示し合わせたわけでもないのに、お兄ちゃんに流川くん、加えてリョータくんまで集まって、なんだかんだといいながら自主練をしていた。

レギュラーの半分が集まっているという事実を前に、随分と気合が入ってるななんて散乱しているボールを集めながら思う。―――まぁ、陵南戦を前にしてるんだから、これくらいの気合がなくちゃ困るけど。

そして意外な事に、先に体育館にいるだろうと思われた桜木くんの姿はどこにもなかった。

てっきり先に体育館に戻ってシュートの練習をしてると思ってたのに・・・。

そんな事を思っていた時だった。

思わぬ知らせを持って、桜木くんが体育館に姿を現したのは。

「なに!?先生が!?」

「とゆーわけで、明日はオヤジ抜きだ。気合入れろよ、おめーら!!」

なんでもないような顔をしてそう言った桜木くんの言葉に、お兄ちゃんはこれ以上ないほどショックを受けたらしい。

グッと拳を握り締めて決意を固めるお兄ちゃんを横目に、私はチラリと桜木くんをみやった。

ちょっと・・・ちょっとだけ、目が赤い気がするのは気のせいなのか。

まぁ、そんな事を追求したって得な事なんてないから、口に出すつもりはないけれど。

すぐさま明日の陵南戦に向けて練習を再開した4人をぼんやりと眺めながら、私は小さくため息を吐き出して。

倒れた安西先生。

大事に至らなかったのにはホッとしたけれど、このタイミングでの出来事に不安がまったくないとは言えない。

チラリと、体育館の壁に貼られた彩子さんが書いた書を認めて。

『がけっぷち』

まさにその通りだと、ため息と共に思わず天井を仰いだ。

 

落とし穴の予感

 

どんなに長い夜だって、いつしか朝が来るように。

こちらの都合なんてまったく気にしてくれるはずもなく、とうとう運命の陵南戦の日は来た。―――うん、我ながら詩人だよね。

まったく心配もしてなかったし、むしろ興味もなかったけれど、海南は順当に武里に勝利し優勝をその手につかんだ。

残る椅子は、あと1つ。

全国大会に出場できるのは、湘北か、それとも陵南か。

勝った方が全国大会の切符を手に入れる。―――うん、解りやすくていいかもしれない。

まさにがけっぷちに立たされているというのにまったく危機感を抱いていない私は、試合前のウォーミングアップをするみんなを眺めながらそんな事を思う。

「集合!!」

試合開始を目前に、赤木さんが集合の合図を出した。

それにアップをやめて集まってくるメンバーを前に、赤木さんが仁王立ちして立つ。

こうして見てみると、なんだか高校生に見えないから不思議だ。

海南の牧さんもそうだけど、今時の高校生ってこんな人ばっかりなのかな?

貫禄があるっていうか、老けてるっていうか・・・―――まぁ、それで何か不都合があるわけじゃないから別に構わないんだけど。

「ああ、なんか落ちつかねぇな・・・」

これから試合に向かうお兄ちゃんが、そんな事を呟きながら汗を拭う。

そりゃそうだよね。

お兄ちゃん、安西先生マニアだもんね。

まぁ、普段から何か指示を出してるわけじゃなくても、あの存在感の大きい安西先生がいないと違和感があるといえばそうなんだけど。

でも、お兄ちゃんならそういうと思った。―――そう思って、私はあらかじめ用意していたものをお兄ちゃんにプレゼントするべく、カバンに手を突っ込んだ。

「はい、お兄ちゃん。これで試合頑張って」

「おお、サンキュ。やっぱ安西先生が見てないと・・・」

差し出した大きな額に収めた安西先生の写真は、何事もなくお兄ちゃんの手に渡され、それは私たちが座るベンチへと立てられた。

「やめろ、縁起でもねぇ!!」

!あんた一体何考えてんの!?」

「いや、まさか本気にするとは思わなくて・・・」

彩子さんからの叱責に、私は呆れたようにお兄ちゃんを眺めつつ呟く。

まさかお兄ちゃんがここまで安西先生マニアだとは思わなかった。―――いや、半分くらいは本当にするかなとは思ってたけど。

「ディフェンスはいつも通りだ」

彩子さんから容赦ないげんこつをもらって猛烈に痛む頭を押さえていると、赤木さんのそんな声が聞こえてきた。

いつも通り。

今は、それが一番いい。―――まだ試合も始まってないのに、奇抜な作戦なんて必要ない。

「今日は安西先生抜きだ。死に物狂いで行くぞ!!」

赤木さんの掛け声に、誰も返事を返さなかったけれど、その眼差しは殺気とも思える力で満ちている。

ここで負ければ、それで終わり。

それなら、なんとしてでも勝ってもらわなきゃ。

だって、まだまだ湘北の試合見ていたいしね。

全員が見守る中で、試合開始のホイッスルは高らかに鳴り響いた。

 

 

猛練習した桜木くんのシュートが決まり、こちらも絶好調のリバウンドも取り、力が有り余ってる様子の桜木くんを眺めながら、私はまだまだ白紙に近いスコアを見下ろす。

なんだかものすごく調子がいいみたいだ。

試合の出だしとしては、申し分ない。

でもなぁ・・・、こうも調子が良すぎると、かえって不安になっちゃうのはなんでだろう?

