけど、気がつけばいつの間にか話をするようになっていた。

どうして誰にも言ってないのかといえば、特に誰にも聞かれなかったからだ。

まさか神くんが海南でバスケをしてるとは思わなかったし、こんなところで会うとも思ってなかったというのもある。

だからこれは、私にとっては予想外の出来事に違いない。

試合が始まる前に海南のメンバー表を見てびっくりしたんだよね。

だって知った名前があるんだもん。―――会場でチラリと知った顔を見た気がしたけど、あれはやっぱり見間違いじゃなかったんだ。

「久しぶりだね、元気だった?」

「ああ、うん。まぁ・・・」

笑顔で声を掛けてくれる神くんを見返して、私は荷物を片付ける手を止めてから曖昧に頷いた。

断じて言うが、私は別に神くんが嫌いなわけでも苦手なわけでもない。

ただなんていうか・・・掴めない人なんだよね、神くんって。

私は自分の口の悪さを、ちゃんと自覚してる。

言葉遣いはそれほど悪くはないはずだけど、ポロッと思った事が口に出ちゃって、しかもそれが私の率直な気持ちだったりするから、人によっては嫌な顔をされたりもする。

だけどこれが私といえば私だし、とりあえず今まではそれほど困った事なんてなかったから積極的に直そうとは思わない。―――まぁ、ちょっとは気をつけた方がいいかなとは思うけど。

それはともかく、そんな私だから、話の途中で相手の表情が変わったりする事も少なくないわけで。

大抵はびっくりしたり、怒ったり、戸惑ったりする。

だけど神くんって、表情が変わらないんだよね。

たまに私でもしまったと思う時があるのに、それでも神くんは嫌な顔ひとつしないでにこにこ話を聞いてくれてた。

それは私にとってはありがたい事に違いはないけど、時々何を考えてるのか解らなくて戸惑っちゃう時もある。

まぁ、基本的に良い人なんだって事は解ってるし、だからさっきも言ったように嫌いでも苦手でもないんだけど。

要するに、どう接していいか解らない時があるっていうか・・・。

「どうしたの?」

不意に問い掛けられて、私はパチリと瞬きをひとつ。

どうやら考えに没頭して、神くんを放置してたらしい。―――うん、ちょっと反省。

「ううん、なんでもない」

不思議そうな表情をする神くんに小さく笑いかけて、私はゆるゆると首を横へ振った。

すると神くんは安心したように、柔らかい笑顔を浮かべる。

こういうところは、昔と全然変わってない。

あれだけ激しい試合をした後だっていうのにこうも涼しい顔をされてると、湘北側の人間としてはちょっとアレだけど・・・。

「でもびっくりしたよ、まさかこんなところで会えるとは思ってなかったから」

「うん、私もびっくりした」

ちゃん、急に何も言わないで引っ越しちゃったからさ。どうしたのかと思ってたんだ」

「・・・あー」

言葉通り心配してくれてたんだろう。―――神くんのそんな顔を見返しながら、私は申し訳ないような気がして曖昧な笑みを浮かべた。

言い訳するみたいだけど、急に引っ越すことになったのは、断じて私のせいじゃない。

私だってびっくりしたんだから。―――お母さんに、引っ越すわよって言われた時は。

しかも何で引っ越すの?って聞き返せば、再婚するからってあっさりと答えられる始末。

いや、別にお母さんが再婚しようがどうしようが私は全然構わないんだけど、せめて前置きぐらいあってもいいんじゃないかと子供心にそう思った。

たとえば、「お母さん、再婚しようと思うんだけど・・・」的な。

その次の日にはお父さんやお兄ちゃんに会って、数日後には引越し。

流石に報告してる暇がなかったって言うのが私の言い分だ。―――いや、ほんとに。

我が母ながら大雑把というか、マイペースというか。

まぁお兄ちゃんに言わせれば、お母さんの性質を濃く受け継いでる私がとやかくいえる義理ではないとは思うけど。

とりあえずかいつまんで説明すると、神くんはちゃんのお母さんらしいねと言いながら困ったように笑った。

神くん、私のお母さんに会ったことはなかったと思うんだけど。

それって私を見て言ってるんだよね?―――っていう事は、神くんの私に対するイメージってそんな感じなんだ。

「でも再婚って・・・そういえばちゃんの苗字、三井だって信長聞いたんだけど・・・それってまさか・・・」

「うん、そうだよ。三井。三井寿は私のお兄ちゃん」

そう説明すれば、神くんは更に驚いたように目を瞠っていた。

まさかそこまで驚かれるとは思ってなかったから、神君の様子に、逆に私の方が驚いてしまった。

「・・・なに、そんなに意外?」

「あー・・・うん、まぁ。だって・・・」

私の問い掛けに神くんは曖昧な返事を返して、何故か視線を泳がせる。

その視線がある位置で固定されたのを見て振り返ると、体育館の入り口に何故かお兄ちゃんが立ってた。

一体いつの間にそこにいたんだ、お兄ちゃん。

もしかして片付け手伝いに来てくれたのかな?

