部活終了後。

すべての片づけを済ませて、後は仕上げに体育館のモップ掛けを・・・と思っていた私は、今思わぬ足止めを食っている。

もう既に日が落ちて、他の部活の生徒たちはすべて帰宅したと言うのに、未だ体育館には大きなボールの音が響く。

モップを片手に、私は盛大なため息を吐いた。

 

飽きないの

 

仲が良いんだか、悪いんだか。

ギャーギャーと喧嘩をしながらも、桜木くんと流川くんはそれぞれ真剣な眼差しでボールを追っていた。

彩子さんから教わったレイアップシュートの練習をする桜木くんと、ちょっとそこらではお目にかかれないような高度なボールさばきを見せる流川くん。

いや、一生懸命なのは解るけどね。

いい加減、飽きないのかなとか思う―――うん、バスケ部なんだし飽きられたら逆に困るんだけど。

初心者の桜木くんが早くシュートを覚えたいっていう気持ちも、更に技術の向上を目指してる流川くんの気持ちも解るんだけどさ。

なんていうか・・・。

「邪魔」

体育館の入り口で、モップを片手に持った私が何をしようとしてるかなんて一目瞭然だというのに―――それなのに一向に手を休めようとしない2人に腹が立って、私は持っていたモップで桜木くんと流川くんの足元を引っ掛けた。

バスケに夢中になっていた2人は、あっけなく・・・そりゃあもう、盛大に転ぶ。

「・・・何しやがる」

思いっきり背中をぶつけて痛みに転がっている桜木くんとは対照的に、咄嗟のことにも反応して受身を取った流川くんは凄いと思う。

床に座り込んだまま、下から見上げて睨みつけてくる流川くんを目に映しながら、私はもう一度同じセリフを繰り返した。

「だから、邪魔だって」

言ったら更に睨みつけられた。

っていうか・・・悪いけど全然怖くないよ、流川くん。

家に帰れば、君よりも目つきも素行も悪い人がいるからね―――お兄ちゃんで免疫がついてる私はそれくらいで怯まない・・・って言うか怯めない。

ずいぶんと神経が図太くなってしまったものだと、今更ながらに思い知った。

「痛〜!もーヒドイっすよ、さん!!」

漸く痛みが治まったのか、桜木くんが床に転がったまま恨めしそうな表情で私を見上げる。

「だって、邪魔なんだもん」

「何が邪魔なんすか!?」

桜木くんの言葉に、思わずため息が漏れた―――本当に解らないの?

「私、帰りたいんだよね」

「なら、さっさと帰れよ」

「モップ掛けしないと帰れないの。これ、私の仕事だから」

手に持ったモップを2人の前に突きつけると、2人は揃って納得したとばかりに頷く。

意外に気が合ってる模様。

本当に仲悪いの?

「それなら俺がやっておきますよ!さんは先に帰ってください!!」

眉間に皺を寄せた私に、桜木くんが親切にもそう申し出てくれた。

桜木くんって、実は結構親切だよね―――女の子限定だけど。

そして何気に気になる。

同じ歳のはずなのに、どうして君は私に敬語を使うのか?

いや、でも晴子ちゃんにも敬語だし・・・それって癖なのかな?―――女の子限定で。

心の底から純粋に笑顔を浮かべる桜木くんを一瞥して、体育館の外に視線を移す。

外はもう真っ暗だ。

だって、もう7時過ぎだし。

今からモップ掛けして帰ったら、9時頃になっちゃうかも。

お小言は免れないだろうなぁ。

そんなどうでも良いことを考えながら、再び視線を桜木くんに戻した。

うん、その申し出はとても嬉しいんだけれど。

「桜木くん、前にもそう言ったよね?」

いつも通りの口調で聞けば、桜木くんはビクリと身体を振るわせる。

その反応は止めてよ―――まるで私が脅してるみたいじゃない。

「・・・そうでしたっけ?」

「うん、そう。それでお言葉に甘えて任せて帰ったのは良いんだけど・・・次の日学校に来て見れば、モップ掛けしてないし・・・っていうか、忘れて帰ったでしょ?」

再びビクリと身体を振るわせる桜木くん。

その横でまだ床に座り込んでいる流川くんは、まるで自分は関係がないと言わんばかりの表情だ。

「あの時、彩子さんに怒られたんだよね」

「えっ!?」

私の言葉に、桜木くんが驚きの声を上げた。

「本当っすか!?」

「本当だよ」

まぁ、ちゃんと事情を説明したら許してくれたけど―――そしてその後は桜木くんと流川くんが校庭走らされてたっけ?