今までが今までだったしね。

大体が追い詰められて接戦なんていう形が多かった分、素直に喜べない。―――この辺りが、私の損な性格なのかもしれない。

それに・・・―――とコートに立つ特徴のある人物を見つめて眉を寄せる。

あの仙道さんが、素直に勝たせてくれるとは思えない。

少なからず関わって、あの人が一筋縄じゃいかない人だって事も十分に理解してるし、その実力が申し分ない事も不本意ながら理解してる。

やっかいだなぁ、仙道さん。

それともう1人。

こちらはどれだけの実力を持っているのかは知らないけど、まさかこんなところで顔を見る事になるとは。

仙道さんから聞いた時、まさか・・・とは思ったんだよね。

でも神くんの例もあるからなぁ・・・―――有り得ない事ではないかもしれないけれど。

福田吉兆。

お父さんとお母さんが再婚する前、転校する前に通っていた小学校で一緒だったフクちゃんを、まさかこんなところで見る事になるなんてね。

思い出すなぁ、フクちゃんとの出逢い。

かなり衝撃的だったもんね。―――忘れようたって、そう簡単には忘れられない。

あれは・・・多分、私が小学校3年生で、フクちゃんが4年生くらいの時だったっけ?

フクちゃんってこう言っちゃなんだけど、見た目的にも活動的じゃないっていうか、明るいタイプじゃないから、そういう意味で男の子にからかわれる事が多かったみたい。

今はどうかは知らないけど、あの頃はそんなに言い返したりとかも出来なかったみたいで。

それでもプライドはものすごく高かったから、からかい相手の前で泣いたりなんかはしなかったみたいだけど・・・―――その代わり、いっつも影で落ち込んでた。

私が初めてフクちゃんに会ったのも、その時だったんだよね・・・たしか。

その日は私は珍しく放課後に友達とボールかなんかで遊んでて、友達が投げたボールが茂みに飛んで行っちゃって、それを探しに行ったらそこにフクちゃんが体育座りで座ってた。

あれはホントにびっくりした。

私は自分でもあんまり表情が動かない方だとは思うけど、思わず目見開いたもん。

あれが目を丸くするって事なんだなって、自分で体験して実感したっけ。

ともかく怖い光景には違いなかった。

だって茂みを掻き分けたら、お世辞にも目つきがいいとは言えない男の子がどんよりした空気を纏いながら体育座りでこっち見てるんだから・・・―――本気で座敷わらしかと思ったもん、一瞬。

それ以来、なんとなく顔を合わせるとスルーするのもどうかと思って挨拶するようになったんだけど、それでもフクちゃんってこっちが挨拶しても視線返すだけで返事しないし。

まぁ、あんな場面見られたんだから声なんてかけてほしくないかなと思ってこっちも知らない振りしたら、なんでかじっとこっち見てるし。

こっちが反応するまで、じっと見てるんだもんね。―――あれも微妙に怖かった。

しょうがないから声掛けても、そっぽ向くだけだし。

そんなんで、よく会話まで交わせるようになったよね。―――私の忍耐力は、フクちゃん相手で培われたのかもしれない。

まぁ、そんなに大げさに言うほど忍耐力があるわけでもないんだけど。

でもほんと、野生の動物手懐けてるような気分だった。

同じ学年でもないし、やっぱり神くんと同じように転校するなんて声かける暇もなく引っ越しちゃったから、今頃どうしてるかと思ってたけど・・・。

いや、前言撤回。

引越しして、お父さんとお母さんが再婚して、お兄ちゃんが私のお兄ちゃんになってからほんといろんな事が目まぐるしくあったから、正直思い出してる暇もなかったんだけど。

そんなフクちゃんが、今目の前のコートでバスケしてるっていうんだから、びっくりといえばびっくりだよね。

まさかフクちゃんがバスケやってるなんて思わなかったし。

でも、あれだよね。

湘北に入ってからすぐの練習試合の時には、フクちゃんいなかったと思うんだけど。

あのフクちゃんに限ってサボってたなんて事もなさそうなんだけどね。―――まぁ、その辺の事情は私にはまったく関係ないんだけどさ。

やだなぁ、なんかすごく嫌な予感がする。

私のこういう勘って当たるんだよね、嫌な具合に。

せめて何事も起きず、このまま優勢で試合が終わってくれればいいのに。

そんなありもしない事を半ば本気で祈りながら、私は無言で試合を見守った。

 