試合でバテバテだと思ってたけど、意外にそうでもないのかもしれない。―――いや、試合中の様子を見る限りは、限界近かったと思うんだけど・・・。

「おい、!」

「・・・三井の君を見る目って、兄妹みたいには見えないから」

ボソリ、と神くんが何かを呟く。

それはお兄ちゃんが私を呼ぶ声で掻き消されて、なんて言ったのか私には解らなかった。

なんて言ったのかと聞き返そうと思って・・・―――だけど顔を上げた私は、思わず口を噤んでしまった。

いつもニコニコと優しい顔をしている神くんの表情が、なんでか真剣なものに変わってたから。

一体どうしたのかと眉を寄せて神くんを見て、そうしてお兄ちゃんを見れば、2人とも同じような顔をしてお互い見詰め合ってる。

やっぱ、あれかな。―――同じシューターとして、ライバル意識バンバン燃やしてるとか。

それはそれで構わないんだけど、やるなら他所でやって欲しい。

こんなところで睨み合われてちゃ、片付け再開できないし。

そう思ったところで、神くんがまるで何事もなかったかのように私を見下ろしてにっこりと微笑んだ。

「迎えが来たみたいだし、俺はもう行くよ。―――また近い内に会えるといいね」

「ああ、うん。まぁ、近い内に会う事になるんじゃないかな。湘北、全国大会に行くの諦めたわけじゃないから」

「うん、お互い頑張ろう」

湘北側に所属する私としては、ちょっとした宣戦布告のつもりだったんだけど、それは笑顔の神くんにあっさりと流された。

まぁ、今現在試合が終わったばかりに相手だから、宣戦布告なんてしてもしょうがないんだけど。

やっぱり読めない人だ、神宗一郎。

やっぱり試合が終わった直後とは思えないほど颯爽とした足取りで去っていく神くんを見送っていると、今度はお兄ちゃんが足を踏み鳴らす勢いでこちらへ向かってきた。

そんな2人を見比べて・・・―――この余裕の差は何なんだろうとぼんやりと思う。

まぁ、お兄ちゃんが神くんみたいな余裕を身につけたらからかう時面白くないし、お兄ちゃんは今のままで十分だとは思うけど。

「おい、!今の海南の神だよな?何話してたんだ?」

「何って、普通に挨拶してただけ。―――久しぶりって」

「久しぶり!?お前神と知り合いなのか!?どういう知り合いなんだ!?」

まるで食い入るように私の肩を握って声を荒げるお兄ちゃんを訝しげに見上げながら、私は小さくため息を吐き出す。―――もう、ほんと落ち着きないなぁ。

「あー、もう。知りたいなら話してあげるから、ギャンギャン怒鳴らないで。っていうかまず手動かして」

「お前、俺に片付け手伝わせるつもりか?」

「手伝うつもりがないなら何しに来たの、お兄ちゃん」

冷たい視線を投げ掛けると、お兄ちゃんは盛大に頬を引き攣らせながら口を噤む。

それを認めて満足げに頷いた私は、さっきから途中で放りっぱなしになってる片付けを再開した。

それに習って片づけを手伝ってくれるお兄ちゃんに、神くんの事を説明しながら。

ああ、もう。

ほんと、妹離れしない人だなぁ。

そんな事を思いながら救急箱を片付けていた私は、ふとある事を思い出して神くんの去っていった方へと視線を向ける。

あの時、神くんはなんて言ったんだろう?

「おい、手ぇ止めるなよ。マネージャー」

「あー、はいはい」

「お前、そんな面倒臭そうにあしらうのはやめろ」

不満げなお兄ちゃんにもう一度軽く返事を返して、私は片付けの手を進める。

神くんがなんて言ったのかも、まぁ気になるといえば気になるけど。

ま、いっか。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

神が掴みきれないのは私の方です。(笑)

本を読んでる限り、普通の人っぽく見えるんですけど。

でもなんかそれだけじゃないような気もするんですよね。(どっちだ)

そして神と同じ小学校に通っていたという無茶な設定ぶり。

いや、でもそうだったら面白いなぁと。

作成日 2008.3.30

更新日 2008.7.18

 

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