あの時はそれで済んだけど、二度目は出来れば避けたいよね。

「だから気持ちはありがたいけど、桜木くんに任せて帰るのは御免したいんだよ」

「すいません・・・」

項垂れる桜木くんににっこりと微笑みかけて。

「そんな事はどうでも良いから、とりあえず退いて。モップ掛けさせて。っていうか、君たち早く帰りなさいよ」

あっさりと畳み掛けて、問答無用でモップ掛けを始める。

床に座り込んだ2人を押しのけるようにして、私はゴシゴシと床を磨いた。

別に他の所からやれば良いんだけどね―――これだけ私を待たせた嫌がらせも含まれてるから、これ。

「・・・ちっ」

流川くんが小さく舌打ちをして立ち上がる。

寧ろ舌打ちしたいのは私の方なんだけど。

とか何とか思ってたら、流川くんにモップを奪い取られた。

「・・・何?」

「やる」

邪魔されたのかと思って睨みつければ、予想外の言葉が返ってきた。

そのまま私を放置してモップ掛けをする流川くんの背中を眺める。

無口で無愛想で自己中で喧嘩っ早くて何考えてるか解らない人だと思ってたけど、案外親切なところもあるんだなぁ・・・なんて失礼な事を思う。

「ありがとう」

無言でモップ掛けをする流川くんにお礼を言えば、軽く鼻を鳴らされた。

いつの間にか姿を消していた桜木くんも、何処からかモップを持って体育館に帰ってくる。

そのまま2人はさっきバスケをしてた時と同じような真剣な表情で、熱心にモップ掛けをしてくれた。

その間暇な私は、2人の姿を眺めるのにも飽きて、ふと目に止まったバスケットボールを拾い上げる。

手に少しばかり感じる重さ。

慣れ親しんだそれを構えて、ゴールに向かって放り投げた。

「・・・あ」

そんな私の行動に気付いた桜木くんが、小さく声を上げる―――私の手から離れたボールは、音もなく綺麗にゴールに吸い込まれて行った。

うん、腕は鈍ってない模様。

「スゲェ!さん、バスケやってたんですか!?」

「ううん。私、中学の時は帰宅部だったから」

歓声を上げて、まるで大きな犬のように私に駆け寄る桜木くんを見上げる。

行動が愛らしい―――頭を撫でてあげたい衝動に駆られるけれど、桜木くんは大きいので残念ながら手は届かない。

「人が掃除してる時に、何やってんだよ」

流川くんが不機嫌そうな声色で呟く。

「だって暇なんだもん」

「掃除しろ」

「2人がやってくれてるから、良いじゃない」

あっさりとそう返して、跳ねるボールを捕まえる。

再び構えてボールを放ると、それはまた心地良い音を立ててゴールに収まった。

「帰宅部だったのに、何でそんなにバスケ上手いんすか?」

「バスケ上手な人に教えてもらったから」

「・・・上手な人?」

「そう」

「それって・・・ゴリとか?」

「違う違う」

質問攻めに少々引きつつも、軽く手を振って桜木くんの疑問を否定した。

「じゃあ、誰っすか?」

そんなこと聞いてどうするんだろうね?―――まぁ、単なる好奇心なんだろうけど。

「うちのお兄ちゃん」

さんってお兄ちゃんがいるんすか?」

「いるのです」

「何歳の?」

「2歳上。今、高3」

「そのお兄ちゃんって、何処の高校通ってんすか?」

「湘北」

投げかけられる問いに律儀に答えてやる。

すると桜木くんが驚いたように声を上げた。

「湘北っすか?」

そんなに驚くようなこと?

見れば流川くんも興味深そうな顔してる。

「その人って・・・バスケ部にはいないですよね?」

「いないね」

「どうしてですか?」

「・・・・・・バスケ、止めたから」

思わず沈んでしまった声色に、桜木くんがしまったと顔を顰めるのが解った。

それにどう反応して良いのか解らなかったので、気付かないフリをする事にする。

それよりも、さっさとモップ掛け終わらせて欲しいんだけどね。

私は再び跳ねるボールを捕まえると、それを近くに置いてあった籠の中に放り込んだ。

 

 

十数分後、意外に早くモップ掛けを終わらせてくれた2人に改めてお礼を言って。

送ってくれると2人は言ってくれたけど、丁重に辞退した。

だって2人に送られて家に帰ったら―――それでもって、それをお母さんか誰かに目撃されて、尚且つお兄ちゃんに報告でもされたら・・・。

前に男の友達を家に招待しただけで、えらい騒動に発展したのだ。

何も言わないけど、私がバスケ部のマネージャーするの、お兄ちゃんはあんまり快く思ってないみたいだし?

できるだけ、余計な騒動は避けたいよね。

私がマネージャーするのをきっかけに、お兄ちゃんがもう一度バスケしてくれないかななんて期待をしたけれど、未だ現状は変わらず。

いや・・・、もしかしたら厄介事は増したのかもしれない。

「・・・ただいま」

漸く家に着いて、私はそんな心配事を抱えながら玄関のドアを開ける。

「お帰り〜!」

速攻で返ってきたセリフに顔を上げると、お出迎えをしてくれるお母さんの姿が。

最近、毎日お出迎えがあるのはなんでなんだろう?

きっとお兄ちゃん辺りに、何か吹き込まれてたりするんだろう。

私がバスケ部に入ってから、お兄ちゃんの監視は更に厳しくなった気がする。

自分で監視出来ないもんだから、お母さんまで使うなんて・・・。

ああ、流川くんと桜木くんに送ってもらわなくて良かった。

心底、そう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんか、淡々と。

めちゃくちゃドライなヒロイン―――そしてお兄ちゃんはまだ出てきません。

流川と桜木の1年コンビとほのぼの・・・を目指したのですが、見事玉砕。

作成日 2004.7.3

更新日 2007.9.13

 

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