 

そして、私の嫌な予感は見事的中する。

試合中、魚住さんに張り倒された赤木さんの様子がおかしいのだ。

なんだか注意力散漫っていうか、妙に弱気だっていうか・・・。

やっぱあれかな。

海南戦で怪我した足が痛み出したとか・・・?―――それこそシャレにならないんだけど。

陵南の魚住さんを、今日絶好調の桜木くんがなんとか止めてくれてるけど、このままじゃ本格的にマズいんじゃないの?

っていうか、そう考えると桜木くんってすごいよね。

まだバスケ始めて3ヶ月だっていうのに、あの魚住さんを止めてるんだもんね。

まぁ、そんな事本人に言ったら調子に乗るだけだろうから、あえて言わないけど。

むしろ調子の良すぎる桜木くんも、心配の種といえば心配の種なんだけどね。

だってさっきチラリと客席見上げたら、一番騒いでそうな桜木軍団が不安そうな顔してるんだもん。―――そんなの見ちゃうと、手放しでは喜べないよね。

そうこうしてる内に、カッとしやすいお兄ちゃんが様子の可笑しい赤木さんに突っかかり始めた。

なんか、めちゃくちゃだ。

これが最後になるかもしれないのに・・・―――ううん、最後にしない為に頑張らないといけないのに、こんな内輪でごちゃごちゃやってる場合じゃない。

やっぱり安西先生がいないっていうのは、結構キツイものなのかも。

そう思った時だった。

コートの中にブザーが鳴り響き、小暮さんがそれに合わせて立ち上がる。

何事かとベンチへと視線を向ける赤木さんに向かって、小暮さんはキッパリと言い放った。

「タイムだ」

うん、やっぱり小暮さん頼もしい。

 

 

桜木くんの問答無用の頭突きで、なんとか赤木さんも調子を取り戻したように見えて。

さぁこれからだって時、ダンクに行った桜木くんが魚住さんに張り倒された。

そのまま起き上がらない桜木くんに場内が騒ぎ出したその時、客席で試合を見てたはずの桜木軍団がなにやら叫びながらベンチへと駆け寄ってきた。

「キンキュー事態だ、メガネ君!花道が切れる!!」

「な・・・!」

「なにぃ!試合中だぞ!?」

突然ベンチに入ってきた桜木軍団は、それはもう慌てた様子で小暮さんに向かいそう叫ぶ。

それを見てチラリとコートの桜木くんに視線を移せば、なんだか妙に静かに桜木くんが立ち上がった。―――その静けさが、ヤケに気味悪いんだけど。

「ふんぬー!!」

そう思ったのとほぼ同時に、桜木くんが大きく雄たけびを上げた。

「あーあ、とうとう切れちゃった」

!そんな暢気な事言ってる場合じゃないでしょ!?」

「でも、彩子さん。切れちゃったもんはしょうがないし」

「だから、何を暢気な!もし桜木花道が魚住さんに襲い掛かったら・・・」

間違いなく、退場だろうね。

それだけで済めばいいけど、最悪湘北の反則負けとか何とかだったりして・・・。

もしそんなことになったら、後で桜木くんを血祭りに上げてやる。

桜木軍団にも手伝ってもらおう。―――きっと彼らなら快く引き受けてくれるはずだ。

そんな事を言ったら、彩子さんにめちゃくちゃ怒られた。

そりゃそんな事態になった時の事より、この事態をどうするかを考えなきゃいけないんだろうケドさ。

正直言って、桜木くん相手を力でねじ伏せられるとは思えないし。

こう見えても私、結構か弱い女の子なんだから。―――まぁ、態度は鉄ちゃん並みにデカい自覚はあるけど。

私と彩子さんがそんな言い合いをしていると、いつの間にそんなものを作ったのか、魚住さんのお面を被った桜木軍団が桜木くんを引き付けてコートから逃げ出そうとしていた。

そうだよね。

ここで暴れられるよりは、まだ戦線離脱したほうがマシだよね。―――ちょっと時間を置けば、少しは頭も冷えるだろうし。

それを見て、彩子さんが審判のところへ行ってなんとかフォローしようとしている。

だけどそんなに上手く事は運ばず、その隙に小暮さんが桜木くんと交代しようとしたけど、桜木くんはフリースロー打ってからじゃないと交代できないんだって言われた。

じゃあ、どうすりゃいいんだ。―――そう思っていたら、肩車して魚住さん役を請け負ってた2人がドアの上の部分に頭をぶつけて、追いかけてきた桜木くんを押しつぶす勢いで倒れこんだ。

大丈夫かな、桜木軍団。

多分桜木くんは大丈夫だよね、結構頑丈だし。

他人事のようにそう思ってたら、やっぱり全然無事だった桜木くんが、でもその衝撃でか正気を取り戻したようで、フリースローを打つといってコートに戻っていった。

可哀想なのは、桜木軍団だよね。

相変わらず報われないというか、なんというか・・・。

いっつもこんな役回りだもんね。

大いに騒いだ事を見咎められないうちにとさっさと姿を消そうとしてる桜木軍団を眺めながら、私は仕方がないとばかりに足元に置いてあった救急箱を持って後を追った。

流石にこのままじゃ悪いよね。

乱闘騒ぎにならなかったのは、桜木軍団のおかげだもん。

体張って止めてくれたんだから、手当てぐらいはしてあげないと。

「とかなんとか思ってたけど、意外に大丈夫そうだね」

「酷いよ、ちゃん」

観客席まで行っている暇なんて残念ながら私にはないから、廊下に直座りさせて手当てをしていた私の呟きに、そんな言葉が返ってくる。

ドアにしこたま頭をぶつけたはずなのに、赤くなってはいるけどそれほど酷い怪我ではないみたい。

やっぱり日頃から喧嘩で鍛えてるから?

でもここまで来て放置は流石に悪い気がしたから、感謝の気持ちを込めて冷ピタを貼ってあげた。―――貼った時に、痛ぇ!とかいう悲鳴が聞こえたのは気のせいでしょ、きっと。

「それにしてもよかったよ、大事にならなくて。今日はなんか嫌な予感がしてたから」

私の誠意のこもった手当てを眺めてた水戸くんが、笑いを堪えながらそう呟く。

嫌な予感がしてたなら、事が起こる前にそれとなく話しててくれればよかったのに。

まぁ聞いてたって、その時点ではどうしようもないんだけど。

「でもまぁ、とりあえず桜木くんの頭も覚めたみたいだし、これからなんにも起こらない事を祈るよ」

でもきっと、なんにも起こらないなんて事ないとは思うけど。

だってこれが全国大会出場をかけた最後の戦いなんだもん。

うちと同じように、陵南だって譲る気なんてないだろうし。

椅子は1つしかないんだから、手に入れたいなら勝つしかない。

シンプルはシンプルだけど、結構シビアだよね。

まぁ、そういうの嫌いじゃないけど。

「とりあえず、ありがとう。みんなのおかげで、それほど試合に影響はないみたいだし」

「・・・・・・」

ドアを挟んだ向こう側から聞こえてくる歓声を耳に桜木軍団へそう告げると、4人が4人とも目を丸くして私を見てる。

え、なに?なんか私、変な事言った?

「いや〜、まさかちゃんからお礼言われるとは思ってなかった」

「もしかして、喧嘩売ってるの?」

あまりにも失礼な発言に思いっきり睨みつけてやれば、4人は慌てたように首を横に振る。

別にそこまで怯えられるような事した覚え、ないんだけど。

「そりゃまぁ、お礼くらいは言うよ。タダだしね」

サラッとそう言ってやれば、4人は顔を見合わせて楽しそうに笑う。

桜木軍団って結構怖がられてるけど、意外と話しやすいよね。

それともお兄ちゃんがグレてたせいで平気になったのか。―――確かに鉄ちゃんに比べたら、4人はまだ普通な方だよね。

「んじゃ、俺たちは観客席に戻りますか」

「そうしようぜ。あれからどうなったのか気になるしな」

ちゃんも、早くベンチに戻った方がいいんじゃないか?」

「そうそう、一応マネージャーだし」

一応は余計だよ、一応は。

そんな前置きされなくても、私は立派にマネージャーだし。

4人の言葉に、広げた救急箱を纏めて抱え上げた私は、自分よりも大分背の高い桜木軍団を見上げて。

「じゃ、湘北がばっちり勝利するトコ、その目にしっかりと焼き付けてよ」

「任せとけ!」

そう言って笑い合いながら、桜木軍団は観客席へ。

そして私は、歓声が響き渡る体育館へ。

 

試合はまだ、始まったばかり。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

び、微妙・・・!(第一声がそれか)

とりあえず試合開始時をすっ飛ばすわけにはいかないと思い書き始めたものの、試合の描写を書く気がない為何を書いていいやら・・・。(書く気がないのではなく、書けないわけですけど)

とりあえず、陵南戦が始まりましたよというお話。

作成日 2008.9.14

更新日2008.10.31

 

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